「今まででいちばん慌ただしい一年だった気がする……」
「そうですね……」
大晦日の夜、万桜と奏音は祖母のマンションで蕎麦を味わいつつしみじみと振り返った。
学園でプチクリスマス会をした後、残りの年末は仕事づくしだった。
二学期の前半、忙しい合間に憧れのアニメの収録にちょっとだけ参加させてもらっていたのだが。
以来ちょこちょこ、ちょい役で声優の真似事をさせてもらえるようになった。
テレポートのおかげで交通費を出す必要もなく、一瞬で来られるのがポイントらしい。
ネットに奏音とボイスをアップしてバズったあたりから他のアニメ会社からも依頼してもらえるようになったし。
スタイルのおかげかグラビア的な仕事も来るし。
心奏学院生、っていうプレミアでテレビ番組にも出させてもらったり。
プロの先輩の配信チャンネルにゲストで出させてもらったり。
例によって冬のイベントでコスプレしたり。
大晦日のこの日も神社で年越し蕎麦を配るイベントのお手伝いをしてきた。
「ほんと生き急いでるわね、あなたたち」
過酷な時代を生き抜いてきた大先輩である祖母──志穂にまでしみじみ言われてしまう始末。
「その代わりけっこう稼げてるし」
生活自体が苦しかった志穂たちの時代に比べれば断然マシなはずである。
志穂は「そうね」と苦笑しつつ、
「少しでも休んでおきなさい。新年も早々に仕事が入っているんでしょう?」
「うん。歌姫のお正月を紹介する番組に出させてもらうんだ」
『
デバイス自体がマイクの代わりを果たしてくれるのも先方としては嬉しいのだとか。
「今回は美夜とミアも一緒なんだ」
「あの子たちもだんだん名前が知れてきているわね」
「そりゃ、うちの生徒会役員だし」
実は生徒会役員になるとテレビに出られる機会が増える。
あの心奏学院に取材に行きました! みたいな企画は人気があるので生徒会にたくさん依頼が来るのだ。
(イベント時以外はだいたいニュース番組で数分紹介されるレベルだが)
そういう時にインタビューを受けるのは生徒会役員、教員、各部の部長あたりなので名前を売れる。
万桜なんか生徒会役員で出たり
「だから、みんなで早朝に初詣に行ってから撮影に行くつもり」
「ああ、正月番組だから着飾ったままでちょうどいいわけね」
「といいますか、わたくしたちの初詣も撮られるらしいのですよね……」
さすがに恥ずかしいが、仕方がない。
◇ ◇ ◇
「あけましておめでとう、万桜ちゃん、奏音ちゃん。……新年早々お邪魔いたします、志穂様」
「ええ。あけましておめでとう。うちの孫たちにお手柔らかにね」
「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」
シンクロの影響で万桜も着物の着付けができるようになった。
ちゃんと記憶を呼び起こせるか確かめつつ、なんとか綺麗に着付け終わったあたりでスタッフがやってきた。
『歌姫』が二人。
彼女らは志穂に挨拶すると、万桜たちの着物姿をチェック。
微調整を加えた後、軽い打ち合わせをして、
「ところで、カメラはどうするんですか?」
二人ともめちゃくちゃ軽装、ほぼ手ぶらレベルなのだが。
「ああ。デバイスで撮るから大丈夫。これカメラ機能が強いやつなんだ」
「それは、腕が疲れませんしとても気楽ですね」
「うん。撮ってる間は私たち、見えなくなるからもっと気楽だと思うよ」
「見えなくなる」
比喩ではなく、二人はさっと透明になって見せる。
いなくなったわけではなく、さっきまでいた空間に手を伸ばせば触れられるのだが。
「これは……光学迷彩ですか?」
「あはは、よく知ってるね。まあ理屈とかどうでも成立しちゃうのが能力なんだけど」
「これ、かなりすごいですよね?」
「慣れないと集中力ガリガリ削られるから使いどころは難しいかもね」
唯一持ってきていた小さめの鞄にはドローンが入っており、
「人が多くなってきたら私たちは空飛んでこの子を使ったり」
デバイスによる通信と能力による制御で精密操作が可能。
ほんと能力ってなんでもあり──何回目だこれ。
というわけで、
「おはよ、万桜、奏音。あけましておめでとう」
「二人ともあけおめー。ね、これもう撮ってるの?」
去年行ったのと同じ神社に夜明け頃からお邪魔した。
「うん、もう撮ってるよ。でも、自然な姿を撮りたいからどこから撮ってるかは内緒なんだって」
「それ、逆に緊張するわね……?」
さすがにこの時間だと人もそれほど多くない。
ちらほらいる初詣客もほとんどは地元の人だ。
熱心な歌姫ファンもいるにはいて、こっちにカメラを向けて来るので手を振ったりはしたが。
「こんにちは、みんな。今年一年大活躍だったね」
「ご無沙汰してます。あはは、こちらでお祈りしたお陰かもしれません」
「うん、ちゃんと祈れば神様は応えてくださるからね」
そういえば去年、なんだか意味深なことを言われたっけ。
まあさすがにあれは冗談だろうと思いつつ鳥居をくぐる──と。
「~~~~っ!?」
「こ、これは……っ!?」
奏音と二人揃ってぞくぞく、と身体が震えるのを感じた。
大人数──いや、なにか大きなものに視線を送られているような。
美夜たちも万桜たちほどではないにせよ「なによこれ……?」「去年はこんなのなかったよ?」と怪訝そうな顔。
「ふふっ。みんな本当にすごく成長したみたい」
「なによ、これがパワースポット的なアレだってわけ?」
「そうだよ。感じ方は人それだけど、相性のいい子なら声や意思だって感じられるかも」
くすりと笑う、去年も会った巫女歌姫。
「もっと有名なパワースポットなら余計そうかも」
「……うわ、神様って本当にいたんですね」
めちゃくちゃ失礼なことを口走ると「いるよ、いるいる」と言われた。
「まあ、感じ方次第だから、もしかしたらいると思ってる私たちのほうが特殊なのかもしれないけど。
でも、超自然的な力は確実にあるよ」
「それは、わたくしたちがそうですものね」
「そう。八百万の神の概念で考えれば、自然そのものを神と感じているだけなのかも。
万桜ちゃんたちはどう?」
「……そう、ですね。地面や空をなんだか広く感じる気がします」
大いなる大地に受け止められていると同時に空から見下ろされているような。
「そっか。じゃあ、万桜ちゃんたちは自然信仰系と相性がいいのかも。
感覚を磨けば巫女さんとかシャーマンとしてもやっていけるよ」
機会があれば恐山とか、各国の土着信仰にも触れてみるといいと言われた。
万桜は世界を巡るつもりだし、奏音も国連希望だからその機会はありそうだが。
「い、いやいや、さすがに神様とか迷信でしょ」
「ちょっとスケールが大きすぎてついていけないよ……!」
ほんとに個人差があるみたいなので、そのあたりは真偽不明としておこう。
◇ ◇ ◇
「ところで万桜、あんた進路決めたの?」
みんなでお参りを済ませた後、温かい飲み物で休憩。
ここに来ると思い出すのか、美夜がふっとそんなことを聞いてきた。
「うん。わたしは大学行かないつもり」
しばらく前から考えていて、真昼や志穂にも相談していることを答える。
「へえ。めちゃくちゃ思いきるじゃない」
「そういうわけじゃないけど。四年制に入学しちゃうと、試験受かっても四年間は身動き取りづらいし」
万桜の目指す国際歌姫免許は年に一度試験が行われる。
一発勝負のうえ狭き門なので、一回で受かるとは思っていないものの──初回、全力でぶつかって駄目なら二度目で突破する、くらいの意気込みは持っている。
しかし、もし仮に初回で受かったとしてもスケジュール的余裕がないと資格を活かしきれない。
パスポートやビザに関係なく各地を飛び回り、よほどのことをしない限り自由裁量で人助けができるのがこの免許の最大の特徴なのだ。
「短大とか専門学校も、そこまで学びたいこともないから」
「ふうん。じゃ、試験受かるまでぶらぶらするわけ? パチンコとか」
「言い方」
大学に通わないだけで事務所の仕事はばんばんこなすつもりなので別に暇ではない。
「みんなは大学行くんでしょ?」
「わたくしは大学で可能な限りの学問を学んでおくつもりです」
「あたしもせっかくだから大学は出るわ。もちろん事務所も入るからけっこう大変そうだけど」
ではミアは、というと、
「ミアは最近、もう一回高校行こうかなーって思ってるんだよねー」
「もう一回高校!?」
そんなことできるのかと思ったが、特に禁止する法律とかはないらしい。
学校によっては年齢制限を設けていたりはするだろうが、ミアの場合は飛び級なのでぜんぜん問題ない。
「それってもう一回心奏に通うとか?」
「さすがに同じ高校は無理でしょ。卒業資格もらってるんだから」
「うん、さすがにそれはしないつもり。行くなら別の歌姫学校か、海外かな」
「海外かあ。それだとミアに先越されちゃうかも」
「ふふふ。万桜ちゃんに海外生活自慢しちゃうかも?」
でも、それは面白そうだ。
「海外行ってもテレポートで帰って来れるもんね。……さすがにエナジーきつそうだけど」
「その前に、手続きしないで出国するのは厳密に言うとアウトよ」
まあ、忘れ物取りに戻るとか友達と会うとか、ちょっと買い物するくらいならいちいち捕まえたりはしないだろうが。
そもそもそういう面倒ごとを吹き飛ばすのが国際歌姫免許だし。
「あ。どうせなら海外の歌姫学校はどう?」
「いいよねー。ウィーンとかロンドンとか行ってみたいなー」
「そりゃ、心奏卒業してりゃ受かるでしょうしね」
「お国柄の違いもあるでしょうし、音楽の本場に赴くのも一つの手ですね」
「でしょ? バレエとかクラシックとか、楽しそう」
進路というのも本当にいろいろあるものだ。
きっと、同級生みんなに聞いてまわったらもっといろいろあるだろう。
「これ以上、誰も減らさずに卒業したいな」
「そうね。あたしたちでできる限りのことはしましょ」
「うん」
三学期、万桜は今まで以上にみんなの悩みを聞いたり相談に乗ることにした。
真昼たち教師ほどのことはもちろんできないが。
同じ生徒だからこその気安さ、できるアドバイスもきっとある。
◆ ◆ ◆
「本当に、彼女を特待生にして正解だったわ」
心奏の学院長は手元のデータを眺めつつしみじみと呟いた。
向かい合って座る高峰真昼のところにも同じデータがある。
二人が見ているのは万桜たちのエナジー量の推移だ。
・小鳥遊万桜:153260→250120
・小鳥遊奏音:38830→82920
・松陰美夜 :51000→95450
・明星ミア :22880→55310
言うまでもなく、万桜の数値は外れ値だ。
当初の15万のほとんどは真昼から譲り受けたもの。それが最初のライブで覚醒し、彼女自身の潜在エナジー量が追加された。
以降の伸び率もトップ水準。
これは、万桜にエナジーを与えた真昼だけでなく、受け取った万桜もまた「天性の歌姫」だったということだ。
稀有な才能の持ち主二人分のエナジー量、さすがにそれは圧倒的と言わざるを得ない。
──おそらく、彼女にはもともと『男だった頃から』才能があったのだろう。
その才能は男に生まれてしまったがゆえに目覚めることを許されていなかった。
それが、真昼の力を受け継いだこと、自分の力でライブをこなしたことで完全に目覚めた。
歌姫の才を持ちながら男に生まれてしまった。
よくある現象ではない。これも双子という特性故か。少なくとも、他の男子が同じようにされたところで歌姫として目覚めるとは思えない。
しかし、他の三人の成長率も目覚ましい。
万桜は異例中の異例であることを思えば、むしろ奏音たちの成長こそが驚異的だ。
高校在学中が最もエナジーの伸びる時期ではある。
が、多くの場合ピークは一年生。月ごとの成長量は徐々に低下していくことがほとんどなのだが、彼女たちはほとんどこれが落ちていないどころか、成長量が増加している月さえある。
このまま行けば、ミアは18歳にして15万クラスのエナジーを手に入れるだろうし、奏音と美夜も卒業時に13万に手が届くかもしれない。
そして、エナジーの伸びが良いのはこの四人だけに留まらない。
まるで万桜たちから刺激を受けるかのように、他の生徒の多くも予測値よりエナジーを伸ばしている。
真昼は、心からの笑みを浮かべて。
「そうですね。万桜ちゃんの、みんなの頑張りが全体に良い影響を与えているんだと思います」
自分のみならず周囲をも成長させる、才媛にしてムードメーカー。
「あと一年ちょっとで卒業してしまうのが惜しいくらいだわ」
「そこは子供たちの成長を喜ぶところじゃないでしょうか」
下級生にまで良い影響が波及しているのだから、言いたいことはわかる。
早いもので、あと一年と少しになった万桜たちの学院生活。
願わくば、それが良いものになりますように。