三年目の年末年始は、なんと、いつも初詣に行く神社から正式にお仕事の依頼が来た。
神社なのでそう大した報酬は期待できない。
うまみだけで言ったら他の仕事を受けるほうが良かったのだが、万桜は奏音と共にこれを受けることにした。
理由の一つは、万桜たちが二年続けて参拝したせいで神社に注目が集まっていること。
自分たちが原因なのだから、人手が要る初詣の時くらいはお手伝いするべきだろう。
結果的には、仕事を受けて正解だった。
大晦日と元旦は今まで以上の人手で、普通に初詣に来ていたらきっとなかなか順番が回ってこなかった。
おまけに、巫女服に身を包んでのおつとめは一昨年の突発バイトの時とは大きく感触が違っていた。
去年よりもさらに感覚が広がった感じがする。
「エナジーってさ、自然の見えない力とか、そういうのをもらっているのかもね」
神社で巫女をしている先輩『
「だから、エナジーの量が多くて、扱いに慣れている人ほど感じやすいんだよ、たぶん。もちろん個人差もあるけど」
あながち否定できないから困る。
昔、魔女狩りだのなんだのが起こったのも、もしかしたら『歌姫』の祖先的な人たちが弾圧に遭ったせいなのかもしれない。
超常の力というのは目に見えないのでなかなか認知されないものだ。
それを考えると、こうして『歌姫』が認められるようになった今の社会は恵まれている。
大きな揉め事が起こらず、人々がライブに興じていられるのも平和のおかげだ。
◇ ◇ ◇
三年生の留年・落第者ゼロ計画は思った通り、去年よりもかなり楽に達成された。
一年生にも頑張って飛行の仕方をレクチャーしたおかげか、進級条件未達での脱落者はゼロ。
一番大変だったのはテレポートとかいうぶっとんだ能力を習得しないといけない二年生だった。
起こる現象が「気づいたら別の場所にいる」だけのくせにイメージでケアしないといけない事故が多すぎる。
それでも、なんとかクリアして。
例年でもなかなか起こらない「全学年進級・卒業条件未達者ゼロ」を達成した。
「万桜ちゃん、良ければ卒業後、うちでお手伝いしない?」
なんて、真昼から冗談交じりに言われてしまった。
「生徒の自主的な努力に甘えちゃってるのも良くないんだけどね。先生もそう簡単には増やせないんだよ」
「みんなに教えてる時間は倍速とかできないですもんね」
「そうそう」
担任にしても、見るべき項目が普通の教師に比べて多すぎる。
各教科の数字と人間関係にだけ注意していればいいわけではないのだ。
いや、基本的にはそうなのだが、エナジー量や能力制御の効率、各能力の出力等々、見ないといけない数字が何倍も多い。
そのうえ、怪我も多い環境なのだから心労も、事務的な作業負担もマシマシだ。
十分な能力がないと授業やレクチャーを任せられない。
人柄も見る必要があるので面接も大変だろう。
もちろん、余分に人を雇えばそのぶんお金もかかるし。
「わたし、旅行費も稼がないといけないのでしばらく余裕がないと思います」
「そっか。じゃあ、早くても免許取ってからかな。それなら審査とか飛ばせるし」
国際歌姫免許を持っている=国連が人格・能力を認めたということなので、こういうところでも手続きを省略できるらしい。
「……あれ? もしかして免許持ってれば一生食いっぱぐれはない感じですか?」
「履歴書には堂々と書けると思うよ。もしかすると『なにそれ』って言われるかもだけど」
免許取得の過程で何か国語か喋れるようになってるはずなのでそういう意味でも手堅い。
まあ、そのぶん取得が難しいわけだが。
「いっぱい稼いで
「それこそいつの話になるかわからないです」
現状でも卒業後に住むマンションをローンで買えるくらいには稼いでいるが。
……一般的には十分な気がするなそれ?
◇ ◇ ◇
結局、曲が完成するのには三学期いっぱいかかった。
途中からは練習しながら微調整を加えていった形。
「……うーん、まだまだ直し足りない気がするわね」
「それ、一生なくならないんじゃないかなあ」
きっとプロはどこかのタイミングで「えいや!」と無理やり終わらせているのだろう。
そう考えると作詞家にも作曲家にも頭が下がる。
「まあまあ二人とも、おかげで良い曲になったと思うよ」
「ええ、きっとみなさんにも喜んでいただけるはずです」
最後のライブ。
正式にはまだ卒業式のライブが残っているが、あれはみんなで作る舞台。
自由な曲を歌えるわけではないので、苦労して自分たちなりの歌を完成させるのはきっとこれが最後。
本格的にプロになれば、曲は基本、与えられるものになるだろうし。
「最後のライブ、最高のライブにしよう」
告げると、美夜が「ええ」と頷いて。
「泣いても笑っても、これが最後よ。手を抜いたら許さないから」
「あはは、ここまで来てそんなのありえないよ」
「言われなくとも全力で、今まででいちばんのライブを届けます」
ライブが始まる前はきっと、今まででいちばん緊張した。
今までは「失敗しても次がある」と思えた。
だけど、今回に次はないし、使うのも世に出て評価された曲じゃない。
それでもやっぱり、一度ステージに立ってしまえばそんなことは吹き飛んだ。
『どうか聞いてください。わたしたちの最後のライブ』
◆ ◆ ◆
新年早々に届けられたライブのチケット。
最初は無視しようか、処分してしまおうと思った。
あそこに行けばきっと未練が蘇ってしまうから。
それでも、何故だかどうしても捨てられなかった。
悩んだ末、彼女は同封されていた超高速便のチケットを手に取った。
「……人が、いっぱい」
島には、目を丸くするほど多くの客が詰め掛けていた。
道を埋め尽くさんばかりの人の群れ。
明日も授業があるからと宿泊の予約はしてこなかったのだが──これは今日中に帰りの便に乗れないかもしれない。
引き返してしまおうか。
そんな風にも思ったものの、聞こえてきた声に後ろ髪を引かれた。
「お前、誰が目当て?」
「そりゃ、一番は『Canon's Cats』だろ」
「そこは外せないよな。席取れるかな」
客の立場から見るこのイベントは、こんな感じなのか。
一昨年、生徒の立場で迎えた時はいっぱいいっぱいで周りを見る余裕なんてなかった。
この日にはもう、転校することが決まっていて。
楽しい気持ちよりも寂しい気持ち、悔しい気持ちでいっぱいだった。
「きゃっ」
「あ、ごめんなさい。……大丈夫?」
うまく歩けないほどの交通量のせいか、彼女にぶつかってくる人がいた。
悲鳴と共に尻もちをついた中学生くらいの女の子に慌てて手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしそうに身を起こしたその子に「一人?」と尋ねると、こくん、と頷いて、
「友達が来るはずだったんですけど、急用で来られなくなったらしくて」
代わりにチケットを譲り受けたらしい。
もったいない。その子はきっと悔しい思いをしたことだろう。
学院のライブは入場自体は無料だが、島に来るためのチケットは取れないことも多い。
誘い合わせての参加はうまくいかないこともある。
「じゃあ、一緒にどう? 私も一人なんだ」
「いいんですか?」
一人よりは気がまぎれるかもしれないと、彼女は「もちろん」と答えた。
「お姉さんはどうしてここに?」
「えっと、たまたまチケットが取れたから、かな」
少女は「ライブってあんまりピンと来なくて」と歩きながら話してくれた。
「曲を聞くのは好きですけど、わざわざ人の多いところに行かなくてもって」
彼女は「そっか」と否定はせず、そのうえで、
「ライブも楽しいよ。熱気と感動は、生がやっぱり一番だと思う」
そう、観客と一体になる感覚は、ステージの上でしか味わえない。
……それほど気乗りしないまま会場を訪れた二人は、彼女の持っていたチケットで指定席に座った。
メイン会場の前方、関係者でもないとほぼ確保できないペア席。
友達を誘わず一人で来たのが思わぬ形で役に立った。
「ここ、たまたま手に入る席じゃないですよね……!?」
「あはは、うん、たまたまだよ」
ごまかし文句は幸い、ライブが始まってしまえば必要なくなった。
少女がライブに夢中になったからだ。
「あの、ちょっと……サイリウム? でしたっけ、買ってきます!」
完全にハマっている。
そのことに胸の痛みと同時、妙な誇らしさも覚えて、
「じゃあ、私の分もお願いしていい? お金、ちゃんと払うから」
少女のスマホと自分の『デバイス』を同期させて送金した。
胸。
右手でサイリウムを振りながら、今はもうない、リボンのあった位置を押さえて。
『どうか聞いてください。わたしたちの最後のライブ』
「あっ……」
彼女は、
わあああああああっ!!
今までで一番の熱狂。隣の少女が「なんですかこれ!?」と驚くのにも反応する余裕がない。
「どうして」
二年間、ずっと使ってくれていたのか──リボンはもうかなりくたびれていた。
それだけで胸がいっぱいになったというのに、
「この曲──」
聞いたことのない曲。
一年間、ライブのために何百曲と聞いた彼女がタイトルさえも知らない、自作曲。
それは、素人らしい熱と、少女らしいきらめきに溢れていた。
基本となるリズムはややゆっくりめ。
全体としてのテーマを『希望』に据えながら、一番と二番でテンポやアレンジを大幅に変えた意欲的な作風だ。
一番では、辛い状況の中にいた主人公が輝きと出会って立ち上がるまでを。
二番では、自ら輝き始めた主人公が新しい誰かに夢を届ける様を。
色味がそれぞれ異なる『四つの闇』のエフェクトが徐々に輝くエフェクトに置き換わっていき。
桜色、黒、金、赤。
色とりどりのエフェクトが空中に浮かび上がって幻想的な空間を作り上げる。
ダンスもまた徐々に激しく明るいものへと変わっていって。
黒かったドレスが、手を触れることさえなく「貼りつけられていた薄布」を能力によって切断される形で、本来の白い姿へと変貌。
ふわりと浮かび上がった少女たちはステージだけでなく会場全体をフィールドに変えて、光と音を振りまいた。
飛行の軌跡は交錯し、テレポートによって瞬時に位置を入れ換える。
お互いにいた位置に同時にテレポートするなんて、一瞬でも狂えば大惨事になる荒業を、いったいあの姉妹はどうやって実現させたのか。
「ああ」
これが、彼女の挫折した心奏学院でトップを張り続けてきた少女たちの実力。
自分とは最初からものが違ったのだと、憧れと諦めを同時に感じたその時。
ふわり、と。
宙を舞って彼女の手に落ちてくるものがあった。
かつて、彼女の制服を飾っていた──さっきまで小鳥遊万桜の髪を結んでいたリボン。
激しい動きに耐えきれなくなってとうとうほどけてしまったらしい。
演出、ではないだろう。
他の観客の中にも気づいて目を丸くする者が何人もいた。
こんな形で、まさか自分の手に戻ってくるなんて。
三年間の歴史を刻んでくれたそのリボンをぎゅっと胸に抱きしめて。
「お、お姉さん」
「え? ……え!?」
少女の声に顔を上げれば、万桜が、ふわりと彼女の上に舞い降りてきていた。
「行こう」
「え」
はい、とも、いいえ、とも言わないうちに手を取られて、一緒に舞い上がる。
演出、なわけがない。
今日ここに来ることは誰にも言っていなかった。
なのに。
「飛べる?」
熱い思いが、胸に湧き上がった。
上手くできなかったのが悔しくて──あれから、時間を見つけては死に物狂いで練習した。
「飛べるよ!」
自分だって立ち止まっていたわけじゃないと、形のない誰かにぶつけるように言い返した。
万桜の手が離れると共に、ふわり、と自分の力で舞い上がる。
ゆっくりとステージ上に移動するように動けば、四人が彼女を取り巻くように飛んでくれる。
歌詞は、頭の中に直接響くように届けられた。
フレーズさえわかれば、今までの流れからリズムはわかる。
あの一年、必死に練習したのは決して無駄ではなかった。
涙が溢れるのを感じながら、最後のワンフレーズを万桜たちと一緒に歌った。
──曲が、終わる。
万桜のことを歌っていると思っていた歌詞の、その意味が違って思えた。
あるいはそれは万桜ではなく、彼女でも、他の誰かでも良かったのか。
誰でも、誰かの、希望になれると。
「万桜ちゃん!」
歓声が沸き上がり、盛大な拍手が届けられると同時に、感極まった彼女は万桜に抱きついていた。
ふわりと、抱きしめ返されて。
「ありがとう」
どう考えてもこっちが言うセリフを贈られたのに、泣きじゃくっていた彼女は「うん」と返すのが精いっぱいだった。