時は少し遡って。
学園祭の結果発表──2-Aは見事、売り上げ一位を獲得した。
発表の直後、クラス内はわっと沸いて。
美夜は澄ました顔をしていたものの、ぐっ、と拳を握りしめたのが万桜には見えた。
彼女は、ほう、と息を吐いて。
「これで心残りはなくなったわ」
「心残り?」
「来年はこっちに集中できなくなるかもしれないじゃない。
売り上げより盛り上げるほうに力を入れたいし」
生徒会役員、あるいは最上級生として全体のことを考えているのか。
一番になりたいと言ってはばからなかったあの美夜が。
「ん。次は生徒会長選挙だね」
「ええ。ほんと長かったわね、ここまで」
とはいえひとまずは後夜祭を楽しんで、後片付けを頑張って。
◇ ◇ ◇
とうとう、生徒会長選挙の時が来た。
投票は普通科・歌姫科の全生徒が一斉に行う。
投票前には候補者による最終アピールタイムがあり──今年は、全立候補者が「ミニライブによるアピール」を選んだ。
各自別々の会場が割り振られて同時にライブ。
生徒たちはどの会場に見に行ってもいい。
投票はライブ終了の三十分後で、電子投票なので結果は締め切りから数分で出る。
投票当日の下馬評の時点で、当選有力は小鳥遊万桜と松陰美夜の二人に絞られた。
ライブ会場も二人には広いところが宛がわれている。
他の候補者がだめだったわけではないが、こういうのは目立った人物にさらに注目が集まってしまうもの。
とはいえ結果は最後までわからない。
「最後まで、できることをやらないとね」
衣装を前に呟く。
「その意気よ。……まあ、ここまで来たら楽しくライブをやりましょう?」
「そうだよ万桜ちゃん先輩、あんま力んでも結果変わらないって」
ミニライブには応援者をユニット参加させることが認められている。
万桜を推薦し、応援してくれている生徒の中から参加してくれることになったのは──現生徒会長の杉本絵理華、および副会長の黒瀬璃々、渉外担当の藤原瀬奈、会計の小鳥遊奏音。
企画担当の初鹿野雫だけは「一致団結しすぎてもつまらないじゃない?」と美夜の応援に回っているが、実質、夢の生徒会ユニットである。
「そうですね。絵理華先輩たちとライブができるなんて、これ一回きりかもしれませんし」
「あら。それは卒業後にいくらでもチャンスがあると思うけれど」
「先輩、国会議員になってもライブするんですか?」
「……それは、法律がどうなっていたか確認しないといけないわね?」
と、控室のドアがノックされて、
「万桜ちゃん、準備は順調?」
「真昼先生」
2-Aの担任である高峰真昼が顔を出した。
「美夜のところには行かなくていいんですか?」
「それはこれから、ね。私の大事な生徒には、ちゃんと声をかけておかなくちゃ」
「ありがとうございます。先生に気にかけてもらえたら百人力です」
微笑めば、真昼は「ああもう」と悲鳴を上げた。
「私は誰を応援すればいいんだろ」
「美夜を応援してあげてください。一回きりの晴れ舞台なんですから」
「うん。……まあ、私としては複雑なんだけどね?」
ちらりと、万桜たちの衣装に視線が送られて。
「どうして二人とも、私の曲と衣装なんて使いたがるかな」
そう。
ミニライブに万桜、そして美夜が選んだのは奇しくも同じく──高峰真昼の代表曲。
学園祭の直後だし、一回きりのユニットなので練習するチャンスはほとんどない。
全員が知っていて歌える曲で、かつインパクトがあって、思い入れもある曲となると被ってもおかしくはないのだが。
揃って「曲と衣装を使ってもいいですか?」と聞きに来られた時の真昼の気分は確かにこう、気恥しいものがあっただろう。
もちろん衣装はデザインを借りただけで新しく作ったのだが……たぶん、そういう問題じゃない。
「わたしたちの世代にとっては憧れですから。ね、奏音?」
「ええ。わたくしもお姉様も、先生のライブが初体験でした」
なおも「うう」と呻いた真昼は気持ちを切り替えるように頬をみにーっとして、
「ん。せっかくだから、思いっきりやってきなさい」
「はいっ!」
◇ ◇ ◇
ライブ会場にはかなりの数の生徒が集まっていた。
もしかしたら過半数超えているかもしれない。
とはいえ、生徒会ライブを見に来ただけの生徒だっているだろう。
見るのは万桜たちのライブだけど投票するのは美夜とか。
だから、そういうのは気にしない。
とにかく楽しいライブにすることだけを考えて気を引き締めて、
「ねえ、万桜?」
ステージに上がる直前に、絵理華が囁いてきた。
「楽しみなさいとは言ったけど、わたくしは全力でライブに臨むつもりよ」
「絵理華先輩」
「体育祭の時は辛勝──今日は、あなたより目立つつもりでやるわ」
こんなタイミングで言われたら、場合によってはプレッシャーになるだろうに。
万桜はふっと笑って「はい」と答えた。
「わたしも、絵理華先輩に負けないよう頑張ります」
そうでなくとも上級生とのステージだ。
経験の差で後れを取ってしまわないよう気合を入れないといけない。
本当は雛も誘ったのだが……「さ、さすがに無理です!」と断られてしまった。
うん、でも、万桜も一年次にここに立たされていたら緊張で倒れていたかもしれない。
そういう意味では瀬奈は図太い。
歓声の中、ステージに上がって笑顔を振りまく。
高峰真昼の、正統派なアイドル衣装。
色違いのそれらを纏った万桜たちは生徒たちに手を振って、
「わたしたちのライブを見に来てくれてありがとうございます」
一応は選挙のためのパフォーマンスなので、挨拶は万桜が。
「わたしが生徒会長として目指すことはもうたくさんお話してきました。
だから、ここではもうあれこれ言いません」
自分も歌いたくてうずうずしているので、できるだけ簡単に。
「わたしはみんなが楽しく過ごせる心奏学院を目指します。
だから、このライブも楽しんでいってください!」
拍手が静まるのを見計らったかのようにサウンドが流れ、ライブが始まる。
曲数はたったの2。
自分たち用の振りつけ・演出アレンジもわかりやすいスタンダードなものになった。
……と思ったら、こだわりの強いメンバーによって結局ああだこうだと調整が加えられて。
学園祭のライブが技術とエモさ重視のシンプルなものだったのに対して。
今回のミニライブは直球の『
曲と同時に万桜たちはふわりと浮き上がって。
客席上空までをステージとして使いながら、色とりどりのエフェクトを放つ。
衣装の飾りがひらひらと風を受けて。
スピーカーからの音だけでなく生の声までもが高らかに響く。
あっという間の時間だった。
絵理華と璃々の飛行は華麗かつ丁寧で。
かつ、積み重ねてきた時間の長さが緻密なコンビネーションを可能とする。
双子の万桜たちとはまた少し違う。
どこか、鏡合わせではなくつがいのような印象の美しさ。
対抗するには。
奏音とどちらからともなく目くばせし合って、今まで以上に息を合わせる。
一瞬でもズレたら衝突しかねない緊張感の中、急接近から手を握り合って。
──不思議な感覚を、万桜は覚えた。
視界が二つある。目眩? いや、そうじゃない。
同時に奏音の気持ちまでもが流れ込んでくる錯覚、いや実感。
極度の興奮と緊張、重なり合った思いが二人を本当にシンクロさせているのだ。
相手がどうしたいのか見なくても伝わる。
四つの軌跡が輝線を残しながら空を縦横に駆け巡って。
一人ステージに残されていた瀬奈を万桜が引っ張って。
手を引くようにして飛びながら奏音にバトンタッチ。
それをさらに璃々、絵理華に渡して──。
上空で離される手。
しかし、瀬奈は驚くよりもそれを楽しむように目を輝かせて。
ふわり、と、自身の力で飛び上がった。
今度こそ「あれ」とばかりに目を丸くする彼女。
後から聞いたら「なんかノリでできちゃった」とのこと。
それを聞いた同級生たちは「できちゃったじゃないよ!」とたいそう憤慨したそうだが。
できちゃったものは仕方ない。
二年も多く心奏で過ごしてきて、飛ぶ歌姫の姿が目に焼き付いていた──彼女の中でイメージはもう固まっていた、というのもあるかもしれない。
眼下で、笑顔の雛がぴょんぴょんと手を振ってくれる。
五つになった衣装がさらに空を飛び交って。
「ありがとうございました!」
ライブの熱を冷まし、水分を補給して、瀬奈が飛べちゃったことについて話している間に投票が始まって。
『新生徒会長は小鳥遊万桜さんに決定しました』
各ライブ会場の上空にまで告知がAR表示されて。
直後、大歓声が巻き起こった。
──いや、ちょっと速すぎて気持ちが追いつかない。
実感が湧いてきたのは二呼吸は遅れてからのことで。
ぽん、と、絵理華に肩を叩かれ「おめでとう」と笑いかけられた。
「卒業まで、あなたがしっかりやれるか監視していてあげる」
「どうしてここでプレッシャーかけるんですか!」
「決まっているでしょう? あなたたちがお気に入りで、ライバルだからよ」
そうして、背中を押されるようにして再びステージのほうへ。
会場ではすでにアンコールの声が上がっている。
一応、曲も準備してきてはあったが。
高揚が続いていて平静ではいられない。
まあいいか、ライブをやるのには好都合だ。
拍手と共にステージに上がった万桜は、みんなに手を振ってから。
別のステージにテレポートした。
「万桜!? あんたなにやってんのよ!?」
その会話も中継されている中、にっこり笑って美夜の手を取る。
「どうせ歌うなら、みんな一緒のほうが楽しいでしょ?」
「あ! 万桜ちゃん万桜ちゃん、じゃあミアも!」
飛びついてきたミアも連れて移動すれば、くすくす笑った雫もついてきた。
どうせならあげはや他の候補者の子も連れて来よう。
「ちょっと万桜、すごい人数になっちゃったじゃない!」
「いいよ。空はこんなに広いんだし」
大人数でのアンコールライブは大いに盛り上がった。
移動が間に合わなかった他の会場の生徒から苦情が入ったくらいだ。
ついでにSNSに「すごいことになっちゃいました」って上げたら「お前のせいだろ!」とノリの良いツッコミが入りまくったが。
大歓声の中ライブは終わって、後に学院の伝説のひとつに加わった。
ぶっちゃけ、この学院にはこういう伝説がいくつもあるのだ。
◇ ◇ ◇
「……あらためて、当選おめでとう、万桜」
騒ぎすぎたせいで落ち着いて話せるのが少し遅くなってしまったが。
美夜はきちんとそう言ってくれた。
「ありがとう、美夜。約束通り、副会長として手伝ってくれる?」
手を差し出すと、その手が痛いくらいに握られて。
「当たり前でしょ。あんたたちだけじゃ不安だし。それに」
「それに?」
「手伝うついでにあたしの意見を通せばいいのよ」
ちょっとひどいような気もするが、半分くらいは照れ隠しだろう。
「ありがとう。じゃあ、美夜が副会長。奏音が会計で、瀬奈ちゃんが広報。ミアが渉外担当。……もう何人か人を探さないとね」
「今度はメンバー集めね。ほんと忙しいわ」
「雛っち。雛っちは一緒にやらない?」
瀬奈が相方に尋ねるも、雛は「ううん」と微笑んで首を振った。
「わたしは生徒会に入れるほど余裕ないから。もっと上手くなって、万桜先輩たちみたいに楽しいライブができるようになりたいの」
「そっか。そうだね。それもすっごく大事」
みんなの希望になるのにやり方は一つじゃない。
裏方に回るのも、コツコツ努力してる姿を見せるのも、一番上できらきら輝くのも、みんな『歌姫』として正解だ。
「で、万桜? 他のメンバーもだいたい目星はつけてあるんでしょ?」
「うん、まあ、一応。みんなで作る生徒会にしたいから、一年生か、普通科から二人か三人くらい入って欲しいなって」
「? ちょっと多くない?」
「お姉様も便宜上庶務と兼任でしたし、各役職一名とは決まっておりません。人数が多い分には問題ないでしょう」
「なるほどね。そういうことなら、その子たちがちゃんと引き受けてくれるのを祈りましょうか」
こうして、新しい生徒会のメンバー探しが行われて。
二学期中間試験の終了を待って、正式な引き継ぎが行われた。
万桜を生徒会長とする新生徒会。
そして、慌ただしい心奏学院生活後半戦の始まりだった。