空の凪   作:灯火011

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第11話:魂の叫び、導きの手

 ラー・カイラムでの日々が過ぎるにつれ、クェス・パラヤのニュータイプとしての感性は、否応なく研ぎ澄まされていった。

 

 それは、彼女が望んだことではなかった。むしろ、制御できない奔流のように押し寄せる他者の感情や、遠い宇宙(そら)の彼方で散っていく名もなき魂の断末魔は、彼女の心を蝕み、夜毎の眠りを浅くしていった。

 

 体の不調としてそれらは現れ、例えば原因不明の頭痛、突如として襲ってくる強烈な吐き気、そして何よりも、目を閉じれば瞼の裏に焼き付くように現れる、見知らぬ誰かの「死」のイメージ。それは、クェスにとって耐え難い苦痛であり、誰にも理解されない孤独な恐怖だった。

 ハサウェイは、彼女の異変に気づき、献身的に寄り添おうとしてくれたが、その苦しみの本質を共有することはできない。アムロ・レイに相談しようにも、あの伝説の英雄に、こんな自分の弱々しい内面を曝け出す勇気は、なかなかわいてこなかった。

 

「……また、眠れないの?クェス」

 

 深夜、居住区の共有スペースで、一人膝を抱えて震えているクェスを見かねて、ハサウェイがそっと声をかけた。彼の声には、深い心配と、何もしてやれないことへの無力感が滲んでいる。

 

「……ごめんなさい、ハサウェイ。起こしちゃった?」

「ううん。それより、何か温かいものでも持ってくるよ。少しは、落ち着くかもしれない」

 

 ハサウェイの優しさが、クェスの張り詰めた心を僅かに解きほぐす。

 

「ありがとう。ハサウェイは優しいね」

 

 だが、その優しさだけでは、彼女の魂の叫びを鎮めることはできなかった。

 

 

 そんなある日、哨戒任務を終えて帰投したラー・カイラムのコンピュータシステムに、微細ながらも明らかな不正アクセスの痕跡が見つかっていた。

 

 同時に、艦内の特定の機密区画で、原因不明のセンサー誤作動が頻発するという事態も発生する。

 

 ネオ・ジオンの工作員か、それとも別のスパイなのか。既にこの艦の内部、あるいはごく近傍にまでその触手を伸ばしてきている事を意味している。その事実は、ブライト艦長以下、ラー・カイラムのクルーたちに、目に見えない重圧と緊張感をもたらしていた。

 

 そして、彼らの緊張は、クェスのニュータイプ能力をさらに過敏にさせていた。彼女は、艦内に潜むかもしれない「敵意」や「悪意」の気配を、漠然とだが感じ取り、言い知れぬ不安にも苛まれるようになった。

 

 自分を守るための鉄の檻。ラーカイラムの中にすら敵がいるかもしれない。そのプレッシャーを敏感に感じ取ってしまったクェスは、もう、限界だった。

 

 その夜、クェスは、意を決してアムロ・レイの私室のドアを叩いていた。νガンダムの調整を終え、自室で膨大な戦術データに目を通していたアムロは、ドアを開けて現れたクェスの、憔悴しきった表情と、助けを求めるような瞳に、一瞬言葉を失う。

 

「……クェスか。どうした、こんな時間に。それに、酷い顔だ。暖かい飲み物でも飲むかい?」

 

 アムロの声は、努めて平静だったが、その奥には彼女の状態への深い懸念が感じられる。少し安心感をアムロから感じたクェスは、促されるままに私室の中の椅子へと腰かける。そして、アムロが用意した暖かいコーヒーを口にしながら、その心の内を、少しづつ、言葉にしていった。

 

「みんなの不安を感じるの。みんなの敵意を感じるの。みんなの……死を感じるの」

 

 そしてクェスは、堰を切ったように、自分の身に起きている不可解な現象、遠くの戦場の悲惨なイメージ、そして他者の死の感触が流れ込んでくる恐怖を、途切れ途切れに、しかし必死にアムロに訴え始めていた。

 

 そして気が付けば、涙でぐしょぐしょになった顔を隠そうともせず、ただ、この苦しみから救ってほしいと、子供のように懇願した。

 

 アムロは、静かにクェスの話を聞いていた。その間、一度も彼女の言葉を遮ることはなかった。そして、クェスが全てを話し終え、嗚咽を漏らし始めた時、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「……それは、ニュータイプが、特にその能力が覚醒し始めたばかりの頃に経験する、一種の共鳴現象だろう。俺も、かつてはそうだったよ」

 

 彼の声には、深い共感と、そして同じ道を歩んできた者だけが持つ、静かな諦念のようなものが含まれていた。

 

「他者の感情、特に死の恐怖や絶望といったネガティブな思念は、強力な波となって周囲に拡散する。そして、君のような鋭敏なアンテナを持つ者は、それを否応なく受信してしまうんだ。それは、確かに辛いことだ。だが……」

 

 アムロは、そこで一度言葉を切り、窓の外に広がる、無数の星々が輝く宇宙(そら)へと視線を向けた。

 

「だが、クェス。その力は、ただ苦痛をもたらすだけのものではない。正しく制御し、その意味を理解することができれば、それは、多くの人々を救う力にもなり得る。他者の痛みを本当に理解できるということは、他者を本当に愛することができるということでもあるんだ」

 

 彼の言葉は、まるで詩の一節のように、クェスの心に染み込んでいった。そして、アムロは窓の外から視線を外すと、少しだけ陰りのある表情を見せた。まるで、何かを言いよどむように。そして少しの沈黙の後、意を決したように、運命の名を告げた。

 

「ララァ……」

 

 クェスが顔を上げる。ララァ。それは、シャアにまとわりついている怨念の名前だったはず。アムロからその名前が出るなんて、どういうことなのだろう、と。

 

「ララァ・スンという女性がいた。俺が初めて通じ合ったニュータイプで、彼女もまた、強大なニュータイプだった。そして、誰よりも深く、人の心の痛みを感じ取ることができた。だが、その優しさ故に、彼女は戦場で……。俺は、……彼女を守れなかった」

 

 アムロの瞳に、一瞬、深い悲しみの色がよぎる。それは、彼が長年抱え続けてきた、消えることのない悔恨の念だった。

 

「俺は、君に、ララァと同じ道を歩んでほしくはない。君のその力は、もっと別の形で、未来のために使われるべきだ」

 

 そしてアムロは、クェスに、具体的な精神集中の方法や、自分に入ってくる情報を意識的に取捨選択するためのテクニックをいくつか教えた。そしてアムロは、何かの役に立つかもしれないと、サイコフレームという人の意識を増幅させる特殊な素材との向き合い方についても、彼自身の経験を踏まえて語った。

 

「ガンダムに搭載されているサイコフレームは、諸刃の剣だ。それは、人の想いを力に変えるが、同時に、人の負の感情も増幅させてしまう。だからこそ、それを使う人間は、誰よりも強く、そして清らかな心を持たなければならない」

 

 その夜、アムロとクェスの間で交わされた言葉は、決して多くはなかった。だが、その一つ一つが、クェスの魂の奥深くにまで届き、彼女の中で凍りついていた何かが、ゆっくりと溶け出していくのを感じさせた。

 

 恐怖が消えたわけではない。苦しみがなくなったわけでもない。だが、もう一人ではない。自分のこの力を理解し、導いてくれる人がいる。その確信が、クェスに、ほんの僅かな、しかし確かな希望の光を与えた。

 

 アムロとの対話を終え、自室に戻ったクェスは、久しぶりに深い眠りにつくことができた。その寝顔は、まだあどけなさを残しながらも、どこか吹っ切れたような、新たな決意を秘めた表情を浮かべていた。

 

 彼女のニュータイプとしての本当の戦いは、そして成長は、今、ようやく始まろうとしていたのかもしれない。

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