空の凪   作:灯火011

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第15話:ニュータイプの宿命、アムロの導きとクェスの問い

 5th(フィフス)・ルナが地球に刻みつけた傷跡は、物理的なもの以上に、ラー・カイラムのクルーたち、そして何よりもクェス・パラヤの心に、深く暗い影を落としていた。

 

 あの戦場で、彼女のニュータイプとしての感性が捉えた無数の「死」の感触、絶望の叫び、そして圧倒的な無力感。それらは、悪夢となって毎夜彼女を苛み、昼間の意識さえも、不意に襲ってくるフラッシュバックによって現実との境界を曖昧にさせた。

 

 ラー・カイラムは、5thルナ迎撃作戦で受けた損傷の修理と補給のため、一時的にサイド1のロンデニオンのドックに帰港していた。艦内には、敗戦にも似た重苦しい空気が漂い、クルーたちの顔からは笑顔が消えていた。

 

 クェスは、そんな艦内の雰囲気に呼応するかのように、自室に閉じこもりがちになった。食事も喉を通らず、アムロから教わった精神集中の訓練も、今の彼女には何の慰めにもならなかった。

 窓の外に広がる宇宙(そら)は、もはや無限の可能性を秘めた憧れの対象ではなく、ただ冷たく、無慈悲な、死の気配に満ちた虚無空間としか感じられなかった。

 

「どうして……どうして私だけ、こんなものを感じなくちゃいけないの……? ニュータイプって、呪いなの……?」

 

 暗い部屋の隅で、膝を抱えて蹲りながら、クェスは何度も同じ言葉を繰り返していた。その青い瞳からは光が失せ、深い絶望の色が澱んでいた。彼女は、自分のこの特異な感受性が、ただ人々を不幸にするだけの、忌まわしい力なのではないかと思い始めてしまっていた。

 

 5thルナの悲劇を、自分はただ感じることしかできなかった。誰一人、救うことなどできなかったのだから。そう自責の念に駆られながら。

 

 ハサウェイ・ノアはそんなクェスの姿を、胸を痛めながら見守っていた。彼は、毎日何度もクェスの部屋を訪れ、食事を運び、他愛ない言葉をかけ続けた。

 

 だが、彼の優しい言葉も、温かい眼差しも、今のクェスの心の奥深くにまで届いているようには思えなかった。彼女は、まるで厚いガラスの壁の向こう側にいるかのようで、ハサウェイは、その壁を打ち破る術を持たない自分の無力さに、歯噛みするしかなかった。

 

「クェス……何か、僕にできることはない……? 君がそんなに苦しんでいるのを見るのは、辛いんだ」

 

 そう訴えるハサウェイに、クェスは力なく首を振るだけだった。

 

 

 このままでは、クェスの精神は本当に壊れてしまうかもしれない。そう感じたハサウェイは、意を決してアムロ・レイに相談を持ち掛けた。

 

「アムロ大尉、クェスのことなんですけど……。あの日以来、ずっと様子がおかしくて……。クェスと同じニュータイプである大尉なら、彼女を救えるんじゃないかと思って……」

 

 格納庫で、νガンダムのコックピットから降りてきたアムロに、ハサウェイは必死の形相でそう訴えていた。アムロは、黙ってハサウェイの言葉を聞いていたが、その表情には、既にクェスの状態を察知しているかのような、深い憂慮の色が浮かんでいた。

 

 その夜、アムロは、クェスの自室のドアを静かにノックした。返事はなかったが、彼は構わず中へ入った。部屋は薄暗く、ベッドの上で毛布にくるまったクェスが、小さな獣のように丸くなっている。

 

「クェス・パラヤ。少し、話さないか」

 

 アムロの声は、静かで、しかし拒絶を許さない響きを持っていた。

 

「アムロ……大尉……?」

 

 クェスは、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は虚ろで、まるで生気を感じさせない。だが、アムロの姿を認めた瞬間、その瞳の奥に、ほんの僅かな、揺らめくような光が灯った。それは、最後の藁にもすがるような、切実な救いを求める光だったのかもしれない。

 

「隣、座るぞ」

 

 アムロは、部屋の隅にあったパイプ椅子を引き寄せ、クェスのベッドの傍らに腰を下ろした。そして、長い沈黙の後、静かに語り始めた。

 

「……君が感じている痛みは、よく分かる。ニュータイプとして覚醒するということは、この世界の美しさだけでなく、その醜さ、悲しみ、そして無数の死の叫びを、他人よりも強く感じてしまうということでもあるからな」

 

 彼の言葉は、まるでクェスの心の中を直接見ているかのようだった。

 

「俺も、かつてはそうだった。……いや、今でもそうだ。戦場で散っていく命の重さ、守れなかった者たちへの悔恨……それらは、決して消えることのない傷として、俺の魂に刻まれているよ」

 

 クェスは、食い入るようにアムロの言葉に耳を傾けていた。その声には、彼女が感じている苦悩と、全く同じ種類の痛みが、深く静かに響いていたからだ。

 

「どうすれば……どうすればいいんですか、アムロ大尉……? この力は、ただ人を苦しめるためだけにあるんですか……? ニュータイプなんて、いない方が、世界は平和だったんじゃ……」

 

 クェスの声は、涙で震えていた。それは、彼女の魂からの、悲痛な叫びだった。

 

 アムロは、窓の外に広がる、星々が瞬く漆黒の宇宙(そら)へと視線を移した。

 

 その瞳には、深い哀しみと、そしてそれを超えた、何か超越的な諦念のようなものが浮かんでいた。

 

「少し前にも話したが……ララァ・スンという女性がいた。彼女は、俺が出会った中で、最も純粋で、そして強大なニュータイプだった。彼女は、誰よりも深く、人の心の光と闇を理解し、そして全てを包み込むような優しさを持っていた。だが……その優しさ故に、彼女は戦場で、シャアを庇って、俺の手で、殺してしまった」

 

 アムロの言葉は、そこで途切れた。彼の脳裏には、あの忌まわしい光景が、鮮明に蘇っているのだろう。クェスは、そのアムロの横顔に、そしてクェスのニュータイプとしての勘が、彼が背負い続けてきた、あまりにも大きな喪失と後悔の重さを感じ取り、息を飲んだ。

 

「……ニュータイプであることは、宿命なのかもしれない。俺たちが選んだわけではない、生まれ持った業(ごう)のようなものだ。それを呪いと捉えるか、それとも……何かを為すための力と捉えるかは、自分自身で決めるしかない」

 

 アムロは、再びクェスへと向き直った。その瞳には、先程までの哀しみとは異なる、厳しい、しかし温かい光が宿っていた。

 

「君が感じた痛みは、決して無駄じゃあない。それは、君が、他の誰よりも深く、命の尊さを理解できるという証だ。その痛みを忘れるな。だが、それに溺れてもいけない。その痛みを知る者だからこそ、できることがあるはずだ。ただ感じるだけでなく、その力で、誰かを守り、未来を切り開くために、何かを為す。それが、ニュータイプが『力と共に生きる道』なのではないかと、俺は……そう信じたい」

 

 アムロの言葉は、クェスの心の奥深くにまで染み渡り、彼女の中で固く閉ざされていた扉を、少しずつこじ開けていくようだった。それは、明確な答えではなかったかもしれない。だが、暗闇の中で、進むべき方向を微かに照らし出す、一筋の光明のように感じられた。

 

「私にも……できるでしょうか……。そんな、強い人間になれるでしょうか……」

 

 クェスの声には、まだ不安が残っていた。

 

「君ならできる。君のその青い瞳は、ただ悲しみだけを映すためにあるのではないはずだ。……それに、君は一人ではないだろう?」

 

 アムロは、そう言って、部屋の入り口で心配そうに佇んでいるハサウェイの姿を、そっと目で示した。ハサウェイは、二人の邪魔にならないようにと距離を置いていたが、その全身からは、クェスを案じる切実な想いが溢れ出ていた。

 

 クェスは、ハサウェイの姿を見て、そして再びアムロの顔を見た。その時、彼女の心の中に、小さな、しかし確かな炎が灯ったのを感じた。

 

 それは、絶望の淵から這い上がり、再び前を向こうとする、能動的な意志の炎。自分は、この力から逃げない。この力と共に生き、そして、この力で何かを為す。そのための戦いを、今、ここから始めるのだと。

 

 ――その夜、クェスは、久しぶりに穏やかな眠りについた。

 

 夢の中で、彼女は、遠い宇宙(そら)の彼方から聞こえてくる無数の魂の叫びを、ただ受け止めるのではなく、その一つ一つに、温かい光を送り届けている自分の姿を見た。それは、まだおぼろげな、しかし確かな希望のイメージだった。

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