空の凪   作:灯火011

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第22話:魂の交響、決別の閃光

 α・アジール。その巨体は、絶対的なまでの死の象徴として、ロンド・ベル隊の前に君臨していた。

 

 全身に埋め込まれたメガ粒子砲が放つ極太の光条は、宇宙(そら)そのものを灼き尽くさんばかりの勢いで、ラー・カイラムの必死の弾幕をいとも容易く貫き、護衛のジェガンを次々と蒸発させていく。

 

 その圧倒的な火力の前に、アムロ・レイのνガンダムでさえ、正面からの撃ち合いは不可能だった。彼は、クェス・パラヤの純白のジェガンを庇いながら、フィン・ファンネルによる牽制と、神業的な回避機動を繰り返すことで、辛うじて戦線を維持しているに過ぎなかった。

 

『アムロ大尉! アクシズ、阻止限界点通過! 地球落下まで、残された時間はあと僅かです!』

 

 ラー・カイラムのブリッジから、ミノフスキー下でありながらも、途切れ途切れのオペレーターの悲痛な声が届く。その声には、もはや焦燥というよりも、絶望の色が濃く滲んでいた。この狂気の怪物を前に、足止めされている間に、人類の運命は尽きてしまう。

 

「くっ……シャアめ、こんな化け物を隠していたとは……!」

 

 アムロは、操縦桿を握る手に汗を感じながら、歯噛みした。このα・アジールを撃破しない限り、シャアの元へは辿り着けない。だが、この化け物と正面から戦っていれば、アクシズ落下は阻止できない。

 

 つまりそれは、クェスを囮にするという判断をしなければならないという事。

 

 究極の、そしてあまりにも残酷な二者択一だった。

 

「どうする!アムロ・レイ!」

 

 アムロ自身が自らの名をコックピットで叫んだその時、その思考を、隣を飛ぶクェスの、静かだが、澄み切った声が貫いた。

 

『アムロ大尉……行ってください』

 

「クェス……? 何を言っている!」

 

『アクシズへ、シャアの元へ、行ってください! 地球を守れるのは、アムロ大尉、あなただけです!』

 

 その声には、もう恐怖の色はなかった。そこにあるのは、自らの運命を完全に受け入れた者だけが持つ、鋼のような覚悟だった。

 

「馬鹿を言うな! 君一人を、この化け物の相手に残していけるわけがないだろう!」

 

 アムロは、叱責するように叫んだ。だが、クェスの意志は揺るがなかった。

 

『いいえ、一人じゃありません。私には、このジェガンと、そして……ラー・カイラムで、私を信じて見ていてくれる人がいる。私なら、やれます。この化け物の足止めくらい、してみせます! だから、行って、アムロさん!』

 

 最後の「アムロさん」という呼びかけには、上官への敬意だけでなく、一人の人間としての、そして次代を担う者としての、深く、そして切実な信頼が込められていた。

 

 アムロは、一瞬、言葉を失った。この十三歳の少女が、今、自分に未来を託そうとしている。その小さな肩に、人類の存亡という、あまりにも重すぎる荷物を背負おうとしている。

 

 その姿に、アムロは、かつて自分を守って散っていった、多くの仲間たちの面影を、そしてララァ・スンの幻影を、確かに見ていた。

 

『……クェス……死ぬなよ。絶対に、死ぬな』

 

 それが、アムロが言える、精一杯の言葉だった。彼は、νガンダムの機首を鋭く翻すと、α・アジールの猛烈な弾幕を、クェスが作り出した僅かな隙間を縫うようにして突破し、一直線にアクシズへと向かって加速していった。

 

『行かせるか、アムロ・レイ!』

 

 ギュネイ・ガスの甲高い声が響く。だが、そのα・アジールの前に、純白のジェガンが、まるで立ちはだかるように舞い降りた。

 

「あなたの相手は、この私です」

 

 クェスの、静かだが、凛とした声が、戦場に響き渡った。

 

『……面白い。あのガンダムから見捨てられたか、お嬢さん。それとも、自ら死に場所を選んだか?』

 

 ギュネイは、歪んだ笑みを浮かべながら、α・アジールの巨大なファンネルを、クェスのジェガンへと向ける。

 

『だが、お前のような才能は惜しい。もう一度言う。シャア大佐の元へ来い。そうすれば、最高の機体と、最高の地位を与えてやろう。お前は、我々、選ばれたニュータイプと共に、愚かな旧人類を導く存在となるのだ!』

 

 その言葉は、甘美な誘惑であり、同時に、ギュネイ自身の歪んだエリート意識の表れだった。

 

「……選ばれた人間? 愚かな人間を導く? 」

 

 クェスは、その言葉を、冷たく、そして憐れみにも似た感情で聞いていた。

 

「あなたの言っていることは、結局、シャア・アズナブルと同じ。自分の力を、他人を見下し、支配するためにしか使えないなんて……。そんなの、おぞましいだけの自己満足よ!」

 

 クェスのニュータイプ能力は、ギュネイの言葉の裏に潜む、承認欲求と、強化されたことによる精神的な不安定さ、そしてシャアへの盲目的な依存を、痛いほど感じ取っていた。

 

『なんだと……! この、出来損ないが!』

 

 図星を突かれたギュネイは、激昂し、α・アジールのファンネルを一斉に射出した。

 

 

 クェスが自らを囮としたその時、ラー・カイラムを含むロンド・ベル隊の主力艦隊もまた、νガンダムに追い縋るよう、全力でもってアクシズへと接近していく。

 

「全艦エンジン推量最大!アムロに遅れを取るなよ!」

 

 νガンダムの突破力はやはり凄まじく、次から次へとネオ・ジオンのモビルスーツを宇宙の塵へと変えていった。

 

「ラー・カイラムはアクシズへ接舷する。ジェガン隊は護衛に付け!ラー・チャター、ラー・カイ厶は核設置までの時間を稼げ!」

 

 ブライトの指示がブリッジに飛んだ。α・アジールの足止めのせいで、既にミサイルでのノズル破壊は間に合わない。

 

「白兵戦用意!俺もプチモビでアクシズに入る!」

 

 最後にそう下知し、ブライトはブリッジを後にした。そして、ブライトを含めた決死隊は、プチモビに搭乗すると、アクシズの中へと消えていった。

 

 その頭上では多数の爆発が起こる。その中には、サザビーとνガンダムのファンネルの光もあった。

 

 

 アクシズから少し離れた宇宙(そら)の一角で、二人の、若きニュータイプと強化人間の、魂を削り合うかのような死闘が始まった。

 

 α・アジールの巨大ファンネルから放たれるビームの豪雨。それは、通常のパイロットであれば、一瞬で蒸発してしまうほどの、圧倒的な弾幕だった。

 

 だが、クェスのジェガンは、まるで白い妖精が舞うように、その死の光条の間を、神業的な機動で潜り抜けていく。彼女の意識は、サイコフレームを通じて機体と完全に融合し、ギュネイの思考、ファンネルの軌道、その全てを、攻撃が放たれるコンマ数秒前に「予知」していた。

 

『なぜだ!? なぜ、当たらないんだ!相手にはファンネルも無いのに!』

 

 ギュネイの焦燥が、思念の波となってクェスに伝わってくる。

 

「あなたの考えていることは、全部見えるんだから!その、誰かを認めさせたいっていう、子供みたいな考えも!」

 

 クェスは、回避と同時に、ビームライフルで的確な反撃を加える。

 

 アムロ・レイの多角的な、そして、強烈な乱数軌道のファンネルに比べれば、このギュネイのビットなどは直線的で、クェスにとっては予想しやすいモノだ。

 

「そこっ!」

 

 ビームライフルを何もない空間に打ち込むクェス。次の瞬間には、ビームの行く先に、α・アジールのファンネルが吸い込まれるように現れ、閃光へと姿を変えていく。

 

 そして、ファンネルが少なくなったことによるオールレンジ攻撃の隙間。そこを狙い、α・アジールの巨体へと、確実にライフルを当てていく。

 

 その一撃一撃は、α・アジールの巨体にとっては蚊に刺されたようなものだったが、巨大ファンネルの制御ノズルや、機体表面のセンサーを、確実に破壊していった。それは、巨象を相手に、急所だけを的確に狙い続ける、毒針のような戦術だった。

 

『小賢しい真似を!』

 

 ギュネイは、ファンネルでの攻撃を諦め、α・アジール本体のメガ粒子砲を、クェスへと向けた。極太のビームが、ジェガンを掠め、背後のデブリを巨大な火球へと変える。その熱波と衝撃波だけで、クェスの機体は激しく揺さぶられ、コックピット内のアラートが悲鳴を上げた。

 

「きゃあっ!」

 

『どうした! さっきまでの威勢は! 所詮、お前も、恐怖の前ではただの女か!』

 

 ギュネイの嘲笑が響く。だが、クェスは、恐怖に震えながらも、奥歯を食いしばった。脳裏に、ハサウェイの顔が、父の顔が、そして、全てを託してくれたアムロの顔が浮かぶ。

 

「……私は……負けない!こんなところで!」

 

 クェスの強い意志に呼応するかのように、純白のジェガンの機体から、淡い、オーロラのような光が放たれ始めた。

 

「アムロさんの邪魔をしないでよ!」

 

 サイコフレームが、彼女の極限まで高まった精神力に共鳴し、機体の潜在能力を、設計限界を超えて引き出そうとしているのだ。

 

『なっ……!? あの光は……なんだ!?』

 

 ギュネイは、その神秘的で、しかしどこか恐ろしい光に、一瞬、たじろいだ。

 

 クェスは、その一瞬の隙を見逃さなかった。操縦桿を前に押し込み、同時にペダルも奥まで踏み込む。警告音と共に、彼女のジェガンは、信じられないほどの加速でα・アジールの懐へと潜り込むと、左腕でビームサーベルを抜き放った。それは、一見すれば、あまりにも無謀な、決死の接近戦だった。

 

『馬鹿め! このα・アジールに接近戦を挑むとは!』

 

 ギュネイは、α・アジールの巨大なクローアームを振り下ろす。だが、クェスのジェガンは、その動きさえも読み切り、アームの関節部を、ビームサーベルで正確に切り裂いた。

 

「甘いのよ!この程度でアムロさんの邪魔をしようなんて!」

『馬鹿なっ!?』

 

 二つの機体は、もつれ合うように、激しい格闘戦を繰り広げる。巨大なα・アジールと、その周りを舞う純白のジェガン。

 

 それは、まるで赤い竜に挑む、一羽の白鳥のようだった。クェスの機体も、α・アジールの反撃によって、いくつかのアポジモーター失い、左脚部を吹き飛ばされ、頭部のセンサーも破損、満身創痍となっていた。だが、彼女の瞳の光は、少しも衰えていなかった。

 

『なぜだ……なぜ、俺を拒絶する!? シャア大佐の理想は、完璧なはずだ! それを理解できないお前の方が、おかしいんだ!』

 

 ギュネイの魂からの叫びが、クェスの心に直接響く。

 

「違う! 理想のためなら、人を殺してもいいなんて、そんなものが正しいはずがない! あなたは、ただ、シャアに認められたいだけ! 自分の力で立とうとしていない、弱い人よ!」

 

 クェスの言葉が、ギュネイの心の最も脆い部分を、容赦なく抉る。

 

『う……うわあああああああっ!』

 

 精神の均衡を完全に失ったギュネイは、残った全てのメガ粒子砲のエネルギーを、一つの砲門に収束させ始めた。それは、この宙域そのものを消し飛ばしかねない、自爆にも等しい最後の一撃だった。

 

「……!」

 

 クェスは、その絶望的なまでのエネルギーの集中を、肌で感じ取った。そして直感で分かってしまった。この破損したジェガンの機動力では、もう、回避はできない。

 

 彼女は、静かに目を閉じた。そして、ジェガンの、残された全てのエネルギーを、右腕のビームライフルへと送り込む。

 

(……パパ……ハサウェイ……ごめんなさい……。でも、私……)

 

 クェスは、目を見開いた。その青い瞳には、もう何の感情も浮かんでいなかった。ただ、宇宙(そら)そのものと一体化したかのような、澄み切った静寂があるだけだった。

 

『死ね!シャアの邪魔をする、嫌な女め!お前さえいなければ、大佐はもっと俺を見てくれていたのに!』

 

 α・アジールの主砲から、世界を白く染め上げるほどの閃光が放たれた、その瞬間。

 

「直撃……!ハサウェイ……!」

 

 クェスのジェガンが放った、最後の一撃もまた、その閃光の中心へと、吸い込まれるように突き刺さっていった。

 

 二つの光が衝突し、混じり合い、そして、音のない、しかし宇宙(そら)の全てを震わせるかのような、巨大な爆発が起こった。

 

 ベージュ色の巨体、α・アジールは、その中心で、パイロットの断末魔の叫びと共に、跡形もなく四散した。

 

 そして、その閃光の果てに……。

 

 致命的な損傷を受け、四肢を失い、完全に沈黙した純白のジェガンが、まるで力尽きた白鳥のように、ゆっくりと、静かに、宇宙(そら)の深淵へと漂い始めていた。

 

 コックピットの中で、クェス・パラヤは、血のように赤いアラートの光に照らされながら、静かに意識を手放していた。その最後の思考に浮かんだのは、ただ一つ、愛しい少年の名前だけだった。

 

――ハサウェイ

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