鈴谷、陰謀ス。   作:白水つかさ

8 / 10
鈴谷、奮戦ス。

この作品はフィクションです。現実の政治、国際状況等とは関わりなく、また政策的提言を行うものではありません。

 


 

 

「いやちょっち、見なかったことに……これ、マジでヤバいやつ……」

 

沈黙に耐えかねて、鈴谷(すずや)がつぶやく。

それも無理はなかった。

 

濃霧の中におぼろげに浮かぶのは、深海棲艦の大艦隊。

空母ヲ級、軽母ヌ級を主力とした、大小の戦闘艦艇。

そして――護衛陣形の中心に、無数の輸送ワ級が不気味に陣取っている。

膨張したシルエットは、まるで水死体のように不気味だ。

輸送艦はともかく、大量の護衛は、鈴谷ひとりには手に余る相手と言えた。

 

とはいえ。

ここが日本近海なら、見なかったことにする必要などなく、敵艦発見を打電して全力で迎撃すれば済む話だ。

そうもいかないのは、ひとえに、

 

樺太(からふと)が……」

 

と、いうためであった。

艦娘は人間のレーダーにはひっかかりづらく、濃霧と荒れた海面は目視発見をも困難にする。

それをいいことに、鈴谷は単独出撃して、樺太近海までふらふらとやってきていたのだった。

そしてそこで見つけたのが、樺太へと向かうのであろう深海棲艦。

 

ワ級(おでぶちゃん)に空母ってことは、やっぱ上陸作戦だよね……豊原(とよはら)、ちょっと内陸だし」

 

考えをまとめようとするように、鈴谷は小声で言う。

豊原、現在はロシアの実効支配下にあってユジノサハリンスクと呼ばれる樺太の中心都市は、鈴谷川のほとりにあるとはいっても河口ではない。

輸送ワ級が腹の中に抱えた陸戦隊を海岸に上陸させて多少の距離を進軍、砲撃より到達距離の長い航空戦力の上空支援を受けて制圧にかかるという推理は、合理的な見立てといえた。

 

「……でもさぁ」

 

鈴谷の声が、ほんの少しだけ高くなる。

 

「これスルーしたら、ロシア終わって鈴谷たちがヘルプに入れる超ラッキー展開?」

 

そう。

もし鈴谷の予想が正しく、深海棲艦がユジノサハリンスク一帯を制圧したとすれば、樺太は無秩序状態に陥る。

そして秩序回復や虐殺阻止と銘打って他国に部隊を派遣することは、善意と口実の混ざり具合はケースバイケースにせよ、有史以来まま行われてきた作戦行動(オペレーション)だ。

 

「一段落したら、これからどうしたいですかって住民投票するっしょ。樺太ルーツで、絶世の美少女な鈴谷が助けに来てくれたのを見てたら、結果は明らかじゃん?」

 

評価は個人の感想です。

そしてロシアで住民投票はだいぶアレ。

 

しかしそれはさておいても――必ずしも、鈴谷の想像(もうそう)荒唐無稽(もうそう)とばかりも言えない。

派兵の可能性は先ほど鈴谷が考えたとおりだし、帰属の住民投票はロシア自身が行ってきたからこそ断りづらいかもしれない。

そして前提条件となる一時的混乱について言えば、目の前の深海棲艦は、現代では希薄な兵力配置に過ぎない樺太のロシア軍を圧倒しそうな数だ。

 

「そしたら鈴谷豊原市長、いや鈴谷樺太知事爆誕? もちろん護衛艦すずやも復活するだろうし……マジまんじ、やばすぎてしぬ」

 

興奮のためか、いささか時代がごっちゃなギャル語の鈴谷。

だが――その顔が、不意に曇る。

 

「でも……」

 

樺太の戦い。

撃沈された避難船に、民間人まで動員された防衛部隊の激戦、軍使や捕虜の殺害に集団自決。

 

もちろん艦としての鈴谷にその記憶はないが、艦娘として樺太奪還と艦名復活を唱えていた鈴谷は過去の歴史を、艦からすれば未来の記憶を知っている。

護衛艦として艦名が復活するかどうかより、艦娘たる自分たちが努力し、今を生きることが大切ではないかと、朝日や鹿島が言っていたことが思い出される。

深海棲艦が襲撃をかければ、過去と同じ、あるいはそれ以上の悲劇が、現代の樺太にもたらされるかもしれない。

 

「でもさあ……」

 

だが、ここは樺太近海。

日本の艦娘が深海棲艦と交戦すれば、否応なくロシア軍にも発見され、日露間の外交問題となりかねない。

 

張本人として謹慎や左遷、最悪解体処分といった運命が、鈴谷の脳裏をよぎる。

もちろん深海棲艦に返り討ちに遭えば、弁明の機会さえない。

いっぽういま上陸作戦を見逃せば、攻め込まれた混乱で鈴谷がいたことなどロシアは気づくはずもなかった。

 

樺太住民から受ける解放者としての歓呼と艦名の復活に対し、復活どころか自分の存亡と夢の延期。

考えればどちらが望ましいかは明らかだった。

だから。

 

「だー! 考えんのやめ! ――ウェーイって行くしかないっしょ」

 

鈴谷は考えなかった。

強く自由にギャルらしく。

主砲を握り直し、魚雷を発射位置に構えて、機関を全開にした。

 

 

――☆――★――☆――

 

 

「鈴谷は空気……鈴谷は空気……」

 

謎の呪文を唱えながら、全速前進をかける鈴谷。

濃霧のおかげで、深海棲艦艦隊の背後から正横へと占位するあいだ、なんとか発見されずに済む。

水偵はすでに発艦させているが、これは攻撃用でも着弾観測用でもなく、無線を封止しているなかでの日本への救援要請だった。

 

「っし――パーっとやっちゃうよ!」

 

横並びの状態から、魚雷を発射する。

横腹を晒す船団に魚雷を射こめば、どれにも当たらないということはまずありえない。

到達までの間、息をひそめ――爆発。

次々と水柱が上がり、轟音が白い霧を揺らす。

 

「――!」

 

深海棲艦の怒りの声が響く。

艦隊から反射的な発砲炎が輝くが、ろくに狙いも定まっていないし、そのときには鈴谷はもう突入コースを取っている。

 

「主砲、副砲、ってー! 大注目されちゃうなんて、パリピの本懐だっつーの」

 

砲撃を輸送ワ級に集中。装甲などない輸送ワ級は次々と炎上するが、艦体の大きさのせいか、容易には沈んでくれない。

空母ヲ級が離脱しようとするのを見て、鈴谷は挑発にかかる。

 

「来いよヲ級、艦載機なんか捨ててかかってこい……あたあたあたちょーやめ、5インチもやめて痛いからああ」

 

……挑発が効き過ぎたようだ。

仮にも重巡である鈴谷の艦体(ナイスバディ)は丈夫だが、当たって嬉しいものでもないし、日本重巡の砲塔装甲は弾片防御程度なのである。

そしてそうこうしているうちに、護衛の深海棲艦が本格的に鈴谷に向き直る。

 

「やっべ、来た!」

 

戦艦級の主砲弾が水柱を上げる。

鈴谷はかろうじて回避するも、至近弾の衝撃で細身の体が揺れる。ついでに豊かな胸も。

 

「ちょ、マジで無理ゲーだって!」

 

口調こそ軽いが、鈴谷の頬には汗がつたう。

砲弾に撃たれ、魚雷をかわすなかで、輸送艦を狙い続ける余裕はない。

 

そして被弾。

ニーソが裂け、速力が低下する。

がっくりと膝をつく鈴谷に、戦艦ル級が迫る。

 

「鈴谷、鈴谷川の河口に死す……? 鈴谷はシャケじゃないっつーの!」

 

最後まで強がる鈴谷の耳に――かすかな通信が届く。

 

「とおおぉぉおおうおおおぉお!」

 

――と。

聞き間違えようのない姉妹艦の声に、鈴谷が微笑むが早いか、ル級を水柱が包む。

熊野(くまの)、そして鳳翔(ほうしょう)龍驤(りゅうじょう)。姉妹艦と、チャリパこと『栄光ある艦娘の名を現代護衛艦に復活させようチャリティーパーティー』仲間の航空攻撃が、樺太を狙う深海棲艦を次々と撃破していった。

さらに扶桑が水上機と砲撃で、戦闘に加入する。

清霜(きよしも)はさも自分が戦艦主砲を撃っているように口でどーんと言っているが、それはそれとして酸素魚雷は発射していた。

 

「へへ……来んの遅いって。ま、いいけどさ!」

 

鈴谷は満足そうに笑いつつ、自分も主砲を握りなおした。

深海棲艦の姿は、水底へと消えた。

 

 

――☆――★――☆――

 

 

数日後、鈴谷は独房にいた。

……が、見張りは熊野だし、マーミヤンもとい甘味処「間宮(まみや)」からの出前は取り放題。

事実上はただの休暇に過ぎない。

 

むろん樺太近海での交戦について、ロシア政府からの抗議はあった。

だが、日本政府はこれを黙殺。

「交戦は適切な海域で行われたものと承知している」と、木で鼻をくくったようなコメントを、三枝邦彦(さえぐさくにひこ)防衛大臣がぶら下がり取材に提供したのみだった。

 

この発言は適当にも聞こえるがよく練られており、ロシアとしては「日本は公海上での交戦だったと主張している」と解釈すれば、最低限の面子は立つ。

もとより軍艦や航空機の行動と異なり、艦娘の戦いが厳密に追跡可能なわけではないので、そう解釈する、少なくとも日本がそう言い訳をしているとみなして留飲を下げることは、必ずしも不可能ではなかった。

 

いっぽうの日本としては、「樺太の帰属は未定なのでその近海で日本艦娘が交戦して何が悪い」と踏み込んだ――とも、解釈することはできる。もちろん公海上や日本近海での戦いだったという主張だとも取れるが。

栗色の癖っ毛をもった小柄な女性記者が、鋭い洞察力でどちらなのか明確にさせようとしても、大臣は笑って受け流した。

官僚上がりで、永田町きっての政策通として知られる三枝の、面目躍如と言えた。

 

ロシアは走狗たる某議員を使嗾して質問主意書を出させようとしていると噂されたが、いつの間にか立ち消えた。

その背景には「鈴谷ちゃんを助けて今度こそいいことするんじゃあああ」とロシア大使館(まみあな)に突っこもうとしてあっさりつまみだされたグラサン男がいたとか(事実だが何の役にも立っていない)、「またあいびきいたしましょうか? ツシマで」と和装の艦娘がロシア大使だか某議員だか両方だかにささやいたとか(事実かもしれないが追及すると三笠公園のあたりが怖い)。

 

と、まあ、そんなわけで。

事態を引き起こした鈴谷は休暇を満喫しているのであった。

 

「ねーくまのん」

 

暢気な声が、熊野を呼ぶ。

最初は心配そうにしていた熊野も、もはや懸念するだけあほらしいと思ったのか、いまでは日常の顔だ。

 

「またマーミヤンのオーダーですの? あまり食っちゃ寝ばかりだと太りますわよ」

「いやいや、ちゃんと頭も使ってるんだって。その証拠にそろそろ(カン)()ーズから荷物が届くから取ってきてよ」

「は、はあ……」

 

(カン)()ーズとは艦娘(かんむす)御用達の印刷会社である。

 古い翻訳小説では「カンコの店」と訳されていたりするが、そんな昔からコピーサービスを中心に展開している外資系企業だ。

そんな昔から艦娘が存在していたのかについては、歴史書は沈黙しているが閑話休題(それはさておき)

ビジネス中心の印刷屋に鈴谷が何の用かと、熊野は首をかしげながら受け取りに行き――大慌てで、ついでに鹿島まで連れて戻ってきた。

 

「な、な、な、なんですのこれは!?」

 

手に持っているのは、カンコーズからの荷物なので当然ではあるが、チラシサイズの印刷物。

しかし当然でないのは、印刷の内容であった。

紙面には鈴谷と、隣国をファシストから解放すると主張しているが解放したのは自分の頭髪だけであるロシア人男性の顔写真が並んでいる。

 

ダブルピースしている鈴谷の顔写真の下には、野菜の生産者かなにかのように「私が守りました」と印刷されており、頭髪の解放者の下には「私は何もできませんでした」と書かれている。

そしてキャッチコピーは「樺太の未来は、選べる――」。

しかしスーパーの野菜売り場や選挙掲示板よりは、裏通りの電柱にでも貼られていそうな怪しいフォントとデザインで、明らかにふざけた作りであった。

 

「鈴谷さん、教育が必要でしょうか……?」

「おおっと! 鈴谷はただいま独房で監禁中なんだなこれが。鹿島が入ってきたら独房(ソロキャン)じゃなくなるから立ち入り禁止、うんうん、間違いない」

 

青筋を浮かべた鹿島と、冷や汗を流しながらも必死で独房入口を閉塞する鈴谷。

多少冷静になって、鹿島と熊野は目を見合わせ、考え込む。

 

「確かに、日本政府は交戦が適切な海域で行われたと主張しただけで、目的が樺太を守ることでなかったとは言っていませんが。いえ、守ることだったとも言っていないにしましても」

 

「あなたがだらしないからですのよ、と言うのは、強い指導者を求めるあの国には効果的かもしれませんわ。案外考えてるのですのね」

 

鈴谷は満足そうに胸を張った。

 

「そうそう。感染症でも災害でも、支援できたかが大切じゃん? 鈴谷がんばったんだし。ちょっとめくってみてよ」

「はい?」

 

ぺらりと熊野が伝単(ビラ)をめくる。よく見れば、紙束はふたつに分かれていた。

 

「これは……」

 

キリル文字。

写真は例によって二連式なので、内容も同じなのだろうが、熊野と鹿島が目を細めても当然ながら読めない。

 

「ヴェールヌイが訳してくれた! 現地にバラまこうと思ってさ」

 

鈴谷は親指を立て、悪戯っぽく笑う。

 

「アイルビーバック!」

 

……彼女はサングラスをしたターミネーターではない。

だが、その言葉にヒントを得たのか、熊野がマジックペンを取り出す。

きゅむきゅむとサングラスならぬ目線を引いて、ふたりの正体を隠そうとしていた。

 

「よし、これで少しはマシです……わ? のおぉ!?」

 

ダブルピースして目線を引かれた自称美少女と、目が隠れたことで光を反射する頭部がより強調された男、という絵面となり、ビラはますますいかがわしくなった。

昼間の路地裏から、深夜の路地裏かネットの片隅あたりに。

 

「……逆にアウトです」

 

鹿島が苦笑する。だが、破って捨てようとはしない。

 

「鈴谷さん、清霜のも作ってー! 私が戦艦です、っていうやつ!!」

 

そしてどこから聞きつけたのか、清霜が目を輝かせて現れる。私が町長ですの仲間だろうか。

しかして鈴谷はノリノリであった。

 

「おっ、いいねいいじゃん。勝ちまくりモテまくりみたいな?」

 

鹿島に捕まらないように慎重に、扉の内側からスマホで画像を示す鈴谷。

札束風呂に入った男性が美女ふたりを両脇にはべらせている怪しげな写真に、清霜は一瞬眉をひそめるが、やがて頭上にぽわぽわと想像(もうそう)図が浮かぶ。

おぼろげながら浮かんできたんです。46という数字が。

……もとい、46センチ砲を搭載した戦艦に挟まれた清霜の姿が。

 

「――じゃあ、武蔵さんと朝日さんで!」

「むーん、それはちょっちギャラが高いんじゃないかな……」

 

その前に朝日に説教されるような。

 

「ほ、ほな、ウチが育ちましたゆーのも――!!」

「龍驤さん……少々はしたないのではないかと」

 

そして龍驤と鳳翔まで現れ、情報統制は完全に不可能になった。

艦娘の口に戸は立てられないとはよくいったもの。

独房監禁中であるはずの鈴谷のもとにビラのアイデアを求めに来る艦娘は引きも切らず、カンコーズは時ならぬ繁忙にほくほく顔であった。

 

かくして、鎮守府に弾薬が備蓄された。

政治的弾薬が。

それがいかに使われるのか、はたまた使われないのかは――また別の話。

 

目線を引かれた鈴谷がダブルピースしているチラシが、一枚、ふわりと風に舞った。




いやあまあそのなんといいますか。
三枝はシリアスなほうの三枝とは別人です(あっちでは2025年に艦娘はいませんから……)。また、清霜も隻眼隻腕の清霜とは別世界という想定です。
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