まさかあんな形で再会できるとは思わなかった。
たまに連絡は取りあっていたし、美夜たちと「ライブだけでも見に来てもらえないか」と話したこともあった。
ただ、万桜たちが下手に誘っても逆にプレッシャーになってしまうかもしれない……と結局できなかった。
学院側も粋な計らいをするものだ。
おかげで、少しだけでも歌ってもらうことができた。
「……落ち着いた?」
「うん。ごめんなさい、恥ずかしいところ見せちゃって」
「ううん、ぜんぜんそんなことないよ」
彼女にはせっかくなので楽屋まで来てもらった。
一緒にライブを見ていた女の子も良ければと誘ったのだが……。
「あれ? なんだ、知り合いじゃなかったのね?」
「は、はい。私はただの通りすがりで」
緊張しながら答える様子が可愛くも面白い。
なんとなく万桜は親近感を覚えてしまった。
「それより! さっきのライブ、すごかったです! どうしたらあんなふうに歌えるんですか!?」
「あはは、楽しんでもらえたんだ。それなら良かった」
あっけらかんと笑ったミアが「どうしたらかあ」と首を傾げて──万桜を見てくる。
「万桜ちゃん、どうしたらいいと思う?」
なんでこっちに振るのか。
と思ったら奏音が「それはですね」と真面目な顔をして、
「この学院に入るにはまず、厳しい試験を突破しなくてはなりません」
「奏音、そこで脅しをかけなくても」
「いえ、挑戦するのであれば先に難易度を知っておくのが重要です」
プレッシャーかけられまくった挙句、きっちり合格した才女は言うことが違う。
まあ、ボスを倒したと思ったら変身して二戦目が始まったとか、SLGで増援がばんばん来るとか、事前情報にない系は万桜も「話が違う!」となるが。
ライブを見て感動してくれたらしい女の子は「そうなんですね」と表情を曇らせて、
「今からじゃ無理でしょうか……」
「そんなことないわ。そこにほんの何か月かの準備で合格したのがいるし」
「や、それはその通りだけど。わたしを参考にするのは」
「そうなんですね!? じゃあ、私も頑張ればできるかも!」
聞くところによると今度中学二年生らしいので、実際まだ遅いということもない。
下手すると小学校入学前から教育を受けている子もいるが、努力と才能、あとは運次第で十分チャンスはある。
「心奏を目指すならお父さんとお母さんにも相談してみてね。通いは難しいから寮生活になるし」
「学用品は安いほうだと思うけど、デバイスはかなりの出費になるしね」
経済的に余裕のない子なんかは中古品を買ったり、型落ち品の代金を分割にしたりしている。
それでも少女はぐっと拳を握りしめて、
「はい! お父さんとお母さんを説得します!」
やる気だ。この勢いだと本当に受験して受かってしまうかもしない。
と、元クラスメートがくいくいと袖を引っ張ってきて、
「万桜ちゃん。あんまり期待させちゃだめだよ。エナジーの量だってわからないんだから」
「ああ、それなら平気よ。この子、そこそこあるから」
でしょ? と美夜が尋ねると「はい」との返答。
「この前みんなで測った時に『歌姫学校を目指してみたら』って言われました。私も家族もそういうの興味なかったので気にしてなかったんですけど」
「え、あれ、どうしてそんなことわかったの?」
「あー、うん、なんかいつの間にかなんとなくわかるようになったんだよね」
能力者が同じ能力者の力量をオーラ的なもので察する例のアレみたいな感じだ。
「そっか。……それなら、いいのかな。受かるかどうかはやってみないとわからないんだし」
「……心奏に来たこと、後悔してる?」
尋ねてみたかったことを恐る恐る口にすると、彼女は驚いたような顔をしてから笑った。
「ううん。来て良かった。後悔なんかしてないよ!」
「というか、私はお姉さんがここの生徒だったことにびっくりしたんですけど!」
そりゃそうだ。万桜たちはライブ後の達成感もあって和やかに笑った。
◇ ◇ ◇
「万桜ちゃんたちは卒業したらどうするの?」
「わたしは進学しないことにしたんだ。お仕事しながら国際歌姫免許の勉強して、そのうち合格するつもり」
「わたくしは国際系に強い大学に進学して、在学中に可能な限りの資格取得を目指します」
奏音ときたら教員免許の取得と司法試験合格まで目指しているらしいので本当に「可能な限り」が目標だ。
弁護士になるには司法修習が必要なのだが、調べたところこれはいつ受けてもいいらしい。
普通片手間ですることではないが……デバイスに教材を入れて電脳ダイブすれば常人の何倍もの密度で勉強できるわけで。
「聞いてよ。この二人、卒業しても同棲するつもりなのよ?」
「え、二人ともやっぱり付き合ってるの? 姉妹で?」
「美夜、言い方。別に姉妹で一緒に住むとか普通でしょ。家賃も浮くし」
っていうかやっぱりってなんだ。
「しばらくは日本にいるつもりだし、テレポートがあれば交通の便はそんなに関係ないでしょ? だったら一緒のほうが気楽だなって」
「ああ、そっか。やっぱり便利だね、『
「飛べるくせになに言ってんのよ。なんなら練習すればいいじゃない。根気よくやればできるようになるわよ」
美夜が優しい。
……って、彼女が「これ以上誰も落第させたくない」と思ったきっかけでもあるのだから当然か。
「松陰さんたちは?」
「あたしは大学通いながら仕事。奏音ほどがんがん勉強するつもりはない……っていうか、レッスンのほうに力入れるつもりだけど」
「ミアはウィーンの歌姫学校受かったから、向こうでお仕事しながらまた勉強するんだ」
心奏は国内最高峰の歌姫学校だが、ミアの合格したウィーンの学校は世界で指折りの名門校だ。
ランキングでは心奏もかなり競っているものの、向こうは本場だけあって、能力制御や生徒のケアといった分野以外──特に音楽関係の指導においては屈指のレベル。
「そのままウィーンの大学とか進んだらすごい勉強になるよね。将来はミアが一番歌が上手くなってるかも」
「ふん。別にいいわよ。こいつがもたもたしてる間にあたしは自分の事務所でも立ち上げてやるから」
「さすがは美夜プロデューサーですね」
アイドルやりつつ経営の道に進む、それもまた彼女らしい選択だ。
「そっちは? どうするのか決まったの?」
「うん。私はね、教育系の大学に行って教員免許を取るんだ」
「へー。先生になるの?」
「心奏みたいなすごい学校には務められないだろうけどね。普通の中学に通いながら歌姫学校目指す子もいると思うから、そういう子に少しでも教えてあげられたらなって」
「はい! 私みたいな子がきっとすごく喜ぶと思います!」
道は人それぞれだが、それぞれにやりたいことに向かって進んでいく。
そして、新しい『歌姫』の卵たちもどんどん出てくる。
◇ ◇ ◇
「万桜せんぱーい! 行かないでください! ずっとここにいてくださーい!」
「はいはい、雛っち。さすがにそれは万桜ちゃん先輩困るでしょ。まあ、ウチもちょっとそういう気分だけど」
「あはは、いつでも連絡してよ。なんならすぐ会いに行くから」
「あはっ。ほんとに一瞬で会いに来られるもんねー」
卒業式後、ガチ泣きした雛から思いっきり抱きつかれた。
今度は最高学年になるというのに……と思う反面、そういう素直なところが雛らしいとも思う。
ちなみに雛をたしなめた瀬奈もわりと涙ぐんでいた。
「うう、それにしても……みんなに『お花はそんなにいらないからね!』って念押ししておいたのに」
「万桜先輩たちにお花を贈らないとか無理ですよ……!」
文字通り山のように花を贈られた万桜はやむなく何度か部屋に花を置きに行くことになった。
テレポートで一瞬ではあるのだが……すっきりして戻ってくると「万桜先輩手ぶらじゃん!」とさらに花が押し寄せてきて、これじゃ催促したようなものじゃ? と若干解せない気分に。
それにしても今日一日だけで島のお花屋さんはめちゃくちゃ儲かってるな。
もらった花は無駄にしないように活ける準備とドライフラワーにする準備と押し花にする準備と……その他もろもろを整えてある。
これだけ花があればちょっと憧れていた「湯船に花を浮かべるアレ」も遠慮なくできる。
そう考えると夢が広がるイベントである。
なお、もちろん美夜たち他の三年生も大量に花をもらっている。
もしかするとミアが一番多いだろうか? 彼女のところには「元気でねー!」と卒業生からも花束のおすそ分けが行っているのでばんばん増える。
十五歳になった彼女はなかなかのナイスプロポーションに成長しているので、いつまでもちっちゃい可愛いミアちゃんではないのだが。
能力に目覚めたのが早かったぶん肌すべすべつやつやもちもち感は強いので、その辺で年下感があるのかもしれない。
奏音のところには意外と後輩女子からのガチっぽい花のプレゼントが多い。
万桜は男子から次々渡された挙句、その何割かに「付き合ってください!」と告白が付属していたというのに。
ちなみに告白は全部断ったので、今日一日で惨殺記録がぐっと伸びてしまった。
「さ、そろそろ時間かな」
揃いの衣装に着替えて卒業式後の記念ライブ。
これも涙と歓声のうちに無事に終わった。
どういうわけか、万桜たちが作ったあの曲が急遽組み込まれることになったが。
まあ、恥ずかしくも嬉しい話で。
◇ ◇ ◇
「これで本当に、卒業かあ」
「そうですね。本当に、早いものです」
花びら風呂は必ず今日のうちに達成するとして。
新入生のことも考えると早いうちに部屋から撤収しないといけない。
新しい部屋の引き渡しは既に済ませてある。
正真正銘、万桜と奏音が稼いだお金で契約した部屋だ。
家具なども揃えてあるので明日にでも引っ越せる。
……正直、念動とテレポートはこういう時もめちゃくちゃ便利だった。
テレビでも冷蔵庫でも洗濯機でも一瞬で部屋まで運べるし、設置の際にも重くて落としてしまう心配がない。
もらった花束も新居に持って行けばいいだろう。
あらかた荷造りを済ませた部屋は万桜たちの色を失って少し寂しく感じるも、同時に、ここに来た当時の景色を思い出して懐かしくもなる。
「それにしても、奏音はまたすぐ大学でしょ? めちゃくちゃ忙しくない?」
「と言いましても、お姉様。それは一般学生も同じですので」
「それもそっか」
この時代、高校卒業と同時に就職する者はそれほど多くない。
まして在学中からアイドルしている者は──というか、万桜は三月中から仕事ばんばん入っているので「四月から大学」どころじゃない気もする。
「いろんなことがあったよね」
「はい。楽しいことも、辛いことも。終わってみればみないい思い出です」
「うん」
耳のピアスに触れながら、頷く。
明日、万桜たちはこの寮から出ていく。
毎日校舎とここを往復することも、食堂でご飯を食べることもない。
いや、今日の夕食と、もしかしたら明日の朝も食堂は利用するが。
「卒業しても、この三年間がなくなるわけじゃない」
デバイスの中にみんなとの連絡先は残る。
来ようと思えばいつでも来られるし、もしかしたら本当に学院にお手伝いに来ることもあるかもしれない。
この三年があったから、これからも万桜たちがある。
「奏音。ここに誘ってくれて、本当にありがとう」
あらためて感謝を伝えると、妹は「今更なにを仰っているのですか」と目を瞬いた。
それから彼女は目元を指でこすって、
「わたくしが誘わずとも、お姉様はここに来ていましたよ」
それはそうかもしれない。
特待生の話は持ち上がっていたのだから、学院側から話があっただろうし。
それでも。
「わたしは、奏音と一緒にここに来られて良かったよ」
「お姉様」
両手の指を絡ませ、額を押し付け合って。
「これからも、よろしく」
「はい。……こちらこそ、よろしくお願いいたします、お姉様」
卒業後の日々は慌ただしさもあって、今まで以上にあっという間に過ぎていった。