「清霜です! せんかんをやっています!」
小さな胸を張り、
何事かと、道行く艦娘たちがふりかえる。
戦艦に憧れる駆逐艦の少女だが、まさか本当に戦艦になれたとも思えない。
いぶかしげな視線が、清霜に集まる。
注目を集めて満足そうに、清霜は肩から提げている大きなカバンをさぐり、46センチ砲――ではなく、直径46センチの円形スタンプを取り出した。
そしてばあんと大きな音をたてて、壁に押しつける。
――『
壁が公認されるものかは分からないが……ともあれ清霜は満足そうに、次の海域、もとい区域へと歩いていった。
そちらでもまた、やたら元気な「せんかんをやっています!」という声が響きわたる。
ことの起こりは数日前。
鈴谷の横には例によって
見ようによっては、エイリアンが逃げ出さないように左右から押さえつけているようにも思えなくはない。
「――だからほら、鈴谷はいいんだけど、みんなが、ね? このまま何の進展もないんじゃやってられない、って暴発するかもしれないっしょ」
「私を脅迫するつもりですか? それも他人をダシにして」
「い、いやいや、そんなわけないじゃん。あくまで客観的事実を伝えてるだけだよ、客観的事実を。
鈴谷は自分自身を客観的に見ることができるんです、あなたとは違うんです」
「なるほど、客観的事実とおっしゃいますか」
鈴谷の背中に汗がつたう。
だが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
もがみ型FFMもとうとう最終艦が建造されてしまった(そして帝国海軍に無かった「よしい」なる人名みたいな名前になった)いま、うかうかしていては護衛艦すずやの夢は永遠に叶わないことにもなりかねない。
「そう! 最低でも圏内、これは譲れないからね!」
「……何の圏内ですか。県外移設しますよ? そして、鈴谷さんはよいもののみんなが、という話ではありませんでしたか」
「ぎく。……や、そんなことはどうでもよくて、すずやを当選圏内に! 比例区で名簿一位に!」
よくわからない――いや、言いたいことは分かるが、どうしてそうなるのかはわからない――ことを言いつのる鈴谷を半目で見て、朝日はため息をついた。
だが、そこで、しばし沈思黙考した末に、ぽむと手を打つ。
「なるほど、鈴谷さんは名簿一位になりたいと」
「そう!」
「つまり選ばれたいわけですね」
「そうそう!」
「では選挙をしましょう。艦名復活総選挙を」
「そうそうそう! ……って、えええっ!? なんじゃそりゃあ」
ノリノリの鈴谷は最後でずっこけた。熊野と鹿島もぽかんとする。
「選挙……ですの?」
「どういうことでしょうか」
こもごもに問うふたりを前に、朝日は悠然と微笑む。
「鈴谷さんが、当選圏内とか名簿一位とかおっしゃっていたので、思いついたのです。艦名を復活させたい艦娘たちが出馬する、選挙を行えばよいのではないかと」
「それは蟲毒と言うのでは……」
「鹿島さん、なにか?」
「い、いえなんでもございません」
さすがの鹿島も、朝日の前では冷や汗を流して黙りこむ。
「全国区で一般市民に迷惑をかけ……もとい、人間の政治に関与するようなことをされては困りますが、海上自衛隊の方々くらいには投票していただいてもよいのではないでしょうか。それならば、一位という結果にもそれなりの重みが出るでしょうし」
「なるほどっ!」
鈴谷はたちまち復活した。
朝日の手をがしっとつかみ、ポスター向けの無駄にきらきらした瞳で言う。
「不肖すずや、正々堂々戦って当選してみせます! 戸別訪問とかSNSでの早めのアピールとか美少女の手作り料理の提供とか」
「……公職選挙法138条、129条、139条」
「なにそれ? ってか、この選挙に公職選挙法って適用されるの?」
「明らかに条文を分かって言っているのがタチが悪いですね。しかし、適用されるかどうかはたしかに」
ちなみに戸別訪問の禁止、選挙運動の期間、飲食物の提供の禁止である。
そして第1条には「この法律は、日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し(中略)もつて民主政治の健全な発達を期することを目的とする」と書かれているので、あらゆる意味で適用されなさそうであることは否定できない。
「っしょー? ふしししし」
「……」
鈴谷がさっそくペケッターと
朝日は目を閉じ、こめかみを揉みほぐした。
「これはよほど選挙管理委員会に人を得なければ……選管……せんかん」
考えをまとめようとしてか、朝日の唇からつぶやきが漏れる。
そして。
「――なるほど」
なにを思ったか、にっこりと微笑んだ。
……と、まあ、そんなわけで。
戦艦になりたい清霜が選管に登用され、大張り切りで任務を果たしているのであった。
「せんかんとしての重要な任務です」と朝日に言われたために、清霜は寝食を忘れるほどの勢いで管理にとりくんでいる。だが、
「鈴谷さんの選挙活動で隊員宿舎に来た人がいるってせんかんに苦情が来てるんですけど! 戸別訪問は禁止です!」
「え? たまたま重巡洋艦〈鈴谷〉のプラモデルの在庫が大量にあるから訪問販売しようとしただけだよ? じつに残念ながら艦の名前を連呼しても売れなかっただけで。すずや、すずや、すずやのプラモをよろしくお願いします」
「で、でも押し売りも禁止です!」
「押し売りはしてないもん。特定商取引法の決まりを守れば訪問販売はやっていいことになってるっしょ、べつに選挙期間だって」
「ぐぬぬ……」
と、あるときは戸別訪問禁止を骨抜きにされ。
「鈴谷さん! せんかんの公認を受けてないポスターを公認してない場所に貼るのは禁止です! 枚数と場所を守ってください!」
「え? 鈴谷が貼ったのは樺太の地図だよ。樺太で道に迷う人がいたら困るじゃん」
「現代日本にそんな人がいるはずが……残念ですけど……。そ、それに、鈴谷って名前がやたら大きく書いてありました! やっぱり違反です!」
「水分補給は大切、イエスかノーか」
「ええと、それは……海ではとくに大切ですけど……」
「そのとーり。だから樺太で遭難した人が水分補給できるように、鈴谷川の場所がよく分かるように大きな文字で明記しておいたんだよね。水分補給が大切って認めたのは清霜ちゃんっしょ」
「むぐぐ……」
と、あるときは文書図画の掲示配布場所についての規則を突破され。
「鈴谷さん! SNSが炎上しています! もうせんかんはお手上げです! せんかんである清霜は!」
「まあ、インターネット選挙は解禁されたし……ってかせんかんって言いたいだけだよねそれ」
「鈴谷さんっていつもそうですね……! せんかんのことなんだと思ってるんですか!?」
「や、今回ばかりは鈴谷の落ち度じゃないような……」
「今回ばかりは?」
「ぎく」
と、あるときは……せんかんアピールに励んでいる。
そしてこうなっては、他の候補艦もやらかしはじめるのは時間の問題だった。
なかなかの力作に感動する艦娘や自衛隊員も多く、投票誘導効果がありそうだった。
古典的だが、それゆえに効果的な買収作戦だった。
特に
さらには本家のSNSアカウントに連立交渉をもちかけて宣伝をつぶやいてもらったり、なりすましアカウントを作成したり。
フォロワー数から影響力はありそうだが、北方領土内で票が割れる可能性もあった。
そしてやはり、鈴谷。
「はいみんな、鈴谷の写真集! 百円だよー安いよー」
「ぴぴー、文書図画の配布! 配布です! せんかんとしてはせんかんのハンコが押されていない印刷物の配布はみとめません!」
「配布じゃないよ、販売だよ? かわいいかわいい鈴谷が写真集を出したくなるのも、みんながそれを買いたくなるのもとうぜんじゃん」
「でもでもでも、値段がおかしいですよ鈴谷さん!」
「とうにおかしくなっている、じゃなかった、カイゼン努力だって。
「……なんですって?」
「げえっ鹿島? くっころ、じゃなかった、鈴谷死すとも自由は死せず……っていたいいたいいたいテロル反対っ!」
「自業自得ですわ……あと、百円で安売りしてしまうと、鈴谷の価値がそのくらいということになりはしませんかしら」
「あとのことはあとで考える……っていうか考えさせて、いま死んじゃう、鈴谷は大丈夫じゃありません、ひえー」
「……」
選管清霜としては、立場上候補艦への暴力は止めざるをえない。
まあまあと鹿島をなだめ、解放されたのをよいことにまたしても謀略をたくらむ邪知暴虐の鈴谷を追いかけ回しながら、深い深いため息をついた。
「ううう、せんかんがこんなに大変だなんて……」
だがその瞳には、いつしかなにかの決意がぷかりぷかりと浮かんできていた。
「わたしはせんかん……わたしはせんかん!」
そして投票日。
当日の選挙活動はふつうの選挙とおなじく禁止にしているはずだが、何故か甘味処間宮やマーミヤンの名を冠した出店が投票所前に出現していた。
しかしながら運営もさるもの、赤城らの集団に情報を流して超スピードで食事を品切れにさせ、撤収に追い込む。
「投票、開始です!」
ゼロ票確認ののち、投票がはじまった。
候補艦ももちろん選挙権はあるので投票しに来るが、一票を投じたあとはすみやかに帰らせる。
そうでもしないと鈴谷は無言で投票所にたたずみ、くねくねと本人はセクシーと思っているらしいポーズを取ってとてもうっとうしいためだ。
が、鈴谷にハニトラされた男子がすずやTシャツを着たりわざとらしくすずや紙袋を持っていたりすることまでは、取り締まるのが困難だった。
「むー……鈴谷さんめぇ……」
投票所立会人まで務めている選管清霜が、ほっぺたをふくらませてあたりを見回す。
概観のかぎりではすずやTシャツの人気はありそうだったが、いっぽうで普通の服装の投票者のほうがまだまだ多い。
「間宮さんのスイーツを持ってる人まで……元せんかんの加賀さんを送り込んだはずなのに、どうして」
現場にいる猫のような顔になる清霜。
だが、投票所前の屋台はともかく、通常営業のマーミヤンまでは営業停止にできないので、仕方ないという説はある。
「え、え、え、エリ……じゃない、エトピリカまで!」
ペンギンだかエトピリカだか分からない着ぐるみが、投票にやってきた。
本人確認はどうやって突破したのか。
中身が海防艦娘だとすれば、艦首のご紋で駆逐艦をひれふさせたのかもしれない。
やたらと存在感はあるが、投票して帰っていくだけなので、清霜もそれ以上の行動にはでられなかった。
「えーと……がんばってください」
ぽつりと言ったのは
シンガポールの名を持つ海防艦娘である彼女は、さすがに護衛艦としての復活は望めないが、いつぞやウェーイになってふっきれたためか、
そして。
「敵襲――!」
謎の悲鳴が、投票所に響きわたる。
清霜はすばやく艤装を身につけた。
そこに現れたのは、大量の紙を詰め込んだゴミ袋を手にした細身だがナイスバディな重巡っぽい姿。
だがその額には(あきらかに作り物の)角が生えていて、肌は(あきらかに化粧でごまかしている)蒼白なもの。
「ふはははは。すず――げふん」
不確定名称深海棲艦のようなものが、棒読みで言った。
「
「そんなことは、せんかん清霜が許しません! このせんかん清霜が!」
大事なことなので二回言いました。
正体を偽って不正投票するつもり満々の鈴谷、もとい不確定名称深海棲艦のようなものを相手に、清霜は敢然と立ち向かう。
小さな身体で投票箱を死守するその様はまさに戦艦、いや選管。短いが激しい戦いの末に、
「ヴェアアアアアアア!」
鈴谷はやかましい叫び声を上げて撤退した。
投票所からヒーローショーかなにかのように拍手が起こる。
ゴミ袋からこぼれ落ちた偽の投票用紙には軒並み「すずや」と書かれていたが、投票箱につっこまれていないので大丈夫だ問題ない。
「せんかん清霜が投票時間終了をおしらせします! せんかんでした!」
清霜の元気な声で、投票箱は封印される。
清霜は大事そうに銀色の箱を抱え、開票スペースへと意気揚々と引き揚げていった。
「大量投ひょ……じゃない、深海棲艦の卑劣な陰謀こそ失敗したものの、出口調査からみても鈴谷の勝利は揺るがないっしょ、ウェヒヒ」
「マーミヤン経営者の知名度を甘く見てもらっては困りますよ? 甘いのは甘味処のスイーツだけで十分です」
「し、占守だってできるだけのことはしたから負けないっしゅ!」
「不法占拠された北方領土を返すピィ! そして艦名も復活させるッピ!」
控え室で、候補艦たちが口々に好き勝手なことを言っている。
本当の選挙ならそれぞれの候補者の事務所などで待機するのだろうが、鎮守府の私室にひきこもっても仕方ないことであるし。
「おまたせしました!」
そして、清霜が模造紙のロールを抱えて出てくる。
小学生の自由研究のような、その結果は――
「清霜きゅうせんきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうひょう! あとのひとみんな一票! 清霜が得票率99.9パーセントで当選です!」
「は、はああああっ!?」
がたんと、鈴谷が椅子を蹴飛ばして立ちあがった。
ほかの候補艦も口々に言いつのる。
「不正選挙! 不正選挙じゃん!」
「マーミヤンでもそんなにぼったくりません……」
「不当判決っしゅ!」
「ピッ! ピィ!」
選管清霜は、にやりと笑った。
「――選挙結果は公正なものでした! せんかん発表です!」
そしてぺたぺたと、模造紙を壁に貼りつける。
そこには「わたしが戦艦です」という文字とともに、清霜の似顔絵が描かれていた。
下には9999の文字。
確かに、清霜もまだ艦名が現代の護衛艦として復活していないことは事実だが、朝日でさえ、自らの生み出してしまった怪物に頭痛が痛い。
「清霜さん……お説教部屋……」
「はーい! せんかん清霜がおつきあいします!」
お説教部屋の効果がないのはもとからという説はある。
「護衛艦きよしも建造、戦艦で! プレイングカード級戦艦になりたいっ!」
……そういえば海の彼方のお米の国でそんな話もあった。日本が一隻購入する羽目になるのだろうか。
「せ、せんかん……おそるべし……」
「とうぜんです! せんかんですから暁の水平線に勝利を刻むのです!」
がっくりと、鈴谷が崩れ落ちる。
模造紙に、大きな音をたてて直径46センチの選管スタンプが押された。
な、なんですかこれは……。
一日でできてしまいました(汗)。