性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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ライブは近づく

「ほんと美味しいよねー、心奏(うち)のご飯」

 

 月曜日の夕食。

 ハンバーグ+チキンソテー(ライス大盛り)に舌鼓を打ちながら、ミアがご満悦。

 美夜はそれを呆れ顔で眺めつつ中華丼(大盛り)の箸を進め、

 

「イメージ的にどうなのよ、女の子が大食いって」

「そんなの今どき気にしてたら損だよ美夜ちゃん。大食い女子だってけっこう人気あるんだから」

「メディア露出してる先輩方はけっこう猫被ってるけどね」

 

 周りにいる新入生たちも、入学当初に比べると明らかに食事量が増えている。

 寝る子は育つし食べる子も育つ。

 食べるほうは「横に」育ちかねないのがネックだが、そのぶん万桜たちは運動しているので問題ない。

 

 今日は野菜炒め定食(ご飯大盛り)にした。

 肉っぽさが薄く満足感が足りないのは筑前煮単品を奏音とシェアし、ボリューム自体を上げることで解決。

 たくさん食べるにしても野菜も摂ろうという努力である。

 このところ奏音とは同じメニューが多い。

 そのほうが楽、というのもあるが、同じ食生活で育ったので好みが似ているのだ。

 以前は万桜のほうががっつり系を好んでいたが、女の子になってからはより嗜好が近づいた。

 

「そういえば、美夜たちは衣装、どうしたの?」

「手持ちから適当に選んだわよ。アレンジすれば使える服ならけっこうあるし」

「ミアも可愛い服ならいっぱい持ってるよー」

 

 お嬢様か?

 

「あんたたちこそ土壇場で動いてないで先を見て行動しなさいよ。これからのこと考えたらオリジナル曲作って衣装用意するくらい始めててもいいんだから」

「美夜じゃないんだからそこまでできない」

「そりゃ、あたしについてこられる奴なんてそうそういないけど。わりと若干嫌味で言ってるわよね?」

 

 美夜たちのほうも順調らしい。

 身長も性格もぜんぜん違う二人、果たしてどんなユニットになるのか。

 少なくとも言えるのは──並大抵のことでは勝てないということだ。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 初心者向け中心で組んだ授業は徐々にステップアップしつつも比較的ゆっくりと進んでいく。

 

 月曜日──必修科目は同じクラス、つまりBクラスのメンバーが集まるので選択科目よりもハイレベルだ。

 Aクラスだった時よりはこれでも楽になったが。

 上手い生徒の実力を見せつけられながらの授業には独特のプレッシャーがある。

 

 それを思うと、入学当初に組んだカリキュラムだと少し物足りなくなってきたかもしれない。

 万桜なりに成長しているということか。

 余裕ができるのも悪いことじゃない。

 その分、放課後の自主トレに余力を残せるし、細かいところに目を向けるチャンスにもなる。

 

 ──部室で見せてもらった蛍の動きは万桜とは別格だった。

 

 入学式や体育祭のパフォーマンスもそう。

 あらためて一人一人に注目して見返すとそのクオリティの高さがわかる。

 ステップ、ターン、ジャンプ。

 動きひとつ取っても何気なくただやるのと、経験を積んだ者が本気でやるのとでは全然違う。

 

 姿勢。視線移動。指の形。

 

 スローで再生して自分のパフォーマンスと比べてようやくわかるようなレベルだが、積み重なると素人目にも「なんかすごい」とわかる。

 

「やっぱり、奏音との差もなんとかしないと」

 

 今回は学院施設を多少予約できた。

 数日置きの飛び飛びだが、そのほかに蛍から「部室は自由に使っていいよ」と言ってもらえている。

 部室は物があるので本格的な練習には使えないが、ソロで振り付けを繰り返すくらいなら十分。

 

 そうして見えてきたのは、万桜の至らなさ。

 

 美夜はもちろん、彼女とライブバトルで渡り合った奏音のレベルも、やはり高い。

 顔も、身体も、大きく違わないからこそレベルの差がわかる。

 妹のパフォーマンスは、圧倒的に綺麗だ。

 所作に品があり、細部まで丁寧に演じられている。

 

 万桜はタオルで汗を拭き、水分補給をしながら、

 

「入学前はどんなレッスンしてたの?」

 

 今は部室で二人きりだが、蛍や、もう一人いるらしい部員が来るかもしれないので口調はよそ行きのまま。

 問われた奏音も特に気にすることなく「そうですね」と首を傾けて、

 

「一通りは経験したかと。水泳、絵画、ピアノ、バレエ、日舞、声楽、社交ダンスに現代的なダンス、エアロビクス、もちろん合唱もやりましたし、少しだけですがバイオリンも──」

「化け物?」

「かじっただけのものもありますので大したことではありません」

 

 いや大したことだろ。

 ため息。

 

「……わたしがどれだけぬくぬく育ってきたかよくわかる」

「お姉様は入学を予定していなかったのですから当然でしょう」

「それでも、わたしには奏音に無責任なことを言うくらいしかできなかった」

 

 奏音が習い事漬けだったのは昔からだ。

 小学校低学年からその兆候はあったし、学年を重ねるほどさらに顕著になった。

 辛いと泣いている妹の姿も瞼に焼き付いている。

 一方の万桜は放任されていて、

 

『愚痴なら俺に言えよ。なにもできないけど、少しでも奏音を応援したい。俺はお前が羨ましいんだ』

 

 今思えばなんて身勝手だったのか。

 

「奏音は自分で選んだわけじゃない。人に決められてここに来ただけなのに、小さい頃からあれだけ苦労して──」

「いいえお姉様、それは違います」

「え……?」

 

 ふわり。

 奏音の両腕が万桜の身体を包みこんだ。

 一緒に寝たり風呂に入った中とはいえ、あらたまって抱きしめられるとどきどきする。

 スキンシップなんて成長するほど少なくなっていて。

 中一の時だって、せいぜい男友達と小突き合う程度。

 だから、妹の温もりがとても心地良い。

 

「確かに昔のわたくしはあの人に言われるまま、嫌々、心奏入学を目指していました。ですが、今ここにいるのは紛れもなくわたくしの意思です」

「……本当?」

「ええ、もちろん」

 

 眩しいくらいの笑顔。

 

「お姉様は知らないのです。幼いわたくしにとって、お姉様の励ましがどれだけ救いになっていたか。……お姉様の『あの時』の覚悟が、わたくしの心をどれだけ惹きつけたか」

 

 あの時。

 万桜が真昼の尻に潰されて死にかけた時。

 傍から見ればスプラッタな光景だったはず。むしろホラーと感じてもおかしくないくらいで。

 万桜自身でさえ短絡的と反省しているのだが……格好いい、とそう思ってくれるのか。

 

「いいですか、お姉様? わたくしが目標とする『歌姫』はお姉様です」

「……わたし、まだ『歌姫』じゃないけど」

 

 あっけに取られて呟けば、奏音は「いいのです」と首を振った。

 

「大切なのは志。わたくしはお姉様から一番大切なものを教わりました」

「目標にするなら真昼先生にすればいいのに」

「あら。あの方の能力は尊敬していますし、誠実さも評価いたしますが──わたくしにとってあの方はただの人です」

 

 さらりと言ってのけやがって。

 やっぱり仲悪いんじゃないのか。……まあ、男と違って「愚民」とまでは言われていないので、奏音なりに真昼を認めてはいるのだろうが。

 万桜はふっと笑って、

 

「奏音。やっぱりあの練習、やってみよう」

 

 案として上がっていたものの保留となっていた演出プラン、および練習方法について口にした。

 すぐにそれに思い至った妹は「本気ですか?」と目を丸くするも、

 

「うん。それなら少しはわたしが先輩風吹かせられるかもしれないし」

「……動機が不純過ぎますけれど」

 

 最終的にはこくん、と頷いてくれる。

 

「わかりました。この際です、できることはすべてやりましょう」

 

 

    ◆    ◆    ◆

 

 

「ミア。今のところもう一回行くわよ」

 

 松蔭(しょういん)美夜(みや)が燃えている。

 時間の許す限り繰り返し練習を行い、気になるところがあればとことん突き詰める。

 誰よりも自分自身に厳しく、他人にも厳しい。

 明星(あけほし)ミアはそんなユニットパートナーのストイックさを好ましく思い、尊敬しつつも「ほんとにもー」と心のどこかで思っていた。

 

「それはいいけどさ、美夜ちゃん、先生とちゃんと話したの?」

「……関係ないじゃない」

 

 高峰(たかみね)真昼(まひる)の名前を出すと美夜はあからさまに表情を硬くした。

 真っ直ぐに前だけを見ている青い瞳がそっぽを向き、なんというか『拗ねている』感じになる。

 

「関係なくはないよ。友達の悩みだもん」

 

 真昼と美夜が姉妹なのはもうみんなが知っている。

 大勢いるクラスルーム内で公言したのだから一年生中に広まるのなんてすぐだし、そこまで行けば二、三年生にもすぐ伝わる。

 本人がこの性格なのと、近くにいる万桜と奏音が「そっとしておこう」という態度なのであれこれ聞かれたりはあまりしていないようだが。

 

 みんながどうするかはミアには、それこそ関係ない。

 

「先生でお姉さんでしょ? 喧嘩したままにしておくのは良くないよ」

「別に喧嘩してるわけじゃないわよ」

 

 ほんとにもう、この子は放っておけない。

 

 美夜はすごい。

 誰よりも努力できる子だし、ツンツンしていてもちゃんと反省できるし、悪いと思ったら謝れる。

 なのに、コンプレックスを突かれるとすぐにむくれて意固地になる。

 

「親が離婚して、あの人が忙しくなって、話すきっかけがなくなっただけ。向こうだって別に仲良くしたいとか思ってないのよ」

「そうは見えないけどなあ」

 

 ミアが見かけただけで二回、真昼は美夜に声をかけようとしていた。

 授業で一緒になることはほぼないミアでそうなのだから、実際はもっとたくさんそういう機会があったはずだ。

 

「……姉さんはあたしのことなんてなんとも思ってないのよ」

「そういうのを喧嘩してるって言うんじゃないかなあ」

 

 あるいは意地を張っているのか。

 もしかしたらお互いに。

 

「ミアは子供だけどさ。子供だからそういうのすぐわかるんだよ。大人はすぐ『事情があるのかもしれない』とか言うじゃない?」

「なんなのよ、もう。今はそんな場合じゃないでしょ」

「まあ、そうなのかもしれないけど」

 

 美夜は、今回のライブにかなり熱を入れている。

 普段からストイックな性格だが、輪をかけて練習に打ち込んでいる。

 きっとなにかがあるのだ。

 もしかしたら真昼にも関わっているのかも。

 それから、

 

「万桜ちゃんたちも頑張ってるみたいだね」

「っ」

 

 万桜の名前を出すとあからさまに表情が動く。

 本当にわかりやすい。

 

「……あいつとなんか話したわけ?」

「少しはねー。けっこう同じ授業になるし」

 

 ミアが聞くと敵情視察みたいになってしまうので、詳しい作戦とかは聞かないようにしているが。

 

「万桜ちゃんと奏音ちゃんが変なところで練習してるのも見たよ。なんか面白いこと企んでるんじゃないかな?」

 

 小鳥遊万桜は、この心奏学院の中でも目立って特別な女の子だ。

 日本人離れした美貌と双子の妹、奏音の存在もあるけれど、それだけではなくて。

 15万超えという圧倒的なエナジー量。

 裏腹に入学までほとんど経験がなかったというアンバランスな経歴。

 

「万桜ちゃんはすごいよね。ミアは万桜ちゃんこそ天才だと思うよ」

 

 言うと、美夜は「……そんなことわかってるわよ」と呟いた。

 

「気を抜いたらあいつにすぐ追い抜かされる。だから、死ぬ気で練習しないといけないんじゃない」

「万桜ちゃんのエナジーにいつか追いつけるとしても?」

「追いつけるかどうかなんて、わかんないわよ」

 

 血を吐くような言葉だった。

 『歌姫』のエナジーは理論上、無限に伸ばすことができる。

 しかしそれはあくまで理論上であって、たいていの者はある時急に「伸びが悪くなる」。

 成人あたりで来ることもあれば、もっと早いことも、もっと上の年齢まで安定して伸び続けることもある。

 

 15万は、心奏に入学できる生徒の何割かが『一生かかっても到達できない』値だ。

 そして。

 

「あいつのすごさはそんなところじゃない」

「うん、そうだね」

 

 飲み込みの早さ。馬鹿みたいに努力できる性格。

 本人は自分を凡才だと思っているかもしれないが、いくら2000mとはいえ、本気の美夜にたった二ヶ月で追いついたのだ。

 歌やダンスのパフォーマンスにしたって授業でしっかり取り組み続けて、既に素人ではなく初心者、あるいは中級者を目指して勉強中の立場にある。

 

 始めたては伸びやすいというのはあるし、エナジー量の助けを借りているというのもあるが、それでも驚異的な成長率。

 そこに「努力し続けられる才能」が加わればどうなるか。

 美夜も努力の鬼だが、彼女が「前を向いている」とすれば万桜は「上を向いている」。

 

 先を走る相手を追いかける者と、空の星々に手を伸ばそうとする者。

 

「万桜ちゃんと奏音ちゃんが組んだら、きっとすごいことになるよ」

 

 奏音は、どちらかというと美夜に近いタイプだ。

 勤勉で、完成度が高い。

 しかし彼女は美夜と違って柔軟な気丈さを持っている。

 そして姉妹という特権によって、あの万桜を最も近くで見続けている。

 

 『歌姫』として本格的に学び始めた姉の急成長に、あの秀才が刺激を受けさらに飛躍するとすれば。

 

「楽しそう。いいライブになるね」

「……あたしは、あんたのその性格が羨ましいわよ、ミア」

 

 美夜は呟いて、再びダンスの定位置につき。

 

「それでも、勝つのはあたしよ」

 

 一ヶ月という期限が着々と、粛々と、彼女たちに近づいてきていた。

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