空の凪   作:灯火011

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第9話:ラー・カイラムの日々、閉ざされた宇宙(そら)の揺りかご

 クェス・パラヤとハサウェイ・ノアを乗せた連絡艇が、ロンド・ベル隊旗艦ラー・カイラムの巨大なハッチに吸い込まれてから数日が経過した。

 

 全長480メートルを超える宇宙戦艦の内部は、それ自体が一つの閉鎖された小宇宙(コスモス)であり、二人にとっては、これまでのコロニー生活とは全く異なる、規律と緊張感に満ちた世界だった。

 

 乗艦初日、彼らはブライト・ノア艦長から、居住区の割り当てと艦内での行動規範について、簡潔だが厳格な説明を受けた。

 クェスには、女性士官用の個室が、ハサウェイには、彼と同じくらいの年齢の若いクルー、主に整備兵や通信兵の見習いが使用する相部屋が与えられた。

 

 それは、アデナウアー・パラヤからの「客人」ではなく、あくまでロンド・ベル隊に「保護される者」としての扱いであったが、同時に、有事の際には彼らもまた、この艦(ふね)の一員として最低限の役割を果たすことが期待されている、という無言の圧力も感じさせた。

 

「……なんだか、大きな鉄の箱に閉じ込められちゃったみたいね」

 

 クェスに割り当てられた、必要最低限の調度品しかない殺風景な個室で、ハサウェイがぽつりと呟いた。窓の外に見えるのは、本物の星空ではなく、艦内の通路や他の区画を示す無機質な金属壁だけだ。

 

「でも、あのシャングリラの息が詰まるような退屈さよりは、まだマシかもしれないわ。ここには、アムロ・レイがいる。そして……何かが、これから始まろうとしている気配がするから」

 

 クェスは、ベッドに腰掛け、膝を抱えながら答えた。その青い瞳には、不安と、それ以上に未知への好奇心と、そして自分の中に眠る力への漠然とした期待が揺らめいていた。

 

 

 彼女たちのラー・カイラムでの日々は、規則正しいスケジュールに沿って始まった。午前中は、艦内の学習室で、専任の教育担当士官から、基礎的な宇宙物理学、戦術論、そしてモビルスーツの構造や運用に関する講義を受ける。

 

 それは、ブライトとアデナウアーが、「有事の際の最低限の知識」として彼らに身につけさせようとしたものだった。

 

 クェスは、持ち前の頭の良さで講義の内容を驚くほど早く吸収していったが、その関心は常に、より実践的なモビルスーツ操縦へと向いていた。ハサウェイは、生真面目にノートを取りながらも、時折、父ブライトが艦長として指揮を執るブリッジの方向を、複雑な表情で見つめることがあった。

 

 午後になると、彼らはモビルスーツのシミュレーター訓練に多くの時間を割いた。クェスの才能は、ラー・カイラムのベテランパイロットたちをも驚嘆させるものだった。

 彼女は、まるで水を得た魚のように、仮想空間でジェガン改を自在に操り、次々と難易度の高いミッションをクリアしていく。

 

 その動きは、教えられたセオリーをなぞるのではなく、むしろ彼女自身の直感と反射神経が、機体を最適解へと導いているかのようだった。

 

「……あの子は、本物かもしれん。アムロに匹敵する、あるいはそれ以上の……」

 

 訓練の様子をモニター越しに見ていた古参のパイロットが、隣にいたチェーン・アギにそう囁くのを、ハサウェイは偶然耳にしてしまった。

 

 

 一方のハサウェイは、クェスの圧倒的な才能を目の当たりにするたびに、焦燥感と無力感に苛まれた。彼もまた、父の息子として、そしてクェスを守りたいという一心で、必死に操縦桿を握るのだが、その動きはどこかぎこちなく、クェスのような閃きに欠けていた。

 

「……僕は、どうしてここにいるんだろうな……」

 

 シミュレーターから降りた後、落ち込むハサウェイに、クェスはいつものように悪戯っぽい笑顔を向けるのではなく、静かに声をかけた。

 

「ハサウェイ。あなたは、私みたいに派手なことはできないかもしれないけど、でも、あなたの真面目さや、一つ一つを確実にこなそうとする力は、私にはないものよ。それに……あなたが隣にいてくれるだけで、私、なんだか安心して戦える気がするの」

 

 その言葉は、ハサウェイにとって何よりの慰めであり、そして新たな決意を抱かせるものだった。

 

 クェスのメンタルケアについては、艦内の軍医やカウンセラーが定期的に面談を行ったが、彼女はなかなか心を開こうとはしなかった。

 

 彼女が唯一、自分の内面の揺らぎや、ニュータイプ的な感覚について率直に話せる相手は、ハサウェイだけだったのかもしれない。そして、ハサウェイもまた、クェスとの会話を通じて、彼女の抱える孤独や重圧を理解し、自分なりに彼女を支えようと努めた。

 

 アムロ・レイとの再会は、乗艦して数日後のことだった。彼は、νガンダムの調整に追われ、ほとんど格納庫か自室に籠りきりだったが、ブライトの計らいで、クェスとハサウェイは彼と改めて話す機会を得た。

 

「……君のシミュレーターのデータは見た。確かに、非凡なものだ。だが、クェス、それは同時に、君が危険な道へと足を踏み入れやすいということでもある」

 

アムロは、かつて自分がそうであったように、ニュータイプの才能がもたらす光と影を、クェスの中に見ていた。

 

「シャア・アズナブルは、君のような存在を、必ず見つけ出し、利用しようとするだろう。君は、自分の力を、そして自分の心を、強く保たなければならない。そうしなければ、過去のニュータイプたちのように、死者に惹かれてしまうからな」

 

 その言葉は、警告であり、同時に若い才能への期待と、そしてどこか父性にも似た眼差しを含んでいた。クェスは、アムロの言葉を、反発しながらも、真摯に受け止めようとしていた。

 

 

 ラー・カイラムは、ネオ・ジオンの不穏な動きを警戒し、サイド1周辺宙域での哨戒任務を続けていた。時折、所属不明機との小競り合いが発生し、艦内に緊張が走ることもあった。

 そんな時、クェスは、自分の感覚が鋭敏になり、遠くで起こっている戦闘の気配や、敵の殺気のようなものを感じ取ることに気づいた。

 それは、彼女に言い知れぬ恐怖と、同時に、自分も何かをしなければならないという焦燥感を抱かせた。

 

 閉ざされた宇宙(そら)の揺りかご、ラー・カイラム。

 

 その中で、クェスとハサウェイの、そして彼らを取り巻く人々の運命は、否応なく、来るべき激動の時代へと向かって動き始めていた。

 

 彼らの日常は、もはや平穏とは言えない。だが、その緊張感の中でこそ、磨かれる魂があり、育まれる絆があるのかもしれない。

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