幻想少女達の不器用恋愛事情   作:ニア2124

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萃香の場合③

 

野太い男の笑い声、眩しすぎる照明、「乾杯!!」と高らかにお猪口を上に挙げる連中。わいわいがやがやとした賑やかな喧騒がそこにあった。

 

 だが、それは客の連中だけ。腰元に「煮賣屋(にうりや)」と書かれたロング丈エプロンを着る連中は、忙しなく、苦い表情でテーブルと厨房を往復している。ある意味、店員の周りにも大声が行き来していた。最も、ただの怒声だが。

 

 普段この時間帯、夜の六時あたりは、十五席あるテーブル席の一つは空いているのが常だったが、今回はそれが一つ残らず埋まっている。こんなんだったら、適当な理由を付けて休めばよかった。漆黒に染まる盆の上に乗った徳利と、白のお猪口をテーブルに運びながら彼は後悔した。

 

 この店の行動指針は「客に元気を与えるお店」の筈なのだが、店員全員が草臥れた表情を浮かべているので、全く店の行動指針を示せていない。

 

 雪が降る程の真冬だと言うのに、店員の頬には一筋の汗が流れる。息切れを起こしながら注文を受ける彼の脳裏には、学生時代に体力テストで行った二十メートルシャトルランが映像的記憶(ビデオグラフィック・メモリー)で思い出された。

 

 確か、あの時の自分はあまり体力がなく、六十五回目でギブアップをしたんだっけな。今測定すると、どのくらい走れるのだろう。苦笑いを浮かべながら彼は、注文された品を厨房に、大声で投げ込む。

 

 

「徳利二本と、旬の煮魚お願いします!!」

「わかった任せとけ!!」

 

 山彦するように返された合図と共に、彼は体を休ませることなく他のテーブル席にダッシュした。

 

 

「いらっしゃいま――――せ」

 

 扉を開ける音が聞こえたので、汗の流れる顔で声を上げるが、来客の顔を見て思わず、尻窄みしてしまう。

 

 纏められ、お団子状態になった薄茶色の団子ヘアーに、頭の上にあるのは二本の長い角に黒いサングラス、いつもと違った紫色の和服に身を包んだ、伊吹萃香が朱色の暖簾を潜って姿を現した。

 

 見慣れた友人の姿を見て、彼は扉近くのテーブル席で立ち止まり、口をぱくぱくしてみせる。嬉しさで声が出ない、というより驚きで声が出ない、という感じに。

 

 和服姿の萃香は店内の辺りを二、三度見渡し、呆然と立ち竦む彼の顔を見ると笑顔で片手を大きく振ってみる。それに対し、彼は目を見開きながら、口を開け閉めするだけだった。

 

 ふと我に帰った彼はテーブル席を見回した。先程と変わらない喧騒、それを見てほっとした表情を浮かべる。やはり、人里の連中は鬼という存在を知らないみたいだな、焦っただけ、損した気分だ。彼は心中で溜息を吐き、笑顔で手を降る萃香の元に早足で寄った。

 

 

「なにしに来たんだよ、萃香」

「ここであんたが働いている、って聞いたからね。呑むついでに来てみたんだよ」

 

 一体どこからその情報を仕入れたのか、萃香に隠し事をするのは難しいみたいだな。嬉しさ半分に、秘密を見据えられているようなムズ痒い感覚半分といった感情に彼は陥った。諦めにも似た溜息を零すと、萃香をテーブル席に案内させる。

 

 

「出来ればあんたと、酒を呑みたかったんだけどね」

「俺はまだ未成年だから飲まないって、口をすっぱくして言ってるだろ? 飲むとしたら、甘酒だ」

「いいじゃないか、この世界とあっちの世界でのルールは、全く違うんだから。霊夢とかだって、水のように酒を呑むよ?」

 

 それはあの巫女達が、おかしいんだ。心の中で突っ込みを入れながら、萃香と無駄話をして席に座らせる。注文を取ろうと、萃香の目元辺りまで屈むと、後ろから野太い男の声が聞こえた。

 

 

「おいおい、こんな小さな子を席に案内させたら、駄目だろ? さっさと店から追い出せ」

 

 耳の底に残るようないやに低い声色、それを聞いた彼は不快そうに顔を顰める。後ろを向いた先には、年中しかめっ面を浮かべる彼のバイト仲間が立っていた。いや、仲間というより、威張り腐った嫌な上司、と言った方がいいだろうか。

 

 この店の行動指針が「元気を与える店」。ならば、この男の行動指針を言うならば「気に入らない奴は残らず潰せ」だろう。こいつに今までどれほどの仕打ちを受けただろうか、彼は心の中で舌打ちをついた。

 

 

「ああ? んだよその顔、文句あんのか?」

 

 それだ、それなんだよ、事ある度にイチャモン付けやがって、姑かよ。無意識に彼の握り拳が、青白く染まる。だが、こんな場所で喧嘩をする訳にもいかない、必死に心の奥底から湧き出てくる怒りに蓋を閉じ、彼は引きつった笑みを浮かべながら口を開く。

 

 

「ありませんよ、そんなもの。それより、この方は実は――――」

 

 鬼なんです。と言う前に彼の体が数センチ宙に浮いた。気付けば胸ぐらを掴まれており、男は猿にも似た表情で怒りに顔が赤く染まり、安っぽいチンピラのようなドスを利かせながら、怒声を浴びせた。

 

 

「ああ!? やっぱお前なめてんだろその顔!! 前から気に食わなかったんだよ、外来人の癖にうちの煮賣屋なんかで働いててよ、やる気ねぇなら帰れ!!」

 

 やっぱり、こうなったか。店内の客による目線が自分達へ一斉に浴びせられるのがわかる。――――沈黙。店内に沈黙が訪れ、聞こえるものと言えば、男の荒い鼻息ぐらいだった。彼は手を出さず、怯えた様子も無しに無表情を保ち続ける、ここで手を出そうものなら、立場の弱い自分は店長の指先一つでクビになることをわかっていたからだ。

 

 つくづく、外来人ってものは不便だな。彼は溜息を心中で吐いたつもりだったが、無意識に口から零れていた。しまった。自分の口を両手で塞ぐが、過ちは取り返せず。目の前の男は鼻の穴を膨らませながら、歯並びの悪い歯の隙間から、臭い息を彼に浴びせ続ける。少しの間の後、堪忍袋の尾が切れたのか、雪崩がおきそうな程の怒声を上げた。

 

 

「なめてんじゃねぇよ!!」

 

 胸ぐらを乱暴に離され、息苦しさから開放されるが、目の前の男は赤く染まった右拳を天井へ向けた。―――――殴られる。咄嗟に彼は目を瞑り、顔面を両腕で守る体制を取る、が。いつまで経っても鈍い痛みはやってこない。不思議に思った彼が恐る恐るといった感じに目を開けると、男の姿は消え、代わりに深紅の目を鋭く尖らせた萃香が地面を見下ろしていた。

 

 予想外の人物が立っている事に彼は驚いたように目を大きく開いた。てっきり、萃香は面倒事を嫌うタイプだと思っていたのにな。

 

 何はともあれ、守ってくれた事を嬉しく思い、彼は感謝の言葉を告げようとするが、ふと違和感に見舞われる。ざわつく店内、怯える仕草をして見せるバイト仲間、何よりも、あの男は何処へ行ったのだろうか。彼が目を閉じていた時間は僅か五秒程。その秒単位の時間帯で姿を消すなんて。何気なく、萃香の目線を辿ってみると、血まみれの男が居た。

 

 

「――――あ、え?」

 

 息をしているのかも怪しい瀕死の男の頭を萃香は、まるで虫を踏むような感覚で踏んでいる。骨の軋む音が聞こえる度に呻く、耳の底に残るような声。間違いない、先程まで、彼を殴ろうと拳を上げていた男だった。

 

 

「ほらほら、なんとか言わないと、頭が潰れちゃうよ」

 

 愉快そうに口を歪ませる萃香、だが目元だけは笑っていない。

 

 

「ほら、謝んなさいよ、ごめんなさいって」

「ひゅ、ひゃ、か」

 

 喉を潰されているのか、それとも歯茎を折られたのか、息が漏れる音にも似た声色で、必死に口を開く。そんな無様な格好が愉しいのか、一度だけ目元を下に下げるとすぐに無表情に変わり、男を踏む力を強めた。

 

 ごきり。何かがひび割れる音が聞こえてくる。そこで彼は察した、このままだと萃香は、何の躊躇いも無しにこの男の頭を、虫を踏む要領で潰すだろうと。

 

 

「や、やめろよ萃香!! 何考えてんだお前!?」

 

 察した後の彼の行動は早かった。すぐに萃香の脇元と首元に腕を回し、羽交い締めの体制を取って無理矢理に男から遠ざけると、焦った声を上げる。目配りで彼は仲間に合図し、最早意識を失った虫の息の男を安全な場所に避難させた。

 

 

「本当に殺す気だったのかよお前!?」

「うん、殺す気だったよ」

 

 堪らず彼が二度目の怒声にも似た声を上げると、萃香は冷ややかな声色で即答した。

 

 

「私の友人が殴られそうになったんだ、あんな猿みたいな男に。だから、あの禿げ上がった頭を踏み潰そうとした。それだけだろ?」

 

 何故止めるのかが、わからない。と言った感じの表情を浮かべる萃香に彼は言葉を失う。目の前が歪曲したように歪む。堪らず力を失い萃香から腕を離してしまう。二、三歩後ろによろめき、テーブル席に躓くと、躓いた衝撃で落ちる皿や徳利と共に彼は地面に尻餅を付いた。

 

 吐き気がする。テーブルを背に、板で出来た冷たい床に尻を付けながら、彼は苦しそうに息切れを起こし、頭を強く抑える。

 

 苦しい。動悸はスポーツ後のように早まり、心臓が激しく動く。心配した顔付きで萃香が彼の目の前に寄るが、彼はそれを拒絶した。

 

 またも静まり返る店内。先程とは違った、怯えの混じった沈黙。

 

 

「どうしたんだよ………ねぇ」

 

 震えた声で萃香が身を屈めながら、彼の元へと手を伸ばすが、それを彼は力強く叩いた。

 

 叩かれ、赤く染まった片手を押さえながら萃香は困惑する。自分は殴られそうになった友人を守ってあげただけなのに、何故こうも彼に拒絶されているのかを。震える手を押さえながら萃香は考える。だが、答えを見つける前に、彼の目を見て大きく体を震わせた。

 

 彼が萃香に向ける目線は怯えの混じった、恐怖の混じった、何よりも、強い敵意が混じっていた。

 

 所詮は人間と鬼。生きる時間も違えば、お互いの考える価値観も違ってくる。それは萃香も理解していた、だが、現状は予想よりも、もっと酷い。

 

 種族の違いという大きな壁を見せ付けられる。決して分かち合える事のない、大きく厚い壁。それを前に萃香は木偶の坊のようにただ呆然と立ち尽くす他無かった。

 

 

「………萃香」

 

 沈黙の、時折聞こえる小さな悲鳴の中、彼はすくりと立ち上がり、小さな声でそれだけを言った後、萃香の返事を待った。

 

 

「な、なんだい」

 

 まだ取り返しが付くかもしれない。そう思った萃香は僅かな期待を込め、彼の返事を返す。

 

 

「萃香、悪いが――――今後一切俺と関わらないでくれ」

 

 彼から放たれた言葉は唐突すぎる別れ。その言葉に萃香の表情が固まる。

 

 まるで蝋人形のように屈んだまま動かない萃香を見て、彼は少し寂しげな表情を浮かべると、そのままゆったりとした歩調で萃香の元から離れていく。

 

 

「ま、待って―――――」

 

 ぶちり。我に返り追いかけようとすると、不意に千切れるような音がした。萃香は不思議に思い、足元を見ると下駄の鼻緒が千切れていた。そのせいか、うまく歩けない。鼻緒の切れた下駄を邪魔そうに投げ込むと、萃香は裸足で走り出す。だが、もう店内に彼の姿は見えなかった。

 

 がくりと膝を地に付ける。布越しから感じる冷たい板製の床は、萃香の膝からみるみると体温を奪っていく。だが、そんなものは気にもしない。知らず知らずの内に萃香の頬には一筋の涙が流れ出た。

 

 一年間を通してコツコツと作ってきた信頼関係は、今日、数分という短い時間で粉々になった。最早萃香は何も考えられない、最初の雰囲気とはとても似つかない、怯えたように体を震わせる煮賣屋の連中も、血を流し続け虫の息の男も、体温を奪う冷たく、鋭い冬風もそっちのけで、思考が完全にストップする。

 

 

 片目のみから涙を流し、萃香はただ笑うしかなかった。

 

 

 

     だ     る     ま     さ     ん

 

 

 彼は冷たい冬風に吹かれる中、ベレバレンチノの時計に目をやった。

 

 時刻は凡そ七時。それを見た彼の心境はよくはなかった。それはそうだ、たったの一時間程で、親友とも言える仲の者と縁を切ったのだから。

 

 心中は怒りやら悲しみやらで染まり、ぐちゃぐちゃだった。

 

 もう一度ベレバレンチノの腕時計に目をやると、普段通りの漆黒に染まる重厚なデザインをした腕時計、だが、彼にはその漆黒の色が自分の心中と同じ色に見えてくる。

 

 反射的に腕時計を手首からむしり取り、自分の左手にある深く、暗い森の奥へと投げ込みたくなった。

 

 大きく振りかぶり、投げるモーションをやってみるも、手の平を開ければ、そこには先程と変わらない腕時計が強く握り締められていた。

 

 ムシャクシャした気持ちで彼は乱暴に、両手で髪を引っ掻き回す。

 

 一通り落ち着いた彼は、溜息を吐きながら傍らにある、雪の付着した大きめの石に腰を降ろした。温度の低い、冷たく染まった雪や石が尻を通じで、体全体を冷やしてくれる。

 

 状況の整理をやっていくにつれ、自分の行った行為は正解なのか、失敗なのかを考える。少しの沈黙の後、彼の心が段々と落ち込んでいくのがわかった。

 

 ふと辺りが暗く染まっている事に気づく。一体どれだけの時間を状況整理に使ったのだろう。月明かりと鬼火を頼りに時計の時間を確認する。

 

 時刻は七時の十五分。まだ十五分しか経っていないのに、こんなにも暗くなるのか。冬というものは、恐ろしいなと彼は強く実感した。片手で髪を掻きながら溜息混じりに腰を上げると、嫌な違和感に見舞われる。

 

 なんだろう。彼は怪訝な目で辺りを見回すと、あることに気づいた。

 

 

 ここら一体が―――――濃霧で覆われていると。

 

 

 

 

 




だ~る~ま~さ~ん~が~転んだ!

今日休みだったんで、映画見に行ったんですよ、何をとは言いませんが。
その映画のせいでまたトラウマ増えました涙
やったねたえちゃん、トラウマ増えるよ。
本当に漏らしそうでしたまる


(個人的にだるまとこけしが一番怖かった)
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