こっちが本当の1話かもしれない...
バッファロースプリングフィールド
下北沢を歩くと、少し背伸びした気分にさせてくれる。
中学2年生の春。俺はそんな気持ちを味わいたくて、放課後になるとわざわざ遠回しをして帰っていた。
家とは反対方向の駅前を通って、古着や雑貨の店をゆったりと眺めて歩く。
どの店も入るのは勇気が出なかったけど、ただ歩いているだけでも大人になれた気がした。
ある日、CDショップの前で足が止まった。そこは人通りが少ない閑散とした場所にあった。
バーリンレコードという名前の店だった。
レトロな雰囲気がいかにも通好みな感じがした。
俺が立ち止まったのは、そういった雰囲気に惹かれたからではなかった。
ガラス越しに、知っている女の子を見つけたからだった。
青髪のミディアムヘアーに華奢な体つき。同じクラスの山田リョウだ。
小学校からの同級生で、これまでに何度か同じクラスになったことがあるけれど、誰かといる姿をみたことがない。一人で読書をしているか、腕を組んで居眠りをしている。
無口でつかみどころの無いやつだけど、とにかく顔が整っているので、それが一種の性格として、周りには受け入れられている。クラスに友達がいない、ぼっちな俺からすれば羨ましい限りである。
並んでいるCDラックを眺めていた山田は、俺の視線に気がついたみたいで、こっちに顔を向けてきた。俺と山田の視線が結びつく。
やばい、見ているのに気づかれた。
慌ててその場を立ち去ろうとしたとき、山田が手招きしてきた。
その意図はよく分からないが「こっちに来い」ってことなのか......?
俺は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
震える手でバーリンレコードの扉を開けた。
店の中は、教室の半分くらいの広さで、壁には古いレコードが飾られていた。
山田の他に、カウンター越しに暇をしている店長らしき人しかいなかった。
彼はまるで興味がないといった感じで俺を一瞥した。軽く会釈をしたが、無視されてしまった。
俺は山田の方へと向かう。山田は無表情のまま俺を見つめていた。
「
「あっ、うん。いつもは洋楽しか聴かないけど」
「そうなんだ。私も好きだよ洋楽。ビートルズとかクイーンとか。他にも色々聴いてる」
へぇ、山田も洋楽聴くのか。ビートルズ聴く中学生は俺だけだと思ってた......。
天井についたスピーカーから、音楽が流れている。これ、知っている曲だ。
「この曲もビートルズだよな」
「うん。『You've Got to Hide Your Love Away』って曲」
You've Got to Hide Your Love Away。「恋心は隠さないといけない」という意味だ。
「作曲は誰だったっけ?」
「ジョンレノン。ディランに影響されて作った曲って言われてる。歌詞の内容が曖昧で、この頃から、ジョンはこういうひねくれた曲作るようになったんだ」
あれ。もしかしてこいつ、かなり詳しい?
山田は、CDラックから一枚のアルバムを取り出した。
ビートルズの『ヘルプ!』だった。この曲が収録されているアルバムだ。
「ビートルズはどのアルバムが一番好き?」
「ラバーソウル。山田は?」
「ホワイトアルバムかな」
「いいよね。ホワイトアルバム」
「うん。バラバラな個性がぶつかって、1つのアルバムになっている感じがして好き」
山田は得意そうな顔で続けて語る。
「良いバンドってのは、そういうもの」
その言葉には、妙な説得力があった。その理由を俺はすぐに知ることになる。
「え、山田ってバンド組んでるのか。何担当してるの?」
「ベース。ちなみに、私は作曲もしている」
「まじかー。すげぇな」
俺たちは店を出て駅に向かって歩いていた。
山田のバンド『はむきたす』は、3人組のガールズバンドで主にライブハウスや路上ライブで活動をしているらしい。Youtubeで演奏の動画を出しているそうだ。後で見てみよう。
「通りで詳しいわけだよ」
「まぁね」
山田は分かりやすいドヤ顔で頷いた。
ちょっとウザい。こいつ、こんな表情もできたのか。
「
「いや、俺はやってない」
「どうして?」
「まぁ、色々と事情がね」
そう言ってから、俺はこれまで気になっていたことを尋ねてみた。
「それより、俺の名前。知ってたのか?」
「うん。小学校、同じだったじゃん」
「いや、まあそうなんだけど......」
意外だ。山田は他人に興味が無さそうなイメージがあったのだが。
「ほとんど話してない人の名前を覚えているなんて、しっかりしてるんだな」
「いや? 晴臣は珍しい名前だからたまたま覚えてた。ちなみに名字は分からない」
うん。イメージ通りだった。
駅に着くまでの間、山田はジャーマンプログレについて一方的に語っていた。
シンセサイザーが特徴の実験的な音楽で、クラフトワークにも影響を与えたそうだ。
どうやら、最近の彼女のブームらしい。山田よ、そんな女子中学生はいないぞ。
「CANってバンド知ってる?」
「知らないけど、検索しにくそうな名前だね」
「後のクラフトロックに多大な影響を与えているバンドで、一時期、日本人がボーカルだったことがあるんだ。その時期のアバンギャルド感がたまらないから、今度聴いてみて。オススメは......」
と、まあこんな感じに。
これまで、学校の中では一番洋楽に詳しいと自負していたが、こんな近くにライバルがいるとは思わなかった。まぁ、山田の音楽に対する熱量は、俺よりもずっと上なんだけど。バンドやってるくらいだしな。
でも、自然と悔しいとは思わなかった。
むしろその逆。音楽という共通言語を話せるやつを見つけたんだ。
嬉しいに決まってるじゃないか。
駅の改札前まで来ると自然と足が止まった。
「俺、この先は商店街の方なんだ」
「そうなんだ。じゃあ、私とは反対方向」
どうやら、ここでお別れらしい......。
でも、仕方ない。明日だって話せるはずだ。
「じゃあ、また明日な」
俺は山田に背中を向けた。
「待って」
背中から聞こえてきた声は、ちょっと熱っぽかった。
俺はちょっとの期待を込めて振り返った。
「どんなバンド聴いてるか言ってくれたら、オススメのアルバム教えてあげる」
「......俺のウォークマン、良かったら見てみるか?」
「うん。見たい」
山田は、まだお別れするつもりはなかったらしい。
良い曲に出会ったときのような気持ちになった。だけど、それを悟られないよう、平然としているフリをした。
通行人の邪魔になっていることに気づいたので、俺たちは駅の端っこの方へと移動した。
俺はカバンからウォークマンを取り出し、リョウに手渡した。
「拝見いたす」
山田は変な言葉づかいで受け取った。
こいつ、面白いこと言うんだな。
今日だけで、山田リョウに対する印象がかなり変わった気がする。
「ふむふむ......」
山田は顎に手を当てながら、画面をじっと見つめていた。
俺は、60年代~90年代のロックを中心に聴いている。ストーンズやツェッペリン、ボン・ジョヴィ、オアシス、有名どころはほとんど聴いているはずだ。
というか、他人に自分のライブラリを見せるって、頭の中を覗かれるようなものなんじゃないだろうか。急に恥ずかしくなってきた。
「イーグルスとか、グレイトフル・デッドとか、けっこう渋いね」
「カントリーロックが気に入ってるんだ。聴きやすいし、のどかな感じがして」
「いいよね。アメリカン・ビューティーは私もお気に入り」
アメリカン・ビューティーは、グレイトフル・デッドの5枚目のアルバムだ。全曲を通してアコースティック中心のサウンドで、とても心地よい。
「どう? おすすめは何か思いつく?」
「うーん。あ、そうだ。このバンド知ってる?」
山田がスマホを取り出し、画面を操作すると、それを見せてくれた。
バッファロースプリングフィールドという名前と、おそらくメンバーの写真が表示されていた。
「いや、知らないな」
「活動してたのは2年くらいで短いけど、カントリーロックの原点みたいなバンドなんだ。おすすめは2ndだけど、
「さっきの店にあるかな?」
「あるんじゃいないかな」
「分かった。これから行って探してみる」
「聴いたら感想おしえて」
「おっけー。じゃあ、明日学校でな」
俺は、その場を立ち去ろうとする。
店が閉まる前に行かなくては。
「そうだ。手、出して」
「え? 何だよ、急に」
俺は言われた通りに右手を出した。
山田は、ネームペンをカバンから取り出して、俺の手のひらに11桁の数字を書いた。
「これ、私の電話番号。バッファローの良さが分かったら、電話して」
そう言って、山田は薄く微笑んだ。
それは、俺がこれまでイメージしていた山田からは決してこぼれない、口元が小さく緩んだ笑みだった。その、想像と現実のズレのようなものが、胸のあたりを震わせていた。
「絶対に電話する」
「待ってる」
そう言って、山田は軽く手を振ると、人混みに紛れていなくなった。
今日、俺は山田リョウについて色々なことを知った。
だけど、最後にとっておきのことを、彼女は教えてくれた。
山田リョウの笑顔はとてつもなくかわいい。
そして俺は、笑顔の可愛い女の子をもう一人だけ知っていた。
俺は早足でバーリンレコードに戻った。
CDはアルファベット順に並べられていて、Bと区切られた箇所を目で追いかけた。
一枚だけ置いてあった。『バッファロースプリングフィールド』1stアルバムだ。
財布の中身はほとんど空になってしまうが、俺の手持ちで買える値段だった。
俺は迷わずレジに持っていった。
店長は「いいね」とだけ言って、CDを質の良いビニール袋に入れてくれた。
店を出ると、手汗で11桁の数字が消えてしまわないように気をつけながら、走って家に帰った。
1曲目の『For What It's Worth』は、浮遊しているようなサウンドと、静かなギターリフから始まった。それが乾いたボーカルに絡み合って、奥深い曲になっていた。
続く2曲目からは、カントリーやフォーク、R&Bをベースとした、ロックサウンドが続いた。
人によっては、「地味で単調」という印象を抱いてしまうかもしれないけれど、俺の好みにはぴったりとハマった。
9曲目の『Do I Have to Come Right Out and Say It』を聞き終えると、山田に電話をかけた。
3コール目で繋がった。
「バッファローの良さが分かったよ」
「良かった。明日、早く学校来られる?」
「7時頃には行けると思う」
「じゃあ、それくらいに、教室で待っている」
そう言って、通話は切れてしまった。おそらく、1分も話していない。
だけど、今の俺には、それで十分だった。
電話越しの山田は、きっと微笑んでいてくれたと思うから。