性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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夏休みの始まり

「………わ」

 

 自動開閉のドアの先には、20〜30人におよぶ女子の着替え姿があった。

 思わず立ち止まると「ひゃん!?」美夜の指が脇をつついて、

 

「入り口で立ち止まるんじゃないわよ」

「ご、ごめん」

「ほらほら万桜ちゃん、早く行こ?」

 

 ミアに手を引かれて入室する。

 小さなやり取りに何人かが振り返って、

 

「あ、小鳥遊さんだ」

「やっほー」

 

 ごめんなさい、と言って帰りたくなったが、ここにいていけないことはなにもない。

 ……少なくとも言える範囲では。

 諦めて万桜は空いているロッカーを選び、荷物を開いた。

 

「こんなのまで送ってくれた時は使うとは思わなかったけど」

「あるに越したことはありませんでしたね」

 

 隣に立った奏音ともども、取り出したのは水着である。

 

 ──クラス分けと成績発表の翌日は終業式だった。

 

 一学期が終わって夏休みに。

 それを記念して、終業式の翌日である今日──普段は水泳部や一部授業等で利用されている学内の温水プールが遊泳用として開放された。

 人数が多いので利用は時間制。

 9時30分〜11時30分までが三年生、12時〜14時までが二年生、そして14時30分〜16時30分までが一年生。

 

 万桜たちもせっかくだし、いつものメンバーでやってきたのだが。

 

 夏休み初日とはいえさっそく帰省する者もいる。

 そんなに混み合わないかと思いきや、普通科の生徒と合同のせいか大盛況である。

 なお、当然のように本日男子は使用禁止。

 男どもは明日が開放日らしい。ちなみに明日なら女子も時間関係なく使えるが──わざわざ男どもに交ざろうとする生徒はそういない。

 彼氏と一緒に泳ぎたいとかなら別だろうが。

 

 さて、万桜たちの持ってきた水着は授業や学校施設利用のための指定水着──いわゆるスクール水着である。

 もちろん海パンではなくワンピース型。

 周りには遊泳用の可愛い水着を着ている者もいるが、万桜たちのグループは全員スク水だった。

 

「前もって水着買っとけば良かったねー。せっかく泳げるんだし」

「必要ないわよ。海とかプール行く予定もなかったし」

「じゃあ今から立てればいいんだよ! お買い物に水着も追加しよ?」

 

 現在中一相当のミアは可愛らしい体型にスク水がとても似合っている。

 彼女に関しては特にいかがわしい感情も湧かない。妹と一緒にプールに来たような微笑ましさがある。

 

 なお、実の妹は育ちまくって普通のスクール水着じゃ窮屈そうだが。

 

「あんたたちの水着(みずぎ)ちょっとエロいわよね」

 

 モデル体型にスク水をフィットさせ、色気と格好良さを両立した美夜が万桜たちの水着を見て言う。

 

「……人が気にしてることを堂々と」

「まあ、わたくしたちのサイズですと通常の品は逆に競泳向きではありませんからね」

 

 万桜たちのは胸の大きい生徒用の特別製。

 立体的な縫製によってカップ部分がある程度確保されており、巨乳女子が着ても身体にフィットする。

 普通のスク水だといわゆる『乳テント』だの『乳カーテン』だのが発生するが、このスク水なら見事な『乳袋』が出来上がるわけだ。

 

 その分、見た目からしてエロい。

 巨乳のせいで普通のスクール水着が着られないとか、胸を包み込むための形をした水着とか、どう考えてもエロいだろう。

 中学時代の友人や普通科の男子たちが見たら「ひゃっほう!」とか歓声を上げそうだ。

 

 ドリンクのプラカップくらいなら挟んで保持できる巨乳を服とブラから解放した万桜は、ふう、と息を吐いて、

 

「ほんとなんなのよあんたたち。自慢なの? 煽ってるの?」

 

 モデル体型の美少女に睨みつけられた。

 

「美夜、そういうの気にするんだ?」

「確かに。運動の邪魔だと思っていらっしゃるとばかり」

「思ってるわよ。思ってるけど、それはそれとして憧れるじゃない」

 

 まあ、わかる。

 

「まあまあ。美夜ちゃんもすっごく可愛いよー?」

 

 年下に慰められている(煽られている?)美夜を横目に水着を装着。

 あらかじめ配慮されているだけあって快適だ。保持力も高いので胸が持ち上げられている感があり、

 

「いかがですか、お姉様?」

「ん、これ思ったより気持ちいいかも」

「ふふっ。大きいと肩が凝りやすいですものね?」

 

 暗に「すっかり女の子の感想ですね?」と言われたとわかって、万桜は軽く頬を染めた。

 

 ぷい、と顔を背けつつ、泳ぐために髪をまとめて結い上げる。

 風呂の時もいつもやっていることだが、これも男子時代にはなかった作業。

 泳ぐだけでも面倒な手間がいくつもあるとは難儀である。

 

 準備が整うと、奏音や美夜、ミアはデバイスをロッカーに収納した。

 開閉のためのキーはリストバンドというかブレスレットで、各々のエナジーに反応すると自動収縮、腕にぴったりとフィットする。

 

「そっか、水濡れ対策」

「防水はついていますが、デリケートな機器ですからね」

「あんたのは完全防水だっけ。便利でいいわよね」

「うん、すごく高かっただけはある」

 

 おかげで運動中もシャワー時も外さなくてすむ。

 耳で揺れるピアスに軽く触れて、万桜は「行こ」とみんなを促した。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「わ、眩しい」

 

 プールサイドに出ると、照りつける太陽が万桜たちを襲った。

 

「ああ、天井開けてガラス張りにしてくれてるのね」

「屋内プールだって言うから気分出ないかと思ったけど、これなら普通にプールだねっ」

 

 寮も校舎内もエアコン完備なので感じる機会は少ないが、夏である。

 日差しは強く気温は高い。

 登下校の短い間でも汗をかくくらいであり、外での運動となればわりと拷問。

 だからこそ、プールの時にはそれがありがたい。

 

「わ、水冷たいよー!」

「温度も下げてくれてるんだー」

 

 他の生徒たちの歓声に若干、口元が綻ぶ。

 小学校の頃なんかは友人たちとよくプールに出かけたものだ。その時のことを思い出す。

 もちろん当時の友人は男子だったわけだが。

 

「そうだ。写真撮っておこうかな」

 

 こういう時こそSNS投稿のチャンスである。

 なにかと写真を撮る癖がついてきた万桜はデバイスのカメラモードを起動。

 

「あ、いいなー。万桜ちゃん、ミアも撮って撮ってー」

「もちろん」

 

 自撮りしたついでにミアたちも撮影する。

 さらにおまけで四人での記念撮影もして、

 

「ありがと。防水のデバイスってやっぱり便利よね」

「ん。画像は後でみんなに送る」

 

 ぱぱっとつぶやいたーを起動し「今日はみんなとプールです」と画像を投稿すると、すぐさまいくつもの反応がある。

 

『俺、今だけ女子になれないかな……?』

 

 正直か。

 ふっ、と笑った万桜は「もう少し楽しませてやるか」と決意。

 温水と言いつつ冷たくて気持ちいいプールを楽しんでから、水に濡れた後の姿でもみんなと記念写真を撮った。

 

 それから、プールから上がった後の炭酸飲料も信じられないくらい美味しかった。

 

「あー、やっぱり水に浸かるのもいいわよね。人多すぎてほとんど泳げなかったけど」

「負荷をかけすぎず運動もできますからね。浮遊感、という意味では飛行の予行演習にもなるかもしれません」

「うん。余裕がありそうなら水泳の授業も取ってみたくなった」

「うーん、取りたい授業ばっかりで困っちゃうねー」

 

 授業選択は学期ごとなので、二学期にはまた新たに選ぶことになる。

 どうやら一学期びっしり詰め込んだ程度ではぜんぜん、悩む余地はなくなりそうにない。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「部屋を空ける時って、思ったよりも面倒だな」

「戻ってきたら大惨事、ということのないようにしなければなりませんからね」

 

 冷蔵庫の中身を空っぽにし、スイッチを切り忘れた家電がないのを確認して。

 洗濯物の干しっぱなしは基本、部屋干しか乾燥機なので大丈夫として。

 

 旅行用のカートに荷物を詰め、万桜たちは寮の部屋を後にした。

 

「あら、お帰りですか?」

「はい。二、三日留守にするつもりです」

「そうですか。どうぞごゆっくり」

 

 一階のロビーで管理人のななせと会ったので軽く挨拶。

 彼女に見送られながら『(エトワール)』寮を離れ、目指すは港──ではなく『駅』だ。

 

「時間的には余裕を持って間に合いそうですね」

「うん。大した距離じゃないし」

 

 『駅』があるのは島の外周部。

 入学前の万桜なら歩くだけでひいひい言っていたかもしれないが、あの頃とは基礎体力が違う。

 能力による身体強化や疲労軽減も可能なので多少の移動はまったく苦にならない。

 

「シャバに出るの、なんか変な感じ」

「お姉様にとってはとても久しぶりですものね」

 

 それ以上に、来る前と今とで『自分』が変わりすぎて現実感がない。

 たった四ヶ月の間に寮と心奏が自分の居場所のようになっていることを感じつつ──。

 

「実はわたし、見るの初めて」

 

 万桜たちは『駅』に到着した。

 駅、と言っても鉄道ではない。『歌姫』関連技術を利用した超高速便の発着場だ。

 動力にエナジーを利用しているため船とはスピードがまるで違う。

 飛行機よりもさらに早く、本土までは約十五分。

 

 白を基調とした清潔感のある建物に入り、デバイスで受け付けを済ませると、さっそく発着場へ。

 小型のバスから車輪を取り除いたような外観。

 中は新幹線に近い構造で、ふかふかの座席にシートベルトが取り付けられている。

 

「奏音は何度も乗ってるんだっけ。これ、ちょっと怖くない?」

「怖いという意味では電車や飛行機も変わりませんので、特には。もし事故が起こってもこの便でしたら十中八九海上ですから、下手な街中より安全ですし」

 

 そういう考え方もあるか。

 この乗り物は単純に『箱』と呼ばれている。電車とかバスのようなちょうどいい名前が定着しなかったのでちょっと安易だ。

 『箱』はさすがに本土で向かう心奏学院生で賑わっていた。

 一年生と手を振り合い、上級生にぺこりとお辞儀をして──やがて来る浮遊感を待つ。

 

『当機は間もなく出発いたします』

 

 『箱』はある意味とてもシンプルな仕組みだ。

 運行が始まるとまず浮く。

 地上から数メートルの位置まで浮き上がると、本体下部に力場でできた仮想のレールを形成。

 能力によって加速時のGを大幅にキャンセルしながら、進路に向かって「ぶっ飛ぶ」。

 

 なにかを噴射しているわけでもなく、純粋な力でまっすぐに前進するのだ。

 もともと海のすぐ傍だったのもあってあっという間に島が見えなくなる。

 

「速……!?」

 

 理屈としては知っていても驚異のスピードである。

 というか、揺れもGもほとんどないせいで、周りの景色が変わらない限り「いま馬鹿みたいな速さでぶっ飛んでます」という実感が逆にない。

 こんなスピードで事故ったらほんとに死ぬわ、という感じだが、今のところこの超高速便が死者を出したという話はない。

 

「運転している『歌姫』と、緊急時に対応する『歌姫』の二人体制で運用しているのでむしろ事故は起こりづらいのですよね」

 

 あらためて『歌姫』やばい。

 

「この超高速便を動かすのもかなり大事な仕事な気がする」

「実際、かなりの高給取りだったはずですよ」

 

 金持ちの海外渡航なんかにこのシステムが使われることがあり、そういう時はそれこそ馬鹿みたいな額が動くので給料を弾めるのだとか。

 

「お姉様、『ちょっといいかも』とか思いました?」

「ううん。わたしにはあんまり向いてないと思う」

 

 たぶん、万桜はもっといろいろ動き回る仕事のほうが向いている。

 そうして、あっという間に到着。

 

「本土。東京かあ」

「少し肩が凝りましたね」

 

 その程度で着いてしまうのだから恐ろしい。

 

「ここから電車に乗って、ええと」

「三十分くらいですね」

 

 電車に乗っている時間のほうが長いのかよ。

 

 

 

 

 

「……うん。わたしの住んでた街だ」

 

 ホームに降り立った万桜は、ある意味当たり前の感想を口にした。

 正確には「わたし」ではなく「俺」の、だが。

 

「あんまり変わってない?」

 

 首を傾げて言うと、奏音は「そうでもありませんよ」と微笑む。

 

「なくなった建物、新しくできた建物、それぞれあります。全体的な雰囲気で言えばそれほど変化はないかもしれませんが」

「変わってないけど変わったってことか」

「お姉様と同じですね」

 

 そうかもしれないし、ちょっと違うような気もする。

 改札を出て街を歩く。

 さすがにここまで来れば道のりは思い出せる。

 同時に驚いたというか感心したのは人が多い、ということだ。

 

 島も人が少ないわけではないが、必要なぶんの人しかいない。

 それに比べるとこの街は雑多で、人も多い。

 それからなんだかかなり注目されている?

 

 人々と視線を合わせなくとも肌感でわかってしまうのでわりと気になる。

 

「もしかしてわたしたち、目立つ?」

「それはまあ。特にお姉様は容姿が特徴的ですので」

「島ではここまで目立ってなかった」

「心奏は特徴的な方ばかりではありませんか」

「……こうなったらいっそ歌ってみる?」

 

 小さく鼻歌を口ずさむと、万桜の周りにきらきらと光が生まれる。

 おかげで人々は「ああ、歌姫か」と理解してくれたものの、注目されること自体はあまり変わらなかった。

 

「お姉様、少し浮足立っていますか?」

「それは、まあ」

 

 懐かしい街に帰ってきたということは自宅が、母との再会が近づいているということだ。

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