あれこれ動き回る合間を縫って、生徒会長──絵理華の仕事を傍で見させてもらった。
「参考になるかしら?」
「はい。具体的にイメージできるとだいぶ違うと思います」
「ふふっ、そうね。これも能力と同じ」
選挙で選ばれるにせよ選ばれないにせよ、実際の活動を知っている人間はいたほうがいい。
絵理華のやり方をそのまま踏襲するかどうかは別として。
自分のやり方を考えるためにも、当選した美夜、あるいは他の生徒に伝えるためにも。
「学園祭は選挙前の最後のアピール期間よ。万桜は案外地味な活動をしているのね?」
「生徒会長は学院の顔ですけど、生徒会役員はみんなのための裏方じゃないですか」
顔を売るのはもちろん必要だが、当選のためだけのアピールはあまりしたくない。
「クラスのリーダーまでわたしがやるなんて、さすがに欲張りすぎですし」
「ええ。人一人にできることは限られているわ」
だからこそみんなで協力し合って、大きなことを成し遂げる。
能力によって奇跡みたいなことを起こす『
「ライブ、楽しみにしているわ、万桜」
「はい。わたしたちできっと、楽しいライブにしてみせます」
◇ ◇ ◇
万桜たちと美夜たちのライブは、二日目のお昼ごろに立て続けで組まれた。
企画担当の初鹿野雫いわく「頑張ってね♪」。
意図的にぶつけられたのだ。
来年度は万桜たちの学年が中心になる、そのための宣伝でもあるのだろうが。
「ちょうどいいじゃない。わかりやすいほうが気合いが入るわ」
続けての出演だとステージ裏でも一緒になるわけで。
衣装に身を包んだ美夜は不敵な表情で笑った。
「勝負よ。あたしとあんた──ううん、あたしたちとあんたたちで」
「うん、いい勝負にしよう」
先にライブをするのは美夜たちのチームだ。
万桜と指切りをすると、美夜はメンバーと一緒に颯爽と表へ向かっていく。
歓声。
一年半を過ごすうちに万桜たちもかなりの有名人になった。
目玉として扱われ始めた以上、今まで以上にみんなを楽しませないといけない。
『あたしたちのライブを見に来てくれてありがとう!』
声が表から響き、美夜の笑顔もバックモニターに大きく映し出された。
『せっかくの学園祭だから、こっちも楽しく歌うわ。みんなも楽しんでね!』
向こうも、今回のために新たなメンバーを誘っている。
あげは。
彼女に合わせたわけでもないだろうが、衣装はゴシック調でまとめられている。
ゴシックロリータのミア。
ゴシックパンクのあげは。
そして、ストレートなゴシックドレスの美夜。
ミュージックの開始と共に明らかになった選曲は、
「……ロック!」
激しいサウンドが会場を揺らして熱量を強制的に高めていく。
手を高く突き上げた美夜とあげはの手に、袖に置かれていた楽器が吸い込まれる。あげはがギターで、美夜がベース。
念動。
来年度はイベント準備でさんざん使うことになるだろう能力──カリキュラム的には二年生の終わりに教わる予定で、つまり、テレポートを安定させられるだけの練度があれば、理論上はわりと簡単に扱える。
それにしても、あからさまに注目を集めるようなことを。
同時にミアはデバイスを使い、輝く仮想キーボードを形成。
当然、今回は文字を打ち込むほうじゃなくて楽器のほうだ。
──美声が涼やかさと、対照的な熱を備えて三重に響く。
仮想キーボードのミアはもちろん、実物を持つあげはと美夜も歌いながらアクション。
楽器を手にしたまま宙返りとか、『歌姫』のライブじゃないとお目にかかれない。
さらに、三人の立ち位置が文字通り瞬間的に何度も入れ替わる。
短距離テレポートなら全員できるからこその演出。
「すごい」
「ええ。新しく覚えた能力を取り入れつつ──それだけではなく、表現者としても新しいことに挑戦しています」
ロックを選んだのはなにも「学園祭で受けそうだから」だけが理由ではないのだ。
多彩な美夜だが、得意な歌はクラシックやバラードなどの比較的腰の据わったタイプ。
自分の幅を広げるためにも、彼女は苦手なジャンルを選んだのだ。
ゴシック系の装いは露出こそそれほどではないものの、どこか妖艶さを併せ持ち。
軽く化粧を施していることもあって「少女」から「女」への羽化をも感じさせる。
表現のためなら女の魅力も使っていく覚悟。
成長しているのはなにも万桜だけじゃない、という当たり前のこと。
生徒会長を目指すという決意が美夜にさらなる努力と、挑戦へと踏み出させた。
特化した分野では敵わなくとも、なんでもやってみせることで自分を売り込む。
圧倒的なカリスマで人々を惹きつけた高峰真昼とタイプは違っても、松陰美夜は確かに、
「すごい。すごい、歌姫だよ」
楽器を練習するのだって大変だったはず。
なのに涼しい顔でやってしまうのが美夜という人物で。
あげはの妙な色気が、ミアの明るさが、そこに加わってさらなる深みを見せる。
曲は、大歓声の中で終わりを迎えて。
◇ ◇ ◇
『き、き、緊張で震えが止まりません!』
「あはは。雛っち、そっちの声まで震えなくてもいいんじゃない?」
言葉通り震えている雛を瀬奈が笑って励ます。
「って言うウチもけっこー緊張してるんだけど」
「大丈夫だよ。あれだけ練習したんだし」
「失敗したとしても、それもきっと、後から振り返ればいい思い出になります」
雛の片手を万桜が、瀬奈の片手を奏音が取って輪を作る。
「わたしたちなりに楽しくやってこよう」
「わたくしたちの歌を、みなさまに届けましょう」
手のひらを通して伝わる心音が少しずつ落ち着いて。
雛と瀬奈の唇に笑顔が浮かぶ。
『はいっ!』
「うん、そーだね。思いっきり楽しまなきゃ!」
美夜たちが表から戻ってくる。
肌に汗を浮かべた彼女たちが片手を上げて、ぱん、とバトンタッチ。
ここまで来たらもう、言葉はいらない。
入れ替わるようにして光あふれる場所へ。
歓声。
眩しさと、圧倒的な高揚感。
戻ってきた、という気分さえ抱きながら笑顔を浮かべて。
「二年生になって、この学園祭に出られるのも来年で終わりだと思うと名残惜しいです」
「だからこそ、一度しかない今年の学園祭に全力を尽くしたいと思います」
『先輩たちに誘ってもらえて本当に幸せです。このまま、このライブを最高の思い出にしたい』
「ウチらのライブ、最後まで聴いていってよね!」
音楽が始まる。
──今回はできるだけ奇をてらわない、と最初期から決めていた。
万桜や奏音基準の奇策を用いると雛や瀬奈の負担が大きくなりすぎる。
正統派の実力勝負は本来美夜の専売特許だが、なにもこれは経験から来る自信によるものじゃない。
初めてのユニット。
限られた練習時間を、シンプルな歌と踊りに込める、ただそれだけ。
それから、努力と偶然から生まれた奇策がひとつ。
これは言った通り、行うのは万桜でも奏音でもない。
万桜たちが纏ったのはシンプルな白のアイドルドレス。
曲は、J-POPのラブソング。
ある意味、この選曲はちょっとした挑戦かもしれない。
王道も王道だからこそ「被りやすい」と避けてきたのだから。
今回のユニットのセンターは、雛。
少し背が低めの彼女の後ろに、実年齢十八歳の瀬奈が立って。
左右を万桜と奏音が固める。
双子なせいでどっちかをセンターにすると座りが悪いというのもあるのだが……雛をセンターにした理由はそれだけじゃない。
少女がすうっと息を吸い込み、歌を発した瞬間にそれは全員に伝わった。
歌い出しのソロパート。
そこに、少女の可愛らしい声と──より透明感のあるヒロインボイスが重なって響いた。
耳を疑い、万桜たちの唇を凝視した者は少なくなかった。
しかしもちろん、三人ともまだ歌い出してはいない。
重なったのは、雛がエフェクトによって発する声と、そして、雛自身の『肉声』だ。
きっかけは学園祭ユニットでの練習中のこと。
『~~~♪」
歌っている最中に、突然雛の声が変わった。
びっくりして振り返る万桜、奏音、瀬奈に、雛は「どうしました?」と肉声で尋ねて。
「ひ、雛っち、出てる! 声出てるよ!」
「え? あれ? ……あっ、ほんとだ!? なんで!?」
特に劇的なイベントもなくひょこっと、雛の喋れない症状が治った。
いや、自然に当然に治ったことこそ最も劇的と言えるかもしれない。
「雛さんの心的外傷が完全に癒えた……ということではないでしょうか?」
念のためにお医者さんに行ってもらったりもしたものの異常はなく。
また急に出なくなってしまう、ということもなかった。
「えへへ、万桜先輩たちと会って、心のつかえがなくなったのかもしれません」
はにかむように笑う彼女は確かに自然な表情で。
「はー……。なんていうか、雛っちの声であっちとちょっと違うね」
「そうなの?」
「うん。なんか今の声のほうが可愛い」
「可愛い!? わたし、そんなに子供っぽい!?」
「ちがうちがう、いい意味で。あっちはちょっと格好良くて大人っぽいんだよね」
響き方が異なるせいもあるのかもしれないが。
「エフェクトの声は、雛さんの理想が反映されているのかもしれません」
「もしくはほら、自分の声を録音して聴くと違って聞こえるってやつ」
「ちなみに雛っち、あっちの声は出せるの?」
『出せるよ。ほら』
おお、これはすごい、と思わず感心してしまう万桜。
「自由に切り替えられたら面白いね、これ」
「エフェクトの音声に意図が反映されているのなら、雛さんは訓練次第でどんな声でも出せるのでは?」
「あはは、これ、いっぺんに両方出せたらもっと面白そう──」
「それだ!」
「ええ!? さ、さすがにそれは難しいと思うんですけど……!」
しかし、できたら絶対に面白い。
話題にもなるし、雛の『歌姫』としての長所にもなる。
ダメでもともと、と、挑戦してみたところなんとか形になって、
雛の肉声は、オーロラのような柔らかな光を伴って響いた。
──ちょっと待て、もう一つの声がエフェクトだったんじゃないのかって?
どういうわけか新たなエフェクトが生まれたんだから仕方ない。
というか、もしかすると元のエフェクトが『心の声』に対するエフェクトで、新たに生まれた光は肉声に対するエフェクトなのかもしれない。
この推測が正しければ雛はやっぱりある種の天才というか、自然に二つの声を持つ『歌姫』ということになる。
二つの声が重なることで、万桜と奏音がデュエットするのに似た双子ボイスがもう一つ生まれる。
そこに万桜たちと瀬奈が声を重ねれば、四人で五つの声が唱和する。
二種類の双子ボイスを瀬奈の声が束ねて複雑なハーモニーを生み出し。
極めつけは、万桜と奏音に挟まれた雛の蕩けるような笑顔。
彼女もまた、万桜たちと同じように観客からの熱い視線に高揚し、幸福を覚えている。
この幸せは恋ではない。
先輩面している万桜たちも恋愛には疎いが、この高鳴りが、甘い痺れが、ラブソングに説得力を与えてくれる。
笑顔で歌を高く、広く響かせて。
歌い終えると、いつの間にか会場は静まり返っていた。
ワンテンポ遅れて歌の終わりに気づいた観客たちは一転、割れんばかりの拍手を送ってくれる。
万桜たちは笑いあい、顔を見合わせあってから、
「ありがとうございましたっ!」
全員で一礼して、ステージを降りた。
「やってくれたじゃない」
待ち構えていた──というか、着替えを後回しにして見ていてくれた美夜が目が合うなり言ってくる。
かと思ったらその視線はすぐに今回の立役者である雛のほうに向いて。
「とんだダークホースだわ。……なんて言ったら偉そうかしら。あんた、やっぱり侮れない『歌姫』だわ」
「わ、わたしなんてそんな!」
みんなをびっくりさせるためにギリギリまで肉声を隠していた雛がようやく自分の声で答えれば、美夜はふん、と息を吐きつつ少女の頬をつんつんして、
「謙遜は止めなさい。あんたも立派な、あたしのライバルなんだから」
「わたしが、美夜先輩のライバル……」
「うん、わたしだってそうだよ、雛ちゃん」
同級生も後輩も、先輩も、仲間でありライバルだ。
だからこそ、みんな一緒に頑張りたいし、一人でも多く卒業して欲しい。
「ああ、あたしも後輩捕まえておくんだったかしら」
「なに、私じゃ不満だった?」
「違うわ。あげはとやるのは楽しかった。……でもね、あれってこれ以上ないアピールだったんじゃない? 生徒会長は下級生のためにも力を尽くしますって」
そんな美夜の予測が正しかったかどうかはわからないが、後日行われた生徒会長選挙でトップ当選を果たしたのは──万桜だった。