「“なりたい自分”を選べるというのは、時に救いであり、そして破滅の始まりでもある」
私の店にやって来る客の中には、“あのキャラになりたい”という者が必ずいる。
外見だけでなく、能力も記憶も性格も、まるでそのキャラクター本人であるかのように。
それは単なる“コスプレ”ではない。魂そのものを作り替える――強力な特典だ。
私が取り扱っているその商品には、こう記載されている。
■人格融合型転生特典
内容:任意のキャラクターの外見・能力・記憶・特性を全て獲得する。
効果:変化は肉体レベルではなく、魂・精神構造にまで及ぶ。
使用者の魂と、対象キャラクターの再構築魂が融合し、1つの存在となる。
初期の魂構成比率は、キャラクター6:使用者4。
しかし、キャラクターの能力が強大であるほどこの比率は偏り、9:1、あるいは完全上書きすらあり得る。
彼らは口々に言う。「自分の意識が残っていれば大丈夫」と。
だが、問題はそこではない。
融合が進むと、記憶の混濁、思考の侵食、自我の崩壊が起こる。
ふとした瞬間に笑い方が変わり、口癖が移り、気づけば“自分”の記憶を思い出せなくなる。
ある女は、「まどか☆マギカ」の暁美ほむらになりたいと願った。
最初は嬉しそうだった。美しく、クールで、魔法を操れる自分に酔っていた。
だが、ある日彼女はつぶやいた。
「……まどか、まどかを守らなきゃ……」
「まどかって誰ですか?」と尋ねた私は、彼女からナイフを向けられた。
それ以降、彼女は元の名前を忘れ、“ほむら”として暮らしている。
本人は幸せそうだ。だが、それは彼女が“彼女だった誰か”を忘れてしまったからだ。
私の元には、まれに「魂の分離」を求める者が来る。
だが、はっきり言おう。魂の融合は原則として不可逆だ。
たとえ分離できても、“元の人格”が完全に復元される保証はない。
むしろ、分離後の魂は空洞のように無感情で無欲な抜け殻になる可能性が高い。
それでも、欲しがる者は後を絶たない。
「なりたい」が「戻れない」になると知っていても。
この商品には、販売時に必ず以下の文言を添えている。
「この特典はあなたに“力”を与えるものではありません。
これは、あなたを誰か別の存在へと“変える”ものです。
使用は慎重に。あなたの魂が“あなた”であるうちに」
魂は、命よりも繊細だ。
命を失えば死ぬだけだが、魂を失えば、“誰かのまま”生き続けることになる。
それでも――君は、本当に“なりたい”と思うのかい?