「当たり前だけど、三学期が一番みんな伸びる時期なんだよ」
「そりゃそうでしょ。進級かかってるんだから」
真昼に「みんなを進級させるにはどうしたらいいか」相談してみたところ、B組担任の向日葵も加えてお茶の席が設けられた。
姉の率直な意見に、妹の美夜が身も蓋もない返事をするが、
「そうだけど、それだけじゃなくて。身に覚えない? 誰かができるようになると他の子たちも次々できるようになる現象」
「ああ、ありますね」
「あんたはだいたい一番にできるようになってるじゃない」
そう言われると若干反論しづらいが。
向日葵が取りなすように、
「万桜さんたちのライブで飛行を習得した子がいたでしょう? あれもその一種」
「ああ、あの子は同学年の歌姫科があれこれできるようになったのいっぱい見てたもんね」
「そういうこと。みんなができるなら自分だって、って、自然にイメージが上向くんだよ。だから毎年ここから習得ラッシュが起こるの」
「でも、進級できない子もいるんですよね……?」
万桜が言うと、担任たちは「そうなんだよね」と息を吐いた。
「人によって向き・不向きはあるでしょ? 飛行やテレポートに向いてない子もどうしてもいるんだよ」
「じゃあ、進級の条件を変えればいいじゃない」
「それも難しいんだと思う。もっと難しい能力に紐づいてたりするし」
例えばエナジー量で足切りでもしようものならもっとどうしようもないことになる。
「人助けしようと思ったら飛行やテレポートはすごく役に立つになるんだよ。だから必須にしてるっていうのもあるの」
「極端な話をしてしまうと、進級条件に納得できないなら最初から他校を受験してもいいわけだしね」
心奏以外の学校は別の条件を課していたりする。
学校によっては座学の成績を要求するところもあるので、万桜なんかは逆にそっちだったら進級できてなかった可能性があるが。
美夜が「じゃあどうすればいいのよ」と腕組みする。
「向いてないからだめ、じゃどうしようもないじゃない」
「なかなかできない子って思いつめちゃいがちだから、そこをどうにかするしかないと思う」
「それこそ万桜さんたちがやった『補助付きで飛ばせてみる』みたいな方法はアリかもね」
万桜たちは顔を見合わせた。
「こういうのは万桜ちゃんたちのほうが上手くできるかも」
「私たちがやっても『先生はできて当たり前』で流されちゃうから」
少しでも立場の近い人間から教わるほうが素直に受け入れやすい。
「でも、くれぐれも安全に注意すること」
「失敗して大怪我なんかになったら元も子もないんだからね」
「はい」
「肝に銘じておくわ」
能力を覚えれば覚えるほど、間違ったら危険なのが身に染みる。
それでもあらためて認識し直して、
◇ ◇ ◇
「……生徒会のお助け活動は美夜のマニフェストじゃなかった?」
「あはは、まあそうなんだけど」
「別に生徒会でやってるわけじゃないわよ。あたしたちが自主的にやってるだけ。実際瀬奈とかは参加してないでしょ?」
あげはにツッコミを受けるくらいには慌ただしい活動になった。
美夜の言った通り、自主的な活動なので別に依頼を断ってもいい。
一年生の役員に無茶ぶりが飛んだりしないようになるべく気をつけながら、万桜や美夜、奏音、ミアを中心に悩んでいる子の相談に乗って回った。
授業中の練習時間も、まだ進級課題を達成していない子が優先されるようになるので、どんどん学びやすい環境ができあがっていく。
とりあえず一緒に飛んでみる、テレポートしてみるのはかなり効いた。
風を切る感覚、テレポート前後の視点の変化などを体感することでイメージがぐっと膨らむらしい。
もちろん真昼たちだって試してきたことではあるのだが、生徒同士教え合うことで気分が変わるのは実際あったのだ。
これもカリキュラムに取り入れるのは難しい試みではあるが。
相互に協力できる雰囲気が今まで以上に生まれて伝統みたいになったら、それはとても良いことじゃないかと思う。
──そうして迎えた、三学期の試験結果発表日。
万桜たちはどこか晴れやかな気持ちでそれを待ち受けることができた。
進級課題の達成状況については試験結果を待つまでもない。
普段の授業中でも個人的に放課後見てもらうでも、教師の前で一定成果を挙げられればそれで達成になるからだ。
つまり、期日を待つまでもなく、今年度の一・二年生は全員進級条件を達成した。
「もう自分の成績とかどうでもいいよほんと」
「いや、それは言い過ぎでしょさすがに。……まあ、あたしも数字にこだわる気はないけど」
あれだけ人の相談に乗りまくっていれば自分の成績が落ち気味になっても自然ではあるし、だからってやり方が間違っていたとは思わない。
こうやってみんなで進級を目指したこともきっとなにかの役に立つ。
◇ ◇ ◇
そして、とうとう入学式のライブを万桜たちがやる番になった。
「慌ただしいなあ、これ」
「いつものことでしょ」
ライブのための練習は試験の少し前から始めた。
例年は「それどころじゃない!」っていう生徒もいるため試験後から開始することが多いらしい。
なので多少は余裕があるのだが、それでもかなりバタバタである。
「大まかなライブ内容にテンプレートがあるのも納得ですね」
「一から考えてたら絶対大変だもんねー、これ」
それでも細かいところはやってるうちに変更が入る。
みんなから「こうしたい」「ここはこのほうがいい」とあれこれ意見が出るからだ。
それをまとめるのは、
「ほら生徒会長、どうするのか決めなさい」
「ええ、わたし!?」
「むしろ他に誰がいるのよ?」
こういうのも生徒会主導なので最終決定権は会長である万桜にある。
絵理華をはじめ、歴代の生徒会長は本当にすごいとしみじみ思う。
「わたしは独断でこれ、とか決めるの無理だってば」
「じゃああたしが独断で決めましょうか」
「それはやだ」
なので、できるだけみんなの意見が採用できる感じでまとめていった。
「万桜ちゃん万桜ちゃん、これすごくまとめるの大変だよー?」
「そこは美夜と奏音になんとかしてもらえないかなあ」
「そこで丸投げするんじゃないわよ!? ……まあ、望むところだけど」
実際はもちろん万桜も顔を突き合わせて調整した。
ライブは、大勢の出演するメインパートと小さなユニットが次々場を引き継いでいくサブパート。
「万桜ちゃんたちってユニットどうするの?」
「四人で出るの? それとも美夜ちゃんはソロ?」
「あー、そうね。さすがにぼっちで目立つ気はないし、四人がいいかしら」
「良いと思います。では、『Canon's Cats』再結成ですね」
どこに万桜たちを持ってくるかも揉めたが、最終的に一番頭に決定した。
大トリという案も出たものの、最初にばーんと盛り上げてそのまま勢いを維持するほうがいいだろう、と。
「曲構成的にミアたちが歌う曲も決まっちゃうね?」
「変えてもいいけど、よくできてるんだよねこの曲リスト」
「不安を抱いた始まりから新しい始まりへの希望が構成で表されていますね」
「多少は変えてもいいんじゃない? 新しい曲も増えてるんだし」
ここでさらにああだこうだと言い合いをして。
「……全体練習あんまりできないのに、こんなことで大丈夫?」
「一人だけ変な衣装着ようとしてたあげはちゃんが言うことじゃないんじゃないー?」
入学式のライブに関しては学院側から予算が組まれている。
衣装に関してはライブ内容が決まってからだと間に合わないので既に全員分を発注済みだ。
デザインはどことなく制服に寄せた、学院っぽさのある華やかなもの。
別に絶対揃いの衣装と決まっているわけじゃないので一人だけゴスロリとかもアリだが。
「生徒会役員でもないのに変に目立つんじゃないわよ」
「我らがSM研究会に多くの新入部員を引き込むためなのに」
そんなことしなくてもけっこう多くの新入生が入ってくれた。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、万桜。後はよろしく」
「みんな、また会おうね? あ、ボクは心配しなくても元気にやるから」
「皆さんの活躍に期待しています」
卒業式では、最も身近な上級生たちを見送ることになった。
送辞を務めたのは万桜。
答辞は前生徒会長である絵理華。
別にもう会えないわけでもないんだし泣かなくてもよくね? と思ったのは男子時代のいつ頃の話だったか。
現に絵理華は涙することなく笑顔で答辞を務めたのだが、それを聞いていた万桜のほうが「ああ、お別れなんだな」と我慢できなくなってしまった。
本当に涙もろくなりすぎである。
でも、こういうのも高校生活の醍醐味なのだろう。
絵理華たちには美夜たちと共同で花のヘアピンを贈った。
例によって花束で埋もれそうになっていた絵理華たちは嬉しそうに髪にそれを飾ってくれて。
「……ああ、なんかもう、今から卒業したくなくなってきました」
「……ふふっ。本当、今からなに言っているの?」
「だってわたし、見送られる側になったら絶対泣いちゃいます」
「お姉様、今現在もばっちり泣いておられます」
「奏音だって」
直接的な関りはそれほどない美夜でさえうっすらと涙ぐんでいた。
絵理華はほんのり瞳を潤ませながら「まったくもう」と笑って、
「胸を張りなさい。あなたたちは自慢の後輩よ」
こうして、万桜たちはとうとう最上級生になった。
◇ ◇ ◇
「最上級生かあ……」
「なによ、ぜんぜん実感湧きません、みたいな顔しちゃって」
「だって、あっという間すぎるし」
絵理華たちとの別れは胸に残っているし、やる気もある。
一方で、卒業式と終業式の後は怒涛の仕事ラッシュ、かと思えばあっという間に四月になってしまった。
切り替える暇がないというか平常運転でいろいろありすぎて浸っている暇がない。
「まあね。この分じゃ最後の一年もあっという間よ?」
「うわ。わたし、前に真昼先生が言ってたことがよくわかった」
「? 姉さんがなに言ったの?」
「大人になったらその忙しさが永遠に続くよって」
美夜は「怖いこと言うんじゃないわよ」と眉をひそめた。
「ほら、そんなことよりさっさと行くわよ」
「あ、うん」
ぽんと肩を叩かれて歩き出す。
今日は入学式およびライブのための設営である。
三年生になった万桜たちはライブの機材や会場のセッティングも自分たちでやらないといけない。
いけない、と言ってもみんなやる気は十分で、
「よし、じゃあみんな、頑張って終わらせよう!」
「おー!」
テレポートまで使えればわりと楽勝の念動を使って重い機材を運び、すいすいと進めていく。
これだとパワーは下手すれば重機並、そして小回りは断然こっちのほうが良い。
「初めてなんだしあんまり無理するんじゃないわよ!」
「なるべく二人組以上でサポートし合いながら運んでください!」
「機材壊したら弁償だからねー!」
不意に念動が切れたりしたら怖いが、二人組で手を添えながら運んでいれば咄嗟に支えられる。
……女子二人で普通に持ち上げられるっていうのもだいぶ怖いな?
会場設営、先輩方はすいすいこなしていたように見えたが、意外とこんな感じだったのか。
遠目に見ていたイメージとはちょっと違う。
ともあれ、
「これで完成、かな」
「そうね。じゃ、先生たち呼んできて最終チェックしてもらいましょ」
「呼んだ?」
「わっ!? もう、いきなりテレポートしてくるの心臓に悪いよ、先生!」
「ごめんごめん。でも、みんなもう使えるんだから慣れなくちゃ」
確かに、万桜は設営中も横着して機材ごとテレポートしたりしたが。
「……ん、OK。じゃ、リハーサル始めていいよー!」
「ところで先生? ここでリハーサルしたら新入生にバレちゃいませんか?」
「大丈夫。ここの様子が外に漏れないように結界張るから」
そういうのもあるのか。
そういうことなら、と、万桜たちは最後のリハーサルに挑んで──。
本番。
『新入生のみなさん、まずは入学おめでとうございます!』
二年前の自分たちに期待と希望を届けるように。
輝かしい未来へ羽ばたいていってもらえるように。
自分たちにできる精いっぱいの、楽しいライブを届けた。