「よし、と」
なにか良さげな練習方法はないかと考えて、思いついたのはゲーム。
家電量販店で新品をソフトや周辺機器と一緒に買い込んで、テレポートで戻ってくる。
時間がないのでなかなか買う機会がなかったのだが。
まさかこんな形で買うことになるとは。
「なるほど、案外いいかもしれないわね」
「でしょ」
志穂の感嘆に、ゲーム機のセッティングをしつつ答える。
「本当はあのダンスゲーを使えればいいんだけど」
理屈はわかった、なら後は身体で覚えるが信条の万桜。
今までの経験から行くと、習得には「倍速を使わざるをえない状況」を作るのが一番。
かといって、いきなり殴り合いだと大怪我しかねない。
身体の動きが必要で、かつ、自分を追い込んでも痛くない方法。
「最近のゲームはほんとハイテクだよね」
「若いくせになに言ってるのよ、万桜」
「昔のゲーム機に詳しくなったのばーちゃんの影響だと思うんだけど」
ゲームを全部「ぴこぴこ」言うほど古い感性ではないものの、志穂の所有するゲーム機はわりと古かった。
中には万桜たちが生まれる前のものもあり、その感覚が残っている。
ぶっちゃけ昔やったそれらだと手先だけで完結してしまうため、あまり練習にならないのだが。
買ってきたゲーム機は新しいだけあって高性能。
携帯ゲーム機としても遊べるし、携帯モニターをテーブルに置いて遠隔操作も可能、テレビにつなげば据え置き機に早変わり。
しかも、このゲーム機でさえごく最近「2」が出たので一世代前だ。
え? なら最新のを買えばいいって? 売り切れてて買えなかったんだから仕方ない。
「で、これをこっちに繋いでっと」
「さすが、あんたこういうのは得意よね」
「志穂さんだって苦手じゃないでしょ」
こういうのは慣れなので、女子の中には疎い子もいるが。
『
これなら大きなモニターを買わなくても臨場感のあるプレイが可能だ。
コントローラーは左右に分離させて両手に持って、
「難易度最大っと」
思考加速と反射神経だけでクリアできては意味がない。
自分の全部を速くしないと追いつけないくらいに追い込んで──。
心と身体を同期させたうえで、すべてを二倍に。
思考加速みたいに、全身の血流を加速? だめだ、それだと身体強化に寄ってしまう。
身体に負担をかけるんじゃなくて、世界の法則から解き放たれる。
スローモーションの世界。
見えている全てが遅くなるのを感じると同時に、全身がずん、と重くなる。
自分までスローに囚われてしまった。
そうじゃなくて、空間制御をもっと細かくして、自分の周囲ほんの数ミリだけ普通に動くように。
何度も、何度も、何度も何度もゲームオーバーを繰り返しながら。
感覚を身体に叩き込んで。
◇ ◇ ◇
「……わけわかんないくらい疲れた」
放課後、万桜は生徒会室でぐったりしていた。
久しぶりに全身筋肉痛である。
授業を終えて奏音たちとやってきた美夜は「呆れた」という顔をして、
「そりゃそうでしょ。倍速で五時間訓練したら十時間分になるんだから」
「うん。修行法としては多重影分身のほうが優秀だと思う」
「なにわけのわかんないこと言ってんのよ」
「あたっ」
身体が痛くてデコピンさえ避けられない。
一方、奏音は心配そうにのぞき込んできてくれて、
「お姉様、そのご様子ですと生徒会業務は無理そうですか?」
「や、頭と口は回るからそれは大丈夫」
絵理華から受け継いだふかふかの会長席は快適だし。
デバイスを思考操作すればキーボードを叩く必要もペンを握る必要もない。
ミアが「便利だねー」とうんうん頷いて、
「ところで万桜ちゃん、これは会長印がいるんだけど」
「……こうなったらとことん楽してやる」
会長印を念動で浮かせてぽんと押──。
「待ちなさい万桜。それだと字が斜めになるでしょうが」
「うん、わたし、日本のそういう無駄なマナーってほんとだめだと思う」
「お姉様、そういったことは突然言い始めても説得力がありません」
でも、ハンコを真っすぐ押すのは意外といい訓練になる。
「いいわね。あたしもやろうかしら」
「みんなで念動使ってるの、周りから見たらすごく楽してる感じになるね?」
「身体を動かさなくていい分、気を遣っているのですけれど」
◇ ◇ ◇
「要はマッサージの要領でやればいいんだよ」
夕食や入浴を終える頃には筋肉痛はだいぶマシになっていた。
「なるほど。そのくらいの理解ならばわかりやすいですね」
身体の凝りを解しつつ回復を助ける。
万桜はもともと回復が早い方だが、おかげでより楽になった。
腕をぐるぐる回して具合いを確かめつつ、
「というわけで奏音、ちょっとあれ、試してみない?」
「かしこまりました。では、地下室へ?」
「うん」
一瞬で移動すると、万桜は安眠用のアイマスクを取り出した。
装着すると視界が塞がれる。
「奏音」
「はい、お姉様」
差し出した手のひらがふわりと取られて、五本の指が絡まり合う。
奏音の体温。
温かさの伝道を感じながら、その感覚を広げていって。
自他の境界線を曖昧に。
お互いのエナジーを循環させ、
──見える。
塞がっている視界に奏音の視界が映し出される。
正面にはアイマスクをした万桜自身がいて。
『自分の顔ってちょっと間抜けに見えない?』
『それですとわたくしの顔も間抜けということになるのですが』
『ごめんごめん、そういう意味じゃなくて』
会話も「伝えたい」と思うだけで一瞬で伝わる。
『ところでお姉様、わたくしが今なにを欲しているかおわかりですか?』
『うん、まあ、ろくでもないこと考えてるのは』
『ろくでもないとはひどいです』
手を繋いだまま万桜の背後に回った奏音はぎゅっ、と腕を回してくる。
至福の感情まで伝わってくるのでなんかこう、変な気分になりそうだ。
『後で交代いたしますので、お姉様も存分にわたくしの身体を堪能ください』
『それ、奏音が得しすぎじゃない?』
ともあれ、これはれっきとしたシンクロの特訓である。
ライブの集中状態だったのであの時はきっちり成功したが、確実に再現しようとすると「二人分の視界や思考をリアルタイムで処理」していかなければならない。
そのためまずは片方の視覚を封じて相手の感覚に慣れる訓練をすることに。
双子とはいえ、他人の意識まで流れ込んでくるのは普通なら苦痛だが、
『いまさらそのくらい、わたしは気にしないよ』
『ふふっ。……ありがとうございます、お姉様』
片方目隠しでの行動に慣れてきたら、今度は向かい合ってシンクロしたままダンス。
そうすると、他者から見た自分のダンスの改善点が見えてくる。
ただ鏡で見るよりも「見た者の印象」がプラスされるのでより効果がある。
奏音の緻密さ、万桜の大胆さ、相手のいいところをお互いに取り入れてより良いダンスに昇華させていく。
さらには、
「お姉様、おしょうゆ、取っていただけますか?」
「ん。はい、どうぞ。ありがとうございます」
万桜が奏音を、奏音が万桜を演じてみたり。
敬語を話すプラチナブロンドの少女と、姉として振る舞う黒髪の少女を、友人たちはぽかんと見つめて、
「なにそれ。新手の仲良しアピール……?」
「ひどいです、美夜さん。あらためて主張せずともわたくしとお姉様の仲は良好です」
「仲良いのは本当だけど、その言い方だと語弊がないかなあ」
「すごーい、万桜ちゃんが奏音ちゃんで、奏音ちゃんが万桜ちゃんみたい!」
「いや、すごいけど違和感もすごいからやめなさいよ!」
と、狼狽えられるくらいの効果があった。
いや、本人をトレースというかコピーしているのだから似ているのは当然だが。
ついでにクリエイター支援サイトの支援者限定で「万桜が奏音になったり奏音が万桜になったり、万桜が二人になったり奏音が二人になったり」するショート音声を公開したところ「ロングバージョンを有料販売してくれ」「これはもはやヤバい薬」「いや洗脳音声」とまで言われた。
さすがに洗脳音声は言い過ぎだろうに。
そう思って雛に聞いてもらったところ「えへへ、万桜先輩がいっぱいです……」とトリップし始めたので……うん、人によってはガチでやばいのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「万桜ちゃん万桜ちゃん、どうしてもテレポートが上手くいかないんだけどなにか方法ない!?」
「うーん……人によっては難しくなるだけだからちょっと賭けだけど、なにかモノと自分を入れ換えるイメージから練習するのもいいかも。ぬいぐるみとか」
「小鳥遊先輩、空を飛ぶのってどうやったら覚えられますか?」
「先に感覚を掴んじゃうのも手かも。良かったらわたしが抱っこして飛んでみる?」
「生徒会長、学食にタピオカを置いてください!」
「ん、そういう意見があったって生徒会で共有しておくね。
もし同じ意見の人がいっぱいいたら本格的に提案できるから、同士がいたら生徒会に意見送るように言ってあげて」
自分たちの特訓や準備の合間を縫ってみんなの相談にも乗っていく。
これは万桜の公約でもあったし、やりたいことでもある。
「なんていうか、雛ちゃんのおかげで視野が広がった気がするんだよね」
「ふえっ!? わ、わたしですか!?」
ある日の夕食時に呟いたら隣のテーブルの雛に驚かれてしまったが。
「うん。なんていうか『歌姫』にはみんな得意不得意っていうか、特別ななにかがあるんじゃないかって思うんだ」
「あー。雛っちが二つの声を使えるみたいな?」
「そうそう。まあ、雛ちゃんのはかなりわかりやすい例だと思うけど、長所ってエナジーの量とか能力の上手さだけじゃないんだってあらためて思ったんだ」
もちろんあの多重音声も能力と言えば能力なのだが。
能力精度で言えば圧倒的に格上の美夜でさえ、真似しようとすると専用の練習を重ねないといけない。
つまり、練度や、一般的な意味での才能だけでは表せない個性が人それぞれに存在する。
「じゃあ万桜ちゃん先輩、ウチの特別ななにかって?」
「瀬奈ちゃんは十分長所があるじゃない。頑張り屋だし、みんなより二年も長く、すぐ近くで先輩たちの姿を見て来たっていう」
そのおかげで感覚的に飛ぶことを覚えられたわけで。
ミアの体温上昇や奏音の超集中、美夜の万能的才能もそう。
「わかりにくい子もいるかもしれないけど、きっとみんな、他の人には真似できないいいところを持ってるんだよ。それを見つけられれば今よりも上手くなれる」
「万桜先輩……! はい、わたしもそう思います!」
新しい長所を得たおかげか、雛は二学期中間試験で少し順位を伸ばした。
けれど、言葉だけでは同意してくれない子ももちろんいて、
「そんなこと言ったって『歌姫』のすごさって結局エナジーですよね?」
「小鳥遊先輩は誰よりもエナジーが多いからそんな風に言えるんです」
彼女たちももちろん、悪意があってそんなことを言っているわけじゃない。
夢を抱いて心奏に入ったのに、合格した生徒の中で比べられて下のほうに位置付けられてしまったから不安になっているだけだ。
「そんなことないよ。例えば、わたしだって計算とか細かい頭脳労働では奏音に敵わないし」
「小鳥遊──奏音先輩だって二年生のほとんどトップじゃないですか」
「じゃあ、わたしより瀬奈ちゃんのほうがファッションセンスでは上、とかでどう?」
「ファッションセンスなんてなんの役に立つんですか」
「立つよ。衣装作る時は意見聞かれるし、センスがあれば自分でアイデア出したりもできるでしょ?
着たい衣装から曲を決めることだってできるかもしれないし」
それを聞いた瀬奈は「万桜ちゃん先輩、今度一緒にギャルしようよ!」と変な方向にノリノリになっていたが。
「じゃあ……私にも、なにか才能がありますか?」
「うん、きっとあるよ。それを一緒に見つけよう」
万桜は微笑んで深く頷いた。
「わたしと相性が悪そうだったら美夜も手伝ってくれるし」
「え、あの、松陰先輩はちょっと怖そうなので……」
「どういう意味よ!? あたしだって後輩には優しくするわよ!?」
「そうそう。ちょっと調子に乗ると努力不足だのなんだの言ってくるけど、熱くなってるだけで悪気はないから」
「万桜、あんたちょっと後で覚えておきなさいよ」
「脇!? 脇はちょっといま勘弁して!?」
いつものじゃれ合いをしてたら、一部で「万桜先輩と美夜先輩って付き合ってるんじゃ」とか噂が流れたが……まあいいか、と放っておいた。