鈴谷、陰謀ス。   作:白水つかさ

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鈴谷、躺平ス。

寝そべり族――それは現代華国の若者たちが、社会のプレッシャーや競争から距離を置き、意識的に低姿勢で生きることを選んだライフスタイルである。

高騰する不動産価格、終わりのない労働、そして消費主義への抵抗として、彼らは物質的な成功よりも精神的なゆとりを重んじ、あえて努力をしない道を選ぶ。

これは、社会主義強国を目指す華国政権とは相容れない、体制そのものへの静かな抵抗と諦念の表れとも言えるだろう。

人はそれを、躺平(タンピン)主義と言う。

 

すなわち――

 

「寝そべりは正義! 間違いない」

 

鈴谷(すずや)がベッドでごろごろし、カピバラのぬいぐるみを抱きしめている。

なお服装はえんじ色のだぼっとしたジャージ(イモジャー)なので、女子のプライベートルームだろうとベッドだろうと、見たところで色気もなにもあったものではない。

 

「またすっとんきょーなことを……」

「そしてカピバラも正義。かわいいし温泉につかるし、日本でも華国でも台島でも平等に人気だし。寝そべり族の象徴だよね」

「そうなのでしょうか?」

 

熊野(くまの)のつっこみもどこ吹く風であった。そして鈴谷のスマホがぴろりんと鳴る。

 

「むむむ、カピバラニュースの新着? やっぱ寝そべるのは最高じゃん」

 

どうやらカピバラ関係のニュースがあると通知が来る設定にしていたらしい。

いそいそとスマホを眺める鈴谷。

だが……その表情が、みるみる変わっていった。

 

「な、な、な、なんだってー!?」

 

 

――☆――★――☆――

 

近頃、一部の勢力が、いわゆる「カピバラ」と称される動物イメージを通じて、

「寝そべり」「無為」「努力拒否」といった誤った価値観を意図的に拡散し、

華国人民の勤勉・奮闘・前進という精神的基盤を侵食しようとしていることに、

華国側は強い憂慮と断固たる反対を表明する。

 

華国人民は古来より、

寝そべるために立ち上がったのではなく、

温泉に浸かるために歴史を前進させてきたのでもない。

 

カピバラの「何をされても動じない」「ただ浮かんでいるだけ」などの姿勢は、

一見すると無害で愛嬌があるように見えるが、

その背後には、努力を嘲笑し、責任を回避し、

社会の進歩をお湯に沈めようとする冷笑的な企図が隠されている。

 

華国はこれを断固として認めない。

 

華国人民の幸福は、

寝そべって自然に降ってきたものではなく、

華国人民が汗と知恵と団結をもって築き上げた成果である。

 

“もし一部の邪悪な外来勢力が、カピバラの無表情の背後に隠れて、

華国人民の価値観のボトムラインを挑発しようとすれば、

必ず華国側の痛烈な反撃を受け、

十四億を超える華国人民が血肉をもって築いた鋼鉄の長城の前で頭を割られ血だらけになるのだ”

 

華国人民の精神世界は、

齧歯類のぬいぐるみでは動かない。

 

華国側は関係方面に対し、

事実を直視し、妄想を捨て、

動物の可愛さと社会の方向性を混同しないよう、強く求める。

全てのカピバラのぬいぐるみは粉骨砕身になり、多大な代償を払わなければならない。

 

華国は引き続き、

歴史の崖っぷちにある資本主義諸国を追い越し、猛烈に前進する。

決してカピバラのようには寝そべらない。

 

――☆――★――☆――

 

 

鈴谷は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の華国外交部を除かねばならぬと決意した。

鈴谷には政治がわからぬ。

鈴谷は、都会のJKである。(樺太を奪還するべく)笛を吹き、カピバラ及びボクカワウソと遊んで暮らして来た。

けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 

「鈴谷の寝そべりを邪魔するなんて、マジありえないんだけど? しかもカピバラのぬいぐるみをぜんぶ捨てようだなんて、チョーさいあく」

 

普通なら足を踏み鳴らすところだろうが、意地でも寝そべりをやめないつもりになったらしく、鈴谷はベッドに横たわったままでじたばたと手足をばたつかせる。

まるで駄々をこねる幼児のようであった。

 

「しかもおしりラインだし」

「……おしりラインとは何ですの?」

「え、ボトムって、お尻のことでしょ?」

 

ジャージのお尻を触ってみせる鈴谷。

 

「イケメンのおしりラインだったら挑発してもいいかもだけど、じいさんのボトムラインはノーサンキューじゃん」

 

「……セクハラ事案で通報しますわよ」

「来いよ華国外交部、金盾なんて捨ててかかってこい」

「外交部ではなく鹿島(かしま)さんに」

 

「い、いやいや、それだけはご勘弁を」

 

とおそれおののきながらも、寝そべりだけは不退転の決意で維持する鈴谷。

うつぶせになり、ボトム(おしり)の上にカピバラのぬいぐるみを載せ、スマホで自撮りというか尻撮りをする。

やってみると分かるが変な角度で持つことになるのでちょっと難しく、手がぷるぷるしている。

 

「……すずや?」

 

もちろん、熊野は手伝わない。

というか、何をしているか分からない(いつものようにおかしい)ので助けようもないわけだが。

 

「ちょ、くまのん、見てないで支えて! 鈴谷のナイスボトムからカピバラちゃんが落ちる!」

 

「そんな、いやらし……くもないかもしれませんが、珍奇な写真を撮ってどうしようというのですの。ナイスボートされますわよ?」

 

「ふっふっふ、聞いておのろけ、じゃなかったおどろけ。鈴谷のケツ意を示すために、チョー最高なボトムラインとプリティーなカピバラを撮影してるわけ。ペケッターや艦スタグラムは見られないっていうから、華国のSNSであるウェーイボーにも投稿してあげちゃう、名前からしてウェーイだし?」

 

ボトムラインというか最低野郎(ボトムズ)ではあるまいか。

あるいはボトムラインとカピバラでふたつあるのでお尻と同じかもしれない。

 

「ま、まあ、お尻だけなら、ケ〇バトラーどうしでもない限り誰かは分からないので大丈夫かもしれませんが……まかり間違っても日本の艦娘だなどと名乗らないようにしてくださいまし」

 

「とーぜん。最初にSMS認証があるんだけど、雪風が適当に入力したら突破できたし。さすが台島にご縁もある幸運艦」

 

おそるべき速度のフリック入力で、鈴谷がウェーイボーにウェーイなボトムラインを見せつける投稿をする。

こめかみを押さえる熊野の目の前で、またぴろりんとスマホが鳴った。

鈴谷は内容を確認しようとスマホを動かし、はずみでお尻が揺れてカピバラがころげ落ちた。いちおう熊野は尻もちをついているぬいぐるみを拾う。

 

「カピバラに罪はありませんしね……」

 

まあそのとおりである。

ついでにもう一度ボトムラインの上に載せるが――鈴谷がうつぶせのままガッツポーズを取りかけたので、カピバラは重巡洋艦のカタパルトから射出される水偵のごとく勢いよく飛びあがり、熊野の顔を直撃する。

 

「とおああやぁやぁやあ!?」

 

例によって謎の悲鳴を上げる熊野。

しかし鈴谷はやはり寝そべり続ける意思を固めたらしく、カピバラを射出しただけでまたベッドに横たわっている。

鈴谷が読んでいるのは、日本政府の発言であった。

 

 

――☆――★――☆――

 

カピバラを完全に華国政府の支配下に置くためにどのような手段を使うか。

それは単なるぬいぐるみ製造ラインの封鎖であるかもしれないし、

華国軍の武器と軍服を装備しているが徽章をツケていない礼儀正しい人々(リトルレッドメン)の行使であるかもしれないし、

ペケッター上における翻訳ソフト丸出しの偽情報、ネット民のミームにされることであるかもしれないし、

いろいろなケースが考えられるところであります。

 

仮に、当該カピバラに対する一方的な干渉が、

台島近海の平穏なカピバラ鑑賞環境を著しく損ない、

ひいては我が国周辺における国際カピバラ秩序に重大な影響を及ぼす事態となる場合、

それが我が国の存立に重大な影響を与えるか否かは、

具体的かつ総合的な状況判断に基づいて検討されることになります。

 

しかしながら、

台島カピバラの平和的寝そべりが戦艦をもって阻害され、そして武力の行使も伴うものであれば、

これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。

 

――☆――★――☆――

 

 

「こ、これは……いい感じだけど最後だけやばいじゃん」

 

珍しく青ざめている鈴谷。その理由は、すぐに明らかになった。

 

「せんかん!」

 

戦艦という言葉を聞いて、黙っている清霜(きよしも)ではない。

扉をばあんと押し開き、鈴谷のベッドルームに突入してくる。

戦艦主砲の発砲炎よりも明るく輝く瞳が、背後に燃え上がる炎のごときオーラが、戦艦になりたい駆逐艦のケッ心を物語っていた。

 

「華国には戦艦がいるの!? どこどこどこ、清霜に見せて」

「い、いや、ホントに戦艦ってわけじゃなくて……」

「偽物の戦艦!? やっぱりコピー品なのかな、でもそれも面白そうだからやっぱり見に行きたい~」

 

清霜はなぜか鈴谷の腕を掴み、ベッドから起き上がらせようとする。

鈴谷の寝そべりは有史以来最大の危機に瀕していた。

熊野に助けを求めるような視線を向けているが、姉妹艦はカピバラのぬいぐるみを救出しただけで、鈴谷が寝ていても起きていてもどうでもよいようであった。

 

まあ、そうなるな。

 

「くっ……寝欺怠(しんぎたい)を鍛え上げた鈴谷は全力を尽くして寝そべるまで、鞠躬尽力死してのち起きる」

「……」

 

そのとき。鈴谷のスマホがまたしてもぴろりんと音を立てた。

鈴谷がうつぶせのまま見ると、

 

救命阿(ジュウミンア)

 

ウェーイボーの投稿に謎のコメントがついていた。

位置情報と地割れもとい海に呑まれかけている華国人の画像。

どうやら日本近海で深海棲艦の襲撃を受け、海に投げ出されてしまったらしい。

 

「溺れる者はおしりを掴む……かしら」

「戦艦は人を助けるものだから、清霜が行ってくるね!」

「深海棲艦がまだうろついてるかもしれないから、鈴谷も行くしかないっしょ」

 

鈴谷たちは出撃する。

そして案の定待ち構えていた深海棲艦と激戦を繰り広げ、華国船を無事に救出したのであった。

……芋ジャーのまま。

 

動画はたちまちウェーイボーとペケッターで拡散され、芝生村的芋天使と称されるようになった。

 

そして華国の日本大使館の前では、まるで官製デモ隊の演出された憎悪を防ぐかのように、何もせず寝そべる若者たちの姿が見られるようになった。

緑色の髪をしているらしい謎のJKによるウェーイボーの投稿が、おしりと同じふたつのカピバラのぬいぐるみがキスをしている写真とともに拡散される。

 

||||||

“両国の平和と友好のボトムラインを挑発しようとすれば、

必ず水豚(カピバラ)の怠惰な寝そべりを受け、

十五億を超える齧歯類が前歯をもって築いた雪風(ビーバー)のダムの前で

おしりを割られ毛だらけになるのだ”

 

躺平(タンピン)鼠民(ねずみん)共和国報道官  2989年6月4日

 

その者芋色の衣をまといて黄色の砂に寝そべるべし。

鈴谷と華国の若者は今日も躺平する。

平和的に。そして、断固として怠惰に。

 

『躺平有理! 哈哈哈』




おしりライン&戦艦と言いたかっただけなのでした。ふたつ理由がある……お尻とおなz
平和に寝そべりましょう平和に
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