性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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国際歌姫免許試験と新たな友情

 エミリー・ローランは自他ともに認めるエリートだ。

 フランスの名門歌姫学校を首席で卒業し、22歳の現在も精力的に活動中。

 

 国際歌姫免許も間違いなく一度で受かると思っていた。

 他の『歌姫(ディーヴァ)』に引けを取るつもりはない。

 若くして一発合格、これで彼女の名誉はさらに確かなものになる。

 ……そう、思っていたのだが。

 

「なんなのよ、あの小娘は!?」

 

 国際歌姫免許の取得試験は年に一度行われる。

 合格者数は明確に決まっていないが、多くて数名、合格ゼロの年も過去にあったという。

 いわく、相応しい者だけが受かる試験。

 会場は毎年、国連が各地の候補地から一つを選択する。

 今年は運の良いことに母国フランスが選ばれた。

 

 試験内容は、第一次が書類審査。

 世界中から応募してくる『歌姫』の何割かがここで落とされ、二次試験が筆記。

 

 英語、数学、科学、生物、世界史、地理、近現代史、一般教養、それに音楽史。

 合計九科目、各百点満点の試験を五時間──300分以内に終わらせて提出する。

 私語は禁止だが、デバイスの使用は自由。

 解答をネット検索しても構わない。ただし、問題文を読んで適切な検索ワードを入力し、必要な解答を探し出す……という手順を短い時間内で終わらせられればだが。

 

 というか、テレポートで外出するのも自由。

 その気になったら図書館で調べてくるのもアリだ。

 午前中から昼を挟むので試験時間内に食事に行くのも自由。

 

 この試験で真に問われているのは時間の使い方と、時間短縮を可能とするだけの能力の制御力。

 思考加速や電脳ダイブを用いれば問題文を読む、解答を考える、あるいは検索するといった時間は極限まで短縮できる。

 そもそも、それらを用いてしっかり試験勉強をしていれば頭の中から答えを引っ張り出してくるだけで多くの設問に答えられる。

 

 ──難関だけれど、私に相応しい試験じゃない。

 

 意気揚々と問題を解き始めたエミリー。

 120分程経って、問題の半分以上を終わらせた彼女はふと周囲に意識を向けた。

 他の参加者はどんな様子だろうか。

 ちょうど昼時、彼女自身は会場の外にあったベンチでサンドイッチでも軽くつまもうかと考えていたが……。

 

 案の上、苦戦している者も多い。

 今まで受けてきた学校の試験とは勝手が違うだろうから無理もない。

 頭を抱えている者、持ってきたパンや果物をかじりつつペンを動かす者も多い。

 やはり、同じ『歌姫』の中でも自分は優秀だ。

 

 そう思ったその時、一人の少女が目に留まった。

 

 髪と目の色のせいで国籍がわかりづらいが、おそらく東洋人の血が入っている。

 若い。おそらく最年少だろう。

 受験資格を得たその歳に受けに来たのか。

 彼女は他の者たちと違い、だいぶ落ち着いた様子で試験を進めていた。

 ちらりと見えたその瞳は、文字通り高速で思考を働かせている時特有のもの。

 

 何故か、ぞくりとした。

 

 雰囲気がどこか、彼女の先達──恩師たちと本気でやりあった時に似ている気がしたのだ。

 まさか、あの歳で彼女らと同等の力を持っているわけはあるまいに。

 ただ、彼女のエナジーの量は。

 

 ──軽く30万を超えてるんじゃないの!?

 

 寒気を覚えたエミリーは慌てて首を振り、気持ちを切り替えた。

 食事にしよう、そう思って立ち上がると、あの少女もほとんど同時に席を立つ。

 

「食事に行ってきます」

 

 ※ちなみに会場での会話および試験の問題文はすべて英語だ。

 東洋人にしてはなかなかの発音で試験官に告げて、

 

「そう。どこで食べるつもりなの?」

「日本の定食屋さんです」

 

 ──本当にテレポート使って食事にしに行くわけ!?

 

「ずいぶん遠くまで行くのね?」

「日本にはカツレツとビーフステーキを食べると勝負に勝てるという言い伝えがあるので」

 

 ものすごくうさんくさい事を言いながら消えていく彼女。

 放置された試験問題は試験官が見張っているので悪戯されることはない。

 というか、カツレツにビーフステーキってずいぶんがっつり行くな?

 

「私も食事に行って来るわ。外のベンチで」

「そう。行ってらっしゃい」

 

 少女の宣言を聞いた後だとお気に入りの店のサンドイッチがなんだか侘しく思えた。

 もちろん、試験はしっかりと終わらせて。

 

「……さすがに疲れたわ」

 

 試験結果は終了の一時間後には発表される。

 別に結果を待っている必要はないのだが、参加者のほとんどはそのまま会場のある建物内に留まる選択をした。

 エミリーも会場内の自販機でドリンクを買ってひと息をつく。

 と、使い終わったばかりの自販機に手を伸ばす、銀髪にピンクの瞳の少女。

 

 なにを選ぶのか、と思ったらミネラルウォーターだった。

 

「カツレツにビーフステーキなんて胃にもたれたんじゃない?」

 

 牽制するつもりはなかったが思わず声をかけてしまった。

 少女はびっくりしたような顔をしてから微笑んで、

 

「美味しくいただきました。おかげで試験もばっちりです」

「あら、それにしては祝杯がただの水だなんて」

「さすがに緑茶のペットボトルは置いてなかったので」

「テレポートで買ってくればいいじゃない」

「そっか、その手が」

 

 なんだか調子が狂う。

 

「あなた、18歳?」

「そうです。エミリーさんはいま、22歳ですか?」

「私のことを知っているの?」

「エミリー・ローランは有名な『歌姫』じゃないですか」

 

 自分の名もそこまで来たか。

 

「なんて、友達があなたの後輩なので教えてもらっただけなんですけど」

「友達? ああ、もしかしてミア・アケホシ?」

「ミアを知ってるんですか?」

「飛び級で心奏を卒業した東洋人が母校に入学したって恩師が教えてくれたのよ」

 

 なるほど、と、頷いた彼女はエミリーに手を差し伸べてきた。

 

「正々堂々戦いましょう、エミリーさん」

 

 なんだこの爽やかさは。

 若干呆然としつつもエミリーはその手を握って、

 

「あらためて、エミリー・ローランよ。あなた、名前は?」

「万桜です。小鳥遊万桜」

「そう。じゃあ万桜、敬語はやめてくれる? 日本人は堅苦しくて困るわ」

「わかった。じゃあ、よろしくエミリー」

 

 なしで良いとは言ったが一瞬で順応するのか!?

 なんというか、いろいろと特殊な少女らしい。

 しかも、その後発表された試験結果はエミリーが一位で万桜が二位。

 まだ18歳だっていうのに。

 

 勝ったはずなのに、なぜだかエミリーは負けた気分になった。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 翌日の三次試験でも万桜は目立っていた。

 十人を超える試験官と五分ごと入れ替え式で一対一の会話を行う。

 試験官はそれぞれ喋れる言語が違う(という設定)ので、言語能力と、それから足りない言語能力を補う機転・あるいはコミュニケーション能力が試される。

 そんな中で万桜は、

 

 ──七か国語くらいは余裕で喋ってるわね……?

 

 それだけ喋れれば世界のほとんどでコミュニケーションに困らない。

 そもそも日本語も、日本人の礼儀正しさのおかげでわりと世界で通じる部類に入る。

 そこに英語や中国語、フランス語、ドイツ語などが加われば十分だ。

 控え目な者が多い日本人の割に万桜はぐいぐい来るタイプのようで、多国籍な試験官相手でも物おじしていない。

 

「エミリー、試験どうだった?」

「ふん。あなたに心配してもらわなくても上出来よ」

「そっか、良かった。別に人数決まってないならみんなで受かったほうがいいもんね」

 

 結果はまたしてもエミリーが一位で万桜が二位だった。

 

「というか、なんで話しかけてくるのかしら?」

「え、だって友達だし」

 

 この子の中では一度会ったら友達で毎日会ったら姉妹なのか!?

 ああもう、

 

「なんなのよ、あの小娘は!?」

 

 思わずホテルでそう叫んでしまったのも無理はないと思う。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 しかし、次の四次試験でいがみ合ってばかりもいられなくなった。

 テレポートで南米かなにかの無人島に連れて行かれたエミリーたち受験者は、そこで、

 

「皆さんには我々試験官からの攻撃に三日間耐え凌いでもらいます」

 

 受験者はペアを組んで無人島でサバイバルをする。

 島には試験官が何人も潜んでおり、島を徘徊しては受験者を攻撃してくる。

 それに耐えながら三日間を生き抜けばクリア。

 ここまでの試験の結果と、最終である第五次の面接にて合否が決まる。

 

 ただし、ギブアップしたり行動不能になったら失格。

 

「能力はどこまで使っていいんでしょうか?」

「禁止能力はありません。ただし、島を一日につき三十分以上不在にすると失格など細かいルールがあります。詳細はこちらの冊子を読んでください」

「じゃあ、あなたたちも好き放題攻撃してくるのかしら?」

「いいえ。我々は身体強化を使いませんし、攻撃に用いる能力も『近代兵器で可能なレベル』に制限されます」

 

 いや近代兵器って。

 ドローンにミサイル、戦車、手持ち銃器で考えたってかなりのものがあるわけだが。

 

「……それなら、まだなんとかなるかな」

 

 なるか?

 エミリーは、近くに立っていた万桜を小突いた。

 

「わかってるの? 下手したら死ぬわよ、これ?」

「行った国でテロに巻き込まれても生き残れるくらいじゃないと国際歌姫免許は取れないんだよ」

 

 なるほど、よくわかった。

 深く頷いたエミリーは個人的な対抗心とか抜きにして、

 

「万桜。私とペアを組みなさい」

「いいの? なら、むしろ私からお願いしたいくらい」

 

 エミリーと万桜は無人島内に拠点を作り、食料と水を確保し、突如来る試験官の襲撃に耐えた。

 

「っていうかぶっちゃけ、ホームセンター行けばだいたいの物は揃うよね」

「日本の治安と品物の品質はこういう時本当に便利ね……」

 

 一日につき島を出られるのは三十分だが、万桜が知り合いに連絡して揃えてもらったものを受け取りに行くだけなら五分もかからない。

 というか、こうなると「平和な国に知り合いがいる」だけでだいぶアドバンテージだ。

 

 それから襲撃を察知するのにはエミリーの感覚が役に立った。

 音感に特に優れているエミリーはソナーによる探知さえすぐさま察知する。

 『歌姫』のスペックが近代兵器レベルに抑えられているならモーター音程度の音は必ず発せられるので余裕をもって対処できる。

 試験官は人数が受験者より少ないため、一度撃退すればしばらくは襲ってこない。

 

「交代で寝ればぜんぜん寝られるね」

「万桜、あなた普段何時間くらい寝ているの?」

「ん? んー、そうだなあ、二時間くらい?」

「ああ、あなたもそんなものなのね」

「忙しいと『短時間でぐっすり寝られる能力』身に付くよね」

 

 コンビニでお弁当を買う余裕さえあったので思ったよりものんびりとした時間も取れた。

 手持無沙汰の間に彼女とはいろんな話をした。

 在学中のこと、卒業後のこと。

 

「エミリーはライブしながら、子供たちに歌を教えてるんだよね?」

「ええ。能力の制御も重要だけれど、最も大事なのは歌だと私は思うの」

 

 能力は『歌姫』でないと使えないが、歌はほとんどの者が歌える。

 

「もっともっとみんなに歌の楽しさを知って欲しい。それが私の人生の目標よ」

「そっか、いい夢だね。……でも、免許なくてもできそうじゃない?」

「なに言ってるのよ。ライブにして講演にしても、移動時間だとかビザ発行する手間だとかで仕事逃したらもったいないじゃない」

「それだけでこの免許取る人も珍しいんじゃないかなあ」

「じゃああなたはなんなのよ」

「わたし? わたしは飛行機乗る時間と出国手続きが面倒くさいから」

「私と1ミリも変わらないのだけれど!?」

 

 苦難を共にしたせいだろうか、なんだかいつの間にか仲良くなってしまった。

 三日が経って試験終了を告げられた時には二人して「やった!」と飛び跳ねてしまったくらいだ。

 

「ねえ万桜? 今晩私のホテルに来ない? 良いワインがあるの」

「前祝いには早いと思うけど……。わたしはジュースでいいなら喜んで」

「ああ、そういえば日本は20歳まで飲めないのよね」

 

 まだ早いと万桜は言うものの、エミリーはこの時点で自分たちが落ちるとは欠片も思っていなかった。

 と言いつつ緊張しながら迎えた最終試験──見事、二人とも無事にパスして。

 

「やったわ、万桜! あなたとペアを組んだおかげよ!」

「うん。わたしも、エミリーに会えて良かった」

 

 揃っての合格通知に抱き合って喜んだ。

 もしかすると、この戦友の獲得さえも試験のねらいのひとつなのかもしれない。

 いざという時に助け合える相手がいればできることは飛躍的に多くなる。

 

「万桜、これからもお互い頑張りましょう」

「そうだね。世界がもっともっと良くなるように」

 

 連絡先を交換した二人は本当の意味で親友になった。

 後日、万桜の自宅に招待されたエミリーは意気揚々と手土産を持って訪問し、

 

「妹の小鳥遊奏音と申します。お姉様と二人きりで熱い夜を過ごされたそうで、そのあたり、詳しくお聞かせ願えますか?」

 

 妙に圧の強い双子の妹に手厚い歓迎(?)を受けたのだった。

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