日は完全に沈み、辺りは一面闇に閉ざされる。
妖忌は明かりをつけて回り、そのまま食事の片づけを始める。
いつもならもうすでに終わっているはずの仕事。しかし、今日に限っては終わっていなかった。
薙浪迅真。彼が語る事に夢中になって聞き入る幽々子の、普段とはまるで違う明るい表情を見て、遮る事ができなかったのだ。
おかげで食事は日が沈むギリギリになってしまい、急いで必要なところだけに明かりを灯すことになった。
「薙浪迅真…奴は、人間というにはあまりにも跳び抜けている…それに、あの宵闇と共にいるというのは、普通ではあるまい…そんな人間がこの館に居て良いものなのか?」
「そんなに心配か?」
唐突に響いた声に驚いて振り返ると、そこには迅真が立っていた。
「なんでここにいるのかって言いたそうだな。違うか?」
「…その通りだ」
「だよな。俺でもそう思うからな。で、返答だが、手伝いに来た。泊まるだけってのは正直俺の性に合わないし気持ち悪い。手伝わせろ」
「そこまで言うのなら頼もう。では、半分は任せた」
「良いのか?断られると思ってたが…いや、ありがたい」
「ふん。それはこちらの言葉だ。ありがたいよ」
「ハハハ!まぁ、感謝してくれるなら素直に受け取ろうかね」
そう言って、食器洗いに迅真も参加する。
「……なぁ、洗った食器はどこに置いておけばいい?」
「そこへ置いておけ。後で風通しの良い所へ持っていく」
「そうか。じゃあここら辺で良いか」
迅真は洗った皿を置き、残りの皿を洗う。
「しかし、迅真。中々洗うのが早いな」
「ん?あぁ、昔は良くやってたからな。まぁ、あの時は俺より早く終わらせるやつらが居たけどな…あいつら、俺が頑張ってる間隣で煽ってきやがって……」
「…良き友人が居たのだな」
「そんな事……いや、そうだな。いい友達ではあったよ。もう会えないだろうけどな」
「……そうか。それはすまない事を聞いた」
「いやいや、構わないさ。もう受け入れて入るからな。それに、今も今で楽しいしな。あいつらとも絶対に会えないとは思ってはいないし。たぶん会えるんじゃないか?あいつらならやる気がするな」
「ふむ。それは楽しみだな。ぜひお主の友人に会ってみたいものだ」
「クククッ、いつか会えるんじゃないか?かなり無茶な奴らが多いからな。まぁ、その筆頭は俺だったわけだけど」
「ふっ、なら、楽しみに待っているとしよう。いつか来るそんな未来のためにな」
「あぁ、楽しみにしておけ。その為に俺は努力するからよ」
迅真がそう言った時には、全ての食器は洗い終わっていた。
「さて、では、コレを置きに行くとするか」
「そこまで手伝うというのか?」
「ダメか?」
「構わんが…本当にお主には頭が上がらんな」
「初めて会った時に斬撃飛ばして来た奴のセリフじゃないな。まぁ、別に構わないけども」
迅真は洗った皿を持ち、怖いので一応霊力で視認できないくらい細い糸で皿を固定させる。
「んじゃ、どこに置くのか案内してくれ」
「あぁ。こっちだ」
妖忌の指示に従い、迅真は歩きはじめる。
* * *
「ふぃー…終わった終わった。いやぁ、久しぶりに家事したわ…楽しいな、やっぱ」
「労働が好きなのか?」
「ん~…そう言うわけじゃないと思うんだけどな…どうだろ。もしかしたらそうなのかもしれない。掃除もそれなりに好きだけどな。まぁ、昔は俺より好きな奴が壊れた様にやってたが」
「ふむ。そやつには特に会ってみたいの…お主よりも進んで仕事をしてくれそうだ」
「ハハハッ!客人としてではなく労働者として会ってみたいのか!そりゃ確かにあいつならしっかり働いてくれそうだ!」
「ふっ、当たり前だろう?働いてくれるのならそれに越したことはない。無論、私はそやつ以上の働きをしようと努力するがな」
「あぁ、それは正にお前らしいな。会って半日だがよく分かる。お前は何者にも負けたくないと言いたげな気配があるからな。まるで俺みたいだ」
「いや、お主には負ける。手数が桁違いだ」
「……それは能力のせいだろ。俺はお前と同じほどの性能までは引き出すことが出来るが、それ以上は引き出せない。だからそれを他の人間―――いや、生物の能力で補ってる。それに比べてお前は俺が自力じゃたどり着けない高みにいるんだ。誇ってくれ。それが何よりも俺にとって嬉しい」
「なら、そうさせて貰おう」
「あぁ、そうしてくれ」
少しだけ頬を緩めた妖忌に迅真は笑顔を向け、彼らは部屋へと向かう。
その時だった。
「……お嬢様?」
庭には幽々子の姿があった。その足は何も履いていないようで、裸足だった。
何かがおかしい。そんな気配を感じ取った二人は瞬時に警戒を強める。
「妖忌…幽々子はいつもあんなことをしているのか?」
「…いや、今まであんな姿は見ていない…一体何が?」
困惑しているような妖忌。迅真はそれを聞き、両目をルーミアの眼に変化させる。
「……黒い糸が幽々子の首に大量に巻き付いて……?………ッ!!まさかあいつ、桜に向かって!?」
「何!?それはダメだ!!止めねば!!」
「オイ妖忌!!」
突然走り出す妖忌。一瞬遅れて迅真も飛び出す。
「お嬢様!!止まって下され!!」
バッ!!と幽々子の正面に立つ妖忌。しかし、そんな妖忌をするりと避けて彼女は桜へと向かう。
すでに数メートル前にはあの巨大な桜が立っていた。
「幽々子!止まれ!!」
迅真は咄嗟に指輪を投げつける。すると、
パンッ!!と小さな破裂音と共に首の周りの黒い糸は弾け、幽々子の動きが止まる。
「あ、あら?私はなんでここに…?」
不思議そうな幽々子。妖忌と迅真はそれを見て、ほぅ…と息を吐き、
パシッと幽々子が寄り掛かるように桜に手をついた瞬間、凍りつく。
「?どうしたの?二人と―――」
言葉は最後まで紡がれなかった。
突然幽々子はその場に倒れ、それと反比例するように桜が動き出した――――。
歯車は動き出す。全ては死を始めに。
狂乱の宴の幕は開けた。最後に笑うのは――――