鈴谷、陰謀ス。   作:白水つかさ

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鹿島、教育ス。

薄暗いビルの古びた階段を、鹿島は静かに駆けあがる。

目的の階にたどりつくと、気配を消して廊下を進み、一部屋ずつ聞き耳を立てていく。

幸いにして扉は薄く、中の様子は十分聞き取れた。

 

「いやぁ、協力的で助かるよ、鈴谷ちゃん」

 

一室から鈴谷の名が聞こえ、鹿島はその部屋に注意を集中する。

 

(やはり、この中に……)

 

ドアにガラス張りの部分はないため、室内の動きは見てとれないが、逆に言えば中から気づかれる心配もない。

鹿島は静かにドアの脇に身を寄せ、耳を澄ませる。

 

「君みたいな可愛い子が参加してくれたら、みんな大盛り上がりだよ」

 

(……みんな? ますますもって危険な気配ですわね)

 

鹿島は冷静に呼吸を整えつつ、さらに耳を傾ける。

幸い、同じフロアの他の部屋は人気(ひとけ)がなく、鹿島を見とがめる者はいない。

 

「かっこいい車でドライブしてやることやる、最高だろ?」

「えー、それはちょっちね……」

 

珍しく、鈴谷が引いた声。

鹿島の脳裏に淫行の数々が浮かぶ。

パパ活どころか援交、乱交、よからぬ道にはまりこんでいく鈴谷の姿。

 

「まあまあ、そう堅いこと言わずに。ほら、肩の力抜いてさ」

「ちょ、ちょっと……」

 

軽く肩を抱くような気配と、鈴谷が抵抗する声。鹿島は久々にキレた。

 

 

――☆――★――☆――

 

 

「そこまでです!」

 

ドアをばあんと押し開き、素早く室内に踏みこむ鹿島。

部屋は散らかってこそいるが事務所らしき雰囲気で、ソファーもシンプルな黒。

偽装連れ込み宿ではなさそうだが、鈴谷の肩を抱き、身を寄せている男という様子は、声からの想像どおりだった。

 

さらに、ほかにも何人ものいかつい男が詰めている。

 

「おやおや、もっと綺麗なコが来てくれるとは嬉しいねえ」

「いやいや兄貴、こっちは俺たちが……ぐへへ」

 

グラサン男ととりまきが、鹿島に詰め寄る。

鈴谷は解放されたのはいいが、男どもがそろいもそろって鹿島に向かっていってしまったことにびみょーに釈然としていない表情をしている。

 

「艦娘といっても、艤装がなければ砲撃したりはできないんだろ? 無駄な抵抗はやめて仲良くしようぜ」

 

と男が手をいやらしく動かすが、鹿島は平然とした顔。

 

「確かに砲雷撃戦はできませんが、練習巡洋艦が教えるのは主砲や魚雷の撃ち方だけではありません」

「そうか、もっといろいろ教えてくれよ」

「ええ、いろいろと。知力、体力、船乗りの魂――あなたがたにはそのいずれも足りませんから」

 

ぽむっと、鹿島は男の両肩に手を置く。

 

「ぐべらっ!」

 

男の悲鳴は熊野ほどかわいくも面白くもなかった。

だが、悶絶したことには変わりない、というか、熊野よりはるかにひどい目に遭っている。

 

「まして私は“鹿島”の名を持つ艦。武道の神タケミカヅチを祭神とする艦娘を手込めにしようとは、いい度胸ですわね」

 

膝をついた男を冷たく見下ろす鹿島を、意外にも鈴谷が止める。

 

「ち、違うってば鹿島! これ、そーいうのじゃないから! パパ活とか全然違うから!」

「鈴谷さん? では、やっちゃうとか、じいさんはイチコロとか、みんな大盛り上がりとかドライブしてやることやるとかは何だと言うのでしょうか」

「あ、えーと、ぜんぶ聞かれてた? それはぁ……」

 

くねくねする鈴谷。目を向けられて、転がる男が大声でウタい始める。

 

「か、樺太奪還運動です! 鈴谷ちゃんが奪還運動の旗印をやってくれれば、政治家のじいさんどもはイチコロだし、デモ隊はみんな大盛り上がりで街宣車でドライブして街宣をやる……本当ですやめてください腕はそんな方向に曲がりませんっ!」

「樺太……?」

 

鹿島が優美な眉をひそめる。

考えにふけるあまり上の空で男の腕をひん曲げているが、まあ些細なことだろう。

 

「そう、樺太と北方領土です! 世の中の目を覚まそうと! 我々右翼団体、いや憂国集団に、むしろ鈴谷ちゃんから声をかけてきたくらいで」

「街宣車はさすがにちょーっと、鈴谷の趣味には合わないんだけどねー」

 

ぺろりと舌を出す鈴谷に、鹿島は軽く目を向けて考えをまとめた。

 

「なるほど、私が鹿島神宮の名を頂いたように、鈴谷さんの艦名の由来は樺太を流れる鈴谷川。だから樺太奪還運動に共感した……ということでしょうか」

「それだけじゃない――むぐぐ」

 

目にも止まらぬ動きで、鈴谷に猿轡をかませる鹿島。

男たちに鈴谷の真意などという情報を聞かせる義理はなく、危険でさえあるからだろうが、それにしても容赦がない。

軽々と鈴谷を取り押さえたうえで、男に目を向ける。

 

「艦娘は、いえ軍事組織はすべて、そのような政治に関わるべきではありません。特に、鈴谷さんのようなかわいらしく人気のある女性を悪用しようとは不届き千万です」

「ふ、ふがふが?」

 

かわいいと言われて感動しているのか早くほどいてほしいだけなのか、鈴谷は目をうるうるさせていた。

 

「そして」

 

すうっと、鹿島の目が冷える。

 

「ご立派な口上の割には、鈴谷さんや私にいやらしいことをしようとしていましたね」

「はい実のところ、艦娘人気を利用して金集めしたり、鈴谷ちゃんといい思いを……うわらば!」

 

二巡目砲撃。

 

「教育的指導です」

 

グラサン男は床に倒れ込み、とりまきもすっかりおとなしくなっていた。

鹿島は鈴谷をかつぎあげ、男どもを見回す。

 

「これ以上、鈴谷さんを利用するような真似はおやめなさい。次は14センチ砲ですよ」

 

男は怯えた顔で何度もうなずいた。

 

 

――☆――★――☆――

 

 

ビルからほど近い、人気のない路地裏に、熊野は所在なげに立っていた。

 

「遅いですわね、鹿島さん……。まさか、鹿島さんまで先輩として……」

 

……何の先輩だというのか。とまれ、怪しげな想像が熊野の脳裏をよぎる。

そのとき、軽やかな足音とともに、鹿島が姿を現した。

肩には、ぐったりした鈴谷。口にはしっかりと猿轡が嵌められている。

 

「んー! んーっ!」

 

熊野は血の気が引いた。

 

「か、鹿島さん!? まさか……」

 

鹿島はわざと深刻そうな顔で、ぽつりぽつりと言う。

実は口元が笑っているが、余裕のない熊野は気づいていない。

 

「ええ。事務所に男と入っていき……ドライブしてやることやると……あまつさえ、肩を抱かれて……」

 

顔面蒼白になる熊野。

 

「そ、それで猿轡まで! 鈴谷に、そんな……そんな破廉恥な趣味があるなんて……!」

「というのは冗談です」

 

鹿島はにっこりと微笑んで鈴谷を肩から降ろし、猿轡を外す。

ようやく解放された鈴谷は、息を荒げながら叫んだ。

 

「違うっつーの! パパ活でも援交でもSMでもないっ!! 護衛艦すずやのために樺太奪還の運動!!」

 

熊野はぽかんと口を開け、鈴谷を見つめる。鹿島さえも、少し意外そうだ。

 

「護衛艦……すずや?」

「熊野ももがみんも三隈(みくま)も、もがみ型FFMで揃って名前が復活したじゃん? 鹿島さんは練習艦だし。だけど鈴谷は……樺太(からふと)の鈴谷川だから、最上型4隻の中でひとりだけ仲間はずれにされちゃった」

 

少し涙目の――感傷からか単に猿轡で息苦しかったからかはさておき――鈴谷に、鹿島が優しく声をかける。

 

「なるほど、姉妹艦の絆は大切ですね。もちろん、現代の護衛艦に名前がつけられるかどうかで絆が変わるものではないと思いますが……気持ちは分かります」

「水臭いですわ、鈴谷! わたくしも力になりますのに、なにもパパ活で資金を集めなくても」

「だから違うー!」

 

鈴谷が叫ぶ。

苦笑して、鹿島が話を引き取った。

 

「あの男は、樺太や北方領土奪還を唱える団体の構成員でした。ただ、真の狙いは怪しげな資金集めと、あわよくば鈴谷さんと……という下心でしたから、私がきっちり教育しておきました」

「やはりアレは不審でしたわ……」

 

熊野にジト目で見られ、鈴谷は肩をすくめる。

 

「まー、失敗だったのは認めるってば。でも、鈴谷なりに必死だったんだよー」

 

熊野は安堵したように胸をなでおろし、しばらくしてから小さく微笑んだ。

 

「もう、紛らわしいことしないでくださる? 本当に心配したんですから」

「ごめんごめん! 今度からちゃんと熊野にも相談するから!」

「はいはい。今からでもいいですわよ」

「マジでっ? じゃあマーミヤンで、もちろんおごるから」

 

喜び勇んで言う鈴谷に、熊野は首をかしげた。どこかのファミレスだろうか。

 

「……マーミヤン?」

「甘味処『間宮(まみや)』のことじゃん? 知らないの?」

「……」

 

沈黙する熊野。やや唖然とした表情で、もはや保護者と化した鹿島が言う。

 

「では、私も同行しましょう。……鈴谷さんだけでは、次は何を企むか分かったものではありませんから」

「そ、そんなことないって!」

 

鈴谷、熊野、鹿島が、歩み去っていく。

こうして鈴谷淫行騒動は、いったんの決着を見た――が。




一段落した気配ですが、続きます! 明日以降もよろしくお願いします。
なおマーミヤンは『艦これRPG』のリプレイよりでした。
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