性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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久方ぶりの里帰り

 

 お屋敷とまではいかない、けれど十分『豪邸』と言っていい一軒家。

 それが、万桜と奏音の生まれ育った家だ。

 

 小さい頃、よく駆け回った庭。

 父と母の車を置けるように二台分のスペースがあるガレージ。

 清潔感のある外観と、窓が多めのデザイン。

 久しぶりにこの家を見ると、胸が締め付けられるような気持ちになった。

 

「……変わってないな、ここは」

「そうですね。変わっていません、良くも悪くも」

 

 帰ってきてしまった。

 養われている身である以上、避けて通れない道ではあるものの……ここまで来てもなお気が重い。

 少年だった頃の万桜はこの家にほとんど友達を呼べなかった。

 楽しい思い出ばかりかというとそうではなくて。

 

 ──それに、果たして母は万桜を「どう」認識しているのか。

 

 認識改変の処置が施されて性転換の違和感は緩和されているらしいが、よく知っている相手ほど効果は薄いとも聞いている。

 緊張で足を止めていると、奏音がそっと視線を向けてきた。

 頷いて、手を伸ばす。

 奏音の持っていたカードキーを門の傍にあるセンサーにかざせば、それでロックが解除される。

 子供の頃、当時最先端だったシステムを母のたっての希望で導入したのだ。

 

 万桜の分のキーは事故の際にばきばきになってしまったので今はない。

 

 玄関の鍵も同じようにして開けると、懐かしい「自宅の匂い」を感じた。

 続けて、ぱたぱたと誰かがやってくる音。

 

「お帰りなさい、万桜、奏音」

 

 落ち着いた服に身を包んだ一人の女性。

 高校生の子供がいるにしては若く見える笑顔は最後に見た時と変わらない。

 穏やかに、二人を出迎えてくれた彼女が。

 

「ただいま、母さん」

 

 万桜と奏音を産んだ女性。

 主観でも一年近く会っていなかった母、その人だった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「まだ言っていなかったでしょう。入学、本当におめでとう」

 

 そのままリビングに通されてお茶を振舞われた。

 近隣では随一と評判の洋菓子店のケーキも一緒だ。

 持ってきた荷物は部屋の隅に置いて。

 

「あなたたちは私の誇りよ。まさか二人揃って心奏に入学してくれるなんて。そうそう、あとで制服姿を見せてくれないかしら?」

「ええ、それくらいでしたらもちろん構いませんが……」

 

 奏音が若干、困惑した様子で答える。

 母が優しいのは今に始まったことじゃない、少なくとも奏音に対しては。

 なので彼女はある程度普通に応対できているものの……万桜はそれどころじゃなかった。

 

 ──なんかめちゃくちゃもてなされてるな?

 

 奏音に対して甲斐甲斐しい母は、万桜に対してはそっけなかった。

 衣食住を省かれることこそなかったものの「ああ、いたの」程度の扱いがデフォルトだったのだが。

 

「母さん。……()()()にどこか変わったところ、ない?」

 

 悩んだ末、万桜は自分から切り出した。

 話の腰を折られた母は一瞬目を丸くした後、すぐににっこりして。

 

「もちろん。……そのピアス、とっても素敵。最新式のデバイスなんでしょう? そんな高級品を提供してくださるなんて、万桜が期待されている証拠ね?」

 

 もっとよく見せてほしい、と言うので近づくと──ふわり、優しく抱きしめられて。

 

「ごめんなさい、万桜。……今まで辛くあたって。あなたも大事な、私の娘よ」

 

 こんな風に抱きしめられたのは、いったい何年ぶりだろうか。

 

 

 

 

 

 

「母さん、完全に俺のこと『娘』だと思ってるな」

 

 妹の部屋に入るのはこれまた何年ぶりだろうか。

 小学校高学年に入る頃には「女の子の部屋に気軽に入るな」と言われていた。

 そうでなくとも奏音は習い事漬けで忙しく、邪魔になるから訪ねられなかった。

 

 奏音だって帰るのは久しぶりだろうに部屋は綺麗に整頓されている。

 中学卒業からろくに使っていなかったわりに大人っぽい内装──と思う一方で、小さい頃の誕生日プレゼントであるでかいくまさんがちゃっかり鎮座していたりもする。

 近寄って「こいつ触っていいか?」と尋ねると「構いませんよ」と言ってもらえたので抱きかかえてみた。

 でかい。

 高校生の万桜でもそう感じるのだから、子供の奏音にはなおさらだっただろう。

 ふかふかだし、抱いて寝るのにも良さそうだ。

 

 妹の部屋に気兼ねなく入れるのだから、女子になるのもいいものである。

 割と子供っぽい万桜の行動に奏音は小言を言うことなく荷解きを始めながら、

 

「お姉様、ご自分の部屋には行かれなかったのですか?」

「行ったよ。行ったけどごっそり物がなくなっててな」

 

 最後に使ったのが中一の時なので、万桜の部屋は典型的な男の子の部屋だ。

 マンガにゲーム、小さい頃に遊んだヒーローグッズ。

 事故に遭う予定なんてなかったので相当アレな状況だろうと思っていたのだが──当時の私物はほぼ根こそぎ処分されていた。

 残っているのは家具くらいのもので、まあ、ある意味さっぱりはしたが。

 奏音は「……あの女」と声に怒りを滲ませて、

 

「どこまでお姉様を蔑ろにすれば気が済むのですか」

「さすがに実の母親に『あの女』はよせって」

「ですが……! 白々しくもお姉様を抱きしめたりして……!」

 

 なんで奏音のほうがそこまでヒートアップするのか。

 

「いや、ほら、学院側の工作かもしれないだろ」

「十中八九あの女の仕業だと思いますが」

 

 まあ、万桜もそう思う。

 奏音は、はあ、とため息をついて、

 

「彼女の中でお姉様はもう完全に女の子なのでしょうね」

「なのに、俺の部屋になぜか男物の荷物があるから処分したってわけか」

「思い出の品もあったでしょうに……そういうところが本当に」

「まあまあ。変なところからバレても困るし、どうせもう着られないからな」

 

 中一男子の服じゃさすがに小さい。

 

「持ってきた分しか着るものがないのは困ったもんだが」

「わたくしの服をお好きに着ていただいて構いませんよ。……そうだ、滞在中はこの部屋を一緒に使いましょう?」

「それじゃ向こうにいる時と変わらないだろ。……っていうか、口調も気を付けたほうがいいかも」

「あの女なら確実に『女の子なのにはしたない』と小言を言いますね」

 

 母は奏音に優しいが、同時に教育ママでもある。

 

「まあ、せっかく帰ってきたのです。少しはゆっくりいたしましょう。今日は腕によりをかけた御馳走だそうですよ?」

「うん、それは普通に楽しみ」

 

 そしてその日の夕食は予告通りの豪華なメニューだった。

 

 

 

 

 

 

 一本丸ごと買って切り分けたバゲット。

 生ハムとチーズをたっぷり使った野菜サラダ。

 牛フィレ肉のシチューに鯛のムニエル。

 大皿に盛られたペペロンチーノに、何種類ものバリエーションのあるカナッペ。

 デザートはホールケーキで、さらに「足りなければピザでも注文しましょうか?」と言うので慌てて止めた。

 

「二人が成人していたら上等なワインを用意したのだけれど」

「十分です、お母様。むしろ食べきれないくらいです」

「あら。若いんだからたくさん食べなさい。『歌姫(ディーヴァ)』はそう簡単に太ったりしないでしょう?」

 

 いや、美夜とミアも呼びたいくらい量あるぞ?

 とにかくジュースで乾杯して食事を始める。

 こう見えて(?)母は文句なく料理が上手い。

 

「万桜は料理が苦手だったかしら。駄目よ、一通りできるようになっておかないと。ねえ奏音?」

「お姉様でしたら料理くらい、できなくても困らないと思いますが」

「それじゃあ将来結婚する時に困るでしょう」

「料理のできる愚民を見繕うか、できるように教育すればいいだけのことです」

 

 しかし、始まった会話はなかなかにスリリングである。

 初めて母から「料理をしろ」なんて言われて愛想笑いをしていたら奏音が変な応じ方をする。

 思うところがあるからってさすがに刺々しくないか、と思っていたら母は「それもそうね」となぜか納得してしまった。

 

「『歌姫』だものね。男のほうがあなたたちに従うべきだわ」

「さすがお母様、男性について正しく理解されていますね」

 

 いや、なかなか過激だよ! ……まあ、万桜も同意見なんだが。

 

「うん。男なんて女の前に跪いて尽くすもの。そのためなら料理でもなんでもやるのは当然」

 

 まずい、ツッコミ役がいないな?

 もちろん万桜も奏音も、自分の思想が世間一般と必ずしも一致しないことはわかっている。

 ある程度の分別はつけているものの、似たような考えの人間ばっかりで集まると危険思想の集会のようである。

 

 ともあれ意外と入学祝い兼、里帰り祝いの食事会は和やかに進んだ。

 母は終始上機嫌で二人、特に万桜にあれこれと話しかけてくる。

 

「エナジーはどれくらいになったの? 二人ともAクラスなんでしょう? 心奏での生活はどう? あそこは素晴らしいでしょう?」

 

 前代未聞レベルで高い万桜のエナジー量にはきらきらと目を輝かせて喜んでくれたし、入学記念ライブや体育祭の映像もすでにチェックしてくれていたらしい。

 万桜たちにとってはただの思い出話でしかないものを、本当に楽しそうに聞いてくれて。

 

「ああ。あの心奏で特待生だなんて、万桜は本当に優秀ね」

 

 ワインの入ったグラスを片手に夢見るように彼女は言った。

 

「あの万桜がまさかこんなに成長するなんて。『歌姫』と事故を起こして怪我をさせたって聞いた時は本当に耳を疑ったけれど……私の見る目がなかったのね。だって、あなたはこんなに素敵になったんだもの」

 

 それは、万桜が今まで聞いてきた中で最大の賛辞で。

 今まではどんなに求めても得られなかった母の誉め言葉が「小鳥遊万桜」を称賛すると同時に、これでもかと「小鳥遊真央」を否定してくることに──情緒をぐらぐらと揺さぶられた。

 女になって、『歌姫』を目指すことを肯定してもらえるのは嬉しい。

 母に褒めてもらえて、抱きしめてもらえるのも、幼い頃の万桜がずっと求めていたことだけれど、

 

「奏音も、万桜に負けないように頑張りなさい」

「……はい、お母様」

 

 母の優しさは、万桜たちにとってある種の『毒』だった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 母は『歌姫』ではない。

 母の母、つまり万桜たちの祖母が『歌姫』だったため、彼女もそれを目指したものの才能が足りなかったらしい。

 一般人としては高い素養が「年齢より若い容姿」などに現れてはいるものの、専門的な訓練は受けていないし、エナジーの量も決して多いとは言えない。

 成長途上にある奏音のエナジーよりも少ないと言えば実用レベルでないことはわかるだろう。

 

『ねえ、奏音? あなたは女の子なんだから、将来は歌姫を目指すのよ』

 

 小さい頃から、母が妹にそう囁くのを何度も目にした。

 

『あなたにはきっと才能があるわ。だから、きっと心奏に入ってね』

 

 期待。

 自分の叶えられなかった夢を娘に託した──そういうことなのかもしれない。

 憧れながらも目指すことさえ許されなかった万桜には、少しだけその気持ちがわかる。

 

 けれどそれは同時に呪いでもある。

 結果的に心奏入学に繋がったとはいえ、奏音の子供時代は必ずしも幸せとは言えないものだった。

 そして、あれだけ努力して繋げた『合格』でさえ、ぽっと出の万桜の『特待生』に上書きされてしまった。

 

「やっぱり、予定通りに心奏(むこう)に戻ろう」

 

 夕食や入浴を終えた後、奏音の部屋で万桜はそう妹に告げた。

 ベッドに腰かけてくまさんを抱えた妹は、滅多に見ないふくれっ面で、

 

「……お姉様はあの女に愛されていますから、たっぷり滞在なさればいいではありませんか」

「ばーか。大事な妹を適当に扱われて俺が嬉しいと思うか?」

 

 今までは万桜がみそっかす扱いだったわけだが。

 だからこそ、あんな思いを妹にさせて黙ってなんかいられない。

 擬態を解いてそう告げると、奏音は驚きに目を丸くしてから瞳を潤ませた。

 

「本当に。お姉様はわたくしの心を簡単にかき乱しますね」

「心配しなくてもお前は俺の自慢の妹だよ。俺なんかが簡単に勝てるかっての」

 

 万桜は奏音にも、美夜にも勝ったつもりはない。

 本当の意味で自分を誇れるのは努力で、技術で、彼女たちを一度でも上回った時だ。

 

「こっちにいる間はマンガでも読むかな。今なら電子で買えるし。……まあ、金の心配はあるけど」

「では、やはりアルバイトを頑張らなければいけませんね」

 

 万桜の口にした(半分)冗談に、奏音はくすくすと、楽しそうに笑ってくれた。

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