性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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番外編 服飾部の男の子

 最初に憧れたのは、物心つく前だったと思う。

 

 ──木から降りられなくなった猫を、空を舞って助ける美しい女性。

 

 詳しくは覚えていないものの、憧れだけは今も胸に深く刻み込まれている。

 『彼』にとって『歌姫(ディーヴァ)』は生まれて初めて出会った、ヒーローだった。

 

 成長してからもその思いは変わらず。

 他の男子が仮面を被ったヒーローや戦隊ものに嵌まっている中、彼は女の子向けのアニメを夢中で追いかけていた。

 歌い、踊り、男顔負けのフィジカルを発揮し、笑顔で希望を振りまく彼女たち。

 周りからからかわれることもあったが、それでも、気持ちは変わらなくて。

 

「心奏学院に行きたい」

 

 中学に入学する頃には、自然とそう思うようになっていた。

 

 ──『歌姫』に憧れてはいても、なりたいと思っていたわけではない。

 

 男女の違いは理解していたし、諦めはついていた。

 ただ、だからといって憧れの対象に近づくチャンスを逃したくはなかった。

 

 『歌姫』の卵が成長していくのを間近で見たい。

 

 自分ではなれなくとも、何かの形で彼女たちの力になりたい。

 幸い、親の了承も得られたので、彼は中学三年間を心奏入学のための準備に費やすことにした。

 勉強を頑張るのはもちろん、入学後、具体的に何をしたいのかを考えて──。

 

「珍しいね。男の子で服飾部(うちのぶ)に入りたいなんて」

 

 無事、入学を果たした彼は体験入部期間になるとすぐ服飾部を訪ねた。

 部長を務める三年生の先輩(普通科三年)は彼を前に小さく首を傾げて、

 

「一応聞くけど、えっちな目的じゃないよね?」

「違います」

 

 慌てて首を振った。

 それはまあ、年頃になるにつれてそういう欲求は出てきたし、『歌姫』はみんなして顔が良い。

 年頃の男子として気になってしまうのは確かだが、ここに来たのはそういう邪な目的じゃない。

 

「僕は、僕にできることで『歌姫』を応援したいんです」

「それで、衣装を?」

「はい」

 

 若い男で裁縫に興味を持つのは一握りだ。

 これまた周りからからかわれることが多かったものの、彼は本を読んだり、お小遣いで買った道具を使い練習したりして独学で服飾を学んできた。

 『歌姫』が纏う、華やかで軽やかで美しい衣装たち。

 そのうちの一つでも、自分で手掛けるために。

 

「作詞や作曲はセンスがいるし、自分でやる『歌姫』も多いので……。でも、技術なら頑張れば身に着けられると思ったんです」

「そっかそっか」

 

 部長は深く頷くと、「ごめんね」と笑った。

 

「たまにいるんだよ。女の子に近づけるから服飾部に入りたいって男の子。だから疑っちゃった」

 

 心奏はただでさえ女の園。

 男子はほんの一部に過ぎないが、服飾部は特に女子率が高い。

 部員目当ての入部希望もあるし──採寸などで『歌姫』に密着できるチャンス目当てに来る男子もたまにいるらしい。

 まあその、気持ちはわからなくもない。

 

「でも、君は大丈夫かな。うん、一緒に頑張ろうね」

「っ、はいっ!」

 

 こうして、彼は心奏学院服飾部の一員になった。

 夢への第一歩。

 ようやく、それを踏み出すことができたのだ。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 服飾部での活動は楽しくも、なかなかにハードなものだった。

 

「うちはけっこう忙しいんだ。上手くなりたかったらできるだけ毎日顔を出してね」

「ま、毎日ですか?」

「そう、毎日」

 

 下積みのお陰で素人ではない彼だったが、技術的にはまだまだ。

 衣装を手掛けられるようになるためには先輩方の指導を受けなくてはならなかった。

 よほどの用事がない限りは毎日放課後、部室に顔を出す。

 これはもう、寮生活で良かったと言うほかにない。

 

「一番最初の大きなイベントまで三か月ないからね。頑張ろうね」

「ほんとにハードスケジュールですね……!?」

 

 六月下旬に予定されている入学記念ライブ。

 そこでは歌姫科の生徒たちがこぞってライブパフォーマンスを行う。

 当然、彼女たち一人一人に衣装が必要になるわけで。

 

 一学年百人なので、計三百着。

 全部が全部、服飾部に依頼されるわけではないと言っても戦争は必至だ。

 というかもう、こんなの仕事でやるレベル。

 

 いや、実際依頼を受けて製作するのだから似たようなものだ。

 生徒たちから実費+多少の手数料を徴収するし、もし「間に合いませんでした」となったらその生徒の学校生活に大きく影響してしまう。

 他人の人生がかかっている以上、失敗して「ごめんなさい」では済まないのだ。

 

「部費にも限りがあるからね。無限に練習できるわけじゃないし、気合いを入れてね?」

「は、はいっ!」

 

 他の新入生の中には、ハードすぎて辞めてしまう子もいた。

 趣味でやるレベルを超えているのだから無理もない。

 しかし、その分、先輩方の技術は折り紙付き。

 

 いくつか展示されていた過去の作品も見惚れてしまうような出来栄えで。

 彼は、自分もこんな作品を、と、必死についていった。

 

 そして。

 

「……こんにちは。衣装の件なんだけど、今大丈夫?」

「あ、いらっしゃい蛍。……あれ、そっちの子は?」

「うん、うちの新入部員」

 

 彼は、その少女と出会った。

 

「初めまして、小鳥遊(たかなし)万桜(まお)です」

 

 目をみはるような美貌の少女だった。

 外国の血が入っているのか色白で、かつ端正な顔立ち。

 プラチナブロンドの髪にピンクゴールドの瞳はどこか神秘的な印象で、彼女が同じ人間なのが一瞬、信じられなくなるくらい。

 手足や腰はしっかりと細いのに、胸やお尻は大きく──美しくも大胆な曲線を描くボディライン。

 どこかとらえどころのない表情もあいまって、妖精や天使といった超常の存在を彼に連想させた。

 

 遠巻きに、何度か姿を見かけたことはある。

 他の男子が噂しているのを耳にしたことも、何度も。

 

 けれど、実際に間近で会うのはこれが初めて。

 実物の小鳥遊万桜は、思ったよりもずっと美しい、高嶺の花だった。

 彼女と相対している事実が信じられない。

 胸の鼓動が相手に聞こえてしまわないか心配しながら、万桜とその双子の妹、そして上級生の『歌姫』候補生と引き合わされて。

 

「小鳥遊さんたちの衣装はこの子に担当してもらおうと思うんだけど、どうかな?」

「ええっ……!?」

 

 まさかの大抜擢に声が出た。

 彼は新入生の中では腕が良く、先輩たちの手伝いにも駆り出されている。

 一人での衣装製作だってやってやれないことはないだろうけれど。

 

「先輩、僕で本当にいいんですか?」

「なに言ってるの。そのために頑張ってきたんだし……それに、やってみたいでしょ?」

「それは」

 

 やってみたいに決まっている。

 万桜と、彼女にそっくりなその妹。

 二人に似合う衣装を考えて、激しい動きも考慮した実物に仕上げる。

 腕が鳴るし、考えただけでもどきどきする。

 

「なら、決まりね。……もちろん、二人が良ければだけど」

「はい。わたしたちは構いません。……いいよね、奏音?」

「ええ、もちろん」

 

 そうして手掛けることになった衣装は、彼にとっておそらく一生忘れられないものになった。

 デザインでも実製作でも、一人でまるまる仕上げるなんて夢のまた夢で、先輩方のアドバイスをいただくことになったけれど。

 出来上がった衣装は自分でも惚れ惚れするもので。

 

 自分の作った衣装を纏い、パフォーマンスを繰り広げる万桜の姿には──心から、魅了された。

 

 もっと、もっと衣装を作りたい。

 できることなら、彼女たちの衣装をこれからも。

 それは、彼にもう一つの、新しい目標が生まれた瞬間だった。

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