※参考にしたレシピは「バター醤油がたまらない♡海苔チーズホットサンド」で検索すると出てきます。
手の届く距離より少しだけ離れたところから響く足音。睡眠周期の狭間、丁度浅くなった眠りの上辺をすくわれ、覚醒を促された。
ふかふかな、お気に入りのベッドから身を起こして音の出所を探すと、すぐに場所に見当がつく。……シャーレの、キッチン。
”おはようトキ。よく眠れた? ”
「……まだ若干眠いですが。おはようございます、先生」
眠気の残る頭を振りつつ、音のなる方へ歩を進める。一つ二つの扉を潜り、気配の元である先生の方へと視線を送ると、なにやら忙しそうに細々と動いているのが見えた。
”今朝ごはん作ってるから、もう少し待っててね。……昨日の任務大変だったんでしょ? ここに来たの明け方だったみたいだし”
「ふわ……ありがとうございます……ちなみに何を作っているんでしょうか?」
普段は良くてコンビニ弁当、ゼリー飲料でもすすっていればそれでもマシ、なんて食生活な先生が、自ら料理を作るというのも珍しい。何を作ってくれるのか、非常に興味がわいてきた。これは眠気を我慢してでも。
椅子をキッチンまで運び、料理の導線を邪魔しない程度の位置へ。そこに腰を落ち着けて。レシピでも伺って見ようか。
*
”今日はホットサンドでも作ってみようかと”
そう言って手際よく、一枚のパンにバターを塗って、でもそれだけではない。
”あ、気付いた? ”
先生は笑みを浮かべて、しょうゆを取り出す。小鉢にとりわけ、スプーンでそれを掬って、もう一方のパンへと。
「パンにしょうゆ……ですか? あまり美味しくなる組み合わせとは思えないのですが……」
正直、それが率直な感想だった。でもそんな私の様子こそが面白いのだと、先生は更に笑みを深めた。
”まあまあ。組み合わせを見れば分かるって”
言いながら先生は冷蔵庫から小袋二つを取り出してきた。内容は陰に隠れてしまっていて分からない。
”醤油はお好みで良いんだけど、この後にしょっぱいのを挟んでいくから薫りつけ程度で十分。小さじ1……いや1/2かな”
”パンの表面にまんべんなく、馴染ませるように。それが済んだら……”
”取り出したるはホットサンドメーカー。これの下へバターを塗ったパンをしいて、その上に海苔を散らす。これもお好みの量で大丈夫”
”そして更にその上にスライスチーズ、これもお好み……というか、正直こんなレシピなんてあって無いようなものだから全部お好みなんだけどね”
”気が済むまでチーズをのせたら、コショウを振りかけて、最後にしょうゆを塗ったパンを乗せて”
”挟んで、焼く”
段々と、ホッドサンドメーカーが熱されるに従って漂いだすバターとチーズが焼ける匂い。……そういえば最後に食事をしたのは何時だったか。
眠気で意識が向いていなかったそれを自覚してしまえば、急激に空腹を覚えてくる。
時間にして一分か二分程度。そのタイミングで先生が口を開く。
”いい香りしてきたでしょ。でもね”
こっからだよ。
そう言って先生はホットサンドメーカーをひっくり返し、裏面を焼き始める。焦がし、と言うほどでもないが。バターとチーズの匂いに調和して香り始めるしょうゆの匂い。
これはたしかに。否が応でも食欲を唆る匂いに負けて。私のお腹がくぅと音を鳴らす。
「先生。私はお腹が空きました」
素直に認めて、先生へと催促する。今はもう眠気より食い気。美味しそうな匂いに誘われて、私の脳は完全に目が覚めていた。
”うん、もうすぐ焼けるよ。っと、その間に……トキ、牛乳飲める? ”
「? ええ、特に問題なくいただけます」
”そっか。ならよかった”
そう言って先生は牛乳をコップへと注ぎ、そこに何かを一さじ回し入れているのが分かった。そしてそれをレンジへ入れ、ツマミを回す。ヴン。と音を立て中の丸テーブルが回り始めるけど、それを後目にすぐにホットサンドメーカーの元へ。
”よし、丁度いいね。後はこれを切って……”
程よく焼き目のついたパン、いや、ホットサンドをまな板へ移し、包丁を通す。
ザクリ。
キチンと火が通っている事を証明するかのような「切れ音」が、私の耳に響く。そして断面に見えるとろっと溶けだすチーズが、視覚からも空腹を訴える。
”トキ。レンジのホットミルク、テーブルに出して貰っていい? ”
「ええ、承りました」
そうして私は飲み物を。先生はホットサンドをテーブルに乗せ。随分と贅沢な朝食が出来上がった。
*
”海苔チーズホットサンド、ってところかな。じゃあ、いただきます”
「いただきます」
向かい合って席に着き、手を合わせる。ホットサンドを手で持つには流石にまだ熱すぎて、仕方なしにナイフとフォークで切り分けていく。
真ん中にナイフを通すとやっぱりチーズが溶けだしてきて、それを一口大に切り分けたパンに絡めて口へと運ぶ。
ザクッと。先程包丁が通った時と違わない音が、今度は口内に響く。同時に溢れてくる海苔としょうゆの和風の香りと、チーズとバターの洋風な香り。
しょうゆも薄く塗られたおかげか、あくまで香りづけにとどまっている。しょっぱさはチーズと海苔で確保されているので塩辛くなく、非常に美味しい。
軽く振られたコショウのアクセントも楽しく、バターとチーズという、味の濃い組み合わせでも口当たりを軽くしてくれて。
バランスの良い味が口の中いっぱいに広がって、すぐに次、また更に一口が欲しくなる。
気付けば、あっという間に食べ終わってしまっていた。
”ごちそうさまでした”
「ごちそうさまでした、先生」
一息つこうと、ホットミルクに手を伸ばす。
”あ、ちょっと待って”
と、その前に私のコップを先生が取って、スプーンで数度かき回す。
”はい、どうぞ”
「……? ありがとうございます」
そう言えば、レンジに通す前に何かを入れていたような。疑問を浮かべながらコップを受け取って、鼻腔に届いた香りでその正体に思い至る。
「はちみつ、ですね」
”正解。本当は寝る前が良いらしいんだけどね……まあリラックス効果はあって損するもんじゃないし”
「お気遣いありがとうございます。これで食後に
”午後どころか午前、それも早朝だけどね。それで私のベッドにもぐりこむのも勘弁してほしいけど……”
「拒否します。嫌というのならもっとふかふかで温かいベッドをもう一つ準備してください」
”そんな予算無いって、ベッドって結構高いんだよ? ”
「ならばこの話はこれで終わりです。引き続きあちらのベッドは私も使用させていただきますので」
”……まあ、それでトキがゆっくり休めるのなら構わないんだけどね”
口だけは拒否しても、私を止めることは無い。結局、先生は
誰かのような優しい甘さが口の中に広がって、体の芯から温まるような心地よさ。
その穏やかさに身をゆだねれば。任務から無意識に張っていた、心に張っていた緊張の糸がほぐれていく。
キヴォトスでは珍しい、平穏で心休まる朝のひと時だった。