第十話
――――ここはとある山。その山は鬼が支配し、天狗や河童なども暮らしている。そして、人間からは妖怪の山と呼ばれ怖れられている。その山の麓付近では、白狼天狗という文字通り白い狼の様な羽の無い天狗が見張りをしている。
それは、諏訪の土地をめぐる戦いから数十年経ったある秋の日の事。いつもと同じように山の辺りの見張りをしていた白狼天狗の少女は、遠くから人型の何かが二つ近づいてくるのが分かる。その少女は、もしただの人だったら危険だと判断し、もしこの山に向かっているようなら忠告し帰ってもらおうと考える。
しばらくその人影を見ていたが、一向に進路を変えないため、少女は仕方ないか。と思いつつ、注意しに行くことにした。
「あなたたち止まりなさい。ここから先は妖怪の山ですよ」
と、迅真は不意に空から降りてきた真っ白なケモ耳少女に声を掛けられる。
「妖怪の山?あぁ、あれがそうだったのか」
迅真はそう言えばそんな山をどこかで聞いた気がするなぁ……と思いながら返事をする。
「迅真、さっきもその事を言われてたでしょ?」
隣でルーミアが呆れたような表情でそう言う。
「いや、だって正直何が出てきても俺からしたら敵にもならないと思うからどうでもいいやって感覚だったし」
「そんな事言わない。たぶん本当だろうけど」
その会話を聞いていたケモ耳少女は、
「もしかして、このまま山に入る気ですか!?」
「ん?まぁ、そのつもりだけど?あ、止めるつもりならお前よりも強い奴の方が良いと思うぞ?」
「っ!人間程度に私は負けません!」
「はぁ、俺を人間扱いしてる時点でもう駄目な気がするが……」
迅真は言葉を一度区切ってから、少し敵意を持った目で相手を見つつ、
「戦うのか?」
迅真がそう言った直後、少女は一瞬走馬灯を見た。そして、全身から冷や汗をだらだらと流し、一歩も動けなくなった。動いた瞬間に死ぬ。そんな錯覚を見せるには十分な威圧感。それが目の前の人間にはある。そう理解した少女は、声すら出せずその場に立ちすくむ。
「ほら。やっぱり駄目だった。とりあえず、ここで待ってるからちょっと山に入っていいか聞いて来てくれないか?」
迅真は敵意を抑えつつ、少しがっかりしたように声を出す。威圧感が取り除かれた少女は、未だに恐怖で震えつつも、山にいる上司の元へと行く。
「……あ、そう言えばあの子の名前聞くの忘れてた」
「後で良いんじゃない?」
「それもそうか。じゃ、気長に待つかな」
しばらくぼんやりと待っていると、さっきの少女が何人か連れて戻ってきた。
「貴様らが山に入ろうとしている者達か?」
そう話しかけてきたのは、少女が連れてきたうちの一人である、背中から黒い、烏の様な翼を生やした男だった。
「あぁ、そうだけど、ダメか?」
「ふむ、本来ならば駄目だと言うのだが……私に勝てたなら良いだろう」
なんかさっきみたいになりそうだな……とか思いつつ、先ほどと同じくらいやる気を出してみる。すると、その直後、男が少しビクッ!と震えたような気がした。
「貴様、本当に人間か?」
「種族的にはな。ま、普通の人間とは相当差があるんだけども」
「そうか。それにしてもこれほどの威圧感。只者ではないのは確かだな」
「はぁ、結構言われるな。その言葉。でも、あんたもそれなりに強いんだろ?さっきの子とか今後ろにいるのとかはこれで震えあがってるし。ま、ちょっとは力出せそうだし、楽しませてもらうぞ」
「かっ!人間ごときが粋がるな。貴様ごとき、私だけで十分だ」
「私だけ……ね。ま、やってみれば分かるさ。俺とお前の力量差はさ」
そう言って、迅真は相手の事をじっと見つめ、
「来いよ。てめえごときに能力なんて使わないからさ」
「っ!ふざけやがって……後悔するが良い!人間!」
迅真の言葉についに切れた男は、叫びながら向かって来る。
「ルーミア、ちょっと下がってろ」
素早くルーミアが退くと同時に、迅真たちは衝突する。
最初の攻撃は、全力の半分以下の力で攻撃する。攻撃は単純な拳だ。だが、その拳にはただの人間なら確実に殺せるであろう力。しかし、迅真からすると、その攻撃は子供――――いや、赤子同然の力でしかなく、必然的に、迅真はそれを片手で受け止める。
男はこれで終わるはずはない。否、終わらせるつもりもなかったが、今拳を受け止めた相手に少なからずもダメージは通ると思っていた。しかし、実際は相手にダメージが通っていないどころか、馬鹿にするような表情をされる始末。
その表情で完全に切れた男は、今度は全力で殴りかかる。しかし、その一撃を軽く受け流されたどころか、その数倍の威力をもつ一撃をくらい、木を二、三本巻き込みながら吹っ飛び、視界から消える。
「この程度か?俺は一歩も動いてないんだが……どうした?調子でも悪いのか?」
すると、男は先ほど飛んで行った方向から帰ってくる。だが、服や体はぼろぼろで、今にも倒れそうだ。
「中々やるな、人間」
「いや、俺ほとんど何もやって無くね?」
確かに、攻撃回数は二人の合計で三回。そう考えるとどちらもあまり何もやっていないような気がしなくもないのだが、先ほどの一撃の威力を思うと、結構やっているとも言うかもしれない。男は先ほど飛ばされたことでいくらか落ち着いたのか、今度は反撃にも注意しつつ攻撃していく。が、やはり迅真には一撃も当たらず、全て片手で防ぐ。
「なぁ、もうやめにしねえか?なんか飽きてきた」
「ならば、さっさと私にやられるか私を倒すかすれば良いではないか」
「やっぱり倒さなきゃ通れないか。はぁ、仕方ね。これくらって終わっとけ」
そう言うと同時に、迅真は少し力を込めた右拳で、一撃、相手の鳩尾を殴り飛ばした。相手は吹っ飛ぶことは無かったが、完全に意識を刈り取られており、白目をむいていた。
「はぁ。やっぱお前期待外れだったわ。ま、精々頑張れよ。妖怪」
そう言って、迅真は倒れてくる男を受け止めるのだった。
あれ?確かこいつ、能力使ってなかったよね?あれれ?攻撃力おかしくね?