「いろいろ依頼もらったけどさ、能力使う系はまだ無理だと思うんだよな」
「そうですね。わたくしたちは『
万桜たちが初バイトに雑誌の取材を選んだのはそんな理由からだった。
空飛んだり高速移動したり思考を加速させたりするのが当たり前の世界ではまだまだ役に立てない。
おかげでアルバイトは比較的地味な感じに収まったのだが。
中には、ちょっと華やかなものもあって。
八月中旬。
万桜は奏音、それから
ネットに自撮りを上げる時やライブの時以外は地味系な蛍は、高速で移り行く景色に目をやりつつ息を吐いて、
「ほんとびっくりしたよ……。万桜ちゃんたち、初参加でサークル側なんて」
「あはは……。それは、わたしたちもびっくりしました」
三人とも足元には大きめのトランク。
帰省した時並みの荷物だが、これはコスプレ衣装などが入っているせいだ。
「でも、ありがとう。おかげで私まで参加させてもらっちゃって」
「先方が許可してくださったおかげですので、わたくしたちはなにも」
数多く来た依頼の中でも変わり種だったそれは──もともと、蛍と行く約束をしていた大規模な同人イベントに関するものだった。
自サークルのブースでコスプレして売り子をしてほしい。
あくまでも商売ではなく趣味のイベントなので報酬もかなり控え目ではあったものの、万桜たちはこの依頼を受けることにした。
その理由は、
◇ ◇ ◇
「初めまして。今回はよろしくお願いします」
「こちらこそー。突然のお願いを聞いてくれてありがとう、本当に助かっちゃった!」
イベント前日にホテルで合流した今回の依頼主。
柔らかな笑顔で挨拶してくれた彼女は──高めに見積もっても二十代中盤かな? という感じの美人で。
しげしげと見つめていると、軽く首を傾げて、
「学院の後輩と話ができるのも嬉しい」
と、付け加えた。
そこで蛍が前に進み出て、ほんのり赤く染まった顔で、
「あの、
「もちろん。それくらいいくらでも書くよー」
先生、と呼ばれた彼女はもちろん心奏の教師ではなく。
同人活動も精力的に行っている商業漫画家──つまり、読者にとってはある意味『神』と言っていい存在だ。
現時点での彼女の代表作は、万桜たちがライブでコスプレしたあの作品。
双子姉妹が対立陣営に分かれて戦いを繰り広げる美少女バトルものだ。
ライブでコスプレしたら、まさかの原作者からのオファー。
しかも現役『歌姫』兼人気漫画家というレアな存在。
作品を使わせてもらった恩もあるし、心奏のOGとなればいろいろな話も聞けるかもしない。
この依頼を受けない選択肢は正直なかった。
「ほんと良かった。今までお願いしてたレイヤーさんが来られなくなっちゃってねー」
「それって、急用とか?」
「ううん。公式に引き抜かれたから」
サークルで出すのは件の作品の作者公認同人誌だが、それとは別に商業作品として公式が企業ブースでグッズ販売も行う。
作者が依頼するレベルの上質なコスプレイヤーだ、『上』が引き抜くのも無理はない。
万桜たちは彼女たちの代わりということで、
「二人なら知名度もばっちりだし、ある程度はメイクで似せられるって言っても素の双子には敵わないからね」
部屋に荷物を置いた後は一部屋に集まって作戦会議をしたり、コスプレの確認をしたり、雑談をしたりした。
「うちは二日目だから、一日目は広場で宣伝も兼ねて軽くコスプレしてもらえる?」
「わかりました」
「先生は一日目、どうなさるんですか?」
「うん、あちこち回って挨拶したり、欲しいのを確保したりかな。みんなも行きたいところがあったら適当に回ってね?」
女子ばかりなので気安い空間である。
……元男子、というか今でも心は男子のつもりの万桜としては若干申し訳ない。
家族以外の大人の女性とこれだけ近づいたのは実は初めてではないか。
「あ、あと、申し訳ないけど本の中身は見ないでね?
うん、まあ、自分の作品の成人向け同人誌を平気で出す女傑相手なら大丈夫かもしれない。
◇ ◇ ◇
「三枝先輩が来てくださって幸いでした。わたくしたちは初参加ですので」
「私もサークル参加は初めてだけどね。コスプレは慣れてるから任せて」
『歌姫』の存在によって女性の存在感が強いせいだろうか。
会場である国際展示場の空気は想像していたほど暑苦しい感じではなかった。
気温的にはめっちゃ暑いが。
館内は思ったよりも冷房が効いていて、汗だくの男たちが闊歩している──といった光景はない。
無数の人がひしめく中でこの温度を維持できている秘密は、やはり『歌姫』関連技術による高効率の冷房設備と『歌姫』による能力である。
「それにしても、こんなところにまで『歌姫』が関わっているとは」
「これだけ大勢の人が集まるイベントだよ? テロ対策の意味でも詰めないとまずいよ」
なお、コスプレ広場は屋外なのでめっちゃ暑い。
これに関して『先生』はこう言っていた。
『歌姫のレイヤーさんはこういう時強いんだよねー。暑さに強いから』
島にある心奏出身者は高湿度と高気温を経験している……というのもあるが、それだけではなく。
「万桜ちゃんたちはやったことある? 能力で自分を冷やすの」
「一応、練習してきたのでなんとか……」
身体の周りに薄く冷気を纏わせることで暑さの影響を和らげ、過ごしやすくする。
万桜たちの制御力だと気を抜くと切れてしまいそうになるものの、一時的にひんやりするだけでもだいぶ違う。
同じ作品のメインキャラの一人に扮した蛍は「よし」と、持ち前の巨乳を揺らして、
「じゃ、いっぱい撮られようね?」
実際、めっちゃ撮られた。
カメラは取材で経験済みだが、数が違う。
同時に突き刺さるたくさんの視線に身体がぞくぞくして──同時に無数のシャッター音を感じると、妙な条件付けがされそうで、正直癖になりそうなくらい。
二日目は交代で売り子をしつつ、余った二人は引き続き広場で宣伝。
報酬としては少ないものの、承認欲求はかなり満たされたし、何より撮られた写真が拡散されることでさらなる知名度アップに繋がった。
『歌姫』や学院に関する話もいろいろ聞けたし、蛍ともゆっくり話せた。
「……また来たいかも」
呟くと、『先生』と蛍が揃って目を輝かせて、
「また来なよー。冬も参加するつもりだからまた売り子お願いしたいな」
「あはは。なんだかそのままコスプレイヤーになっちゃいそうですけど」
それはそれで悪くないのだろうか? とさえ少し思ってしまった。
なんにせよ、充実した数日を過ごした後、再び学院寮へ。
帰りはなんと『先生』が送ってくれた。
方法はというと、万桜たちに触れた状態でふっ、と
ホテル前にいたと思ったら次の瞬間には寮の前にいて、『先生』は顔を出した
「テレポートって……『歌姫』ってほんとなんでもあり」
「えー? これくらい、真面目に三年頑張れば誰にでもできるよ?」
いや、やっぱりやばいんじゃないか!