「ライブ衣装二人分ね。うん、いいよ。枠空けておくから、なるべく早めにデザインを教えて」
「ありがとうございます、本当に助かります」
持つべきものは先輩である。
蛍の紹介で服飾部を訪れて依頼すると「友達のよしみで」とあっさり衣装製作を受けてもらえた。
服飾部の部室──SM研究会より格段に広く、設備も整ったそこではかなりの人数がそれぞれに作業したり相談したりと忙しくしている。
「ちなみにタダってわけじゃないからね? 材料費と手間賃はしっかりもらうから」
「では、お姉様の名前で学院に請求をお願いします」
「……奏音、それズルじゃない?」
「あら。お姉様の分しか通らなかった場合はもちろん、わたくしの分を別途支払いますよ?」
万桜の分は学内イベント用の衣装=学用品の範疇として払ってもらえる。
本当に特待生さまさまである。
服飾部の部長もこれには「ちゃっかりしてるなあ」と笑って、
「でも、払ってもらえるならどんどんお願いすればいいと思うよ。うちの学校、かなり儲かってると思うから」
「そうなんですか?」
「うん。だってイベントのたびに取材料とかばんばん入ってくるし、有料の動画コンテンツとかもやってるし」
ほとんど芸能プロダクションなのでは?
いやまあ、似たようなものか。むしろ大手芸能プロダクションがこぞって卒業生の取り合いをしているくらいだし。
「三枝先輩、本当にありがとうございました」
蛍にもあらためてお礼を伝えると、彼女は「気にしなくていいよ」と微笑んでくれる。
「大事な後輩のためだもん。……今度、一緒に撮影しようね?」
「はい。それくらいならいくらでも」
軽く頷いて答えたら奏音に袖を引っ張られた。
「お姉様。その時はわたくしも必ず同席しますので」
「なら奏音も入部すればいいのに」
「裏アカで自撮りしているような方を警戒するのは当然です」
さすがに高校生だし、成人向けには首を突っ込んでいないと思うが。
◇ ◇ ◇
「それで、二人とも衣装のプランは決められそう?」
詳細が決まったら連絡すると約束して服飾部を後にして。
SM研究会の部室に戻ってきた万桜たちは、インスタントの紅茶を飲みながら相談を始めた。
「今日明日には決めたいと思っております。名案が浮かばなければ難易度的に手頃な有名曲からピックアップすることになるかと」
「そうだね。私も、曲と衣装はいつも悩むよ」
言われてみれば、蛍も歌姫科ならイベントに参加しているわけで。
「あの、昔の動画とか見せてもらってもいいですか?」
「もちろん。じゃあ、デバイスに送るね」
送られてきた動画内の蛍はしっかりと前髪を上げ、普段とは全く異なる──露出度高めな衣装に身を包んで歌い上げていた。
ダンスのたびに豊かな胸が揺れ、肉感のある太腿だけでなくスカートの中身まで見えてしまいそうに──というかちらちら見えている。
こういう時はアンダースコート、見られてもいい下着を穿くので「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」という理屈ではあるが。
「……ちょっとエロくないですか?」
下着じゃなくて水着だからOK、みたいなことを言われても、スカートの下からチラ見えしたらそんなのパンツと同じである。
思春期男子のエロ欲求舐めんな、と思う万桜だったが、
「でも、視られると興奮……するじゃない?」
「……ちょっとわかります」
「わからないでくださいませ、お姉様。……まあ、わたくしも『
「私、こういうえっちな衣装が好きなの。男の子からえっちな目で視られると……ぞくぞくするから」
大人しそうな目隠れ美少女なのに欲求が変態。
「……あれ? じゃあ、この同好会にも男子が来たりしないんですか?」
「ううん。ここは男子禁制だから、男の子の見学も入会も断ってるよ」
「三枝先輩は変なところで一線を引いていらっしゃるのですね」
日常と非日常を使い分けているという意味ではこれはこれで策士だ。
「ありがとう。……まあ、私が目立つにはそれくらいしないと、っていうのもあるんだけどね?」
「失礼ですが、三枝先輩のエナジーは……」
「88000。クラスはCだよ。上には上がたくさんいるよね」
戦い方は一つじゃない。
正攻法でダメなら自分なりの勝ち方を考えればいい。
いや、今回のイベントはあくまでライブだ。
人助けのための『歌姫』ならエナジー量を増やし、能力の制御を磨き、身体を鍛え、たゆまぬ努力を続けるのが最適解かもしれない。
けれど、注目され興奮を集めたほうが勝ちなら、露出も立派な戦い方のひとつ。
腕を磨くのはもちろん必要だとしても。
他の方向性──衣装や曲をすべて使って、万桜たちにしかできないやり方を、
「……そっか」
「お姉様」
無意識に呟くと、奏音が不思議そうに顔を覗き込んできた。
妹の表情は、万桜が笑みを浮かべているのを見てより不思議そうな色合いになる。
「ちょっとわかったかも。わたしがどうしたらいいのか」
感覚的なひらめきを言語化するには少し時間が必要で。
この場では言いづらい理由も含まれてはいたものの、なんとか言葉にして伝えると──。
「なるほど。……美夜さんなら『正攻法じゃない』と文句を言うかもしれませんが」
「私は好きだよ、そういうの。そういう話なら私も協力できるかも」
奏音も蛍も万桜の提案に乗ってくれた。
タイムリミットは明日の夜。できればそれまでに衣装デザインまで固めて服飾部に連絡を入れたい。
「そうと決まれば、さっそく始めよっか。ひとつひとつチェックしてるとけっこう時間がかかるんだから」
「はい。よろしくお願いします、先輩」
実際、楽曲をいくつも聴くとかなり時間がかかる。
仮に一曲四分として、三十曲なら二時間。検索の時間を除いてだ。
今回は万桜の発案で「とあるプラスアルファ」があるので尚更大変だ。
手分けをして良さげなものをピックアップするだけでも時間はいくらあっても足りなくて、
「……倍速で曲を聴いたら二倍の効率になるんじゃ?」
「お姉様、それでは確認が片手落ちになりませんか?」
「ううん、考える速さを倍にすればできるよ」
万桜が試験対策でやった『体感時間の操作』の要領。
「今日はダンスしてる暇なさそうだし、ここで能力使ってもいいかも」
「万桜ちゃんはもうあれができるの? ……なら、私も使おうかな」
「三枝先輩、隠していらしたんですか?」
「どうしても必要な時以外は後輩にこういうの見せないんだよ。自慢っぽくなるし、危険なことにチャレンジしちゃう子もいるでしょ?」
それにしても、マンガみたいな離れ業をみんな当たり前にできるようになるのか。
あらためて『歌姫』も心奏学院のレベルもすごい。
◇ ◇ ◇
曲と衣装はなんとか決定した。
振り付けに関しては参考になる動画をいくつか用意しつつ、細かい部分は練習しながら詰めていくことに。
「こんなアイドルみたいな真似、初めてだから勝手が全然わからないんだよな」
「わたくしも似たようなものですよ」
と言う奏音に万桜は首を傾げて、
「あんなに堂々と歌ってたのにか?」
「それはまあ、学芸会などを含めれば舞台経験はありますが」
「そういえばお前、お姫様役だったっけ」
「お姉様は平民Cの役でしたね」
即座に言い返されてぐっと言葉に詰まった。
妹には天性の才がある。
一番近くにいた人間としてそこは譲れない。誰かが否定しようとも万桜だけはそう言い続けようと思っているが、果たして彼女の凄さに少しでも追いつけるのか。
「……あの、お姉様? あれからエナジーはいかがですか?」
「ああ、ぴくりともしない」
日曜日、時間を見つけて病院に行ってみたものの──やはり先生の見解は万桜たちと同じだった。
『万桜ちゃんのエナジーは託されたものだから……もしかすると、これ以上鍛えることができないのかもしれない』
15万超えのエナジー量は確かに驚異的だが、卒業までこの数値のまま、という前提であれば驚くほどのものではない。
学年トップクラスの才能、つまり美夜や奏音が三年間努力し続ければ、少なくとも近い値までは持って行ける。
白くてすべすべの自分の手を持ち上げて、万桜は。
「俺の長所はエナジーの量だけだけど、これもどんどんみんなに追いつかれていくわけだ」
「……お姉様には努力できる才能があります。美夜さん相手に、2000m走とはいえ勝利できたのは、エナジー量の差だけが理由ではなかったと思います」
「ああ、もちろんこれからも努力する。だけど……エナジーでも追いつかれる前提で、少しでもこの長所を生かさないと」
簡単に言えば、毎日使えるだけ使い倒してトレーニングやレッスンに役立てる。
「使えば使うほど能力の制御も上手くなるんだろ。ならそっちも見据えて行かないとな」
せっかく真昼から託された力だ。
欠点がある程度で腐っているわけにはいかない。自分にできることからコツコツと。
やることは今までとなにも変わりはしない。
「これはちょっと、本格的に夜ふかしを考えないとな」
「同じ部屋で歌の練習をされると自習に差し支えるのですが」
「そこをなんとか勘弁してくれないか」
懇願すると、奏音は「仕方ありませんね」と微笑を浮かべて。
「わたくしにとってもライブは成功させるべきイベントです。……美夜さんに負けたままでは格好がつきませんからね」
「ああ。まずは一ヶ月後、美夜に勝つ」
「具体的な策はなにかおありなのですか?」
「そうだな……。体感時間の操作は今回はあんまり使えないかもな」
試験対策の時を思い出しつつそう答える。
「エナジー消費がでかすぎる。それに、一曲の精度を高めるにはいいけど、ダンスの腕自体が上がるわけじゃない気がする」
「演技の点数を一時的に高めるようなものですからね」
集中する感覚に慣れれば素の状態でも成果が上がるかもだが、他に方法がありそうならアプローチを変えてみるのもいい。
「今回はまだ時間がある。短時間でぐっすり休めるようになればそれが一番いいかもな」
「練習中には能力を使わないのですか?」
「疲れを抑えたりとかできればいいけど、そっちに集中すると逆効果だろ。多少意識するくらいが限界じゃないか」
「であれば、ヒーリング効果ですか」
残った僅かな休日を利用してリラックスの方法について調べてみた。
「夜のマッサージをもっと本格的にしてみましょうか。お姉様もわたくしにしてくださいませ」
「それはもちろんだが……変なこと考えてないだろうな?」
「姉妹のスキンシップは合法ですし、同性なら過ちも起こらないのですよ、お姉様?」
言うほど変なことをしてこないのがいつもの奏音ではあるので、あまり深くツッコむのは止めにして。
「後は……気持ちを落ち着かせるのと身体の負担を和らげるあたりか。歌いながらマッサージするのもアリかもな」
「寝る前には二人で子守唄を歌いましょうか。それからアロマやハーブも試してみる価値がありそうです」
と、そこで奏音はいかにも「今思いつきました」という顔で、
「人間の心音もリラックスするのに効果があるそうですが……いかがですか、お姉様?」
「一緒に寝るくらいなら別にいいぞ」
「え」
なんでそこで逆に焦った顔をするんだよ。
「妹と一緒に寝てもなんの問題もないだろ。……っていうか、嫌なら言うなよ」
「いえ、嫌とかそういったことではなく。……こんなにあっさりお許しをいただけるとは」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ、ほんとに」
睨むと、奏音はどこか切なげに目を細めて、
「許されてしまうと、甘えてしまいますよ、お姉様?」
「好きにしろっての」
その夜、妹は本当に同じベッドに潜り込んできた。
どきどきしているのか、鼓動の音が少し早い。
緊張していたら意味ないんじゃないのかと思うが、さすがにそこまで野暮は言わない。
「お姉様の匂いがします」
「シャンプーもボディソープも同じなんだから大して変わらないだろ」
「いいえ。お姉様の匂いは安心します。……昔から、ずっと」
二人で子守唄を歌いなら目を閉じると、疲れもあってか嘘のようにあっさりと眠りの世界に落ちていった。
明日からはまた授業。
ライブの準備だけが学校生活じゃない。ステップアップのためにもすべて全力で。
そのためには食べて、寝ることも重要だ。