空の凪   作:灯火011

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宙の凪

 宇宙世紀0105年5月2日。

 

 オーストラリアのアデレード近郊での「真なるジオンの尖兵」を名乗るネオ・ジオン残党によるテロ事件を鎮圧したハサウェイ・ノアとクェス・パラヤ。彼らの所属する特務部隊「Mufti」の母艦であるラー・カイラムは補給と休養のため、近郊の軍港へと寄港していた。

 

 かつては緑豊かな大陸であったオーストラリアも、度重なる戦争とコロニー落としの影響で、その多くが砂漠化していたが、アデレードは、連邦政府の重点開発都市として、今なお往年の美しい姿を保っている、地球でも数少ない都市の一つだった。

 

 任務を終え、久々の地上での休暇を与えられたハサウェイとクェスは、軍服ではなく、ラフな私服に着替え、アデレードの街を散策していた。

 

 ハサウェイは、落ち着いた色合いのジャケットを羽織り、その表情は穏やかで、かつて彼を知る者が見れば、その精神的な成長に驚くことだろう。

 

 クェスは、風に揺れる白いワンピース姿で、その隣を、ごく自然に腕を組んで歩いている。その姿は、どこからどう見ても、仲睦まじい一組の夫婦にしか見えなかった。

 

「……ケネスに会うのも、久しぶりだな。サイド1の会議以来か?」

 

 ハサウェイが、待ち合わせ場所であるホテルのロビーへと向かいながら言った。

 

「ええ、そうね。あの人、相変わらず忙しく飛び回っているみたいだから。……でも、少し心配だわ。彼の周りも、最近少し()()()()()()がするって、パパが言っていたから」

 

 クェスのニュータイプ的な感性は、友人であるケネス・スレッグ大佐が、連邦軍内部の腐敗と、それに対抗しようとする勢力との間で、危険な綱渡りをしていることを、漠然とだが感じ取っていた。

 

 

 親しい友人との待ち合わせは街でも一番大きなホテルだった。

 

 大理石の床が磨き上げられた広大なロビー。

 

 その中央にあるカフェラウンジのソファに、ケネス・スレッグは、既に着席していた。

 

 軍人らしい、隙のない姿勢。しかし、その表情には、友人との再会を待つ、リラックスした色が浮かんでいる。

 

 そして、ハサウェイとクェスが目を見張ったのは、そのケネスの向かい側に、まるでこの世の美を全て集めて作り上げた芸術品のように、圧倒的な存在感を放つ、一人の少女が座っていたことだった。

 

 金色の髪、透き通るような白い肌、そして、全てを見透かすような、挑戦的な光を宿した瞳。その少女は、周囲の全ての人間を脇役にしてしまうほどの、強烈なオーラを放っていた。

 

「やあ、ハサウェイ、クェス君。待っていたよ。すまない、少し厄介なことに巻き込まれてね。こちらは、ギギ・アンダルシア嬢。見ての通り、とんでもないお嬢さんだ」

 

 ケネスは、悪戯っぽく笑いながら、二人を紹介した。どうやら、彼女が、先程クェスが言っていた「()()()()()()」の中心にいた人物らしい。

 

「……初めまして。ギギ、です」

 

 ギギ・アンダルシアと名乗った少女は、優雅に微笑むと、その視線を、ハサウェイへと向けた。そして、その瞳が、僅かに見開かれる。

 彼女は、目の前に立つこの青年の、穏やかな外見の奥に隠された、あまりにも大きく、そして深く、澄み切った魂の器を感じ取ったのだ。

 

 それは、彼女がこれまでの人生で出会った、どんな男たちとも比較にならない、強烈な引力だった。

 

「……あなた……。すごいわね。あなたの中に、すごく……大きくて、優しい宇宙(そら)が見える。ねえ、あなたのお名前は? そして、あなた、一体、何者なの?」

 

 ギギの言葉は、もはや通常の会話ではなかった。それは、彼女の持つ特異な感性が、ハサウェイの魂へと直接語りかける、ニュータイプ同士の挨拶にも似ていた。

 

 ハサウェイは、その真っ直ぐすぎる問いかけに、一瞬、戸惑いの表情を浮かべていた。

 

 だが、彼が答えるよりも早く、クェスが、彼の前に、そっと一歩踏み出した。そして、ギギに向かって、悪戯っぽい、しかしどこか女王のような、余裕のある笑みを浮かべた。

 

「ギギ、っていったよね? 初対面の人に、そうやって、心の中を土足で覗き込むのは、やめておいたほうがいいわよ。……怪我をするのは、あなたの方かもしれないから」

 

 その言葉には、明確な牽制と、そしてハサウェイ・ノアという男は、自分の領域にいる人間なのだという、揺るぎない宣言が込められていた。

 

 同時に、それは、自分と同じ種類の力を持つ、この若く、危うげな少女に対する、先輩としての、ある種の忠告でもあった。

 

 ギギは、クェスのその言葉に、驚いたように目を瞬かせた。そして、次の瞬間、まるで面白い玩具を見つけた子供のように、くすくすと笑い出した。

 

「……あなたも、すごいのね。分かったわ、もうしない。ごめんなさいね、ハサウェイ……さん?」

 

「……いや。ハサウェイ・ノアだ。そして、こっちは、僕の妻のクェス」

 

 ハサウェイは、穏やかにそう言うと、クェスの腰を、そっと抱き寄せた。その自然な仕草が、二人の関係の全てを物語っていた。

 

「ははは! これは、傑作だな!」

 

 ケネスは、腹を抱えて笑っていた。

 

「いやあ、面白いものを見せてもらった。さて、堅い話は抜きだ。再会を祝して、食事でもどうだ? このホテルで一番いいレストランを予約しておいた。ギギも一緒で問題ないだろう?」

 

 

 ホテルの最上階にある、アデレードの夜景が一望できるレストラン。四人が囲むテーブルの上には、美しい料理と、上質なワインが並べられている。

 

 ケネスとギギの、丁々発止のやり取り。

 

 それに、時折、苦笑しながら相槌を打つハサウェイと、楽しそうに微笑むクェス。

 

 その光景は、一見すると、何の変哲もない、友人たちとの楽しい会食の風景だった。

 

 ハサウェイは、ワイングラスを片手に、窓の外に広がる、宝石をちりばめたような街の灯りを見つめていた。

 

(……もし、あの時、僕が、クェスを救うことを諦めていたら……。もし、クェスが、僕を呼んでくれなかったら……。僕らは、今、こうして、ここにいることはなかったんだろうな……)

 

 彼の隣には、彼の全てを理解し、支えてくれる、最愛の女性がいる。彼には、守るべき日常があり、そして、共に歩んでいく未来がある。

 

 クェスが、テーブルの下で、そっとハサウェイの手を握った。ハサウェイも、その手を優しく握り返す。その手の温もりが、彼にとっての、世界の全てだった。

 

 ギギ・アンダルシアは、そんな二人の様子を、少しだけ羨ましそうな、そしてどこか物憂げな表情で見つめていた。彼女には、見えていたのかもしれない。この穏やかな青年と、その隣にいる美しい女性が、どれほど深く、そして強い絆で結ばれているのかが。

 

 そして、自分が、決してその間に入り込むことはできないのだということも。

 

 

 やがて、夜は更けていく。

 

 彼らの未来に、何が待ち受けているのかは、まだ誰にも分からない。

 

 世界は、まだ多くの矛盾を抱え、彼らの戦いは、これからも続いていくだろう。

 

 だが、それでも。

 

 今、この瞬間、ハサウェイとクェスは、確かに、ここにいる。

 

 笑い声と、美味しい食事と、愛する人の温もりに包まれた、光溢れるテーブルを囲んで。

 

 それは、彼らが、自らの手で掴み取った、あまりにも尊い、そして温かな、未来の光景だった。

 

 

 この物語が、夢見た、もう一つの結末。

 

 

 宙(そら)の凪(なぎ)。

 

 その穏やかな時間は、確かに、ここに存在していた。




クェスとハサウェイが幸せになってほしいな、と思い描いた物語でした。

最後までご覧いただけたこと、感謝しかありません。

また、多数のご感想、ご評価、お気に入り登録、を頂きまして、誠にありがとうございました。
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