性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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試験に向けて

「ユニットで受ける試験には課題曲と自由曲があるわ。自由曲は万桜がいつも歌ってるやつにしましょうか、あんたあんまりレパートリーないでしょ?」

「ありがとう。でも、美夜だってあれ好きでしょ?」

「なんのことかしら」

 

 しれっととぼけるくせに「嫌い」とは言わないあたりがわかりやすい。

 

「課題曲も、まあ古典みたいな曲だから、あんたも聞いたことくらいあるんじゃない?」

「古典? クラシックとか?」

「十五年ほど前の『歌姫(ディーヴァ)』のオリジナルですね」

「十五年前で古典扱い……」

 

 入れ替わりが激しすぎるんじゃないのかこの業界。

 

 それはともあれ、いま万桜たちがいるのは校舎から少し離れた適当な路上である。

 もう一度言うが、適当な路上である。

 みんな考えることは同じで、この時期はユニットでの練習が活発化する。

 

 すでにユニットを組んでいる生徒たちがめぼしいレッスンルームを占拠しているため、あぶれた万桜たちは外で練習するしかなかった。

 まあ、路上と言っても周りは学園の施設。

 近所迷惑になる心配はないし、放課後なら人通りは限られるためあまり問題はない。

 

 強いて言えば人目がきついくらいである。

 気にしなければいいのだが、歌姫の卵である万桜は視線を受けると身体がぴくんと反応してしまう。

 

「とりあえず、どのくらいのダンス力があるか確認するわ。万桜、さすがに自由曲の振り付けはわかるわよね?」

「わかるけど、わたし飛べない」

「あたしとライブ演ったときの奏音のアレンジを使いましょ。あっちのほうが初心者向けだと思うから」

「データがありますので送信しますね」

 

 デバイス上でデータを送受信すれば、そのまま再生もできる。

 個人用の仮想ディスプレイは視界が動いても追従してくれるのでレッスンにも便利だ。

 

「じゃ、スタート!」

 

 と、何度かダンスを繰り返して──。

 

「35点」

 

 なかなかに辛辣な評価をいただいてしまった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「いつもながら、踊った後は変な箇所が痛くなるな」

「普段使わない筋肉を使うせいですね。入学当初よりはマシになってきたのではありませんか?」

「そりゃあ多少はな。でも慣れるにはもっと練習が必要か」

 

 走る特訓が必要なくなったら今度はダンスである。

 

 万桜の踊りを見た美夜の結論は「……時間がないから、二曲分だけでもきっちり踊れるように仕上げるわよ」だった。

 つまり「基礎を向上させるのは諦めた」ということである。

 

 これからユニットでの試験日までは毎日三、四時間の自主レッスンを行うことに。

 それだけの時間えんえん踊ればさすがにある程度上達するというものである。

 

「勝負が終わったところでよかったよ。いや、当たり前っちゃ当たり前だけど」

 

 自室のベッドに腰掛けつつ言うと、奏音は「お姉様」と首をかしげて、

 

「今まで行っていたトレーニングはお止めになるのですか?」

「いや、朝のジョギングは続ける。体力づくりも必要だろ」

「そうですね、それが良いかと」

 

 夜間の筋トレも余裕がある時は続けていく。

 

「けっこう体力ついたつもりだけど、お前たちにはまだ敵わないんだよなあ」

「それこそ慣れの問題かと。身体が動きを覚えればその分、注意する点も絞られてくるでしょう?」

「習うより慣れろ、か」

「正しい型を身につけることも重要ですけれど、試行回数を増やすのもシンプルに有効ですよね」

 

 一曲まるまる踊ると三、四分は取られる。

 一回ごとに注意点を話し合っていれば尚更。

 仮に一日四時間練習したとしても……踊れる回数は言うほど多くない。

 

「必要なのは──集中力」

 

 握りこぶしを天井へ向けながら、呟く。

 ダンス練習中も当然、能力は使っていた。

 走る練習をしていた時と同じ持久力重視のイメージのおかげで身体には余力がある。

 しかし、時間の限られているこの状況では別の使い方をしたほうがいい。

 

 ひとつひとつの動作を正確に、意識を細部にまで向けるには。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 自分にだけ聞こえるように小さく歌を口ずさみながら、イメージするのは「スローになった世界」。

 

 自分が遅くなるのではなく、意識を除いた世界全体が遅くなる。

 緩やかに流れていく時間の中では周囲を知覚し、認識する余裕が生まれる。

 普通に生きていても体験することはできない感覚だが──マンガやアニメ、映画などではよく目にする現象だ。

 

 要領はわかるので再現できるかもしれない。

 そう思い、ひとまず翌日の授業で試してみた。

 授業課題のダンスを踊りつつ能力で集中を補助する。

 結果は、ギリギリ成功。

 

 普通に踊っている時に比べて身体の感覚が鋭くなり、指先に気持ちが届きやすくなった。

 

「……よし」

 

 多少なりとも効果があるのなら、練習による上達が見込める。

 万桜は授業時間中、ひたすらこの方法を試して、

 

 ──これ、もしかしてめっちゃ疲れるのでは?

 

 授業が終わる頃にはずっしりとした疲労が身体にのしかかっていた。

 勝負の件で体力をつけていなかったら倒れていたかもしれない。

 まあ、疲れた身体を引きずるのは今に始まったことじゃないし……と荷物をまとめていると、

 

「小鳥遊さん、ちょっといい?」

 

 と、授業担当の教師から呼び止められた。

 他の生徒がレッスンルームを出ていく中、入り口から少し離れた場所まで誘導されて、彼女は声をひそめるように、

 

「もしかして、体感時間の操作をしてた?」

「わかるんですか?」

「そりゃあね。でも、危ないから気をつけて使ってね」

 

 ちらり、と、入り口に目をやるあたり本当に危ないらしい。

 

「……マンガの真似をしてみただけだったんですけど」

「マンガ……。そういうことなら誰かに教わったわけじゃないんでしょうけど、それは使いすぎると簡単にエナジーの枯渇を招くからね?」

「え」

 

 そんなにか? と思い、普段はまったく使っていないエナジー残量の表示機能を起動してみる。

 すると、MAXなら15万以上あるはずの万桜のエナジーは──3万を切っていた。

 

「ね、燃費が」

「それだけじゃなくて体力も持っていかれるの。小鳥遊さんならそこまで重い事態にはならないでしょうけど」

 

 考えてみれば当然だ。

 仮に体感時間を半分にすれば、その間、万桜は倍の時間を過ごしているようなもの。

 しかも神経をすり減らしながらとなれば、それは疲れるのも当然である。

 

「……せ、先生。この能力、効率よく使う方法はないですか?」

「危ない目に遭いたくないなら使わないのが一番」

「そこをなんとか」

 

 懇願すると、教師は「仕方ないわね」とでも言いたげに眉をひそめて。

 

「時間の流れじゃなくて、感覚の伝達に意識を向けてみなさい。それだけでも多少は変わるはずよ」

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 周りを遅く感じるということは、末端までの指示が早くなるということ。

 

 能力上達のコツは慣れとイメージ。

 放課後のユニットレッスン時、教師に教わったコツを意識して再度試してみたところ──負担は明らかにマシになった。

 気にするところが多すぎて思考が追いついていなかったのが、あちこちに意識を向けやすくなった。

 

 一曲を終えて安堵の息を吐くと、美夜は「やるじゃない」と口角を上げて、

 

「60点ってところかしら」

「……これでも60点は厳しくない?」

「なに言ってるのよ。今のを普通にできるようになってようやく、あたしたちと合わせる話ができるくらいよ」

 

 言ってから「で?」と頬を指で突いてきた。

 ふに、と、自分の頬が押されるのを感じながら、

 

「うん。体感時間の操作? とかいうのをやってみたんだけど」

「……へえ」

 

 すっ、と、美夜の目が細められた。

 あ、怒ってるな。

 思った万桜は慌てて身を引き、ギリギリのところで頬をつねられるのを免れた。

 奏音が「どうどう」と金髪少女の肩を叩くも、

 

「当たり前みたいに高度な能力試してるんじゃないわよ!?」

「なにも怒らなくても」

「怒るわよ!? ……ああもう、これだからエナジー15万とかいう化け物は」

「美夜さんの5万オーバーも十分化け物なのですが」

 

 奏音の指摘には「あたしはいいの」という唯我独尊な返答があった。

 美夜は、はあ、と深い溜め息をついて。

 

「ほどほどにしておきなさいよ、それ。まあ、それくらいしないと間に合わないかもだけど」

「どっちなの」

「身体に気をつけながら無理しなさいって言ってるの」

 

 だからどっちなんだよそれ。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 半ば日課になりつつある入浴後の軽い筋トレ。

 どっちかというとフィットネス的な全体を解す方に移行するべきか、とか考えていると、

 

「お姉様の燃費が悪いのは、やはりエナジーの操作になれていないからだと思います」

 

 入浴を終えた奏音がベッドに座り、髪を乾かしながら言ってきた。

 

「そうだな。今の俺は基礎をすっ飛ばして応用やってるようなもんだろうし」

「応用の応用の応用くらいだと思いますが、その通りです。もちろん、無理を通せれば上達も早まるかもしれませんが……」

「燃費が悪いからそんなに効率良くなさそうなんだよな」

 

 じゃあどうすればいいかと言うと、やはり「入学前から可能な限り予習しておく」ということになるのだろう。

 能力の訓練に関しては基礎的な部分以外、危険なので入学まで学べないのが普通だが──。

 各種技術を十分習得できていれば、万桜のように「トレーニングの効率を上げるために」と無茶をしなくてもすむ。

 

 とはいえ万桜の場合はそれができないわけで。

 

「真昼先生に相談してみるか」

「もしかしたらなにかアドバイスがいただけるかもしれませんね」

 

 担任として可能な範囲でアドバイスしてくれるらしいし。

 ダメ元でメッセージを送ってみたところ、ほんの数分で返事がきた。

 わくわくしながら開いて、

 

『いっぱい寝なさい』

「…………」

「…………」

 

 うん、ダメ元だったので「だめじゃん!」とかは言わないでおこう。

 もしかしたら「睡眠不足は集中力欠如の元」と言いたいのかもしれないし。

 

「……ん? 待てよ、睡眠不足か」

「なにか思いついたんですか、お姉様?」

 

 あんまり期待してなさそうな顔の奏音に「ああ」と笑って、

 

「寝る時に『羊が一匹、羊が二匹』って唱えることで眠りやすくする能力を発動してだな」

「休むためにエナジーを消費するのは本末転倒感がありませんか……?」

 

 確かにそんな気はしたものの、せっかくなので試してみた。

 単純な呪文でもリズミカルに唱えれば歌みたいなものだし。

 

「お姉様、せっかくですので英語で唱えませんか?」

 

 例の呪文は英語だと「Sheep」と「Sleep」で発音が似ているので眠りやすくなる、という説があるらしい。

 そっちの効果があるかはともかく歌っぽさも上がるので、万桜はベッドの上でしばし唱えて──。

 

「……ぐう」

 

 その日は心なしかぐっすりと眠れた。

 眠ってしまえば当然歌は歌えない。

 意識的に能力発動させるのは僅かな時間だし、自分を眠りに誘導するのはそんなに大変なことではないらしい。

 心配していたようなエナジーの無駄は感じられず、むしろ寝付けずベッドをごろごろする時間が省かれてお得な気さえする。

 

「そういうことでしたらわたくしも真似します」

「あ、お前俺を実験台にしただろ」

「そういうわけでは決して。感謝いたします、お姉様♪」

「うさんくさい」

 

 ともあれ、万桜と奏音はこれのおかげで毎日すとんと寝付けるようになり、二人の生活の質が多少ながら向上した。

 毎朝つやつやの肌で目覚められるようになった万桜たちを見て、美夜が「なにやったの?」と尋ねてきたものの、

 

「は、羊? そんなの効くわけないじゃない」

 

 変なところで真面目な彼女には効果がなかった。

 鰯の頭も信心からと言うが、思い込みというのは意外と馬鹿にできないのかもしれない。

 

 ともあれ。

 

 数日の努力の末──万桜たちにとって初めてとなる実力試験がとうとう始まった。

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