重大な問題、抱えて眠る   作:ピエールたか

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幼馴染

 朝の学校は音がしなかった。昇降口や廊下から、いつもの話し声が聞こえてこない。

 6時40分。こんなに早く学校に来たのは初めてだ。

 山田との約束には、まだ20分ある。

 

 先に教室で待っているか。待ち合わせは、少し早く来て待つくらいが丁度いいだろう。

 

 教室の扉を開ける。

 すらっとした背丈の女子生徒が既に席に座っていた。

 

「あ、おはよう」

 

 俺に気づいたその女子生徒、山田リョウが軽く手をあげる。

 

「おはよう。約束、7時じゃなかったっけ?」

「うん。だけど、目が覚めちゃったから。晴臣(はるおみ)も早かったね」

「まあな」

 

 スクールバッグを机に置くと、山田が紙袋を持って俺の席までやって来た。

 

「これ、貸してあげる」

 

 そう言って、山田はその紙袋を机の上にどさっと置いた。

 中には何枚かのCDが入っていた。

 

「バッファロースプリングフィールドの2ndと、解散後のメンバーのアルバムを何枚か持ってきた。どれもおすすめ」

「バンドは2年くらいで解散したんだっけ。ライナーノーツで読んだよ」

「そう。主要メンバーだった、スティーブン・スティルス、ニール・ヤング、リッチー・フューレイは解散後それぞれ別のグループで活動したんだ。一緒に演奏したこともあったけど、オリジナルのメンバー全員が揃うことは、最後までなかったみたい」

 

 山田は、紙袋から一枚のアルバムを取り出した。

 ニール・ヤングの『Tonight's the Night』というタイトルだった。

 

「彼は、クレイジー・ホースっていうバンドと一緒に、何枚かのアルバムを出して、ソロでも大成功したんだ」

「知ってる。『Heart of Gold』とかだろ?」

「そう。だけど、その時期にクレイジー・ホースのメンバーとか友達とかが相次いで亡くなって、彼の周りには誰もいなくなっちゃったんだ。これはそんな時期に作られたアルバム。『Mellow My Mind』って曲は、テキーラをがぶ飲みしたニールが泣きながら歌ってるから聴いてみて」

「めちゃくちゃ重そうな曲じゃないか」

「でも、すごく良い曲。聴けば分かるよ。あ、他のを解説するとね」

 

 そこから、山田は一つずつCDを取り出して、丁寧に解説を始めた。

 

 音楽について語る山田は、スイッチが入ったみたいに生き生きとしていた。

 冷たそうな彼女の白い肌は、ほんのりと赤くなっている。

 

 俺はほとんど相づちを打つだけだった。

 でも、それだけで充分満たされていた。

 音楽の話なら、いつまでも続けていられる。

 その相手が山田だから、というのもあるかもしれない。 

 

 次第にクラスメイトたちが登校してくる。彼らの声で教室が満たされていく。

 

「山田さんが話してるの、珍しいね」そんな声がどこかから聞こえてきた。

 

 周りを見渡すと、クラスメイトたちが俺たちを物珍しそうな目で眺めていることに気づいた。

 まぁ、普段大人しい二人が朝早くから盛り上がっているんだ。興味を持つのは当然だろう。

 

 ただ、その内容までは理解できないみたいだった。

 隣の席の女子は不思議そうに首をかしげている。

 

 音楽は、俺と山田にだけ通じる共通言語だった。

 

 俺も山田も周りの視線を気にすることなく、朝のHRが始まるまで話を続けていた。

 

 同じ趣味の話ができるってこんなに楽しいのか.......!

 誰かと熱を帯びた会話をするのは、初めてだったかもしれない。

 

 まだまだ、話したいことがある。山田はどんなジャンルが好みなのか、好きなベーシストのことは、はむきたすの活動だって知りたい。

 

 放課後、一緒に帰りながら、ゆっくり話ができればいいな。

 

 こういうとき、どう声をかけるのがいいんだろう。できるだけ自然に誘いたい。

 いや、昨日仲良くなったばかりだ。一緒に帰るのはまだ早いんじゃないか。

 何が正解なのか、よく分からない。

 

 そんな風に迷っていたら、あっという間に帰りのHRが終わってしまった。

 

 山田は・・・・・・いない。

 

 もう帰ったのか? いくら何でも早すぎる。でも、山田だったらありえるか。

 もしかして、係活動とか用事があるのかもしれない。

 

 俺はしばらく、席から動かなかった。

 

 クラスメイトが一人、また一人といなくなり、教室が静かになっていく。

 やがて、教室には俺だけになり、窓の外からは部活動の声が聞こえてきた。

 

 まぁ、帰ってるよな。仕方ない。また今度だ。

 

 教室を出て、下駄箱で靴を履き替える。

 分かってはいたけど、少し寂しい。

 

「あれ、晴臣?」

 

 明るい女の子の声がした。聞き覚えのある声だった。

 俺に話しかけてくる女子なんて、山田の他にもう一人しかいない。

 

「虹夏」

 

 振り返ると、伊地知虹夏がサイドテールをゆらしながら、こちらに近づいてきた。

 

「こんなに時間まで学校にいるなんてめずらしいね!」

「まぁね。虹夏こそ、今日は友達と一緒じゃないのか?」

「私だけ委員会の集まりがあって、今日は一人なんだよー」

 

 虹夏は、持ち前の明るい性格もあって友達が多い。風のうわさでは、男子からの人気も高いみたいだ。

 

「ていうか、こうやって話すの久しぶりじゃない?」

「一ヶ月ぶりくらいだな。まぁ、今年はクラス違うし」

「私と会えなくて、寂しかったでしょ?」

 

 虹夏はからかうように言うと、俺のわき腹をひじでつついてきた。

 この距離感で来られたら、どんな男子だって落ちるだろうな。

 

「ということで、今日は一緒に帰ろー!」

 

 俺の返事を待たずに、虹夏は俺の手を握ってきた。

 

 俺、まだ何も言っていないんだが。まぁ、いいか。

 結局、山田は帰ってしまったわけだし。

 

 

 

「あ、虹夏だー!」

 

 昇降口を出て、すぐ近くのテニスコートから弾んだ女子の声がした。

 その声に反応して、俺たちは繋いでいた手をほどいてしまった。

 

 虹夏のクラスメイトだったみたいで、こちらに向かって手を振っている。

 

「あれー? 虹夏の隣にいるのって、例の幼馴染?」

「わー! 今その話禁止! 晴臣、ちょっと待ってて!!」

 

 急いで虹夏はその女子の元へとかけていく。

 

「例の」ってなんだ。何か変な噂立てられているんじゃなだろうか。

 

 テニスコートの女子は、フェンス越しに虹夏をからかっているようだった。

 何かを言われて、虹夏は慌てて否定している。

 

 それから少しして、虹夏が顔を赤くして戻ってきた。

 

「ごめんね。お待たせしました......」

「どんな話してたんだ」

「いや~、私たちがね、付き合ってるんじゃないかって勘違いされてー」

「はぁ」

「お、おかしいよね~!。私たち、ただの幼馴染なのにさ」

 

 そうか。男女が並んで歩くだけで、周りからはそう見られるのか。

 これで変な噂立てられるのも、虹夏に悪い。

 

「俺、少し離れて歩いた方がいいか?」

「・・・・・・」

 

 虹夏の笑顔がすっと消えた。

 

 あれ?

 

「相変わらず晴臣は女心ってのがわからないよねぇ」

「俺なりに気を遣ったつもりだったんだけど・・・・・・」

 

 ため息をつく虹夏。そして、彼女はいじけるように言った。

 

「そういう勘違い、私は嫌じゃないんだけどね」

「え?」

「何でもない。早くいこー」

 

 虹夏は赤く染めた頬をちょっとだけ膨らませていた。

 

 

 俺たちは、校門を出て西側、つまり駅とは反対方向へと向かって歩いた。

 

「新しいクラスはどう? 友達とかできた?」

「……いつもどおり、一人で快適に過ごしてるよ」

「あはは、晴臣らしいね」

「虹夏は?」

「楽しいよー! 新しい友達もできたし。今度みんなで新宿に行くんだー」

「ドラムの練習する時間、無くなっちゃうんじゃないか?」

「それはちゃんとやってるよ!流行りの曲も何曲か叩けるようになったし」

「ビートルズも練習してくれ。いい曲、沢山あるから」

「それはそのうちね~」

 

 一度だけ虹夏にビートルズを聴かせたことがあった。

 「私にはちょっと早いかも」と苦笑いされ、あまり芳しい反応ではなかった。

 

 そうだ。みんなが同じ感性を持っているわけじゃない。

 そんな話をできるのは、山田くらいかもしれない。

 

 ……あいつ、今どこにいるんだろう。何をしているんだろう。

 

「晴臣?」

 

 傾き始めていた思考が、虹夏の声で引き戻された。

 駄目だ。今隣にいるのは、虹夏なんだ。

 

 俺は誤魔化すように、何か話題を探した。

 

「そうだ。星歌さん、元気?」

「え、お姉ちゃん?」

「うん。経営の勉強してるんだろ?」

 

 星歌さんは、続けていたバンドを突然辞めてしまった。そして、今はライブハウスを経営するために、独学で勉強をしているらしい。

 多分、虹夏のための決断なんだろう。本当に尊敬できる人だ。

 

「相変わらずだよ~。家事は手伝ってくれないし、料理だって、いつも私が作ってるのに好きなおかずは一人で食べちゃうし。服は脱いだら脱ぎっぱなしだし。この前なんてさ~」

 

 それから虹夏は星歌さんお不満をたらたらと話しだした。

 昔から虹夏は星歌さんの話になると饒舌になる。そのほとんどが不満なのだが、それは一種の愛情表現なんじゃないかと、俺は思う。

 

「星歌さんと結婚する人は大変だろうな」

「それ、お姉ちゃんが聞いたら怒るよ~?」

「絶対に言うなよ」

「え~、どうしよっかなー?」

 

 ニヤニヤとする虹夏。

 そんなことを話しながら、虹夏の家の前まで来ていた。

 俺たちの足が自然とそこで止まる。

 

「今日はありがとうね。久々に話せて嬉しかったよ」

「久々って。1ヶ月くらいだろ?」

「一ヶ月も、だよー! 私たち、ずっと一緒だったじゃん」

 

 ずっと一緒、か。思い返せば、俺の隣にはいつだって虹夏がいた。幼い頃、二人で遊ぶようになってから、クラスが違うときだって。これだけの距離ができたのは、初めてかもしれない。

 

 春だというのに、ちょっとだけ冷たい風がふいた。

 

「私ね、寂しかったんだよ? 晴臣は、私に興味無くなっちゃったのかなって」

「そんなことないよ……」

 

 でも、 いくら幼馴染だからって、俺たちはいわゆる思春期の真っ只中にいるわけで。むしろ、距離ができるのは自然なことのように思う。

 

 形の合わないパズルのピースのように、男と女にはどうしても合わない所があることは、人生経験の少ない俺でも分かる。俺たちにできた距離というのは、俺たちが立派に男と女になっているって証拠なんじゃないだろうか?

 

 でも、虹夏はそうは思っていないのかもしれない。

 俺との関係の中に、何か特別な感情を見出しているのかもしれない。

 

 というのは、都合の良い解釈だけど。

 

「ねぇ、晴臣?」

「ん?」

「・・・・・・また、一緒に帰ろうね」

 

 虹夏は、最後には笑顔になって、手を振って家へと戻っていった。

 その姿を見届けてから歩き始める。

 

 ここからあと10分もすれば、俺の家につく。

 

 時計はもうすぐ18時。夕焼けは一番星が見えそうなくらい澄み切っている。

 

 俺は虹夏に一つだけ嘘をついた。

 

 俺、新しい友達ができたんだ。ちょっと変わってるけど、音楽の話ができるやつで、虹夏とも仲良くなれると思う。・・・・・・どうして俺は山田のことを言わなかったんだろう?

 

 ふと、山田がバーリンレコードにいる姿が頭に浮かんできた。

 あの店で俺が来るのを待っているかもしれない。

 

 ただの空想だというのは分かっている。それでも、そこにいて欲しいとも思ってしまう。

 

 淡い期待に導かれるように、俺はさっきまで虹夏と歩いてきた道をひとりで引き返していた。




次は早く投稿したい......
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