アクシズ周辺宙域は、既に完全な地獄と化していた。ロンド・ベル隊の決死の突撃に対し、ネオ・ジオン軍は、分厚い防衛ラインと物量で、その侵攻を阻まんと猛烈な迎撃を加えてくる。
νガンダムを駆るアムロ・レイと、その後方で彼をサポートするクェス・パラヤの駆る純白のジェガンは、その死線を、まるで一つの生命体であるかのように連携しながら駆け抜けていた。
『クェス、左舷前方、敵ミサイルキャリアー! 俺が前に出る、お前はキャリアーの護衛機を叩け!』
『了解、アムロ大尉!』
アムロのνガンダムが、シールドで敵のビームを防ぎながら突進し、その進路をこじ開ける。
クェスは、その背後から、ニュータイプ的な直感で敵護衛機の動きを先読みし、ビームライフルで正確にその動きを封じていく。
模擬戦で培った連携は、この実戦の極限状況下で、さらにその精度と鋭さを増していた。彼女は、もはや単なる「守られる子供」ではなく、アムロ・レイという伝説のエースが、その背中を預けるに足る、信頼できる僚機となっていた。
だが、ネオ・ジオンの指揮官もまた、無能ではなかった。彼らは、この突出してくる二機の異常なまでの連携能力と、特に後方のジェガンの神業的な回避・索敵能力に気づき、その危険性を即座に判断した。
『あの白いジェガンを狙え! ガンダムとファンネルは厄介だが、まだあっちは動きが甘い!それにあのジェガンこそが、奴らの『目』だ!』
敵部隊の通信が、戦場に散布されたミノフスキー粒子の隙間を縫って、傍受される。
敵の戦術が、瞬時に切り替わった。数機のギラ・ドーガが、ラー・カイラムの本隊からの支援砲撃を覚悟の上で陽動としてアムロに仕掛け、その隙に、別の熟練パイロットが駆るカスタムタイプのギラ・ドーガを駆るエースが、クェスのジェガンへと牙を剥いたのだ。
『しまっ……!』
アムロが、敵の意図に気づいた時には、既に遅かった。彼は、執拗に絡みついてくるギラ・ドーガ隊の陽動に、一瞬、足を止められてしまっていた。クェスのジェガンは、アムロとの連携から巧みに引き離され、エース機を含む数機による集中砲火を浴びる形勢となっていた。
「もうっ…くぅっ……!」
クェスは、必死で機体を制御する。だが、エース機の動きは、先程までの量産機とは比較にならないほど鋭く、そして老獪だった。そのパイロットの、冷徹なまでの殺意が、クェスの精神を直接的に削り取っていく。
シールドが敵の直撃を受けて融解し、機体の各部に被弾の衝撃が走る。アラート音が、コックピット内で狂ったように鳴り響いた。
■
その頃、ラー・カイラムのブリッジでは、ハサウェイ・ノアが、戦術モニターのある一点を指さし、叫んでいた。
「父さん! クェスが危ない! 敵は、クェスだけを狙っている! あの動き、彼女を孤立させて、叩くつもりだ!」
「分かっている! だが、ミノフスキー粒子が濃すぎて、アムロ大尉への直接の指示が届きにくい!」
ブライトもまた、焦燥感を隠せずにいた。
ハサウェイは、モニターの向こう側、遥か彼方の戦場で孤軍奮闘しているであろうクェスの姿を、心の眼で見ていた。
「クェス……! 逃げろ! クェス……!」
ハサウェイは、祈るように、懇願するように、心の中で叫んだ。それは、言葉にならない、しかし何よりも強く、そして純粋な思念の奔流だった。彼女に生きていてほしい。ただ、それだけの、絶対的な願い。
『アムロ大尉!クェスを……!』
その瞬間、陽動のギラ・ドーガ隊を捌きながらも、クェスの状況に焦りを覚えていたアムロ・レイの脳裏に、奇妙な感覚が流れ込んできた。それは、敵の殺気や、戦場のプレッシャーとは異なる、温かく、しかし切実な、誰かの強い「想い」の波だった。
「……なんだ……? このプレッシャーは……敵意だけじゃない……? ラー・カイラムからか……?」
アムロは、一瞬、意識をそちらに向け、そして理解した。この指向性の強い思念の波は、ハサウェイ・ノアから発せられている。クェス・パラヤを案じる、彼の魂の叫びだ。
「……まさか……ハサウェイか……!」
アムロは、コックピットの中で、誰に言うでもなく、そう呟いた。その一瞬の驚きは、しかし、すぐに冷徹なまでの決意へと変わった。
「邪魔だ!」
アムロの思考が、νガンダムのサイコフレームに響く。彼の脳裏に浮かんだのは、在りし日のララァの姿だったのかもしれない。それとも、あの時の自分だったのかもしれない。
彼は、それまで陽動として巧みに相手をしていたギラ・ドーガ隊に対し、一切の躊躇を捨てた。フィン・ファンネルが、予測不可能な立体的な軌道を描き、ビームライフルが、その射線を縫うように火を吹く。
防御と牽制を目的としていた動きから、完全な「殲滅」を目的とした動きへ。νガンダムの動きは、一瞬にして戦神の領域へと達した。数秒後、アムロの行く手を阻んでいたギラ・ドーガ隊は、一機残らず宇宙(そら)の火球と化していた。
「クェス! 聞こえるか! 今、行く!」
アムロのνガンダムは、一直線にクェスが包囲されている宙域へと向かった。
クェスのジェガンは、エース機の猛攻の前に、シールドを吹き飛ばされ、絶体絶命の危機に瀕していた。だが、そこに救世主の如く現れたνガンダムは、アムロの怒りを体現するかのように、クェスを囲む敵機を、圧倒的な力で掃討していく。
『……アムロ大尉!』
「遅くなってすまない、クェス。よく、耐えたな」
アムロの声には、安堵と、そしてハサウェイの未知の才能への驚きが混じっていた。
■
だが、彼らが安堵する暇は、一瞬たりとも与えられなかった。
『艦長! 前方宙域に、高熱源体! 巨大な……巨大な移動物体です!』
ブリッジのオペレーターが、悲鳴に近い声を上げた。
アムロとクェスの目の前の空間が、まるで陽炎のように揺らめき、その「巨影」が姿を現した。
『見つけたぞ、アムロ・レイ!』
α・アジール。そのベージュ色の巨体は、戦場にある全てのモビルスーツを矮小に見せるほどの、圧倒的な威圧感を放っていた。
『そうか、噂のお嬢さんも一緒か!シャア大佐の元に来れば君の力を存分に振るえることだろう!今からでも遅くはない!こちらに来い!』
ギュネイ・ガスの、強化されたことによる精神的な不安定さを隠せない、甲高い声が、思念として響き渡る。
『誰がアンタとシャアなんかのところに行くもんですか!アムロ大尉とアタシ達の邪魔をして!アクシズを落とすなんて、何を考えているのよ!』
『アクシズには行かせない。大佐の邪魔をさせてなるものか!』
その思念と共に、α・アジールの全身のメガ粒子砲が一斉に火を吹いた。数十条もの極太のビームが、ラー・カイラムの護衛機や、周辺の宙域を薙ぎ払うように、空間を灼き尽くしていく。
「回避! 左舷弾幕、薄いぞ! 何をやっている!」
ラー・カイラムのブリッジで、ブライトの怒号が飛ぶ。数条のビームが、ラー・カイラムを掠め、艦橋が激しく揺れた。
「左舷、被弾! 装甲融解! ダメージコントロール急げ!」
オペレーターたちの悲鳴が上がる。
「なんて火力だ……!」
アムロは、νガンダムを巧みに操り、その死の光線を回避しながらも、その圧倒的な破壊力に戦慄していた。
赤き巨影が、戦場に絶望の影を落とす。その圧倒的な力の前に、アムロとクェスは、そしてラー・カイラムは、あまりにも無力だった。
ハサウェイの想いが、辛うじてクェスの命を繋ぎ止めた。
だが、この狂気の怪物と、そしてその先に待つアクシズという巨大な絶望を前に、彼らは、あまりにも無力だった。