「というわけで、わたしなりに作詞してみたんだけど……」
ついっ、と、指でウィンドウを向こうに押し出してやると、美夜たちにデータが共有される。
ぶっちゃけ指の動きはなくても操作できるのだが、そこは気分的なもの。
思い切って差し出すくらいじゃないと「自分の書いた詞」とか人に見せられない。
「ん」
「どれどれー」
受け取る二人の僅かな反応でさえも気になってしまうくらいで。
読まれている間の沈黙に「いっそ殺せ」と思った。
「……へえ」
やがて、ふう、と息が吐き出されて。
「ほら、だめだしするなら早くして」
「どんだけメンタルやられてんのよあんた!?」
驚きの声を上げた美夜は「いきなりそんなことしないわよ」と苦笑した。
「すごいじゃない、よくできてる。……なにより、あんたの気持ちが伝わってくる」
言われて、万桜は、地獄の底から引き上げられたような気分になった。
「ほんと?」
「嘘言ってどうするのよ。さんざんうんうんうなってた甲斐はあったのね」
「……あはは。うん、奏音にもいろいろ相談に乗ってもらったし」
それなりに作詞が進むようになってからも「ここちょっと微妙じゃない?」みたいなポイントは何度も発生した。
その度に妹に相談して調整を加えてきた。
なので実質、これは二人の合作である。
「うん、いいよ万桜ちゃん! これ今度のライブで使う?」
「ライブもう来週よ? 間に合うわけないじゃない」
言いつつも、クオリティ面で反対はして来ない美夜。
……そりゃ、自分でも納得のいくものには仕上げたが。
けっこういい出来に仕上がってくれたのか。
苦労して作り上げた作品というのは、ある意味自分の分身も同じだ。
貶されることは自分が貶されるのと同じようなもの。
「ありがとう、美夜、ミア。見てもらえただけでもわたしは満足──」
「で。あたし的に気になるところがいくつかあるんだけど」
「綺麗に終わろうとしてたのにそこ続けるの!?」
「最初に言ったじゃない。『いきなりそんなことしない』って」
美夜はそこから容赦なく疑問や修正案をぶつけてきた。
とはいえ、彼女だって作詞は専門外、受け手としての感想でしかないのだから、それは主に主観による。
万桜にも万桜なりの意見や考えがある。
そこはこういう意図で、だったらこうしたほうが、でもそれだとこっちとのバランスが、と、ああだこうだ言い合っていると、
「ねえ二人ともー。今ここでそんなに直しても、曲がついたらまた直したくなるんじゃない?」
「……確かに」
「それもそうね。しかも『前のバージョンのほうが良い』とかなりそう」
ミアの鋭い指摘で双方矛を収めた。
「それで万桜ちゃん、これ、作曲はどうするの?」
正直、万桜としてはやりきった感があるので、無理に曲にしなくてもいいのだが。
「うん、もしよかったら、美夜たちに作曲してもらえないかなって」
◇ ◇ ◇
美夜たちは快く作曲を引き受けてくれた。
『でも、いいの? あんたの作詞なんだから最後まであんたがやればいいじゃない』
『ん、それも考えたんだけど。他の人が客観的に見てくれたほうが、良いものになるんじゃないかって』
『わたくしもお姉さまもさんざん見てしまっているので、主観的になりすぎるのではないかと』
『なるほどねー。そうかも。どっちもやると、どっちをどう直していいかもわからなくなりそうだし』
というわけで、作詞と作曲で担当を分担する形だ。
二学期末の今から準備すれば衣装の発注も間に合う。
三学期のライブで使うことは十分できるだろう。
『その代わり、作曲してみたうえで変えたいところはどんどん言うわよ』
『うん、その時はまた話し合おう』
幸い、通話なりテレパシーなりで、離れていてもいくらでもやりようはあるし。
『となれば、こういう時こそ電脳ダイブよね』
教師たちは会議なんかによく利用しているという、コンピュータを介した高度な思考加速。
電脳空間にアバターでダイブして疑似的に四肢を使えるため、作業がより捗る。
『美夜もできるようになったんだ?』
『便利だから頑張って覚えたわ。あんたたちは?』
『奏音がそういうの得意だから、わたしもラーニングさせてもらった』
体感できてしまえば後は感覚的に再現できるので、何回かやっているうちにすっかり慣れた。
『ほんと便利ね……。ま、これで三学期のライブでなにやるか悩まなくて良くなったわね』
『その代わり、ミアたちが行き詰まったら困っちゃうから責任重大だね』
『でも、ほんとにいいの? この歌を使うってことで』
『いいわよ。あたしたちが作曲して、作詞にもガンガン口出すんだから、何割かはあたしたちの作品みたいなものでしょ』
『それはもちろん』
ラノベだって挿絵の絵師さんがキャラのイメージを固めてくれるメリットは大きい。
コミカライズがヒットすることでアニメ化が決まった作品だってたくさんあるはずで、つまり、作詞と作曲だってどっちが偉いということはない。
協力して作り上げたみんなの作品だ。
全員で作詞するよりはずっとやりやすい形だと思う。
『やるからにはいい曲に仕上げるわよ。とりあえず、あんたたちは衣装の発注のほうお願い』
『プラン考え始めちゃっていいの?』
『歌詞の方向性は変えないんだから、だいたいどんな衣装にするかは決められるでしょ』
『急にJ-POPからロックに変わったりはしないということですね?』
『え? あー……うん、そうね。あるかも?』
あるんかい。
まあ、まだすぐに発注する必要はないし、ラフをいくつか作っておくくらいなら十分。
そっちも美夜たちに見てもらって意見をもらえばいい。
というわけで、万桜たちは二学期末のライブに向けて練習をしつつ、学年末ライブの準備を始めた。
◇ ◇ ◇
三年次のセカンドライブも、恒例の大好評だった。
恒例と言っても、参加する生徒たちは毎年移り変わっていく。
多くの観客を維持できているのはみんながそれぞれに努力していいライブを作り上げようとしてくれているからだ。
当然、新しいヒロインもどんどん登場してくる。
二年生になった雛は歌い手としてめきめきと頭角を現し始めた。
『~~~♪』
彼女の持ち味は、やはり歌声だ。
本来の声が綺麗なうえに、理想の雛を表すようなもう一つの声がある。
彼女には「エナジー量が少ない」という悩みもあったものの。
「わたし、一度歌に集中してみようかと思うんです」
発想の転換によって己の武器をさらに磨く決断をした。
『
また、そうしたライブを得意とするユニットであっても、敢えてメインボーカルはステージ中央に立たせたまま、観客に「ライブの中心点」を示すやり方もある。
なにもライブしながらばんばん能力を使う必要はないのだ。
逆に、動くのが得意な生徒と組んでサイドやバックを固めてもらえば、オンリーワンの歌声を活かしてセンターとして活躍できる。
脇に回る生徒としても雛がオーソドックスな旧来的スタイルでいてくれることで派手な演出を引き受け、観客の目を惹きつけられる。
その一つの成果が、セカンドライブにて示された。
──七色の歌声。
声優のごとく声色を使い分けるのとは少し違う。
雛は、歌にのめり込むほど自然に『もう一つの声』へ微細な変化をつけられるのだ。
これもまた彼女の『歌姫』への憧れがなせる業。
歌う歌ごとに、あるいはパートごとに、理想の自分をシームレスに変化させて最適な声音を作り出す。
それはもう、スイッチを切り替えるという表現では不相応。
無段階調整、切れ間のない声の魔法は彼女たちの学年を代表する一つの例としてファンたちに広まっていった。
雛の相方として一緒にライブを務める瀬奈も別の形でその才能を開花。
間近で見て蓄積してきた知識と憧れが、彼女に「多方面にわたる能力の模倣」を可能とさせた。
彼女もまたそれほどエナジーが多くない欠点を持っているものの、テレポートを早々に成功させ、念動をも披露し、万桜が前にやっていた光の玉もばんばん操る。
元々持っていた盛り上げ力と合わせれば、雛があまり動かない分を補って余りあるスーパーサブの完成だ。
あれこれやっているせいで一曲でバテバテになるのが今のところの課題だが、それもあれだけ能力を使いまくっていればだんだんとエナジー効率が改善されていくはず。
当たり前だが、すごいと持て囃されるのは万桜たちだけじゃないのだ。
同学年にも後輩にもすごい子はいっぱいいる。
彼女たちが日本中に、世界に広がって、よりよい世界を作っていく。
『歌姫』とはそういうものなのだ。
◇ ◇ ◇
「はぁ……。セカンドライブも無事に終わって良かったよ」
「なに黄昏てるんですか、万桜ちゃん先輩」
ライブ後の打ち上げが宴もたけなわになりつつある頃。
しみじみと時間の経過と、楽しいイベントがみんなのおかげであることを感じていると、瀬奈にぽんと肩を叩かれた。
「ん。新生徒会に安心して任せられそうだなって」
「あはは。任せてください。先輩たちの後はちゃんと引き継ぎますから」
「うん、お願いね。瀬奈会長」
時間が経つのは早いもので、万桜たちはあっという間に生徒会役員の任期を満了。
再び行われた生徒会長選挙では、前生徒会広報の瀬奈が会長に当選した。
脇を固めるのは何人かの前生徒会役員と、何人かの新メンバー。
「生徒会室に歴代生徒会長の写真とか飾りたいんですけど、どう思います?」
「一年ごとに交代じゃ人数多すぎるんじゃないかなあ」
校長先生ならよくあるが。
「これでわたしたちも安心して引退できるよ……」
「なに言ってるんですか。これからもっと活躍するところだっていうのに」
「あはは、そう言われるとそうなんだよね」
なんというか、スポーツマンガで最後の大会を戦いきった後のように「ご愛読ありがとうございました!」という気分なのだが。
実際の人生は社会人編がえんえんと続いていくのである。
良い感じに終わったマンガの続編が何年か経ってから描かれて、登場人物たちが大人になって落ちぶれていたりすると悲しい気分になる万桜。
そりゃ人生いろいろあるのは当たり前だけど、フィクションの世界くらい夢のあるままでいて欲しかったというか。
「うん。わたしもまだまだやりたいこといっぱいあるし、これからもっと頑張るよ」
「お手柔らかにお願いしますね。ウチらの活躍する場がなくなってると困るんで」
「そんなの一年で簡単になくなったりしないよ」
なにしろ世界は広い、見渡せばいくらだって行くところはある。
だからこそ、万桜はもっと広い世界を見てみたい。
「外国の『歌姫』は神の力とか使ったりするのかなあ」
「万桜ちゃん先輩は『歌姫』をなんだと思ってるの?」
新生徒会長にジト目を向けられてしまった。さすがに冗談だったのに。
まあ、この世界に神様がいるかもしれないのは本当なのだが。
「瀬奈ちゃんは神社とかで神様の存在感じたことない?」
「は? いや、ウチ、そういうオカルトはちょっと」
さもありなん。彼女はお忍びの神様と会っても「うぇーい!」と意気投合しそうだ。
それにしても。
「お酒飲みたいなあ」
「さっきから万桜ちゃん先輩ぜんぜん脈絡ないんですけど」
「なんかそういう気分なの」
仕方ないので缶ジュースでこつんと乾杯していると、
「万桜先輩! スカウトってどうすればいんですかー!?」
雛の悲鳴が聞こえた。
見れば、大量のスカウトに囲まれた彼女の姿。
今までにもちらほら声をかけられてはいたはずなのだが──今までは「まだそこまで考えてない」と断っていたからか。
苦笑して顔を見合わせ、目で「行こっか」と合図。
「すみません、お仕事の依頼は学院を通してくださーい!」
「事務所への勧誘もしつこく引き留められるのは困りまーす!」
今度は雛たちが引っ張りだこに遭う番らしい。
生徒会から身を引いて時間が取れるようになった万桜たちはこれまで以上に仕事や特訓に時間を割けるようになった。
なるほど、こうやってバトンタッチされていくのか。
学院生活は本当にあと少し。
まずは、そう、新生徒会の主催する第二回クリスマス会に出席することにしようか。