ロンデニオンの宇宙港での華やかな、しかしどこか空虚なレセプションから数週間が過ぎた。
クェス・パラヤは再びシャングリラの、変わり映えのしない日常へと戻っていた。あの日、ハサウェイ・ノアという少年に出会ったことは、彼女の心に小さな、しかし消えない波紋を残していた。彼のどこか頼りなげな、それでいて実直そうな眼差し。そして、彼が抱えるであろう「ブライト・ノアの息子」という重荷。
それらが、クェスの胸の奥で、時折ちくりとした感傷と、ほんの少しの共感を呼び起こすのだった。
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二人の再会は、意外なほど早く訪れた。アデナウアー・パラヤとブライト・ノアが、地球圏の防衛体制に関する非公式な協議のため、サイド1の中立コロニーで再び顔を合わせる機会があったのだ。その際、両者は互いの子供たちのことを思い出し、「前回はゆっくり話もできなかっただろうから」という、いかにも大人らしい口実のもと、クェスとハサウェイを同席させたのである。
もちろん、それは表向きの理由で、多忙な父親たちが、少しでも我が子と過ごす時間を持ちたいという親心と、あるいは子供たち同士の純粋な交流が、ギスギスした大人たちの世界の緩衝材になるかもしれないという、淡い期待があったのかもしれない。
その再会をきっかけに、クェスとハサウェイは、互いのパーソナル回線を使って、時折メッセージを交わしたり、短いビデオ通話で言葉を交わしたりするようになった。
ハサウェイは、父ブライトが所属するロンド・ベル隊の関連施設があるコロニーと、シャングリラとの間を、時には父の公務に便乗し、時にはアデナウアーの計らいで、行き来することもあった。それは、彼らにとって、退屈な日常の中に差し込む、ささやかな光のような時間だった。
「ねえ、ハサウェイ。この間、パパが言ってたんだけど、地球連邦軍がまた新しいモビルスーツを開発してるんですって。そんなにたくさん作って、一体誰と戦うつもりなのかしらね」
コロニー内の公園の、人工芝生の上に並んで座り、合成アイスの甘ったるい味を舌で転がしながら、クェスが何気ない口調で言った。その声には、純粋な疑問と、大人たちの不可解な行動への皮肉が混じっている。
「……分からない。でも、父さんの周りも、最近なんだかピリピリしているんだ。軍の予算が増えたとか、どこかの空域で不審な動きがあったとか……そんな話ばかりだよ」
ハサウェイは、遠い目をして答えた。彼の言葉は、クェスが感じている漠然とした「違和感」に、具体的な輪郭を与えていくようだった。
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その「違和感」は、彼らの日常の端々に、まるで染みのように広がり始めていた。ニュースでは、連邦軍の演習の映像が頻繁に流され、その勇ましさを称えるアナウンサーの声が空々しく響く。
コロニーの街角でも、以前より明らかに軍服姿の兵士たちを見かける機会が増え、彼らが醸し出す硬直した空気が、自由なはずのコロニーの雰囲気を僅かずつだが確実に息苦しいものへと変えていた。
学校の友人たちの間でも、親たちが「また戦争が起こるんじゃないか」と囁き合っている、などという不穏な噂が、まことしやかに語られるようになっていた。
クェスのニュータイプ的な感性は、そうした表面的な変化の奥に潜む、もっと根源的な時代のうねりを、肌で感じ取っていたのかもしれない。それは、まだ明確な形を持たない、巨大な悪意の胎動のようなもの。
あるいは、過去の亡霊たちが、再び歴史の表舞台に引きずり出されようとしている不吉な予兆。彼女は、夜、ベッドの中で、時折、遠い宇宙(そら)の彼方から聞こえてくるような、言葉にならない嘆きや怒りの波動を感じ、言い知れぬ不安に襲われることもあった。
だが、その感覚を誰かに話したところで、理解されるはずもないと、彼女は諦めていた。
「大人たちって、どうしてこう、同じことばっかり繰り返すのかしらね。歴史の教科書で、あんなにたくさん戦争の悲惨さを習うのに、ちっとも懲りてないみたい」
クェスは、食べかけのアイスを放り出し、空を見上げて吐き捨てるように言った。その青い瞳には、大人たちの愚かさへの軽蔑と、自分たちの無力さへの苛立ちが浮かんでいる。
「……きっと、それぞれの『正義』があるんだよ。僕たち子供には、まだ分からないような……。でも、その『正義』がぶつかり合ったら、結局は力で決着をつけるしかなくなるのかな」
ハサウェイの言葉には、父ブライトの背中を見て育った彼なりの、諦観にも似た理解があった。だが、彼自身、その論理に心から納得しているわけではなかった。むしろ、そんな大人たちの世界のありように、言いようのない虚しさを感じ始めていた。
「正義ですって? 馬鹿馬鹿しい。人が死んで、街が壊れて、それで守られる『正義』なんて、どこにあるっていうのよ」
クェスの反論は、常に本質を突いてくる。彼女にとって、大人たちが振りかざす「大義」や「理想」は、結局のところ、彼らのエゴイズムを糊塗するための言い訳にしか聞こえなかった。
そして、そんな大人たちの都合で、自分たちの未来が脅かされることへの、静かな怒りが彼女の中で育ちつつあった。
コロニーの日常は、まだ表面上は平穏を保っている。
学校があり、友人たちとの他愛ないお喋りがあり、そして時折訪れる、ハサウェイとの束の間の交流がある。だが、その薄皮一枚下では、確実に何かが軋み、崩れ落ちようとしている。
クェスは、その「何か」の正体を見極めようと、青い瞳を凝らす。
しかし、見えるのは、相変わらず退屈な日常の風景と、その背後に蠢く、得体の知れない巨大な影だけだった。その影は、彼女たちがまだ知らない、戦争という名の、あまりにも醜く、そして抗い難いものの姿をしているのかもしれない、という予感が、クェスの胸を重く押しつぶすのだった。
この平和が、そう長くは続かない。そんな漠然とした確信が、彼女の中で日増しに強くなっていく。そして、その時、自分は、そして隣にいるこの朴訥な少年は、一体どうなってしまうのだろうか。その答えは、まだ誰にも分からなかった。