空の凪   作:灯火011

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U.C.0105
蒼き閃光、未来の守護者


 宇宙世紀0105年。

 

 シャア・アズナブルの反乱、通称「第二次ネオ・ジオン戦争」が終結してから、十二年の歳月が流れていた。

 

 アクシズ・ショックという、人智を超えた奇跡によって地球消滅の危機は回避されたものの、人類社会は、その奇跡の光が落とした濃い影の中で、新たな混乱と停滞の時代を迎えていた。

 

 地球連邦政府は、増長し、腐敗を極め、地球に居座る特権階級と、宇宙(そら)に追いやられた大多数の市民との間の格差は、もはや修復不可能なレベルにまで広がっていた。

 

 そんな時代の中で、一人の男の名が、反地球連邦政府運動の象徴として、人々の間で囁かれるようになっていた。

 

 正体不明の、しかし卓越した思想と指導力を持つとされるその人物は、連邦政府高官を標的とした鮮やかなテロ活動を繰り返し、宇宙に住む人々の、鬱屈した想いの受け皿となっていた。

 

 だが、その高潔な名を騙り、己の歪んだ野心を満たそうとする者たちもまた、少なくはなかった。

 

 

 オーストラリア、アデレード近郊。地球連邦議会が開催されるこの都市を狙い、深夜の闇に紛れて、数機のモビルスーツが低空を飛行していた。

 

 彼らは、自らを「真なるジオンの尖兵」と名乗る、ネオ・ジオンの残党。その目的は、議会施設への無差別テロによる、社会の混乱だった。旧式のギラ・ドーガや、闇市場で手に入れたと思われるホビー・ハイザックで構成された、烏合の衆。

 

 だが、彼らが抱く、シャアの亡霊に取り憑かれたままの破壊衝動は、この平和な都市を火の海に変えるには、十分すぎるほどの脅威だった。

 

『目標、アデレード市中央区! シャア大佐の理想の実現のため、地球に巣食う寄生虫どもに、鉄槌を!』

 

 リーダー機からの、狂信的な通信が飛ぶ。だが、彼らが目標地点に到達することはなかった。

 

 突如、夜空を切り裂いて、二条の青白い閃光が迸った。

 

 それは、音もなく、しかし絶対的な精度で、先頭を飛んでいたギラ・ドーガ二機のメインスラスターと頭部を、同時に撃ち抜いていた。コントロールを失い、着水する。

 

『な、なんだ!? どこからだ!』

 

 残りの残党兵たちが、混乱に陥る。レーダーには、何も映っていない。ミノフスキー粒子が濃密に散布されているわけでもないのに。

 

 彼らが、その答えを見出したのは、遥か上空だった。月光を背に、まるで天から舞い降りた二体の巨大な鳥のように、そこに、二機の純白のモビルスーツが浮遊していたのだ。

 

 ミノフスキー・フライト・ユニットを展開させ、大気圏内を、まるで無重力空間のように、自由自在に飛翔する、二機の「ガンダム」。

 

 一機は、鋭角的なフォルムと、全身に搭載されたビーム・バリアが、神々しいまでのオーラを放つ、Ξ(クスィー)ガンダム。

 

 そして、もう一機は、そのΞガンダムと対になるかのような複雑なシルエットを持ち、しかしどこか優雅ささえ感じさせる、ペーネロペー。

 

 二機の機体は、本来のパーソナルカラーではなく、かつてのロンド・ベル隊を彷彿とさせる、白を基調とした、落ち着いた連邦軍の制式カラーに塗装されていた。

 

『対象は、ネオ・ジオンを騙るテロリストと断定。これより、目標の無力化を開始する』

 

 Ξガンダムのコックピットから、冷静で、そしてどこか懐かしい響きを持つ、青年の声が響いた。

 

 ハサウェイ・ノア。

 

 あの地獄の戦いを乗り越え、今は二十五歳の、地球連邦軍ロンド・ベル内に新設された特務部隊「Mufti」所属のエースパイロットとなった彼の姿が、そこにはあった。

 

『了解。でも、やりすぎちゃダメよ』

 

 ペーネロペーから、凛とした、しかし優しさを失わない女性の声が応える。

 

 クェス・ノア。

 

 二十五歳になった彼女は、ハサウェイの公私にわたる、かけがえのないパートナーとして、その隣にいた。

 

『わかってるよ、クェス』

『撃ち漏らしは任せて、ハサウェイ』

 

 二人の乗る機体は、まるで長年連れ添った夫婦のように、阿吽の呼吸で、残党部隊へと降下していく。

 

 Ξガンダムが、長射程のビームライフルで敵の武装を正確に破壊し、動きを封じる。ペーネロペーが、その死角をカバーするように、ファンネル・ミサイルを巧みに操り、敵の逃走経路を遮断する。

 

 その連携は、かつてアムロ・レイとクェス自身が見せたそれを、さらに成熟させ、昇華させたかのような、完璧なものだった。彼らは、敵パイロットの命を奪うことを、極力避けていた。

 

 ただ、その戦う意志と、手段だけを、冷徹なまでに、しかしどこか哀れみをもって、的確に奪い去っていく。

 

 ものの数分で、残党部隊は、一人の死者も出すことなく、全ての機体が戦闘不能に陥り、沈黙した。

 

 

 その全ての戦闘を、成層圏に待機する一隻の巨大な戦艦が、静かに見守っていた。

 

 大気圏内をも航行できるように、ミノフスキークラフト搭載艦に改修されたロンド・ベル隊の旗艦、「ラー・カイラム」。その艦橋の艦長席には、白髪の混じり始めた髪をオールバックにし、円熟味と、そして深い威厳を増した、ブライト・ノアの姿があった。

 

「……ハサウェイ、クェス、作戦完了を確認した。速やかに帰艦せよ」

 

「「了解」」

 

 二つの、短い返信。

 

 ブライトは、モニターに映し出される、朝日の中を並んで飛翔する、二機の純白のガンダムの姿を、複雑な、しかしどこか誇らしげな表情で見つめていた。

 

 七年前、あの湖畔の家で、二人は、静かに生きることを選ぶこともできたはずだった。だが、彼らは、自らの意志で、再び戦場(そら)へと戻ることを選んだ。

 

 自分たちが手に入れた、あの穏やかでかけがえのない平和を、今度は自分たちの手で、未来の子供たちのために守りたい、と。

 

 そしてアデナウアー・パラヤの強力な後援のもと、彼らは、連邦軍の中に設立された、いかなる組織からも独立した、真の平和維持のための特務部隊に、その身を投じたのだ。

 

 それは、決して終わることのない、人類の業との戦いなのかもしれない。

 

 シャアの亡霊も、その理想も、形を変え、時代を変え、これからも現れ続けるだろう。

 

 だが、ブライトは、信じていた。息子ハサウェイと、そのパートナーであるクェスが、ただの破壊や粛清ではなく、対話と、理解と、そして愛をもって、その困難な道を歩んでいってくれることを。

 

「……アムロ、お前に見せてやりたかったよ。あの子たちが、どれだけ立派になったかをな……」

 

 ブライトは、誰に言うでもなく、そう呟いた。

 

 

 朝日が、オーストラリアの大地を、そして、その空を舞う二機の白き翼を、黄金色に照らし出していく。

 

 彼らの戦いは、まだ続く。

 

 だが、その戦いは、かつてのような憎しみの連鎖ではない。

 

 未来への希望を紡ぐための、蒼き閃光。

 

 かつて宇宙で出会った少年と少女は、今、未来を守る守護者として。

 

 この空の凪を、守り続けていた。

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