「弊誌の依頼を受けてくださり誠にありがとうございます」
「い、いいえ、こちらこそ」
こういうのって緊張するもんだな。
万桜は、雑誌のライターだという女性と名刺を交換しつつしみじみと思った。
名刺は学院長や先生からの勧めで作っておいたもの。
学校名、学年、学籍番号などが書いてあるだけの簡単なものだが──まさかこんなに早く役に立つとは。
澄ました顔で隣にいる奏音もさすがに緊張した様子。
付き合いの長い万桜でなければ見逃してしまいそうなあたり、猫かぶりにも年季が入っている。
万桜たちがいるのは、学院内にある
芸能関係に進む生徒も多いため、練習や見学のための場として設えられたもの。
と言ってももちろん、本当にスタジオとしても使える。
生徒を対象に撮影する際はここを使うことが多いらしい。
てっきりまた高速便で本土に行くことになると思っていたので、向こうから来てくれたのは助かった。
このあたりがスムーズに行ったのは担任である真昼のおかげである。
「この子たちをどうぞよろしくお願いします」
「お忙しい中立ち会っていただきありがとうございます。……まさか、あの高峰真昼さんにお会いできるとは思いませんでした。よろしければ万桜さんたちと一緒に取材をさせていただいても?」
「今日はこの子たちの取材でしょう? ……そのうえで、ということでしたら少しだけ」
「本当ですか!? ありがとうございます!?」
付き添い、立会人という形で同席してくれることになった真昼は向こうの担当としばし言葉を交わした後、万桜たちに向き直った。
にっこり笑顔で顔を寄せてきて、囁くように、
「なんか、マネージャーっぽい立ち位置で新鮮かも」
「……先生、少し雰囲気が変わられましたね?」
「そう?」
本人はよくわからないというように首を傾げるが、万桜から見ても真昼は少し変わった。
「先生、丸くなったと思います」
もちろん身体が、ではなく雰囲気が、である。
真昼は「そっか」と頷いて、
「だとしたらあの子と、万桜ちゃんたちのお陰だね」
「そんなことは」
「そうだよ。あれで私、だいぶ気持ちの整理がついたから。……先生になってよかった、とも心から思えたし」
「それなら、よかったです」
つられて微笑むと「その調子だよ」と言われて。
「撮った写真が紙の雑誌に載るわけだし、さらに電子版も出るんだからね? 緊張して変な顔になったら恥ずかしいよ」
「あの、そう言われると余計に緊張してくるのですが」
「大勢の前でライブした子たちがなに言ってるの。大丈夫、変な写真は使われないから。……たぶん」
いや、たぶんって。
ツッコミを入れたくなった万桜だが、真昼が気を紛らわせてくれたのはよくわかった。
おかげで以降の撮影はいくらかリラックスできたような気がする。
奏音の「バイトをしたい」という希望から受けることになった仕事。
雑誌の取材ということで撮影+インタビューというなかなか本格的な形だ。
先方はわざわざ機材を持って複数人で来てくれており、気合いが入っているのがわかる。
実のところ、依頼先の選定にも先生方からアドバイスをもらった。
真昼も
個人的な経験も豊富だしコネもあるので、今の万桜たちに合った仕事や安全な依頼主をいろいろと教えてくれた。
経験に基づく判断がさすがだったことは今回の取材でもよくわかる。
撮影はけっこう長く続けられた。
制服、私服、入学記念ライブの時の衣装──と何度か着替えながら、それぞれの衣装につき複数のポーズで写真を撮る。
ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃ、とすごい勢いで撮られるのでなかなかのプレッシャーである。
しかし、カメラマンが都度「あ、今の表情すごくいい!」とか「はい可愛い、すごく可愛い!」とか和ませてくれるので自然と表情が和らいだ。
今回のカメラマンは男性だったのだが、
「カメラマンって男の人が多いんですか?」
「あー、そうだね。女のカメラマンもいるし、中には『歌姫』もいるけど、やっぱり男が多いかな」
『歌姫』のいなかった頃や少なかった頃に比べると男女の身体能力差は縮まっているものの、能力による補正がなければ男のほうが頑丈なのは確か。
職業柄、重い機材を運ぶことも多いし、あちこち歩きまわることも多い。
被写体によっては自然の険しいところに分け入ることもある。
服や化粧、生理などで余計な手間のかかる女子は不利な業種らしい。
「まあ、『歌姫』のカメラマンなんかは男でも行けないようなところばんばん行くから勝てる気がしないけどね」
やろうと思えばなんでもできる『歌姫』に向いていない職業はない。
人口比率で言うと決して多くはないのが一般の人々にとっては救いか。
万桜たちとしては──うん、将来やろうと思えばなんでもできると言うのも逆に困る。
撮影した写真は厳選に厳選を重ねたうえでごく一部が利用される。
ほとんどの写真が使われないと言うのだから豪快な話である。
これも電子データとして場所を取ることなく残せるからこそである。
で、場所をカフェテリアに移してインタビュー。
紅茶とケーキを楽しみながらの比較的リラックスしたシチュエーションだったが、答えた内容が広く読まれると思うと「下手なことは言えない」とやっぱり意識してしまう。
私生活のこと、学校でのこと、いろいろと突っ込んで聞かれるし。
かと言って「最近、なにか面白いことはありましたか?」とか聞かれても困る。
同席している真昼はくすくす笑って、
「こういうときのためのネタを普段から溜めておいたほうがいいよ?」
「……考えてきたつもりでしたけど、全部忘れました」
デバイスにメモを記録してあったが、あらためて読むと「これ、話して面白いか?」となった。
「大丈夫だよ。答えたことがそのまま載るわけじゃなくて、面白いところだけ使われるから」
「そうなんですか?」
「うん。良くない雑誌だとあることないこと書かれるけど」
「うちはそういうことしないので大丈夫です!」
あくどい雑誌だと「えっちなことは好きですか?」という問いに「恥ずかしいので苦手ですけど、友達の恋バナとかは大好きです!」と答えたら「えっちなこと大好きです!」になっていたりする──とか聞かされながら、なんとかかんとか取材を終えた。
たかが数ページのためとは思えない労力。
いいところだけ使われると言うだけあって、撮影もインタビューもけっこう長く、終わってみれば半日がかりの長丁場。
「ありがとうございました。とてもいいお話が聞けました」
と、OKが出た時には奏音ともどもぐったりしてしまっていた。
「大丈夫、二人とも?」
「先生は、なぜ平気なのでしょうか……?」
「なんでって言われても……やっぱり慣れ?」
慣れるほどこんなことしてたのか。
そういやしてたな……と、過去に真昼のインタビュー記事とかあれこれ読んだのを思い出す。
「先生、昔の雑誌にいろいろ載ってましたけど、あれ全部本当なんですか?」
「万桜ちゃん? 私、あくどい雑誌もあるって言ったよね?」
「……よくわかりました」
アイドルなんかでも「好きな食べ物はいちごタルト(本当はイカの塩辛)」くらいはよくあるそうなので、これもまあ業界の闇──とまでは行かないにせよ、世の中真実だけでできているとは限らないというやつか。
「お金を稼ぐって大変なんですね……」
「そうだよー。エナジー売ってお金がもらえるのだって、利益に変えてくれる人がいるからだしね」
独り立ちするのも難しい。
万桜は、自分がまだまだ未熟であることを強く実感したのだった。