三年生になった万桜は授業時間をさらなる自己研鑽のために費やした。
具体的に言うと、
「万桜ちゃん、週三日くらい自衛隊に行ってるんでしょ?」
「うん、志穂さん──祖母のコネで訓練に参加させてもらってる」
卒業後そっちに進む気はないので、本当にちょっとお邪魔してるだけだ。
警察が治安維持の要なら、自衛隊は国防の要だ。
「あれだよね、自衛隊って訓練厳しいんでしょ?」
水を向けられた美夜が「そうね」と頷いて、
「何十キロって装備持ったままえんえん歩かされたり」
「時間無制限で走らされたりするんだよね」
言った二人は「ん?」と首を傾げて、
「わりと普通ね?」
「時間いっぱい走らされるとか一年生の最初にやったよね?」
「うん、まあ、向こうが緩いんじゃなくて
実際、心奏で頑張ってきた『
「わたしたちは身体強化で重い物持てるし体力も強化できちゃうからね」
重い装備持ってもほいほい歩けてしまう。
キャンプしながら目的地を目指せ、みたいな訓練も飛べばあっさり着けるし。
視覚強化しながら見える範囲でテレポートを繰り返すとかでもいい。
「でも、それは普通の人向けの訓練だから」
「あ、そっか。『歌姫』の部隊もあるのよね」
「通称『白百合隊』とか言うらしいんだけど、そこはさすがにめちゃくちゃきつかったよ」
所属してる『歌姫』はみんないい人たちで「白百合隊ってダサくない?」とか気さくに話してくれたが。
「わたくしもお姉様から話を伺って絶句しました」
「いや、なんか聞くの怖いんだけど」
「想定してる作戦が単騎での部隊制圧とか、後は仮想敵が同じ歌姫かミサイルか戦車だったりするから」
「平然と言ってる万桜ちゃんが怖いんだけど?」
「わたしだって怖かったよ!」
学院内ではトップクラスの位置にいる万桜なのでそれなりに自信はあったのだが。
さすがに専門で訓練している人たちはさらにその上を行っていた。
「能力アリアリ、武器アリで組み手したりするんだけど。……あ、さすがにナイフとかは切れない鈍器みたいなやつね?」
「いや、鈍器でぶん殴られるのは十分やばいんだけど」
「気を抜くとほんとにボコボコにされそうな勢いで来るんだよね。倍速に身体強化かけたのに、平然と三倍速に身体強化で襲い掛かってくるし」
「それもう銃くらいの速さ出てない?」
たぶん出てる。
「作戦中は透明化してる相手が周りにいないか、いきなりテレポートしてくる敵がいないか常に警戒しなさいって。実際透明になったりテレポートしながら殴ってくるんだよ」
「誰が勝てるのよそんなの」
「まあうん、同じ『歌姫』しか勝てないよねたぶん」
急に異世界とか宇宙から侵略者が来たりでもしたら話は別だが。
それはそれで同じ地球人類同士で争わなくていいから気が楽──というか、いつか来るそういう決戦のために万桜たちがいるとしても特に驚かない。
「『歌姫』はソロで部隊に勝てるように訓練するけど、やっぱり心構えも違うよね。集団行動とか、自分を殺して作戦に集中する意識とか、いっぱい訓練しないと身に付かないよ」
「でも、あんたは別に組織に属する気はないんでしょ?」
「うん。あくまでわたしは自由に動ける立場で好き勝手に人助けしたいから」
「……その言い方ですととてもイメージが悪いのでは」
でもまあ、言ってしまえばそういうことだ。
「もしかしたら将来、警察とか自衛隊と連携することはあるかもだし。そういう意味でもいい経験になるかなって」
「自衛隊かー。ちょっといいかなって思うけど、堅苦しいのがなー」
「白百合隊とかはかなりマシだよ。『歌姫』しかいないから話も合うし」
別のところの人と話す時はちゃんと礼儀を弁えないとだが。
「日本でもたまにテロリストが暗躍しようとしたりしてるみたいだし、止められるようにならないとね」
「……ほんと、頭が下がるわ。いや、あたしも協力する気がないわけじゃないけど」
「専門に訓練している方でないととっさに動くのは難しいでしょう。人命救助程度であればまだしも」
「それでいいと思うよ。みんなが手伝ってくれるだけでもかなり楽になると思うし」
ミサイル相手に戦う訓練というのもあながち冗談じゃない。
真昼が危うく失敗しかけた例の事件は、その手の兵器を止めるために起きたのだから。
◇ ◇ ◇
三十分ほどの組み手を終えると、万桜は能力を切って地面に倒れ込んだ。
「……しばらく指一本動かしたくないです」
「お疲れ様。どこか痛いところない?」
「あー、目がズキズキ痛いです」
相手をしてくれた『歌姫』自衛官は「そりゃそうでしょ」と苦笑する。
「慣れない三倍速使い続けてたんだから」
「あはは、わたし、エナジーの量が取り柄なのでそれくらいは頑張らないと」
それにしても、三十分の三倍は九十分=一時間半だ。
それだけの時間、ガチの戦闘訓練をぶっ通していたのだからそりゃもうめちゃくちゃきつい。
久しぶりに気力と体力を使い果たした感がある。
「まあ、それくらいはへばってもらわないとね」
「あいたっ」
しゃがみこんだ先輩に軽くデコピンされた。
と、周りにいた他の人たちも集まってきて、
「そうそう、じゃないと私たちの立場がなくなっちゃう」
「後輩に本気で負けたんじゃ『たるんでるんじゃないか』とか言われちゃうし」
「そんな、先輩方に勝つなんてまだまだです」
「とか言いながら、三倍速使えるようになってきてるじゃない」
そりゃ、毎回のように翻弄されていれば嫌でも覚える。
「透明化やテレポートにも対応してくるようになってきたし」
「それもさんざんやられたからじゃないですか」
「だって、やる気のある後輩見るといじめたくなるじゃない」
「体育会系すぎる」
いじめるは「ガチで鍛える」の意だし、心奏もたいがい体育会系なので構わないが。
「でもほんと、頼もしいよ。国際歌姫免許取るんでしょ?」
「はい。何年かかるかわかりませんけど……」
「大丈夫、そのうち受かるよ。そしたら、なにかあった時に頼りにさせてね?」
もちろんそれは望むところだが、果たしてその時万桜は世界のどこにいるのやら。
「万桜ちゃん、テレパシーは使える?」
「使えなくはないですけど……妹以外にはあんまり成功する気がしません」
「じゃ、そこも鍛えておかないとね」
『歌姫』のデバイスは専用回線を使っているため、一般的な通信が遮断されているところでも使えることが多い。
これも有事の際に『歌姫』が重宝される理由の一つだが、通話する音声等で存在がバレてしまうこともある。
そういう時のためにもテレパシーが使えると便利らしい。
「なんでも覚えておくと役に立つんですね」
「そうだよー。料理もサバイバルの時とか役に立つし」
「まあ、よっぽどのことがなければテレポートで帰れるけどね」
サバイバル訓練中にハンバーガー食べに行ったりコンビニ行ったことがある、と楽しそうに話す彼女たちはやっぱり『歌姫』だった。
◇ ◇ ◇
それはそうと、もう二学期である。
本格的に心奏を離れる時期が近づいてきている。
──今はもう、この学院を離れて羽ばたくイメージができるが。
やり残したことはないかと考えた時、思い当たることがあった。
「……うーん」
それについて取り組み始めてみたものの、なかなか上手くはいかず。
何度もうなっていると、奏音が「どうなさったのですか?」と眉をひそめた。
「や、大したことじゃないんだけど」
「シンクロするので包み隠さず教えていただけますか?」
やり口がこわい。
「ただ作詞に挑戦してただけだってば」
白状すると奏音は「あら」と目を丸くした。
「とても平和的なお話で安心いたしました」
「だから大したことじゃないって言ったじゃない!」
「お姉様は一人で変なことを始めがちなので警戒しておきませんと」
自衛隊の件だって前もって奏音には話をしていたぞ。
「作詞ですか。どのようなところで詰まっているので?」
「どこというか、とりあえず書いてみたけどしっくりこない。あとめちゃくちゃ恥ずかしい」
「まずは作法などを勉強してみては」
「いくつか調べてはみたけど、こういうのってセンスの問題じゃない? あんまりピンとこなかったんだよね」
これが小説とかならまだ、最低限の体裁を整えるためのルールなんかが役に立つかもだが。
どっちにしても結局はアイデアの領域。
感性が問われない世界なら、とっくにAIにでも侵略されている。
「結局、どうやったらいい詞が書けるかって『お風呂に入る』とか『散歩してみる』とか『物語を読む』とか『恋をする』とかに落ち着くっていうか」
「では、わたくしと恋愛をしてみますか?」
どうしてそこでそれをチョイスしたのか。
「奏音とはいまさら恋愛って感じにはならないかなあ」
「それはわたくしとは恋人以上の関係だと?」
「そりゃそうだよ。家族で、半身で、パートナーなんだから」
「では、生涯の伴侶と言っても過言ではありませんね?」
「言い方。まあ、特に間違ってはいないけど」
前に挑戦して失敗した時は少年向けのアニメOPを意識しすぎて使い物にならなかった。
物語に触発されるという意味ではアリだったのかもしれないが、逆に様式美に囚われすぎていたような。
「ん……。そっか、他の人はこう書いてるって話より、わたしが何を歌いたいかで考えたほうがいいのか」
物語を読む、というのもそういうことだろう。
胸に残った話を自分なりに歌にしたいという欲求を湧き上がらせる。
その際に行うのは要約だが、作業的にまとめるのではなく──気持ちを一番に重視する。
直接的な言葉を使うのが正解とも限らない。
迂遠にたとえるほうがかえって良いものになることもある。
短いからこそ、意識して個性を出さないと「万桜の歌」にはならない。
「なにかヒントが見つかりましたか?」
「見つかったような、見つからなかったような?」
「曖昧ですね」
「詞ってそういうものじゃない?」
すると奏音は「そうですね。そうかもしれません」と言ってくれた。
「ですが、なぜ急に作詞を?」
「まだ試してなかったから、卒業するまでに一回はやってみたいなって」
「では、次のライブで使いますか?」
「無理。もっと時間が欲しい。具体的には半年くらい」
「半年後にはもう卒業していますね」
まあ、卒業ライブまでには間に合わせたいが。
「作詞、わたくしももう一度挑戦してみましょうか」
「奏音も苦しめばいいよ。あ、でも、みんなでフレーズを出し合って一つの曲にする、みたいなのはやめたほうがいいと思う」
バンドもの、アイドルもののアニメがやりがちなエピソードだが、個性的なメンバーが自分を出してネタを出したらぜったいまとまらない。
まとめようと調整しすぎると結局、まとめた人間の個性に集約されてしまいそうだし。
万桜たちがやっても収拾つく気がしない。
「お姉様は相変わらず、身近なところからヒントを得るのですね」
お前いくつになったらアニメ卒業するんだ、と言われた気がする。
「お姉様が自分の歌で伝えたいことは、なんですか?」
「ん……そうだなあ。安直だけど、希望かな」
万桜は奇跡のような体験からこうして『歌姫』になった。
良いことばかりではなく、死にかけたわけだが──それでも、真昼とのあの出会いがなければ今の万桜はない。
願いは叶う。
直接歌えなくても、服を作るなどの方法で応援してくれる人もいる。
二年の努力を経て歌姫科に合格した生徒も、ハンディを乗り越えて長所に変えた『歌姫』の卵もいる。
きっとこれからいいことがある。
未来は決して暗くなんかない。
自分たちが、そういう未来を頑張って作っていく、そんなことを歌いたい。
「では、それを伝える方法を試行錯誤してはいかがでしょう?」
雑談している時なら「それができれば苦労はしてない」と返したかもしれないが。
奏音の、とろけるような笑顔を見た万桜は「そうだね」と頷いた。
「うまくいかなければ何回だってやり直せばいいんだし」
今までだってそうやって、いくつもの特訓を達成してきた。
それから万桜はライフワークのように、空いた時間に頭を悩ませては形にしてみて、やっぱりしっくりこない……と頭を抱えることを繰り返した。
こういう時、思うだけでデバイスを操作できるのはとても便利だ。
この行とこの行を入れ換えたいとかも一瞬でできるし、誤変換もあっという間に直せる。おかげで特訓の最中でも、メモ用紙を取り出す必要さえなくアイデアを保存しておける。
そうして、ある程度納得のいく詞が出来上がったのは二学期の終わりが見えてきた頃だった。