「というわけで、倍速は難しいけど覚えるとすごく役に立ちます。実際にどんな感じかっていうと……万桜ちゃんと奏音ちゃん、ちょっと組み手してみてくれる?」
「わ、わたくしもですか?」
「うん、できるでしょ?」
シンクロによって万桜の能力はだいたい使えるようになった奏音。
まだその扱いに慣れていないのか「かしこまりました」とおずおずと前に進み出る。
何度か似たようなことをやらされている万桜は逆にもう慣れっこである。
「お姉様、手加減してくださいね?」
「大丈夫。慣れるまでは軽めにやるから」
互いに向かい合うと鏡合わせのようだ。
目線だけで合図しあい「始め!」同時に動き出す。
拳と蹴りの応酬。
誰かが「すごい」と呟くも、
「じゃ、倍速使ってみて」
「え、まだ使ってなかったの!?」
の、の辺りで周りの動きが遅く──否、万桜の動きが早くなる。
世界がスローになった感覚の中、奏音が自分と同じように動くのを見て。
軽く、打ち倒すためではなく魅せるための動きを心がけながら身体を交わす。
「おっけー。身体強化も使って!」
ぐん、と、さらに身体が軽くなる。
互いの攻撃に重みが加わり、奏音もだんだん慣れてきたのか動きのキレが上がった。
楽しくなってきた万桜は徐々にギアを上げていって、
「はい、そこまで!」
能力を切ると、みんなの感嘆の声が普通の速さで聞こえるようになった。
「すごーい、二人とも!」
「ハリウッド映画とか、アニメとか見てるみたいだったよ!」
真昼はこれに「でしょ?」と胸を張った。
あんた何もしてないだろ、と言いたいところだが、倍速中の万桜たちへ普通に声を届けられているあたり、彼女もしっかり倍速している。
万桜たちがミスした時に割って入れるよう注視していたはずだ。
「二倍の速さで動けるようになるってこういうことだよ。身体強化があればいらないって思うかもしれないけど、二倍の身体強化と同時に使えたら四倍強くなれるわけだからね」
四倍速の攻防とかぶっちゃけほんとにバトルマンガの世界である。
……万桜もギャラリー側で見たかった。
ごく、と、みんなが唾を飲み込んで、
「今度は一年かけてこれを覚えていこうね? 大丈夫、みんなならきっとできるようになるから」
一つ課題を乗り越えたと思ったら、また次の課題が出された。
◇ ◇ ◇
「でもさ、倍速って今までの課題に比べるとかなり簡単よね」
「うん。テレポートに比べるとまだ常識的な感じだよね?」
ある日の夕食時に美夜とミアがそんなことをこぼすので、
「や、そんなこと言えるのは二人がすごいからじゃないかな?」
周りの三年生がうんうんと頷く。
「二年の間にできるようになってるやつが言うんじゃないわよ」
周りの三年生がうんうんと頷く。
「美夜さんたちの主張もわかります。今までの課題とは難易度の理由が異なる気がしますね」
「ああ、それはそうかも」
どういうことだよ、と追及の視線が送られてくるので「なんていうか」と解説に入って。
「制御能力が足りないとか、エナジーを食いすぎるとかは、テレポートに慣れてる子ならたぶん無いんだよ。もちろん、一秒ごとにごりごりエナジー削られるのは痛いんだけど」
「必要なのはイメージの使い分けです。特に身体強化と思考加速は倍速と混同しやすいかと」
「速くなり方が違うだけで周りが遅くなることに違いはないもんね」
「そうそう。だから、ちゃんとその違いをイメージしないとなんだけど、そこが難しいかなって」
逆に一回クリアしてしまえばどんどん慣れていくのであっさりできるようになるかもしれない。
「万桜ちゃん、なにかいい方法ないの?」
「うん。わたしはゲームを最高難易度で遊んで無理やり突破したんだけど」
「それ万桜ちゃん以外にできるかな?」
ミアには向いてる気はするが。
「後から思ったのは、VRゲームをスローで遊べたらいいかもってことかな」
「ああ、なるほどね」
周りの動きも声もゆっくりになる。
ゲームとしてはストレスが溜まりそうだが、感覚を掴むのにはちょうどいいだろう。
「誰かVRゴーグル持ってたよね?」
「スローにするくらいならちょっと弄れば簡単にできるよ」
「じゃあ試してみよっか!」
さらっと内部設定いじるみたいな話が聞こえてきたが……そうか、そっち方面にすごい子もいるのか。
思考加速した状態でデバイスを思考操作とかしたら常人の何倍ものスピードでプログラミング可能だし、一般のプログラマとしてはあまりにも恐ろしいに違いない。
ともあれ、こんな風にして早くも三年生たちは倍速攻略に向けて燃えていた。
みんなでテレポートを乗り越えたのがいい刺激になったのかもしれない。
「これも、先生が言ってたのと同じようなことかな」
今まで「できる」を積み重ねてきた歌姫候補生。
ここまで来ればもう、彼女たちにとって能力は「よくわからない未知のもの」ではなく「難しい技術」に過ぎない。
であれば、熱意と根気を持って挑むだけで習得できる。
初めからできない、わからないと投げ出さないことが能力には大きく影響するのだ。
「ところで、万桜たちはこの一年なにを練習するつもりなの? もう課題達成してるじゃない」
「もちろん、まだできるようになってない能力に挑戦するよ」
「わたくしは大学受験に向けて座学にも力を入れようかと」
お互いの新規獲得事項はシンクロすれば共有可能なので──ミアから「ずるい」と言われてしまった。
◇ ◇ ◇
電子の海に『自分』をダイブさせる。
電子の世界は自由だ。
デバイスの処理能力と回線速度に依存するものの──思考加速の倍率を上げれば上げただけ、情報の処理能力が上がる。
奏音はこの能力を既に体得していた。
妹の成果を借りて超高速のネット検索、情報収集を行った万桜は、三十分ほどの後に現実へと帰ってきて、
「これでアニメとか見たらめちゃくちゃ捗りそう」
「お姉様、真面目なお勉強をされていたんですよね?」
「もちろん、見てきたのはいろんな国の情報とかだってば」
言語、風土、法律、通貨など通り一遍の情報であっても頭に入れておけばだいぶ違う。
ついでに写真なんかも閲覧すれば「現実世界」がぐっと広がって見える。
「資格取得に向けて今から少しずつ勉強しておかないと」
「アニメはほどほどにしてくださいね?」
おかしい、会話が通じていない。
「アニメとか洋画も能力の参考になるから重要なんだってば」
「それは否定しませんけれど、エナジーを浪費してまで娯楽に打ち込まなくともいいのでは」
「だって時間がもったいないじゃない」
例えば四倍速で見たら一時間で八話は見られる。
六時間あったら四クールあるロボットものアニメを制覇することが可能だ。
なんなら続編四クールをその日に見終えることだって。
奏音は「確かに」と苦笑して、
「仕事上、その手の知識が必要になることもありますものね」
声のお仕事において創作作品に対する造詣は意外と重要だ。
そういうの抜きで、あくまでも「一人の人間」として役作りをする声優もいるし、それはそれで正解だが。
二次元特有のお約束を理解しているほうが近道ではある。
「奏音もわたしの記憶見たからけっこう得意でしょ?」
「そうですね。けれど、ある程度は自分で鑑賞する必要性を感じております」
「そうなんだ?」
「このままですと、感想がすべてお姉様と同じになってしまいますので」
「あ、そっか」
万桜の記憶にあるのは映像自体というよりも「見た体験」だ。
当然、その時の感情なども一緒に呼び起されてしまうのでそっちに引っ張られる。
奏音ならではの感想を得るには自分で見返したほうがいい。
「シンクロも万能じゃないだね」
「予習できるだけでもだいぶ違いますけれど、初体験の感動は失われてしまうかもしれませんね」
ふとしたところから意外なことがわかることもあるものだ。
◇ ◇ ◇
三年生の一学期前半が半分過ぎようとする頃。
万桜は学院長から呼び出しを受けた。
いったいなんだと思いつつ緊張していると、切り出された話は、
「デバイスを新調するのはどうかしら?」
思ってもみない話に、思わず耳のピアスに触れる。
「まだまだ使えると思うので、ぜんぜん考えていませんでした」
デバイスは精密機器だが、『
万桜のピアスも毎日使い倒している割には見た目にもほとんど変化はない。
当時最新式のスペックは今なお快適な操作を約束してくれている。
学院長は「そうね」と頷いたうえで、
「けれど、そのデバイスももう最新式ではなくなっているわ。あなたの働きを考えれば更新しても良い頃だと思うの」
「わたし、そんなに貢献してません」
最新式って、本当にそのままの意味だろうそれ。
一般向け家電の新商品、ハイエンドモデルではなく、最新の開発結果をこれでもかと取り込んだ費用対効果無視の超高級品。
このピアスをタダでもらったのだって未だびくびくなのに──。
「なに言ってるの。あなたのおかげで去年、今年と入学希望者がさらに増えているのよ?」
「え」
「それはそうでしょう? 目立つ生徒が出ればそれだけ心奏の知名度も上がる。設備上、歌姫科は簡単に増やせないけれど、普通科は生徒数を増員したわ」
するともちろん納められる学費も増える。
イベントも盛り上がるだろうからそちらからの収益も見込めるし、人気が上がれば芸能界から頼られることも増えるし、寄付金だって増える。
この流れはおそらく来年、万桜が卒業してもしばらく止まらないだろう。
直近の卒業生というネームバリューはあるし、雛のような新しいヒロインもどんどん出てきている。
「あなたのデータも研究に役立っている。国際歌姫免許取得もわかりやすい『卒業生の功績』よ。今まで頑張ってくれた分とこれから頑張ってもらう分で、それくらい我が儘言ってもぜんぜん大丈夫」
「それは……すごくありがたいですけど」
ピアスに触れたままで考える。
「わたし、これが気に入っているんです。だから……」
単純に効率で考えれば話を受けておいたほうが良いに決まっている。
卒業後にこれ以上の性能が欲しくなったら馬鹿みたいな額を自分で払わないといけないわけで。
けれど、二年間一緒にやってきたこのピアスはもう万桜のトレードマークだ。
「別のに変えたくありません。……ごめんなさい」
せっかくの厚意を申し訳なく思いつつ頭を下げると、学院長は意外にも「そう」とあっさり引き下がって、
「じゃあ、そのデバイスをアップデートしましょうか?」
「……え?」
「アップデート。最新データ込みで強化して、これからも長く使えるようにするの」
「そんなことできるんですか!?」
初めて聞いたんだが?
「もちろん。だって『歌姫』にとって一番大事な持ち物よ。自分の身体の延長のようなものでしょう?」
「身体の、延長」
「自分の身体を無意識に強化してるのに、デバイスにそれが及ばないなんてあると思う?」
「あ」
小さいのにめちゃくちゃ丈夫なのは万桜が愛用してきたせいもあったのか。
壊れないで欲しいという願いが耐久性を上げ、さらに劣化を遅らせていた。
「高級なデバイスはもともとそうやって『愛用』される前提で作られているの。もちろん、内部構造を大きくいじれるわけじゃないから限界はあるけど、そのピアスはまだまだ一級品だもの。データさえ更新すればぜんぜん問題ないわ」
「それなら、はい。アップデートをお願いしたいです」
「OK。それじゃあ開発会社と連絡を取っておくわ。作業は一日二日で終わるはずよ。その間は代替機を借りられるから安心して」
なんかスマホの修理してるみたいだな?
「さて。それじゃあ、あなたが新調するはずだったデバイス代が浮いたわけだけれど」
「え、あの、わたしはもう十分良くしてもらってるので……」
「そう? 代わりに奏音さんに新しいデバイスはどうかと思うんだけど」
「奏音に」
そういえば、前に、万桜がデバイスを替えたら奏音に譲るみたいな話をしたことがある。
半ば冗談だったが、ここがその機会だったのは確かで。
「あなたの活躍を受けてピアス型デバイスが増えているの。その中に、その機体の量産型モデルもあってね」
「ありがとうございます。……そういうことなら、奏音と相談してみてもいいですか?」
「ええ、もちろん。決まったら連絡してくれる?」
帰ってから奏音に話をしてみたところ、
「お姉様とお揃いのデバイスを着けられるということですか!?」
「そこなんだ?」
「それ以上に重要な事柄がありますか?」
というわけで、ありがたく量産型モデルのピアス型デバイスをいただくことにした。
色違いもあったので、奏音は悩んだ末に黒系をチョイス。
ブラックメタリックのボディに桜の模様が彫り込まれており、価格を下げるためチャームの石は最初から淡い桜色のものが取り付けられている。
これで二人のシルエットはさらに対照的に変化。
シンクロするとぱっと見で見分けがつかない度も上昇し、新入生の中には「どっちが万桜先輩でどっちが奏音先輩だっけ?」と混乱する子もいた。