性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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持っているものと求めたもの

 ところ変わって校舎内のレッスンルーム。

 『歌姫(ディーヴァ)』を育てるための学校だけあってこの手の施設には事欠かない。

 バレエの練習とかにも使えそうな鏡張りの部屋に1−Aメンバーが集まって。

 

「……なんとか間に合った」

「ほんとギリギリだったわね」

 

 発声練習も歌も制服でOKな授業だが、その後のダンスレッスンを見越してみんな練習着に着替えている。

 万桜たちに少し遅れてやってきたのは真昼と、それから授業担当の教師だ。

 

「『歌姫』の力は歌によって引き出されます。歌は私たちに欠かせないものなので、しっかり練習しましょう」

「先生。歌が上手いほうが能力も強くなるんでしょうか?」

「特別そういうことはありません。でも、上手いほうが自信がつきますし、みんなからも応援してもらえますよ」

 

 自信は力になる。

 間接的にだが、歌が上手いと良い影響があるわけだ。

 

「それに、長時間歌い続けないといけない状況もあります。そのためにも練習が必要です」

「はいっ!」

 

 発声練習には特別なことはなにもない。

 万桜でもイメージできるような、とにかく「はっきり」「正確に」「恥ずかしがらず」声を出す練習。

 あえいうえおあお、とか、あめんぼあかいな、とか、そういうフレーズをひたすら声に出していく。

 

 喋るだけなのに、思った以上にしんどい。

 

 お腹から声を出す。

 口をしっかり開けてはっきり喋る。

 普段は意識していないことをすると普段使わない筋肉を使うし神経も使う。

 大きな声を出すとカロリーも消費する。

 おまけに先生からはアドバイスや修正の指示がばんばん飛ぶ。

 

 発声練習、言わば歌う前の準備運動なのに、終わる頃にはへとへとになっていた。

 

「これ、飲み物がなかったら死ぬ……」

「そりゃそうよ。二本以上用意する先輩もけっこういるらしいわよ。あとのど飴とか」

「……なんか、美夜も奏音もけっこう平気そう」

 

 美夜は万桜のように床へ座りこむことなく、タオルで汗を拭いながらドリンクを吸っている。

 奏音も二人分のタオルを準備しつつ、

 

「わたくしたちは事前に準備していましたから」

「美夜は週に何回くらい練習してたの?」

「何回っていうか、高学年からは基本毎日ね。あたしは絶対心奏に入って『歌姫』になるって決めてたし」

「……毎日」

 

 万桜がゲームやマンガで遊び呆けていた頃から、ここを目指して。

 それは、ものが違うわけだ。

 新入生代表の挨拶を務めた美夜。

 現状、新入生の中でトップの成績を誇るのが彼女だと思ってほぼ間違いないわけで。

 

 複雑な思いで見上げると、美夜はふん、と鼻を鳴らし、蒼い目を万桜に向けてきた。

 

「この程度で心が折れたっていうなら見損なうわよ? 少しは見どころがあるかと思ったのに」

「ううん。もちろん、まだ諦めたりなんかしない」

 

 分不相応と言われようと、一度やると決めたことだ。

 むしろ、万桜にとってはここがスタート。

 諦めるのは挑戦してみてからでも遅くない。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「では、続けて歌のレッスンに入ります」

 

 同じレッスンルームで授業再開。

 担当教師は万桜たち1−Aメンバーを見渡すと、続けてこう宣言した。

 

「今日はみなさんの歌声を一人ずつ披露してもらいます。現段階の力量をこちらが把握するためであり、みなさんに競い合ってもらうためです」

 

 えぐい。

 この方法だと下手な生徒はプライドずたずただ。

 

「誰からでも構いません。誰か、最初にやりたい人はいますか?」

 

 やります、と言えたら格好いいのだが。

 さすがにそんな度胸は万桜にはない。

 クラスメートたちも一番手は気が引けるのか、互いに顔を見合わせたままだ。

 こんな時、率先して手を挙げそうな美夜も、どういうわけか黙っている。

 すると、前に進み出たのは黒髪黒目の美少女だった。

 

「では、わたくしからお願いいたします」

 

 誰もが見惚れる堂々とした宣言。

 奏音はみんなからの注目が集まる中、部屋の中央あたりまで進み出た。

 

 選曲は自由。

 

 奏音は自身のデバイスを操作すると、ゆっくりと口を開いて。

 曲と歌が室内に響き渡る。

 

「……カノン」

 

 誰もが知っている有名な曲。

 それだけに、下手な歌い方をすれば実力不足が目立ってしまう。

 その点、妹の歌いぶりは見事だったと言っていい。

 それから、歌に合わせて発生したエフェクト。

 

 『歌姫』の歌には人によって様々な視覚効果が付与される。

 

 奏音の場合、それは小さなきらめき。

 光を反射する鏡のような極小の粒が周囲へと無数に拡散し、きらきらと輝く。

 誰もが息を呑み、感嘆の吐息を漏らす者さえいた。

 

「これが、奏音の本気の歌」

 

 妹と歌ったことはある。

 けれど、本気の歌を披露してもらうのはこれが初めてだ。

 上手いのは知っていた。

 小さい頃から自慢の妹だったが、あれからいったいどれだけの努力を重ねてきたのか。

 

 歌い終えた奏音に真昼が笑顔で、

 

「お疲れ様。とってもいい歌だった」

「……ありがとうございます」

 

 微妙に嬉しくなさそうに答え、妹はなにごともなかったように万桜のところへ戻ってきた。

 と、その彼女にクラスメートたちが殺到して、

 

「はいはい。感想もいいけど、次の人を決めてくださーい」

 

 そこからは次々に挑戦者が現れた。

 歌声に個性があるように、エフェクトも人によって様々だ。

 

 自分を中心に微風を起こす生徒。

 本人のイメージがぼんやりと投影される生徒。

 ビー玉くらいの水の玉がいくつも浮かんでくるくると飛び回る生徒。

 

 マンガやゲーム風に言うなら固有属性のようなものだと思えばいい。

 ただし、エフェクトのほとんどは無害なもの。

 炎や雷など、被害を伴う可能性のある効果は生じにくい。

 これは『歌姫』が本来、平和的な存在である証だ。

 

「みんな、すごい」

 

 トップ層に選ばれるだけのことはある。

 思わず感嘆の呟きを漏らすと、隣に立つ奏音が呟きを返してくれる。

 

「大丈夫。お姉様だって負けていませんよ」

 

 美夜は、万桜たちの会話にも反応せずじっと前だけを見つめていた。

 そうするうちに残るのは二人だけになり。

 どうしよう、と隣を見ようとしたところで、妹にとん、と背中を押された。

 

「わっ」

 

 慌てて姿勢を正した万桜は、みんなから注目されているのを察してこほん、と咳払い。

 

「万桜ちゃん、いける?」

「……はい」

 

 視線が刺激となって身体を撫でる。

 今までにもちょいちょいあったものの、初めて歌ったあの時のような強烈な感覚はあれきりなかった。

 注目されることで生じる反応は想いの強さ、注目している人数によって変わる。

 今が一番、あの時に近い状態。

 

 あの時の感動を思い出して。

 すう、と、深呼吸をしてから。

 

「……あ。わたし、デバイス置いてきたままだ」

 

 クラスメートの約半数から「えー!」と声が上がった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 曲の再生は代わりに奏音が担当してくれた。

 選んだのは、かつて高峰真昼の代表曲として一億回以上の再生回数を記録した、万桜の大好きな曲。

 

 妹や、みんなのような技術はない。

 

 普通に喋るのすら上手くないのだ。

 歌うどころか、女声を操る技術に関してもまだまだ磨いていかなければいけない。

 だから、好きな曲をただ精一杯に歌った。

 

 ──広がったのは、光だ。

 

 溢れた光がやがて粒となって周囲に散っていく。

 奏音のエフェクトと違い、それ自体が輝いているのが特徴だろうか。

 綺麗だ、と。

 心の底からそう思う。

 そう思う理由は、このエフェクトが、

 

「このエフェクト、真昼先生にそっくり……」

 

 みんなから温かい拍手が贈られて。

 その途中でクラスメートの一人が発した呟きが、万桜が自身のエフェクトを気に入っている理由そのものだった。

 

「わたし、小さい頃から先生に憧れてたから」

 

 もしかするとそれが影響したのかもしれない。

 あるいは単にこれが真昼からもらった力だからか。エフェクトまで似るのかどうかはわからないが。

 

「お疲れ様でした、お姉様」

「……うん、ありがとう、奏音」

 

 やるだけのことはやれた。

 課題は山積みだが、ひとまずの達成感を胸に前を向いた万桜。

 真昼が瞳に浮かんだ涙を指で拭って、それから、どこか切なそうな表情を浮かべる。

 

「それじゃあ、最後に──松蔭(しょういん)さん」

「はい」

 

 答え、一歩踏み出す美夜。

 

「あたしの歌を聞いて、嫌になったならもう、あたしに話しかけなくていいわよ」

「……え?」

 

 耳に届いた呟きの意味は、彼女が歌い出すとすぐにわかった。

 

「『魔王』」

 

 力強い歌声が室内に満ちて。

 同時に広がったのは──闇、だった。

 

 美夜()()を包み込むように室内を覆っていく、それ。

 

「な、なにこれ!?」

「ちょっと、怖い……!」

 

 悲鳴を上げた生徒がいるのも無理はない。

 けれど、すぐに真昼が冷静に告げた。

 

「大丈夫だよ」

 

 実際、闇はなにも特別な効果を持っていなかった。

 暗くなるだけ。

 室内の照明と食い合うことで全体をカバーすることはできなかったし、歌が終われば何事もなかったかのように消えた。

 

 だから、言ってしまえば本当に「怖い」というだけ。

 

 それだけなのに、1−Aの生徒たちの表情はさっきまでと別物になっていた。

 美夜はなにも言わず一礼すると万桜たちのほうへ戻ってくる。

 一度だけ合った彼女の目が「だから言ったでしょ?」と訴えていた。

 

 自分以外すべてを覆い隠そうとするようなエフェクト。

 それはまるで、彼女が孤高のトップを目指しているような──そんな印象を万桜に与えた。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「……で、なんであんたたちは平然としてるのよ?」

 

 今日はお腹が空いたのでカフェテリアではなく学食で昼食を摂ることに。

 ぶっちゃけ万桜はもうカロリーが足りなくて倒れそうなレベルである。

 

「これ、普通の女子高生みたいな小さなお弁当じゃ絶対倒れる」

「そうですね。一般の方でも、運動部に所属していればよく食べるでしょうし」

 

 学食は男子も利用するのもあってこってり系や大盛りメニューも普通にある。

 女子でも、特に二年生や三年生は気にせずたくさん食べているっぽい。

 

 ハンバーグセットにボロネーゼ(万桜)、天丼にきつねうどん(奏音)(※どちらもサラダ付き)を手に席につくと。

 先に座っていた美夜が「もう我慢できない」とばかりにこちらを睨んできた。

 ちなみに彼女も中華丼と半ラーメンというカロリーメニューだ。

 

「見たんでしょ、あたしのエフェクト」

「見たけど。先生も『気にしなくていい』って言ってたし」

 

 あの後、真昼からみんなに説明というかフォローがあったのだ。

 

『エフェクトに良いとか悪いはないよ。みんなだって自分のエフェクトを馬鹿にされたら嫌でしょ?』

『でも先生、エフェクトによっては悪影響もありますよね?』

『意識すれば抑えられるようになるし、やりようによっては人の役に立つこともあるよ?』

『例えば、どんな時ですか?』

『入学式で最初に暗くなったのは、演出として楽しかったでしょ?』

 

 他にも、火のエフェクトなら操作次第で暖を取ったり、火災現場をコントロールすることもできるかもしれない。

 要は使い方次第、気の持ちようだ。

 

 奏音がふっと微笑んで、

 

「みなさんも落ち着けばわかってくださると思います。あまり気を落とさないでください」

「……ふん」

 

 ひょっとして彼女は意識高い系というよりはツンツンというかツンデレというか、そっち系なのだろうか。

 わりと失礼なことを万桜が考えていると、

 

「……いいわよね。あんたたちは、綺麗なエフェクトで」

 

 奏音は油揚げにつゆをたっぷり染み込ませつつ「そうでしょうか」と答えて、

 

「眩しすぎてもわたくしたち自身を見ていただけないかもしれません」

「え。それは考えたことなかった」

「お姉様はのびのびと歌う方向性のほうが合っているかと。エフェクトの調整は能力がちゃんと扱えるようになってからにしませんか?」

「確かに、そのほうがいいかも」

 

 つまり、万桜たちが美夜と付き合い方を変える必要はなにもないということだ。

 

「美夜が一人でいたいって言うなら無理強いはしないけど」

「……あんた、ときどきぐいぐい来るわよね?」

 

 ぶすっとしながらも「ノー」と答えなかったのがほとんど答えである。

 

「ふふっ。美夜さんもお姉様の魅力にハマってしまいましたか? でも、渡しませんよ?」

「渡す渡さないって、別にそういう話はしてないんだけど」

 

 ジト目でこちらを見つめてきた美夜はしばらくして「そうだ」と笑って、

 

「ピアス。穴、片方あたしに開けさせなさいよ」

「お姉様の初めてはわたくしのものだと言ったはずですが?」

「いいじゃない。二つもあるんだからひとつくらい」

「だから、人の多いところでそういう話をしないで」

 

 でもまあ、ピアスを固定できないとこれから困りそうではある。

 

「……ね? 穴開ける時って痛い?」

 

 不安になってきた万桜は、我慢できず二人にそう尋ねてしまった。

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