東方種変録   作:大神 龍

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第百十九話

 目を覚ますと、すでに天高く太陽は昇っていた。

 

「……憂鬱な気分」

 

 ぼそりと呟くルーミア。ダーインスレイヴをしっかりと抱きしめ、離す気配はない。

 

「でも起きろ。だらけてたら何も始まらねぇぞ」

 

「……まだいたのね」

 

 上から覗き込んできた香に一言、そう言い放つ。

 

「一回帰ったよ。幽香に心配かけられねぇし。はぁ…その姿を迅真が見たら何て言うか」

 

「別に何も言わないと思うけどね」

 

 しかし、何時までも寝転がっているわけにはいかない。

 

 仕方がないのでルーミアは起き上がり、ダーインスレイヴを背負うと、

 

「散歩でもしてくる」

 

「…いってら」

 

 香は短く答え、ルーミアの背中を見送るのだった。

 

 

 * * *

 

 

「もう、大丈夫なんですか?」

 

「そんな訳無いでしょ」

 

 現れて第一声にそう言い放った紫に瞬時に反論するルーミア。

 

「むしろ、なんで大丈夫だと思ったのよ」

 

 おもむろに隣を歩きはじめた紫に聞く。

 

「そんな事、思ってる訳無いです。むしろ、大丈夫と言わないかの確認ですわ」

 

「……何の意味があるのよ」

 

「……私の気持ちの問題ですわ」

 

「そう。で、何しに来たの?」

 

「別に、理由は無いです。強いて言うなら、ルーミアさんが起きたと聞いたので様子を見に来た、という感じでしょうか」

 

「ふぅん。じゃあ目的は達成できたわけね」

 

「えぇ、建前としての理由は達成されました」

 

 ルーミアを見つめる紫。その瞳は、どこか悲しげな雰囲気を纏っていた。

 

「……心配しなくても、貴方の夢は手伝うわ。迅真の夢でもあるのだから」

 

「別に、そんな心配はしていませんし、もし手伝って下さらなくても何とかしますわ。まぁ、時間はかかるでしょうけど」

 

 ため息を吐きながら、紫は前を向く。

 

「……ルーミアさん。私、思ったんですよ。私は、それなりに強力な能力を持っているっていう自負がありました。ですが、今回の事件で、思い知らされたんですよ。私の能力は、境界を操る事ができる。でも、それ以上の事も、それ以下の事も出来ない。中途半端とも言える能力です」

 

「……そうね。私の能力だって、そんなものよ」

 

「はい…ですから、私は、能力の名乗り方を変えようと思いました」

 

「……どういうの?」

 

「例えば、私の能力。『境界を操る能力』と名乗っていましたが、これからは、『境界を操る程度の能力』と名乗ろうと思ってます。それ以上の事も、それ以下の事も出来ないという皮肉を込めた、『程度の能力』。どうでしょか」

 

 同意を求める様な紫の視線を受け、ルーミアは考える。

 

「………『程度の能力』。良いわね、それ。それ以上の事も、それ以下の事も出来ないから、『程度の能力』。さしずめ、私の能力は、『闇を操る程度の能力』って所かしら。ふふっ。この言い方、広めましょうか。自分はそれ以上の事も、それ以下の事も出来ないと明言するように、そう、広めましょうか」

 

 にやりと笑ってそう言うルーミアの表情に、何とも言いにくそうな表情をする紫。

 

 正直、この皮肉は自嘲に近い。出来れば拒否されるのが良いと思っていた。だが、確かに、迅真を助ける事すら出来なかったのだから、まさに『程度』というに相応しい……のかもしれない。

 

「それ以上も、それ以下も。何もかも出来ない、ただそれをする事しか出来ない能力。正にその通り。最高ね、この呼び方は。すごく、しっくりくるわ」

 

 壊れたような笑みで、ルーミアは言う。だが、紫はその表情を見たいとは思わなかった。

 

 なぜなら、

 

 彼女が泣いているから。

 

 おそらく本人は気付いてはいないだろう。だが、その両目から零れ落ちる透明は雫は、あまりにも痛々しくて、あまりにも悲しすぎて、あまりにも苦しくて。だから紫は見る事ができなかった。

 

 別に、彼女の心が弱いというわけではない。しかし、それ以上に彼女から溢れ出す悲しみの念が強く、また、すでに居ない彼の事を想起させるから、彼女も貰いかけたのだ。悲しみの、自嘲の涙を。無様で、無能な自分を呪う涙を。

 

「ハハ……ホント、『程度』よね…それ以上も、それ以下も、まるで出来ない。私には、壊す事しか出来ない。治す事なんて、出来ない。アハハ…無様ね…古の時代に、『宵闇の女王』と持て(はや)された私は、もう、こんなにも脆いわ。昔の私が今の私を見たら、なんていうでしょうね」

 

 ハハハ…そう、乾いたような声を上げながら、彼女はふらり、ふらりと歩いて行く。特に、何か考えて歩いているわけではなかった。目的地などない、散歩。それは、すでに帰路へついていた。彼女はおそらく、そんなつもりなど毛頭なかったと思うが。

 

 

 * * *

 

 

 白玉楼へ戻ると、妖忌が、ある少女の方向を向いて、動けないでいる事に気付く。

 

「……うそ…」

 

 紫も、それに気付いたのだろう。瞬間的に能力を使い、彼女はその人物の元へと移動すると――――

 

 

 

 

「幽々子ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 盛大に声を上げ、少女――――西行寺幽々子を抱きしめる。

 

「わっぷ!っとと……え~っと――――」

 

 困惑したような表情で、紫を受け止める幽々子。だが、直後、誰も予想しえなかった一言を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――どちら様でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嬉しさで歪んでいた顔が、一瞬で固まる。

 

 『どちら様でしょうか?』と、彼女は今言ったのか?

 

 まるで、そう言いたげな表情。

 

 紫は幽々子から離れると、問う。

 

「貴方……幽々子、よね?」

 

「そうですが…あの、初対面ですよね?それと、ここはどこでしょうか?」

 

 バキッ!

 

 心が、折れる音がした。

 

「……………」

 

 紫は、何も言えなかった。

 

 彼女には、記憶が、欠落しているのだ。おそらく、名前以外の、全ての記憶が。何もかも。あの桜によって。

 

 紫は、ただ、静かに涙を流す。良く考えたら、生き返ったのではない。先ほど触れた時、人肌より冷たかった。それに、軽いのだ。感覚として。

 

「あ、あぁ……」

 

 結局、彼女は戻ってきてなど。生き返ってなどいない。戻って来たのは、何も残っていない、ただの魂だけだ。

 

「あぁぁぁ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 叫び、紫はスキマの中へと逃げるように入って行った。

 

 もちろん、何の事か、全く分からない幽々子は、その場に取り残される。

 

「ハハハ…記憶が全くないままここに戻される…紫の気持ち、よく分かるわ……世界はあまりにも残酷で、無慈悲で」

 

 ルーミアは呟き、ふらり、ふらりと屋敷の中に入って行く。

 

「……それでも、私は、紫の夢を叶えるために、頑張らないと。それが迅真の、願いだから」

 

 呟くと同時、ルーミアの瞳から光が抜け落ちて行くように見えた。

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