都内某所のとある居酒屋にて。
フードを目深に被った怪しい女がこっそりと入店してきた。
彼女は店員に耳打ちするように話すと奥の個室へと案内されていく。
「あ、美夜。ここ迷わなかった?」
「迷わなかった、じゃないわよ。なんで普通の居酒屋なわけ?」
煩わしげにフードを外した怪しい女、もとい美夜は息をつくなり文句を口にする。
「だって堅苦しいところだと落ち着かないし」
「お金持ってる有名人がこういうところに来ると大騒ぎになるのよ!」
「まあまあ美夜ちゃん、万桜ちゃんも一応個室にしてくれたし」
言ってメニューを差し出すのはミアである。
十八歳になった彼女はすっかり年頃の美少女になった。
長く華やかな赤系の髪はどこに行っても人目を惹くし、誇らしげなボディラインは男から放っておかれないだろう。
本人曰く「万桜ちゃんたちには敵わなかったけど」とのこと。
はあ、と、もう一つため息をつく美夜。
「まあいいわ。なんとかバレずに来られたし。で、もう注文してるわけ?」
「ソフトドリンクと軽いおつまみ程度です。本格的な注文は揃ってからと」
「そ。で、あと誰が来るんだっけ? そこで漬物食べてる変態はいいとして……」
「変態はひどいと思う」
結局、万桜たちと同期で卒業したあげはは黙っていれば妙齢の美女である。
派手目のファッションと妙な色気で男性と、一部の女性からはかなりの人気を誇る。
「お待たせしました~! もう、瀬奈ちゃんが客引きの人と漫才始めるから!」
「いや、雛っちが声かけられたからあしらってたんじゃん……って、みんな揃ってる感じ?」
「うん、二人で最後だよ。というわけで、みんな久しぶり」
万桜たちが二十一歳、一つ下の雛も二十歳。
同窓会と言うほどのものではないが、久しぶりの集合である。
「とりあえず飲み物頼んじゃおっか。とりあえず生でいい?」
「万桜? あんたが一番その手のローカルルール疎そうなのになんなのよ。あたしは白いワイン」
「うわ、美夜ちゃんいきなりワインとか感じ悪!」
「は? 好きなもの飲めばいいのよこういうのは。ミア、あんたはなににするわけ?」
「私? 私はウォッカかなー」
「いきなりウォッカ行くほうが大概でしょうが。っていうかあんたはまだ未成年でしょ」
「まあまあ二人とも」
というかミアが「私」って言ってるのもまだ慣れないが。
「お姉様はビールですね? わたくしはカシスウーロンで……雛さんたちはなにになさいますか?」
「あ、わたしは苺ミルクのお酒をお願いします」
「ウチはハイボール! ジョッキで」
「かしこまりました」
小規模店舗だと未だにデバイスからの注文に対応していない店もある。
代わりに奏音が据え付けのタブレット端末に入力していく。
つまみのほうも各々適当に注文して……鶏の唐揚げ、鶏なんこつ揚げ、チキン南蛮、焼き鳥盛り合わせ、山盛りポテト、ロシアンルーレットたこ焼き、たこわさ、焼きほっけ、刺身盛り合わせ、大盛りサラダなどが次から次へと届けられることになった。
「頼みすぎじゃない? っていうか、唐揚げばっかり頼むんじゃないわよ!」
「美夜ちゃん、これ全部別の料理だから」
「大丈夫ですよ、これくらい食べられます!」
まあ実際、『
「じゃ、まずは乾杯!」
「かんぱーい!」
かつん、と、グラスが打ち合わされて。
「美味しいです……ああ、やっとわたしもお酒が飲める歳になりました」
「雛っち去年は悔しそうだったもんねー」
「そうだよ、わたしとミア先輩だけ飲めなかったんだから」
「フランスで開催してくれれば私も飲めたんだけどなー」
「あ、ウォッカがお好きなのは本当なのですね……」
フランスの飲酒可能年齢は十八歳だ。
度数の強い酒なのは燃料的な意味合いなのだろうか。
「や、わたしたちも大人になったよねー」
「万桜、おっさんくさい」
「せめておばさんにしてくれないかな!?」
というか二十一で言われるのもひどい。
「だってさ、みんなお酒飲めるようになったんだよ? ようやく大人になったって感じ」
「あんたにとって大人=お酒なのね」
「そうだよ。昔から先生が飲んでるの羨ましかったし」
真昼とは、万桜がお酒を飲めるようになってすぐに酒を酌み交わした。
その時の恩師も「大人になったねえ」ってしみじみしていたのでそういうものなのだろう。
「っていうか実際大人になったでしょ。みんなもう稼いでるし」
「そりゃまあ、『歌姫』だから向こうから仕事が来るわよね」
まだ学生のメンバーも多いが、芸能活動も並行しているためそこそこの収入がある。
「稼ぎ頭はやっぱり万桜ちゃんかなあ?」
「わたし、自慢じゃないけどお金にならないことばっかりやってるからそうでもないよ?」
「え、あの、スペースシャトルの件とか儲からなかったんですか?」
「あー、あれね」
万桜は遠い目になった。
「大統領から感謝状はもらったけど、名目的には警備のお手伝いだったから、ほら」
「打ち上げ失敗したシャトルを受け止めたってのに、ひどい話よね」
そういことがあったのである。
そこそこ高いところまで行ってから落下しそうになったシャトルを、居合わせた歌姫+駆けつけた歌姫で支えて軟着陸させた。
「奏音なんてテレポートで来てくれたのに金一封もなかったからね」
「わたくしはお姉様のお役に立ちたかっただけですので構いませんが……」
「いや、大統領はケチよ。まあ、万桜たちはめちゃくちゃ目立ってたから宣伝してもらったと思えばいいかもだけど」
生身の美女、美少女がシャトルを受け止めるなんてわかりやすくヒーローっぽい話である。
向こうのメディアはこぞって取り上げ、インタビューなんかもずいぶん受けた。
実際そのおかげで増えた仕事もあったのでトータルだとプラスだ。
「万桜、あれってやっぱり外国の陰謀だったの?」
「そうだよー。あの裏では『歌姫』とテロリストとの激しい攻防がね」
「え、あの、どこまで本当ですか?」
「陰謀うんぬんは全部嘘でしょ、そりゃ」
そりゃ、本当だったとしてもこんなところではさすがに話せない。
「それにしても、お姉様は早々に免許取得しすぎです。わたくしが国連に入るまで待ってくださっても良いですのに」
「いいじゃない。奏音はもう、向こうから『来てくれ』ってオファーもらってるんでしょ?」
「ね、それ明らかに『万桜ちゃん係』が欲しいってことだよねー?」
「望むところですが何か?」
真顔で語る奏音。実際、万桜担当に任命してもらえるなら彼女にとっては願ったりかなったりだ。
「みんなだって大活躍じゃない。雛ちゃんとか、仕事場でけっこう会うよね?」
「えへへ。わたしもけっこう声のお仕事が多いので」
万桜と奏音、雛は声優としてそこそこ売れていて、共演することもある。
「むしろ雛さんとお姉様の共演が多いのですよね……」
「あんたと万桜は声質も似てるから姉妹役以外だと共演させにくいんでしょ」
実際、万桜と奏音が共演する時は姉妹役だったりオリジナルとクローンだったり、はたまた親子だったりが多い。
「まあほら、今度のアニメはわたしたちメインだし」
「あの宮廷ミステリーものがアニメになるんですよね!」
「ライブでやった話が漫画家されて、それがアニメになって、万桜と奏音がメインキャラの声優──なによこのマッチポンプ」
「世の中には自分の考えた話を漫画家に描かせて、アニメ化したら意気揚々とヒロインやった声優もいるからね」
その声優はゲームの原案もやってやっぱり製品化の際に声の出演をしている。
「雛と仕事場で会うのはあたしもけっこうあるのよね。あたしは歌のほうだけど」
「えへへ。おかげさまでけっこう呼んでもらってます」
とにかく声と歌が良い雛は声優業と歌手業がメインだ。
一方、美夜はアイドルっぽい仕事ならなんでもやる。
「美夜ちゃんはドラマに出たり、クイズ番組に出たりいろいろやってるよねー」
「まあね。クイズ番組なんか『ちゃんと正解できるアイドル枠』って認識してもらってるし」
「って、それじゃアイドルが馬鹿みたいじゃん」
「実際、若い頃からアイドルだけやってた子はだいたい勉強苦手でしょ。そりゃ『歌姫』は頭いい子多いけど」
『歌姫』は俳優だったり歌手だったり幅広いので「アイドル」という枠には必ずしも入らない。
「うん、一番稼いでるの美夜でしょ。テレビけっこう出てるし」
「まあ、それなりには稼がせてもらってるわ。でも事務所作るとなると心許ないのよね」
「あ、それ本気で狙ってるんだ」
「当たり前でしょ? 若い子中心に、マルチに活躍させられる事務所が必要なのよ、今の時代には」
文化の発展と共に広まってきた『歌姫』文化ではあるが、完全に定着したのが近年であるため、『歌姫』特化の事務所というのは実のところ少ない。
確かにねらい目ではあるのかもしれない。
「私もけっこう活躍してる。具体的に言うといろんな国でSMショーに」
「知ってるわよ変態。っていうかあんたそれでいいわけ?」
「? ショーは芸術だから、いやらしい目で見るほうが変態なんだけど」
「万桜、こいつ一発殴っていいかしら」
「わたしに聞かないで欲しい」
話が弾むほどにおつまみもお酒もどんどんなくなっていく。
適宜お酒のお代わりをしつつ、
「実はミアとはけっこう会うんだよね、わたし、なんだかんだフランス行くから」
「エミリーさんと仲良しだもんねー、万桜ちゃん?」
「美味しいワインが手に入ったとかそういうのでしょちゅう連絡してくるんだよね。まあ楽しいし、いろんな話を聞けるからいいけど」
「万桜ちゃんのおかげで私もエミリーさんからお仕事もらえたりするんだよねー」
ミアは二校目の歌姫学校に通いつつ、日本とフランスで並行して仕事をしている。
テレビのちょっとした出演や音楽祭への参加がメインだが、エミリーらが進める音楽振興のイベントにも顔を出していた。
「みんなすごいですよねー。瀬奈ちゃんはファッションモデルで有名だし」
「ウチは大したことないけどねー。でも、『歌姫』やってるおかげで長く若手モデルできそう」
肌艶が衰えないので若いファッションがいつまでも似合うのだ。
「ほんと、百歳くらいまで余裕でぴんぴんしてそうだもんね、わたしたち」
「おばあさま、最近はお母様と姉妹にしか見えなくなりましたものね……」
当然、全盛期も長い。というか祖母の志穂がそれこそまだぴんぴんしている。
「おかげで結婚とかまだぜんぜん考える気にならないなあ」
「する時はちゃんと連絡しなさいよ。あんた海外で変な男と会っていきなり結婚しそうじゃない」
「しないってば。わたしをなんだと思ってるの」
「ブレーキの調子の悪いスーパーカー」
ひどい。
「まあ、万桜ちゃんも奏音ちゃんも男の子に厳しいもんねー」
「別に、人としては対等にお付き合いしてるよ? 恋愛絡めてきたら『おとといきやがれ』って言うけど」
「万桜先輩、それ日本語で言ってるんですか?」
「もちろんその国のスラングだけど?」
奏音のおかげで数か国語はぺらぺらの万桜である。
しょっちゅう海外旅行しているので現地の人と話す機会も多い。
「万桜ちゃん先輩、海外のホテルってピンキリだって聞くんですけど大丈夫です?」
「うん。あんまりひどそうな時は帰って家で寝てる」
これが旅費の節約にもなるのだ。
味噌汁が飲みたくなったら飲みに帰れるし、とても合理的なのだが「そんなことしてるから儲からないのよ」と美夜にジト目で見られてしまった。
それはまあ、そうかもしれない。
万桜のエナジー目当てだったり、軍事機密を口外しないと信用してだったり、お金にはならないけどかなり重要な仕事とかも回ってくるようになったし。
「いいんだよ。ほどほどに儲かれば、あとは人の役に立つのがいちばん」
「……ま、それは確かにそうかもね」
こうやって居酒屋で好きなだけ飲み食いできるのだから十分恵まれている。
「うん。わたしたち『歌姫』はみんなのためにいるんだから」
落ちたシャトルを受け止めるのも、歌でみんなに希望を与えるのも、言ってしまえば世のため人のため。
そういうのが好きで、やらずにいられないのが万桜たち『歌姫』なのだ。
美夜がふっ、と「しょうがないわね」とばかりに笑って、
「じゃ、みんなのためにもあの話、本格的に進めましょうか」
「ああ、あの……みんなでライブをやろうって話?」
「そ。個人開催だからそんなに大きなハコは借りられないけど、知り合い呼んでぱーっとね」
「それは、チケット取るお客さんが大変そうだねー」
絵理華も国会議員の年齢制限でまだ本格的には動けないので、あの世代も呼べばいい。
「それね。いっそのこと電脳空間にライブ会場つくろうかとも思ってるのよねー」
「あ、なるほど。それならハコの大きさは無限だよね」
「そ。まあ、サーバーの問題はあるけど、そこは『歌姫』用のを借りるなりして──」
久しぶりにみんなで集まってのライブ。
楽しそうだ。
それ以上に、今のみんなが集まったらどんなことができるのか見てみたい。
「練習も電脳空間でできるし、リハーサルなら時間倍率上げられるね。あ、なんか楽しくなってきた」
「んじゃ、本格的に進めましょう。儲かったら山分けね」
「サーバーの利用料もありますので格安とは言い切れませんけれど、注目度によっては期待できますね」
これからも、『歌姫』はみんなの前で宙を舞い、光を放ち、歌を届ける。
悪いやつがいれば戦うし、傷ついた人がいれば癒やすことだってあるかもしれない。
時には失敗してしまうことがあっても。
きっと、万桜にそういう日が来ても──シャトルの時、奏音がすぐに駆けつけてシンクロしてくれたように、みんながきっと助けてくれる。
みんなで協力しあえば、きっと、次に万桜のような人が現れたとしても助けてあげられる。
もちろん、そもそもあんな目に遭う人が出ないようにすることだって。
「なんかいいね、こういうの。気分がいいからもう一杯頼んじゃお」
「万桜、あんたそれ何杯目よ!?」
だから、明日の世界はきっと今日よりももっと良くなっている。
完結です。
ここまでお読みくださいまして誠にありがとうございました。
予想以上に長くなってしまったというか、今回「人の悪意を話の中心に据えない」「子供を戦い的なものに巻き込ませない」をテーマに据えたら話の起伏を作りづらくなって学園生活を普通に進めることに……
おかげで書きたいことはかなり書けたので、満足はしております。
それでは、重ねまして誠にありがとうございました。