心奏学院にも部活動はある。
学年の壁、歌姫科と普通科の壁を越えて交流する貴重な機会、忙しい中ではあるものの、所属している生徒は少なくない。
例えば手芸部、演劇部などはわかりやすく『
そんな中、万桜たちは帰宅部──というか無所属だった。
「五月上旬が部活動勧誘、体験期間だったのですが……あの頃はまだ忙しかったですからね」
「うん。全然それどころじゃなかった」
なので、学院にどんな部活があるのかもあまり詳しくはない。
友人たちがどこに所属しているか、いくつか聞いている程度。
「部活動所属生徒は同じ部員や、親しい相手から優先して依頼を受ける……当然と言えば当然の話です」
部同士の横のつながりもあるので無所属よりは他の部にも話を通しやすい。
「優先してもらうために部に入るのも、ちょっと気は引けるけど」
背に腹は代えられないというか、ちゃんと真面目に活動もするならまあ、許してもらえるのではないだろうか。
1−Bの担任教師、
「どうせ入るなら興味のあるところがいいな」
「お姉様の興味……」
意味ありげに言葉を切って首を傾げる奏音。
女の子に踏まれる部活はないだろう、とか考えているんだろうが。
あるわけないだろそんな部活!
「……とりあえずデバイスで検索してみる」
学内情報もチェックできるのは恐ろしく便利である。
果たして、現在、学院に存在する部活動は全部で数十に及んだ。
運動部、文化部、芸術系……。
体力づくりという意味では運動系も選択肢に入るが、時間的拘束の厳しさが難点か。
「直接的な恩恵が大きいのは手芸部、軽音楽部、吹奏楽部、演劇部、ダンス部などでしょうか」
「外語部って──ああ、外国語を勉強する部なんだ」
「外国の曲を原曲で学ぶのに使えますから、悪くはありませんね」
「新体操部とか日舞同好会なんていうのもある」
「あら、お姉様、興味がおありなのですか?」
「興味っていうか、ダンスや振り付けの練習に使えるかなって」
興味という点で言えば──。
万桜は、二人して覗き込んでいるホロウィンドウを指でなぞって、
「……サブカル部とか入っても意味ないか」
「親和性はなくもないかと。いわゆるコスプレはライブ衣装に通じる部分もあるでしょう?」
「そっか。アニメのOPとEDにもけっこう歌姫の曲が使われてるし」
結論、いろいろありすぎて迷う。
「これ、余計回り道してるんじゃ……?」
「発想の転換にもなりますし、まったくの無駄ではないと思いますが……」
「そもそも勧誘期間にスルーしてたのが痛い……あれ、なにこの部?」
ふと、指を止めた場所には──ちょっとびっくりするような文言が書かれていた。
『SM研究会』。
SM? SMってなんだ。まさかアレじゃないだろう。
さすがに万桜も詳しくはないが……脳裏に美夜が縛られたり鞭で打たれている姿が浮かぶ。
と、奏音が笑顔のまま「お姉様?」と囁いてきて、
「欲求不満でしたらわたくしにお任せいただければ」
「違うってば。……あ、ほら、詳細見たら『ソーシャルメディア研究会』だし」
「ああ、そういうことでしたか」
それにしても、ソーシャルメディアの研究ってなにするんだ?
さらに詳細をチェックしてみたところ、
「SNSの効率的運用、宣伝活動に関する考察、歌姫の自己プロデュース協力──なるほど?」
「意外とまともな活動と捉えるべきか、胡散臭い文言と捉えるべきか迷うところですね」
学内イベントに欠かさずマスコミが殺到し、動画がネットに流れるのが心奏学院。
ここの歌姫科にいる時点で半分、万桜たちは芸能界で活動しているようなものである。
そう考えると宣伝や自己プロデュースも当然必要になる。
「……大手SNSに登録している在校生も思った以上に多いですね」
「そんなのすぐに調べられるの?」
「検索するだけですのでそう難しくありませんよ」
案外、悪くない部活なのか?
人が多く集まりそうな感じではない割にコネや情報力に期待できそうな気がする。
必ずしも部室で顔を突き合わせて活動する必要もなさそうで──時間的な拘束も控えめだろう。
要するに、狙い目。
奏音と視線を交わしあって、頷く。
「えっと、所属人数は──」
『2名』。
「見なかったことにしよう」
「そうしましょう」
「待って! 一度でいいから部室に来て! ううん、せめてメッセージだけでも!」
「わ」
さすがに人少なすぎだろう……と画面を戻そうとすると、いきなり隣の席から悲鳴を上げられた。
見れば、そこには一人の上級生。
見たところ三年生のようだ。
目が半分隠れそうな長い前髪。手には薄い手袋を嵌めており、足もタイツで覆っている。
目が合うと恥ずかしそうに目を逸らすあたりからも「地味」という印象があるが──制服のネクタイを押し上げる胸部の戦闘力はかなりのものがある。
幅広タイプのチョーカー型デバイスからして彼女も歌姫科。
前髪に気を取られてわかりづらいが、顔立ちも整っている。
彼女は「ご、ごめんなさい」と二人に謝ると──半ば身を乗り出すようにして振り返っていた身体を元に戻した。
恥ずかしくなってなかったことにしたのか……と思ったのも束の間、半分くらい残ったアイスティーのグラスを手に彼女は回り込んできて。
この人、押しが弱いのかグイグイ来るのか。
「わ、私、SM研究会の会長をしている
以後、よろしく?
◇ ◇ ◇
学院の敷地内には、校舎とは別個の建物として『部室棟』が複数存在している。
運動部など備品置き場としての役割が強い部のための棟。
芸術系など作業スペース、活動スペースとする部のための棟。
そして、SM研究会があるのは三つ目──小規模な文化部を中心とした部室棟だった。
「意外でした。室内も綺麗なのですね」
奏音が感想を漏らした通り、SM研究会の部室内はこの手の「よくわからない文化部」にありがちな「雑然とした物の多い空間」ではなかった。
寮やカフェテリアなどにも通じる洗練された床、壁面、天井。
ひとつきりの本棚にはファッションや音楽情報の雑誌が綺麗に並べられており、窓辺には観葉植物もある。
後はお茶を入れるためのセットやお菓子を入れたかご、小さな冷蔵庫など。
中央にはお洒落な丸テーブルに五人分の椅子。
正直に言えば、蛍の地味なイメージとは違う──現代女子が一時的にたまり場とするための場所、といった雰囲気だ。
「部員が少ないから物も少ないの。活動は基本、デバイスがあればできちゃうし……」
蛍は苦笑して、万桜たちに椅子を勧めてくれた。
背もたれのない丸型のスツールだが、クッション性は良い。
『歌姫』には姿勢も重要だ。
座るとついだらっとしたくなるのを堪えて背筋を伸ばす。
「お茶、淹れるね? 二人とも紅茶で大丈夫?」
「いえ、お構いなく」
「ううん、せっかくのお客様だもん」
お客様と言うか、半ば流れで連れて来られただけなのだが。
「あの、もしかしてわたくしたちの監視を?」
「ち、違うよ!」
万桜たちの前にティーカップを置いた蛍は両手を振って、
「ただ、その。ああいうところにいれば部員希望者に会えるかなー、とか思って、よくお茶してて。そうしたら二人の話が聞こえて、こっそり隣に移動しただけで……」
「部員集めのために」
「日頃からカフェテリアに」
涙ぐましい努力。
暇なのかこの人。
「だから、こうして来てくれただけでも嬉しいなって」
そんなふうに儚げに微笑まれると無下にできなくなるんだが。
「それに、あそこには他にも勧誘狙ってる子、けっこういたよ?」
「マジですか」
「うん。二人とも目立つし、どこも部員はたくさん欲しいから」
人の集まる場所で部活探しなんてしていた万桜たちは体の良いカモだったか。
みんな普通にしているフリをして部員獲得のチャンスを狙っていたわけだ。
「先輩は、どうしてこの同好会に?」
「……私、自撮りが好きなの」
少し恥ずかしそうに答えながら、蛍はいくつかの画像を共有してくれる。
髪を整え、ナチュラルメイクを施した彼女が鏡に向かって自身を映した画像。
元が良いからか、多少手入れをするだけで映える──というか、普段の姿が意図的に地味っぽくされているだけなのか。
画像の多くは露出高めの衣装で、胸や足が強調されていて──。
「……ちょっと、えっち」
「お姉様、いかがわしいことを考えていませんか?」
「濡れ衣」
本当はちょっと考えたが。
「良かったら裏アカ用のもあるよ……?」
「う、裏アカ?」
「お姉様、ここは危険です。毒されないうちに早く帰りましょう」
「ま、待って! ……うう、小鳥遊さんの妹さんはこういうの嫌い?」
「嫌いといいますか……愚民どもにそんな餌を与える必要はないかと」
まあ、こういうのは男子向けの自撮りだよな。
「では、こうして自撮りをSNSに?」
「う、うん。人と話すのはそんなに得意じゃないから、私には顔の見えないやりとりのほうが楽なの。……私をたくさんの人が見てくれてるのって、すごく気持ちいいし」
「……ちょっと、わかる気もする」
「……お姉様?」
漆黒の瞳にジト目で睨まれるものの、奏音だって『歌姫』なのだから例外ではないはずだ。
「わたしたちは見られてると身体が反応するんだから、珍しいことでもないはず」
「ネット経由ですと見られている感覚はないはずですが……。そういえば、お姉様は学内コミュニティに自撮りを上げていましたね?」
「あ、やっぱり、万桜ちゃんには素質があると思ったの」
「なんの素質ですか」
「? 自撮りだけど?」
そんな素質はいらな──いや、どうなんだ?
葛藤する万桜。
蛍はそれを知ってか知らずか、ふわり、と、思わず見とれてしまいそうな微笑を浮かべて。
「視られている意識は大事だと思うの。私たちは、どうしても人前に出ないといけないでしょう?」
「──視られている、意識」
盲点だった、とまではいかないが。
理屈としてわかっているようでいて、実感することを避けていたような気もする。
HRでみんなの前に出るのも、学芸会で劇をやるのも、『歌姫』としてライブをするのも、足がすくんだり気が引けてしまうのは結局「視られていることへの恐怖」だ。
慣れればそれは軽減されていくのだろうが。
視られることを恐怖ではなく「快感」に変えられれば?
「ちょっと、興味あるかも」
呟くと、奏音に脇を小突かれた。
「お姉様、当初の目的をお忘れではないですか? わたくしたちはライブの準備を第一にしているのですよ?」
「あ、やっぱり
「……本当ですか?」
「うん。私、コスプレも趣味だから。手芸部とか演劇部にもお友達がいるし、外部の通販とかオーダーメイドのサイトもけっこう使ってるの」
奏音と顔を見合わせる。
意外なところに意外なコネ……というか、それを期待して来たとはいえ、こうも期待通りだと逆にびっくりするというか。
部室と部長が予想と違ったのでプラマイゼロというか。
「その割にここには衣装がありませんが」
「部員二人だけだし、こっちに物を置くとごちゃごちゃしちゃうから、自撮りは基本部屋でやってるの」
追加で見せられた画像は確かに寮の一室と思しき場所。
アニメキャラや専門職のコスチュームを着た胸の大きい美少女──もとい、蛍の姿に「おお」と思う。
「わたしでもこういうの、できる──できますか?」
「う、うん、もちろん。むしろ万桜ちゃんなら私なんかよりずっと上手くできると思うよ」
「本気ですか、お姉様? ……いえ、悪くはない選択だとは思いますが」
「妹さんは、お姉さんが心配?」
曇りのない瞳で問われた奏音は、ぐ、と言葉を詰まらせた。
万桜以外には少し冷たい時もある奏音だが、それは基本的に万桜を心配してのことだ。
根は素直で優しい子なので、考えなしに毒を吐くタイプではない。
「ありがとう、奏音。でも、大丈夫だと思う。……同好会の活動も、そんなに大変じゃないですよね?」
「うん、今まで二人だけだったし。たまにこうやってお話するくらいで大丈夫だよ」
「……そういうことでしたら」
これでようやく奏音も一応の納得を見せてくれた。
「え、じゃ、じゃあ、二人とも入部してくれる?」
ぱっと喜色を浮かべて身を乗り出す蛍。
この先輩、わんこみたいで可愛いな──と失礼なことを思いつつこくりと頷く。
「はい。わたしたちで良ければ──」
「いえ、わたくしはもう少し様子を見させていただければ」
「奏音、ノリが悪い」
「ううん、お姉さんのほうが入ってくれるだけでも十分だよ。私にできることならなんでも相談してね?」
入部申請は『歌姫』同士ならすべてデバイス上で完結できる。
送られてきた確認メッセージに同意し、ボタンをタップするだけ。
これで学院側に連絡が行き、簡単な審査の後に受理される。
ふわり、微笑んだ蛍がおっとりと告げた。
「小鳥遊さん──万桜ちゃん、SM研究会にようこそ」
女の子の椅子になりたい万桜がSM研究会に入部。
字面だけ聞くと若干いかがわしいな……?