ユニットの試験は試験最終日に行われた。
複数の会場で並行しての審査。
そうでもしないと最大百組くらいを一組ずつ見ることになってぜんぜん終わらない。
偏りがないように録画して他の審査員も確認するそうなので安心。
……審査員になった先生が寝られるのかは心配だが。
これが終われば一学期中間試験から解放される。
ここに来るまでの日程でいっぱいいっぱいだった万桜としてはそれだけである種の救いである。
受験科目は選べるので、今回は座学を全部スルーした。
それでも歌にダンス、基礎体力に発声などなど科目は多岐にわたっており──ユニットのことで頭がいっぱいだったのもあってかなり苦労した。
逆に言えば、後はこの試験に全力投球すればいいわけである。
「……審査員って真昼先生も入ってるのかな?」
待合室には他のユニットも待機していて、若干空気が重い。
かといって黙っているのも手持ち無沙汰なので思いついたことをそのまま呟いてみた。
奏音とのライブバトルでも着ていた漆黒のドレス姿の美夜は、隣にいる万桜を見ようともせずに答えた。
「入ってるんじゃない? でも、依怙贔屓とかは期待しないほうがいいわよ」
「そういうことは考えてなかったけど……なんで?」
「担任にとっては生徒の評価が自分の評価だからよ。お気に入りの生徒を贔屓するのが仕事じゃなくて、1-Aになった子を導くのがあの人の仕事」
五クラスで競わせるシステムではなく、みんなが1-Aを目指すシステムだからか。
例えば万桜たちの誰かがB以下に落ちても、真昼は新しい1-Aメンバーを導いていくだけ。
美夜は、きっと自分が落ちるなんて考えてないだろうが。
彼女の綺麗な瞳が真っ直ぐ前だけ見ているのに万桜は見惚れて。
「今から失敗した時のこと考えてるんじゃないわよ。いい? 転んでもすぐに起き上がって歌いきりなさい」
「お姉様。失敗したから失格になるわけではありませんよ? リカバリーも含めての評価です」
「……そういうつもりもなかったんだけど、ありがとう」
万桜と奏音も、私服の中から衣装の代わりを見繕っている。
万桜は何度もお世話になっている白のワンピースを。
奏音は同じくワンピースだが、色は黒をチョイス。
足運びの邪魔にならないようにベルトを追加してウエストをしぼり、本来よりもスカートは短めの見た目になっている。
──大丈夫。やれるだけのことはやったんだ。
今日までの数日間は授業に加えて徹底したユニット練習。
ある意味、体育祭に向けての自主練以上に過酷な日々だった。
なにしろリーダーが美夜なのでまったく容赦がない。
加えて、美夜と奏音という一年生ツートップの実力に打ちのめされる日々。
自信喪失しそうになることもあったが、呑気と根気は万桜の武器である。
できないならできるようになるまで練習すればいい、の精神でここまで来た。
「そうだね。いまできることを全部やったうえでの結果なら、わたしは──」
「……万桜?」
万桜の呟きに、美夜が初めて視線を動かした。
訝しげにこっちを見てくる友人になにかを答えようとする前に、デバイスが試験の順番が来たことを伝えてきた。
美夜はなにか言いたげにしつつも言葉を切り、代わりに「行くわよ」とだけ告げた。
決然と立ち上がる彼女に続いて、万桜と奏音も立ち上がる。
そして──。
試験期間終了の翌日は休校で。
休校日の午後にはすべての試験結果と、それから新しいクラス分けが発表された。
万桜の学年順位は、
『28位』
学校の定めた万桜の新しいクラスは、1-Bだった。
◇ ◇ ◇
「……小鳥遊さん」
「……万桜ちゃん」
デバイスに通知が届いた時、万桜はクラスメートたちと一緒にクラスルームにいた。
どうせ寮にいても落ち着かないし、こういう機会でもないとみんなでのんびりできないから……と、誰かの発案で集まったのだ。
ちょっとしたジュースやお菓子を楽しみながら歓談しながらも、みんな結果が気になっている様子で。
通知が来た瞬間は示し合わせたように静かになった。
データは詳細な個人成績と、それから一年生の順位表に分かれていた。
順位表を見れば誰が何位なのかすべてわかる。
万桜は、個人成績を見たクラスメートたちから歓声が上がるのを聞きながら自分の成績を眺めた。
評価に疑問を挟む余地はない。
一つ一つの結果を噛みしめるように確認し、今の自分がどういう位置にあるのかを胸に刻み込む。
そうしていると、美夜がどこかそわそわした様子で万桜のほうを見てきた。
「美夜、どうだった?」
尋ねると、彼女は少し驚いたような顔をしてから──頬を染めて答えた。
「一位よ。当然でしょ?」
「……そういうことを平気で言うから友達がいないのではないかと」
「うるさいわね! そういうあんたは何位だったのよ、奏音?」
水を向けられた奏音は微笑と共に、
「二位でした。これからも精進しなくてはいけませんね」
「ふ、ふん。いくら頑張ってもあたしは譲る気ないけど」
照れたように言ってから、美夜はおずおずと「……で?」と再び万桜を見た。
「あんたは何位だったの、万桜?」
万桜は苦笑しつつ、自分のデータを可視化して二人に共有した。
真っ先に順位を確認したらしい美夜たちは「え」と小さく声を上げて。
「驚くことじゃない。基礎体力も歌もダンスも、能力の制御も、まだまだみんなに敵わない」
体力や運動神経、能力の扱いに関しては言うほど悪い成績ではない。
病み上がりの初心者から始めたというのに一年生の半分以内はすべて確保できている。むしろできすぎなくらい。
きつかったのはやはり、積み重ねが物を言う芸術系の実技科目だ。
受験のために誰もが特訓を重ねてくる学校。
この二ヶ月、努力を重ねてきたとはいえ、その成績は下から数えたほうが早かった。
一方で、ユニットとしての評価は悪くない。
万桜のBクラス落ちを察した他のクラスメートたちも盛り上がりムードを失って、
「小鳥遊さん、ユニットでセンターだったんでしょ? どうして……」
「……こいつをセンターにしたのは、ダンスが下手でも目立ちにくいからよ」
まあ、美夜の返答が正直言って正しい。
付け焼き刃の練習で美夜たちのレベルに到達できるわけがない。
万桜たちは三人ユニット。
センターに万桜を置き、美夜と奏音が左右対称にダンスを揃えるのが最も見栄えのする形だった。
この判断は正しかった。
だからこそ、ユニットとしては十分に評価された。
「でも、あんたが28位って……」
「なに、美夜。いつもはそういうこと言わないくせに」
「だって、あんたには誰にもない長所が──!」
らしくないというか、普段ツンツンしすぎというか。
友人の成績に納得がいかないのか声を荒げかけた美夜が、ある一点を見つめて硬直した。
「……ねえ、万桜? あんたのエナジー量なんだけど」
「うん。見ての通り」
試験内容にはエナジー測定も含まれる。
大量のエナジーがあれば能力の練習も捗るし、歌やダンスにも役立てられるのだから重視されるのはむしろ当然。
万桜が試験もなしに特待生として合格したのもこのエナジー量を重く見たからだったはずだ。
データに記載された測定結果は『153260』。
入学間もなく、真昼から明かされた万桜のエナジー量とほぼ変わらない。
というか、
「わたし、自分のエナジー上限が上がったところ一回も見てなくて」
「なっ……!?」
美夜は瞳を大きく見開いた。
彼女は大きく震えながら「なによそれ」と呟く。
信じられないとばかりに首を振る彼女に、万桜は尋ねた。
「美夜たちはエナジー、どのくらい上がった?」
「……あたしは4200くらい」
「わたくしは3800です」
エナジー量は身体的成長や能力の行使、精神的な成熟などによって上昇していく。
万桜の15万という数字は、入学時点で5万を誇る美夜が三年間たゆまぬ努力を続けて理想的な結果を出してようやくたどり着けるかどうか、という数字。
よって、二ヶ月あれば普通、美夜や奏音が口にした程度の成長はする。
しかし、
「わたしのエナジーは伸びないみたい」
別に、差が4000ほど縮まったからと言って評価が劇的に下がることはないだろう。
28位という評価は、万桜としてはむしろ頑張ったほうだと思う。
入学前の過大すぎる評価のほうがおかしい。
初めての試験で個人としての能力を詳細に測ればこのくらいの結果に落ち着いて当然だ。
それでも、エナジーの伸びない『歌姫』候補生という衝撃はみんなにことの追求を止めさせる程度のインパクトがあったようで。
あの美夜でさえ口をつぐんだまま「なにを言ったらいいかわからない」と言うように黙ってしまった。
「みんな、そんなに気にしないで。別に退学になったわけじゃない」
特待生を取り消されたわけでもない。
……取り消されないよな? このデバイスの代金を今から払えとか言われたら今すぐ学校やめて働かないといけないんだが。
「また二ヶ月努力して、順位を上げられるように努力するだけ。違う?」
これに一番に反応してくれたのは奏音だ。
同室で、妹である彼女はだいたいの事情を把握している。
万桜がBクラス以下に落ちる可能性についても話をしてあった。
だから、彼女はただ万桜の手を握って微笑んでくれる。
「この学院では、クラスの違いなんて些細な問題ですしね」
「うん、そうそう」
どうせ全員寮で会うんだから騒ぐほどのことでもない。
「むしろ、空気を悪くしちゃってごめんなさい。……他のみんなは良い結果だった?」
「小鳥遊さん、あの……」
「……私たち、小鳥遊さんとAクラスで頑張れると思ったのに」
そう言われると万桜にも罪悪感が湧いてくる。
万桜は「ごめんなさい」と再び言って、できる限りの笑顔を作った。
「わたしとしては友達増えるからちょっと嬉しいかも」
それでも、クラスの空気はすぐには戻らなかった。
そこでクラスルームのドアが開いて、真昼が中に入ってくる。
全員の視線が集中する中、真昼は万桜に視線を向けて──ほんの僅かに申し訳なさそうな表情を浮かべてから静かに告げた。
「小鳥遊さん……万桜ちゃん。クラス移動があるから、できれば今日中に荷物をBクラスに移してくれる?」
ざわ、と、揺れる生徒たち。
これが心奏学院のクラス制度だ。
科目選択にクラス分けは関係ないのであくまでクラスルームが変わるだけ。
しかし、誰もがAクラスに上がりたいと思っているし、Aクラスにいる生徒はB以下に落ちたくないと思っている。
それでも順位変更は容赦なく襲いかかるし、上がってくる生徒がいて、明日からも普通に授業がある以上、変動のあった生徒はすぐに対処しないといけない。
──みんながクラスに残る中、一人だけ荷物をまとめるのは若干、退学めいていて辛いが。
「わかりました」
万桜は頷いてロッカーに近づいた。
頻繁にクラス替えがあると聞いた時からロッカーは綺麗に使うように心がけている。
整理整頓もしておいたので荷物を取り出すのは難しくなかった。
全部いっぺんに運ぶと重いが、歌いながらならなんとかなるだろうか──と。
「ねえ、さすがにその言い方はないんじゃない?」
担任の責務を果たしているだけの真昼に食ってかかった生徒がいた。
「美夜」
「あんたは黙ってなさい。……ねえ? この子はあんたのお気に入りだったんでしょ? なのに『早く出てけ』の一言で終わりなわけ? Aクラスじゃないと人間じゃないとでも言うの?」
もうちょっと穏やかな場面なら、万桜はやんわりと「お前が言うか」的な反論をしていただろうが……美夜は真剣だった。
というか、怒っていた。
ツンツンしているし一匹狼を気取るところのある彼女だが、目上への礼儀は最低限ちゃんとする。
担任にタメ口をきく時点でかなりキレている。
それでも、真昼は表情を変えなかった。
「私は先生だから、一人だけ贔屓したりはしないよ。万桜ちゃんのことはこれからも応援してるし、自分のクラスじゃなくなるからどうでもいいなんて思わない」
「でも、もう世話は焼かないんでしょ?」
「Bクラスの担当は他の先生だからね。私が口出しするのは筋違いだよ」
「そうやって──!」
「美夜!」
「美夜さん、もうやめてください!」
こういう時、どうすればいいのだろう。
心奏の生徒は基本いい子ばかりで──美夜だって別に悪い子だとは思わない。
彼女が怒っているのは明らかに万桜のためで、しかし、こうやって感情をむき出しにする女の子をどうしたら宥められるのか。
これが幼い頃の奏音相手ならよしよしと抱きしめてやるのだが。
戸惑いながらも、万桜は美夜の肩を奏音と二人でそっと押さえた。
さすがの美夜も真昼に殴りかかったりする気はなかっただろうが……多少は冷静になったのか、学年首席の優等生はAクラスの担任を静かに睨んで。
「そうやっていい子ぶって、大人ぶって、だから
複雑な感情のこもった言葉を代わりに吐き出した。