幻想少女達の不器用恋愛事情   作:ニア2124

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萃香の場合エンド

 

気が付けば、辺りは濃い霧に覆われていた。

 

 全くと言って言いほどの、見通しの効かない世界。空に浮かぶ月までもがこの霧に覆われ、姿を消している。

 

 何なんだこの霧は。俺は大きく、血を吐くようにそう叫んだ。だが、この霧の前では無意味もいい所で、俺の叫び声は霧の中に吸い込まれ、消えていく。

 

 俺は霧を掻き分けるように、両腕を振ってみせる。だがそれも大して意味はなく、霧は無限に湧き出るかの如く俺の前に立ちふさがった。俺は叫びながら霧の中に突っ込む。迂闊に動いてはダメだ、そう強く思うが、動かずにはいられない。じっとしていると、気が狂ってしまいそうだから。

 

 全く見通しの効かない霧の中、突然に何か異形な物が出てくるかもしれない。もしかしたら俺の後ろに、何かが追ってきているかもしれない。そう考えると、俺は走らずにはいられなかった。

 

 取り憑かれたかのように、俺は叫びながら地を蹴り続ける。喉が潰れたかのように鋭い痛みがやってきて、俺は思わずその場で何回か咳をした。それでも俺は走り続ける。それこそ、本当に何かに、取り憑かれたかと思う程に。

 

 そのせいか、すぐに体力の限界はやってきた。走っても、走っても土の地面は、永遠に続くと思う程終わりは見えない。俺は道のど真ん中で汗を垂らしながら倒れこむ。

 

 冬だと言うのに、汗は止まらない。息を吸う度に、俺の喉は冷たい空気によって切り裂かれるように痛む。霧は体に纏わり付くように重たく、俺の心は段々と絶望やら恐怖に飲み込まれていった。

 

 ベレバレンチノの腕時計に目をやる。が、走っている途中、どこかに落としてしまったのか手のひらを開いてみるも、そこには何もなかった。俺は心中で悪態を吐く。何でこんな目に会っているのだ、と。

 

 やはり、走らないで体力を温存しておけばよかったのかもしれない。だが、最早後の祭り。俺は土の地面のど真ん中で寝転がるしかなかった。

 

 目を瞑ってみても、鋭い空気の冷たさのせいで、中々に寝付けなかった。俺はそうだ、と思う。

 

 懐にある、鬼火を使えばこの霧の中も突破出来るのではないか? 更に、体も温まるし一石二鳥じゃないか。俺は最後の希望に縋る思いで、自らの着物の中を弄る。

 

 ――――ない。どんなに探してみるも、鬼火は姿を現さない。きっと、煮売屋で言った、俺の言動に腹を立てた萃香が、鬼火を消してしまったのだろう。俺は唯唯、後悔した。今日、あの場で、萃香と喧嘩してしまったことを、ただ後悔した。

 

 体力も限界を迎えている。冬の夜は、身が切り裂かれるような寒さで、俺は吐く息が段々と、弱々しくなっている事に気づいた。

 

 ――――こんな所で、俺は死んでしまうのか。自分の絶体絶命の危機を、俺はもう、他人事のように考えた。身を降ろす土の地面は氷のように冷たく、俺の体に残る最後の体温までもを、吸い取っていく。

 

 今思えば、萃香と縁を切ってしまった所で、俺はこの地では生きていけなかったのだ。萃香には色々と、良くして貰ったのにも関わらず、俺は萃香の厚意を仇で返したんだ。

 

 後になって残るのは、ただの後悔だけ。あの時こうしておけばよかった。萃香ともっと、話したかった。心中に後悔の念が渦巻く。

 

 

「萃香……」

 

 俺は道端で体を伏せ、涙を流しながらそう呟いた。最後の最後に、萃香のありがたみが気づいた俺は、ただの馬鹿だ。俺みたいなのは、死んで当然なんだ。

 

 自分の最後の地は、見通しの効かない霧の中。精神も肉体もボロボロな俺は、今の現状に笑うしかない。喉を通し、俺は乾いた笑い声を上げる。その弱々しい笑い声までもが、霧の中へ吸い込まれ、消えていく。

 

 無意識に、俺は腕を上げた。まだ――――死にたくない。そんな思いでいっぱいになり、俺は手のひらを空に向かって上げて見せる。が、ただ手のひらは霧を掴むのみ。体温も体力も霧の中に吸い込まれ、最早体を震わせる体力すらも無い。

 

 

「萃香」

 

 俺はもう一度、そう呟いた。その言葉は、濃い霧に包まれ、消えていくかと思われたが――瞬間、俺の手のひらに暖かい温もりが伝わる。

 

 見通しの効かない霧の中、俺の手のひらを誰かが掴んでいる。その温もりは、暖かくて――――どこか、冷たかった。

 

 

「――――大丈夫だよ、もう。大丈夫」

 

 聴き慣れている筈のその声は、酷く懐かしく、俺の冷えてしまった心を、抱き抱えるように温める。目頭が熱くなるのを感じた。俺はゆっくりと、希望に縋り付く思いで顔を見上げる。

 

 

「……萃――香?」

 

 腰元にまで伸ばされた薄茶色のロングヘアー。もう、二度と目に見れないと覚悟した、彼女(萃香)の顔が見えた。自分の望んでいた展開に転んだ事を不気味に思い、俺は思わず息を呑む。

 

 

「本当に、萃香なのか?」

 

 俺は彼女の存在の真偽を確かめる為に、そう問うた。例え今、目の前に映る彼女が俺の生み出した幻覚だとしても、俺は嬉しく思うだろうが。

 

 そっと、俺の冷たい頬に萃香の手のひらが重なる。その少しだけ小さな手のひらは、これでもか、と思う程温もりに満ちていて、俺の脳までもを溶かしきった。萃香は、俺の頬に手のひらを重ねながら、微笑み、言った。

 

 

「私は、萃香以外の何者でもないよ。こんな濃い霧の中、大変だったろう。私が今、助けてやる」

 

 その暖かい言葉は、俺の耳の奥底にまで響き渡った。優しい彼女の言葉に、思わず俺は涙する。唯一温もりを持った俺の涙は、萃香の手のひらと混ざり合い、溶け込んだ。

 

 俺の涙は、堰を切ったかのように止まらない。嗚咽を零しながら涙する俺を見てか、萃香も涙を流す。彼女の優しさに、俺はただ涙を流し、肩を震わせ、嗚咽を漏らすしかなかった。

 

 ふと、萃香の頬から滴った涙が、倒れ込んだ俺の頬に落ちる。彼女のその涙は、何故か酷く冷たかった。だが、そんなものは疑問に持たず、俺は嗚咽を漏らし続ける。深い深い霧の中、萃香が少しの涙を流し、言葉を紡いだ。

 

 

「もう――――離さない」

 

 彼女のその言葉は、俺の耳に届くことなく、霧の中へと吸い込まれ、消えていった。

 

 

 

 幻想郷の遥か西の向こう側にある、桜の木の下で私は酒を傾けた。

 

 ――――最初は単なる好奇心で、彼に話しかけたのに、今となっては居てはならなければいけない存在になってしまっている。

 

 鬼ともあろう私が、一人の人間の、それも何の能力も持たない男に依存するだなんて、変な話だ。私は誰に言うでもなく、一人でにそう呟く。

 

 桜の花が舞う光景は、美しく、どこか儚げだった。

 

 春にその美しさを開花させる為に、何ヶ月も眠りこける癖して、開花したらしたでこうやって、呆気なく風に飛ばされてしまう。何とも無力な存在だ。私はそう思った。

 

 だけど、無力な存在の癖して、人妖構わず心を奪ってしまう美しさがある。それが桜だ。無力な癖に、美しさは立派なのだ。

 

 その美しさが永遠に続いたら、どれほど魅力的な事か。何度見ても、見飽き足らないその桜。散り際こそ美しいと言われるが、散ったら散ったでその後、妙な悲しさが心中を埋め尽くす癖に。

 

 だから私は――――彼を奪った。私だけが、彼の美しさを目にする為に。私だけが、彼の魅力な語りに耳を傾ける為に。だから私はあの夜、彼がいなくなってしまう事を恐れたから、彼の周りに霧を発生させ、迷わせた。

 

 私が彼を助けた時のその表情は、いつになっても忘れられない。思わずあの時は、涙した程だった。鬼がそう何度も涙するのは恥ずかしい話だが、それ程までに感情が高ぶったのだ。

 

 今となっては、もう私の物。彼までもが、私に依存し、私も彼に依存し、互いに依存しあって生きていく。それはとても悲しい事なのかもしれない。だが、そうしないと私も、彼も、生きてはいけないのだ。

 

 まず、当初の目的は、彼の寿命を先延ばしすることだ。だが、それは意外と簡単なのかもしれない。段々と私の妖力に馴染ませていき、最終的に妖しにしてしまえばいいのだから。

 

 互いに、まだ時間はある。ゆっくりと目的を実行しよう。そして――――依存し合おう。

 

 悲しくないと言ったら、嘘になる。もっと、普通な愛し方をしたかったとは思う。だけど、もうそれは出来ないんだ。

 

 だって――――私と、彼は、互いにそうやって生きていかないと、壊れてしまうんだから。

 

 

 

 

 

 

 




今回はこれと一緒に、鴉天狗も投稿する予定です。

流石に二話投稿は疲れました……ずっとタイピングしていたんで、指がヘロヘロでしゅ。
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