昭南、覚醒ス。
「ウェーーーイ! パーリィだぜぇぇぇ!」
「イエエエエエイ……なのですわ!」
鎮守府に響き渡る、謎の奇声。
声の主は、小柄な艦娘と背の高い艦娘の二名。
いずれも黒髪だが、派手な原色のサングラスにアロハシャツでキメているため、ぱっと見には正体が分からない。
だが、
「……
「
さすがに海防艦仲間や姉妹艦というべきか、奇妙な服装に着替えていても正体が分かったらしい。
とはいえ彼女たちも、目の前の状況を理解しかねている点では変わりない。
なにしろ昭南は、海防艦のなかでもおとなしく控えめな印象の艦娘。
そして扶桑はもちろん、少々、いやかなり不幸なところはあれど、日本の別名を艦名に持つだけあって長い黒髪に巫女装束を思わせる清楚な和装の艦娘だ。
……そのはずだった。
だが今や昭南と扶桑は、派手なサングラスをかけ、アロハシャツを纏って、スマホと無線接続したスピーカーから爆音を流しながら練り歩いていた。
さらに昭南は、周囲の海防艦仲間を捕まえ、無理矢理声を出させようとする。
「ほら
「ぴ、ピィ!?」
思わず択捉は危険な鳴き声を上げた。
「ピィじゃなくて、ウェイ! 盛り上がっていこう」
「う、うぇーい……やっぱり恥ずかしい!」
真っ赤になって逃亡する択捉。
周囲の艦娘があるいは困惑し、あるいは巻き込まれそうになって逃げ惑い、あるいは取材や写生を始める。
そして満足そうなのは――鈴谷ひとりであった。
「いやー、昭南さんも扶桑さんもノリいいじゃん! “しょうなん”ウェーイ系、これなら一発でペケッターのトレンド入りだね!」
赤い牛のドリンク片手に親指を立てる
何やら楽しそうだが、トレンド入りというより、炎上という気もしなくはない。
「もしもし
と
「……また、あなたですか、鈴谷さん」
事と次第によってはただではおかない、という顔の鹿島に、あわてた様子で鈴谷が手をぱたぱたと振る。
「いやいや、鈴谷べつに何もしてないって」
「この状況でそれを言うのは無理がありますわ」
「いやほんとマジで。強いて言えば鹿島のせいじゃん」
びしっと指を差す鈴谷。
「……なんですって?」
鋭い目をする鹿島に、鈴谷はつつっと近づき、ごにょごにょと耳打ちする。
たちまち鹿島の顔が赤くなり、肩がわなわなとふるえる。
……だがそれは、恥じらいではなく、怒りによるものだった。
「ひ、人のせいにしないでください!」
鹿島は鈴谷を捕らえようと手を伸ばすが、ナニゴトかをささやいたからには鈴谷も予想済み。
素早く逃げ出し、昭南・扶桑と肩を組んでスマホで自撮りをする。
「
「ウェーイ!」
昭南と扶桑の軽い声が響き――鎮守府の混沌はいっそう深まるのであった。
「鈴谷さん、ウェーイ系とはなんですか……?」
ことの発端は、数日前。
おとなしやかな――そのときは――昭南が、おずおずと鈴谷に問いかけたことだった。
反射的に直立不動の姿勢になる鈴谷だが、いつもながら一緒にいた熊野に袖を引かれてはっと席に座り直す。
「
マーミヤン、もとい甘味処『間宮』に自分のおごりで注文を入れるあたり、まだチャリパこと『栄光ある艦娘の名を現代護衛艦に復活させようチャリティーパーティー』の記憶は鮮烈なようだ。
ともあれ、
「……ウェーイ系?」
鈴谷と熊野が、揃って首をかしげる。
小柄で控えめな海防艦である昭南の口から出るには、いささか違和感のある単語だった。
「はい。鹿島さんが、護衛艦〈しょうなん〉は湘南リゾートだからウェーイ系だと仰っておられたので……」
そこまでは言ってない。言ってないのだが……不幸にして、鹿島はこの段階では不在であった。
そして少なくとも、護衛艦は彼女の名の由来である
「なるほど! それで昭南ちゃんもウェーイ系になることでイメージを寄せて、さも艦名が復活したように思わせようってことか。チョー最高じゃん!」
「……あほの子ですの? 昭南さんがそのような珍妙なことを考えるはずが――」
「へっへー、鈴谷があほの子だったら妹の熊野もあほの子になるからね」
「あほの子とはそういう意味では……」
思わずつっこむ熊野と、謎の反論をする鈴谷。
だが――昭南は、真剣な目で鈴谷を見て言った。
「実は、そうなんです! わたしもウェーイ系になろうと」
がたっと、熊野が椅子からオチた。
「ま、マジですの?」
そしてこちらもがたっと、鈴谷が椅子から立ちあがる。
「いいじゃんいいじゃん。まさにウェーイって感じ!」
昭南の手を両手で握り、盛り上がってきた顔で言う。
「鈴谷が教えてア・ゲ・る♪」
熊野が横で頭を抱えているが、今の鈴谷と昭南の目には映っていない。
鈴谷は――どこから取り出したのかは永遠の謎ながら――赤いフレームの伊達眼鏡をかけ、教鞭がわりにストローを持って、教師の物真似をする
「ウェーイ系とは! ノリとかテンション高めで、いつも『ウェーイ!』って言ってる感じの人たちのことだよ。飲み会とかパーティとかイベントとか、人の集まる場で友達と盛り上がるのが生きがいって感じ。テンションアゲアゲな感じだね」
「な、なるほど……」
「だから昭南ちゃんもウェーイ系になって、湘南の女王になれば完璧! ウェーイ」
さっそく両手を挙げて盛り上がる鈴谷。
昭南も、おずおずとその真似をする。
「う、うぇーい」
「もっと元気よく! ほら、ウェーイ!」
「ウェーイ!」
マーミヤンに、怪しい声が響く。
そして鈴谷たちの隣のテーブルに、
元気な叫び声に引き寄せられたのか、ふらふらと扶桑が鈴谷に近づいてくる。
「あ、あの、鈴谷さん?」
「扶桑さん、いいところに! 日本そのものの名前を持つ艦娘として、あほの子鈴谷を止めてくださいまし」
目を輝かせて、熊野が言う。
だが、扶桑は、真っ白い手で鈴谷の肩をつかんで言った。
「私もウェーイ系になれば、現代の護衛艦として名前が復活しますか?」
……と。
熊野はがっくりと肩を落とし、鈴谷はさらにガッツポーズ。
かくして昭南のために頼んだはずのパフェをつつきながら、大小ふたりの艦娘を前に、鈴谷先生のウェーイ系講座が始まってしまったのであった。
夜の横須賀。
どぶ板通りを、怪しげな人影が三つ、いや四つ、進んでいく。
夜なのにプラスチッキーなサングラスをかけていたり、長身の美女なのによたものめいたアロハだったりするので、酔客や
「ねこのふんが! 不幸だわ……」
長身の一人が、お約束のような声を上げる。つまりは扶桑。
「だ、大丈夫です! 運がついたって思いましょう」
いささか時代がかった励ましかたをするのは、小柄なひとり、海防艦娘の昭南だ。
「はーい、そろそろ静かにね。昭南がウェーイ系だっていうイメージはじゅーぶん広まったから、あとは護衛艦〈しょうなん〉のほうをパリピカラーにデコっちゃえば、みんな『パリピ艦娘昭南がパリピ護衛艦しょうなんになった!』って思うっしょ!」
そして一番うるさいのは鈴谷である。
だが、人影は三つではなく四つ。最後の一人は、
「ウェーイ! 協力するから、〈しょうなん〉の次は三笠公園の記念館〈
……清霜であった。
こちらも半袖シャツにショートパンツ、
いささか不審そうに、昭南が振り返る。
「三笠……ですか?」
「だってさ、考えてみ? 三笠は?」
「せ、戦艦です?」
「そう戦艦! で、戦艦な三笠をパリピにしたら、戦艦=三笠=パリピ。で、清霜はいまパリピだから、パリピ=清霜。
つまり、戦艦=三笠=パリピ=清霜で、清霜=戦艦! 論破!」
小さな胸を張り、清霜がふんぞり返る。昭南は感動したような目をしていた。
「それは……すごいです!」
「でしょでしょー! ついに清霜が戦艦になる歴史的瞬間!」
何かがおかしい。おかしいはずだが……この三段論法を破るにはあまりにも余白が足りない。
清霜と昭南がきゃっきゃと盛り上がっているところに、
「いいえ、そんな瞬間は来ません」
鹿島の静かな声が冷や水を差した。
美しい曲線を描く身体で立ちはだかり、豊かな胸の下で腕を組んで、四人のウェーイ系艦娘をはっしと見据える。
「か、鹿島さん!」
「どうしてここに……」
昭南と扶桑が、いまさら自分の艦娘らしからぬ格好を思い出したかのように、たじたじとなって後ずさる。
鹿島はため息をついた。
「そんな目立つ格好であまつさえ叫びまくっていたら、誰だって気付きますわよ」
「そ、そんな……」
ぐぬぬとなる鈴谷。
「海上自衛隊の基地に夜間潜入しようなどとは言語道断です。人間の政治に手を出すなと言われたでしょう」
「ええーっ、じゃあ清霜イコール戦艦計画だけでも!」
「却下です」
「むぐぅ……」
清霜もふくれっ面でうなだれる――と思いきや。
「じゃあ清霜は、一人で三笠パリピ化しにいくもん!」
清霜はサングラスをかけ直し、ビーチのパリピよろしくロケット花火を
黒色火薬の炸裂音が響き、ビーサンの音はぺたぺたと鳴る。
……この艦娘は特別な訓練を受けています危ないので真似しないでください。
「お、お待ちなさい!」
鹿島があわてて追いかけるが、駆逐艦――戦艦ではない――の速力は練習巡洋艦よりも速い。
ぐんぐんと距離を離し、大通りの歩道へと飛び出すと、ちょうどそこにタクシーが停車する。
ドアが開き、清霜の目が輝いた。
「ラッキー! 運転手さん、三笠公園までダッシュでお願い! 後ろの怖いおねーさんには追いつかれないでね!」
「いえ、あなたが行くのは――」
落ち着いた女性の声に、清霜がきょとんとする。
「お説教部屋です」
「え、えええええ!?」
運転席から振り返ったのは、何故かタクシーの運転手姿の工作艦艦娘・朝日だった。
清霜は逃げだそうとドアをがちゃがちゃと揺らすが、艦娘の力をもってしてももはや微動だにしない。
にっこりと微笑んで、朝日が言葉を続ける。
「三笠は私の妹ですよ? 『ぱりぴ』なる怪しげな存在にしようなんてとんでもありません」
第二次大戦後、三笠は艤装を剥がれて進駐軍のダンスホールにされかかったことがあるためか、少しだけ朝日の目が怖い。
もちろん清霜にそこまでの悪気がなかったことは朝日にも分かっているが、残念ながら同情も無い。
「さあ、出発です。戦艦三笠の歴史をしっかりと教育してさしあげます」
「やったああああああ!!」
悲鳴?を後に残し、タクシーは走り去る。
残る三人のウェーイ系と鹿島は、あまりのことに絶句して見送るしかなかった。
清霜を乗せたタクシーが去ってから、しばしの静寂。
夜更けの横須賀で対峙する鈴谷、昭南、扶桑、それに鹿島は、しばらく言葉もなく、どこか気まずげに顔を見合わせていた。
「――で、あなたたちはどうするのですか? 昭南さん、扶桑さん」
「……」
「今も練習艦〈かしま〉が存在する〈鹿島〉としては、あなたたちの気持ちが分かるとは言えませんが。それでも、未来の艦名よりも、今あなたたちがどう生きるかが大切ではありませんか?」
鹿島の静かな説得に、昭南はうつむき、ぽつりとつぶやく。
「本当は……分かっていました。こんなことをしたって、どうにもならないって」
思わぬ転向に鈴谷がうろたえるが、その彼女に昭南はぺこりと頭を下げる。
「でも、楽しかったです。ありがとうございました」
「むー……」
いささか照れくさそうに、鈴谷が頭を掻く。
扶桑が、そっとサングラスを外した。
「私も、無理なキャラ作りはしないほうがよさそうですね。伊勢、日向に負けないように、私は私として精進します」
ようやく安堵して、鹿島が構えを解いた。
足取り軽く、昭南が彼女に近づく。
「あ、あの、鹿島さん!」
「なんですか?」
「最後に一枚、セルフィー撮らせてください! ウェーイなやつを」
「……」
鹿島は苦笑したが、その表情は温かい。
扶桑も鹿島と肩を組み、夜の街にシャッター音が響く。
ウェーイ系から足を洗う二人と鹿島の、最後の写真がスマホに刻まれた。
……三人の写真。
「……こうして鹿島もウェーイ系になった。樺太を返さないと次ははげ大統領がこうなるぞ――っと」
ぽちぽちと、鈴谷が
背後に殺気。
「……鈴谷さん?」
「はっ、鹿島!」
振り返り、鹿島の顔を見る鈴谷。
鹿島の目はいささか冷たく、鈴谷の背中に冷や汗がつたう。
「や、ほら、昭南ちゃんも扶桑さんも自分を取り戻したじゃん? だから鈴谷も樺太を取り戻したいなーって」
「ですから――」
「あれが最後のすずやとは思えない、やがて第二第三のすずやが――いたいいたい鈴谷の腕はそんな方向に曲がらないっ!」
鈴谷の妙に楽しそうな悲鳴が、横須賀どぶ板通りに響いた。
翌朝、鎮守府には「今後、樺太でウェーイ系行為をしてはならない」という掲示が張り出され、これは振りかと話題になったが……それはまた別の話。
少しだけ大人になった昭南と、自信を付けた扶桑、そして相変わらずの清霜に鈴谷は、仲間たちと海に出る。
北方海域の海は、深い青だった。