空の凪   作:灯火011

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第10話:ニュータイプの共鳴、見えざる戦場の痛み

 ラー・カイラムでの生活が二週間目を迎える頃には、クェス・パラヤとハサウェイ・ノアは、艦内の独特なリズムにも少しずつ順応し始めていた。

 

 朝の起床ベル、規則正しい食事、そして日中の大半を占める講義と訓練。それは、シャングリラでの自由気ままな日々とは比較にならないほど規律に縛られたものだったが、同時に、彼らの心身に新たな刺激と、そして漠然とした目的意識のようなものを与え始めていた。

 

 クェスのモビルスーツシミュレーターにおける才能は、ラー・カイラムのクルーたちの間で瞬く間に噂となった。

 

 当初は「パラヤ局長のお嬢様」という色眼鏡で見ていた者たちも、彼女の叩き出す驚異的なスコアと、アムロ・レイが時折見せる彼女への特別な眼差しに、畏敬と好奇の念を抱き始めていた。

 

「クェス、今日の仮想戦闘訓練、またトップスコアだったって? すごいじゃないか!」

 

 訓練後、汗だくでシミュレーターから降りてきたクェスに、ハサウェイが興奮気味に声をかけた。彼自身も、連日必死に操縦桿を握り、基礎技術の向上に努めてはいたが、クェスのような天賦の才には程遠いことを自覚していた。

 

「……別に。ただ、あの機械の中だと、なんだか身体が勝手に動くっていうか……。それに、敵の動きが、見える前に分かるような気がするのよ」

 

 クェスは、自分の才能をひけらかすでもなく、むしろどこか戸惑ったように答えた。彼女にとって、その能力はまだ完全に制御できるものではなく、時として自分自身でも理解できない奔流のように感じられた。

 

 アムロは、クェスのその特異な才能を伸ばすと同時に、それが暴走することの危険性も深く理解していた。彼は、クェスに対し、MSシミュレーションだけでなく、精神集中を高め、外部からの過剰な情報を遮断するための基礎的なメンタルトレーニングも課し始めた。それは、かつて彼自身が経験したニュータイプとしての苦悩と、それを乗り越えるために編み出した方法論の断片でもあった。

 

「感じることは重要だ、クェス。だが、感じすぎれば、お前は自分を見失う。情報の奔流の中で溺れるな。自分の意志で、何を感じ、何を感じないかを選択するんだ」

 

 アムロの言葉は、常に簡潔で、そして本質を突いていた。クェスは、その言葉の意味を完全には理解できなかったが、彼の静かな、しかし力強い眼差しに、何か特別なものを感じずにはいられなかった。

 

 一方、ハサウェイは、パイロットとしての才能ではクェスに遠く及ばないことを受け入れつつも、自分なりの役割を見出そうと努力していた。

 

 彼は、ブリッジでの情報分析や戦術立案の講義に熱心に参加し、父ブライトや他の士官たちの仕事ぶりを食い入るように見つめた。いつか、自分もあの場所で、父のように的確な判断を下し、多くの命を預かることのできる人間になりたい。

 そんな漠然とした憧れが、彼の胸の中に芽生え始めていた。そして何よりも、クェスが精神的に不安定になった時、彼女を支えられるのは自分しかいないという自負が、彼を強くしていた。

 

 

 そんなある日、ラー・カイラムがサイド2周辺宙域での哨戒任務についていた時のことだった。艦橋ブリッジでは、オペレーターたちが緊張した面持ちでコンソールを監視し、ブライト艦長が厳しい表情で戦況モニターを睨んでいた。

 

 数時間前、連邦軍のパトロール艦隊が、この宙域で所属不明のモビルスーツ部隊と接触し、小規模な戦闘が発生したという情報が入っていたのだ。

 

 その時、自室でアムロから出された課題に取り組んでいたクェスの脳裏に、突如として、鮮烈なイメージと感情の奔流が流れ込んできた。

 

 ――赤い閃光、爆発する機体、恐怖に歪む兵士の顔、断末魔の叫び、そして……冷たい死の感触。

 

「きゃあっ……!」

 

 クェスは、思わず短い悲鳴を上げ、手にしたデータパッドを取り落とした。全身が震え、冷や汗が噴き出す。それは、まるで自分がその場にいて、戦闘の恐怖と絶望を直接体験しているかのような、強烈な感覚だった。

 

「クェス!? どうしたんだ、大丈夫か!?」

 

 隣の部屋から、異変を察知したハサウェイが駆け込んできた。クェスは、蒼白な顔で床にうずくまり、荒い呼吸を繰り返していた。

 

「……分からない……でも……誰かが……死んでいくのが……痛い……苦しい……」

 

 彼女の言葉は途切れ途切れで、焦点も定まらない。ハサウェイは、どうすることもできず、ただ彼女の肩を抱きしめ、背中をさすることしかできなかった。

 

 クェスが感知したのは、まさしく、数時間前に発生した小規模戦闘で散っていった、名もなき兵士たちの最後の思念だった。彼女のニュータイプ能力は、空間や時間を超えて、そうした魂の叫びに共鳴してしまったのだ。

 

 この出来事は、クェスに深い精神的ショックを与えるものだ。そして同時に、彼女は自分の能力が持つ、恐ろしい側面を初めて具体的に認識した。それは、遠くの出来事を知る力であると同時に、他者の苦痛や死を、自分の痛みとして追体験してしまう、呪いのような力でもあった。

 

 

 そしてラー・カイラムの艦内では、この頃から、不審な通信の傍受や、記録にない識別信号の発信といった、微細だが看過できない異常が、ごく稀にだが報告されるようになりつつあった。

 

「ブライト。艦隊内に、シャアの配下がいるのかもしれない」

 

 ネオ・ジオンの諜報員、あるいはそのシンパが、この艦の内部、あるいはごく近傍に潜んでいる可能性をブライトとアムロは察知し始めていた。

 

「ああ。判っている。アムロ、俺は長官の協力を得て、艦隊のメンバーをもう一度洗う。お前は現場レベルでクェス嬢の警護を頼む。小さな異変も見逃さないでくれ」

「任された。まったく……子供相手に何をしているんだか。シャアめ」

 

 ブライトやアムロは、その可能性を否定せず、艦内の警戒レベルを密かに引き上げていた。

 

 そして一方、クェスは、自分の身に起きた異変について、誰にも相談できずにいた。ハサウェイには心配をかけたくなかったし、アムロに話すには、まだ心の準備ができていなかった。

 

 彼女は、見えざる戦場の痛みに一人で耐えながら、自分の能力の意味と、これから自分が進むべき道を、暗中模索し始めていた。その孤独な戦いが、やがて彼女を、アムロ・レイという導き手へと、そして避けられぬ運命へと、否応なく導いていくことになる。

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