「死なない方法って、具体的にはどうするんですか?」
「人によって得意なやり方があるんだけど、わかりやすいのは『エアークッション』かな」
全面クッション張りになった部屋に移動して、真昼が実演してくれた。
「よく見ててね」
と、言ったかと思うと、ふわり。
真昼の身体が浮き上がって──次の瞬間、急加速した彼女は壁にぶつかる寸前、ぼふん、となにかに押し返されるようにして止まった。
そのまますとん、と着地して、
「どう? わかった?」
「一回じゃわからないよ、真昼ちゃんー」
「あはは、そうだよね。じゃあもう一回」
確かに彼女は『壁にぶつかる前』に押し返されている。
「車のエアバッグみたいな感じかな。空気のクッションを作ってぶつかる前に止まってるの」
「……えーっと、それ、どうやって?」
「どうって言われても。……まあ、いっぱい練習して?」
答えになっていない。
けどまあ、じゃあどうやって身体強化やら思考の加速やらを実現しているのか、という話で。
万桜だって、自分のイメージや能力制御が他の人と同じかどうかは自信がない。
「繰り返しいろいろ試して、自分に向いてる方法を見つけるしかないよ」
「あの、他にはどのような方法があるのですか?」
奏音が挙手して質問。
「私は、なにかにぶつかる前に急停止するように身体に覚えさせてたよ。後は、ぶつかっても大丈夫なように身体のほうを丈夫にするのも手かな」
要は被害を避けられればいいわけだ。
「でも、できれば『ぶつからないようにする』のがベスト。自分が痛いだけじゃなくて、人にぶつかって怪我させちゃう可能性もあるからね」
奏音と美夜が揃って万桜を振り返った。
なるほど、真昼が言うとある意味、説得力に溢れている。
まああの時は暴走していたというよりぶっ飛ばされていた感じで、だからこそ急停止できなかったわけだが。
真昼は「さて」と続けて、
「じゃあ、まずは受け身を取れるようになろっか」
「止まる方法を覚えるんじゃないわけ? ……じゃない、ないんですか?」
妹に尋ねられた姉は苦笑しつつ頷いた。
「クッションも万能じゃないんだよ。首、ひねって痛くするの嫌でしょ?」
寝違えた時とかに経験があるが、あれは確かに痛い。
◇ ◇ ◇
というわけで、飛ぶための訓練は次の手順を踏むことになった。
・クッションに安全にぶつかれるように受け身の練習
・クッションにぶつからずに止まる練習
・飛ぶ練習
思ったより大変と言うべきか、柔道場に連れて行かれなくて良かったと言うべきか。
真昼ほか二名の教師、合計三名体制で指導が始まって──。
ふかふかクッションの上に散らばって立つ生徒たち。
歩いて移動するのはなかなか難しいので這って動く子も多い。
スカートだったら下着が丸見えだったが、体操着に着替えているのでセーフ。
で、
「はい万桜ちゃん、集中してないと危ないよ」
「わっ」
飛んだまま近づいてくる教師たちにほいほい
あくまで優しくだが、それでも身体が浮くのはなかなかに怖い。
なるほど、この手順には浮遊感に慣れる意味もあるのか。
柔道経験があれば楽だっただろうに。
残念ながら、万桜が中学でやっていたのは剣道である。
そっちもライブの時の殺陣に役立ったので文句は言えないが。
しかし、考えてみるとこのぶっ飛ばされる感もまったく未経験ではないか。
投げられては落ちてを繰り返すうちにそんなことを思う。
出来のいい妹と違って母から放任されていた万桜は、小学校時代、普通に友人と駆け回って遊んだりもしていた。
じゃれ合いのごとく取っ組み合いをしたり、ヒーローごっこ的なことをしたこともある。
──じゃあ、別にこんなの怖がる必要ないんじゃ?
幼少期と違って身体は大きく重くなっている、特に胸部には昔はなかった膨らみが二つもあるが、まあコツは応用できるだろう。
見れば、クラスメートたちが投げられては「わっ」「きゃっ」「こわーい」と目を瞑っている。
要は余計な恐怖心を捨てること。
頭を打つのが一番まずくて、後は手足を変なひねり方しないようにする。
背中から落ちるようにしたり、落ちる前にしっかり手をついてクッションにしたり。
スペックは男時代より上がっているのだ。
「お、万桜ちゃん上手。いい感じだよ」
意識して身体を動かすようにすると格段に落ち方が良くなった。
真昼から褒められてちょっといい気分になっていると、むっとした美夜が寄ってきた。
「万桜、コツ教えなさいよ」
「そう言われても、子供の頃の感じを思い出したというか」
「は? あんた子供の頃になにやってたのよ」
「お姉様は幼少期、やんちゃな子供でしたからね」
奏音に言われると、美夜は「信じられない」とジト目で呟いた。
まあ、今の万桜は「長期入院から復活した元病弱娘」で通っているのでさもありなん。
「美夜ー? 遊んでる場合じゃないよ。ちょっと多めに投げとこうか?」
「姉さ、じゃない先生こそ遊んでるんじゃないでしょうね……!?」
きゃーきゃー悲鳴を上げていたクラスメイトたちも繰り返せばだんだん上手くなっていく。
慣れというのはたまに悪いほうにも働くが、こうやって人を助けてくれたりもする。
万桜がどう落とされても受け身を取れるようになり(固い床でやれと言われたら怖いが)、遅い生徒でも目を瞑らなくなってきた頃、初回の訓練は終了。
「うん、みんな良くなってるよ、お疲れ様」
はーはー言ってる生徒もいる中、先生方はけろっとした表情。
「万桜ちゃんはもう受け身は大丈夫そうかな。奏音ちゃんと美夜もかなり良くなったね。次もこの調子で頑張ろう」
あまり長時間続けても効率が悪いし、他のクラスと交代しないといけないので今日のところはこれで終わり。
「真昼ちゃん、これいつになったら飛べるようになるのー?」
「だから、来年の三月までに飛べればいいんだってば。焦らない焦らない」
これは確かにすぐ飛ぶのは無理だわ、と実感。
それから万桜たちは普通に他の授業もこなして、ミアと合流しつつ昼食。
「ミアはどうだった? 受け身」
人目を惹く髪色をした幼い少女は「受け身じゃなくて飛ぶ授業だよー」と笑ってから。
「楽しかったよー。先生からも筋がいいって褒められちゃった」
「……なによ。ひょっとして頭空っぽのほうが得するのかしら」
「美夜、言い方」
口は悪いが真面目な優等生は「悪かったわ」と片目を瞑った。
「でも、美夜たちも上手くなったよね?」
「まあね。あんなの、要は身体の使い方でしょ。ダンス習ってるんだからコツさえ掴めばあのくらい楽勝よ」
「恐怖心の克服が課題のようでしたので、殺陣の時を思い出して意識を改革しました」
「みんないろいろコツがあるんだねー」
ダンスで転んだ経験、演技とはいえ剣をぶつけあった経験、過去の経験がいろいろと役に立つわけだ。
「……にしても、自主練ができないのは痛いわね。さっさと本番に行きたいのに」
「柔道場を借りれば受け身の練習はできそうだけど」
「受け身をマスターしてどうするのよ」
ジト目を向けられた万桜は「でも」と話題を逸らして。
「美夜、多少は練習してたんじゃなかった」
「してるわよ。飛ぶっていうか『浮く』感じならもうできるわ」
「え、すごーい美夜ちゃん」
「では、次のライブに取り入れられるかもしれませんね」
「どうかしらね。さすがに歌って踊りながらじゃ集中が乱れるし、もっと練習しないと」
ふう、と息を吐く美夜。
「飛ぶほうにばっかり集中してられないのもほんと大変よね。月末には学園祭だもの」
「本当、この学院はイベントが多いですよね」
学生なのだからイベントごとを楽しまないと損ではあるが、確かにやることが多い。
◇ ◇ ◇
授業開始二日目の放課後、万桜たち1⁻Aの生徒たちはクラスルームに集合した。
学園祭の出し物について話し合うためである。
「わたし、女子校の文化祭って初めて」
「いや、万桜? ここ一応共学よ?」
「そう言えばそうだった」
心奏学院の学園祭は規模こそ人数に比しているものの、熱の入れようやクオリティは大学レベル。
学園祭に参加するために海を渡ってくる客も多くいる有名イベントの一つである。
形態としては、クラスの出し物、部活動ごとの出店、有志による参加などからなる一般的なものだ。
『歌姫科』だけで一学年五クラスあるので、三学年で少なくとも十五の出し物があることになる。
「うちはどうしよっか」
「とりあえず、いろいろ意見言ってみる?」
黒板やホワイトボード代わりのホロウィンドウに次々出る意見をまとめていく。
電子媒体だと肉筆より格段に入力が早いのでそのへんは便利だ。
出た意見は綿あめ、チョコバナナ、りんご飴、焼きそば、たこ焼き、メイド喫茶、お化け屋敷etc.
普通である。
強いて言えば甘いものが多いあたりに女子っぽさが出ているか。
『歌姫』の卵と言ってもやっぱりみんな普通の女の子なのである。
それにしても数が多い。
「ね、小鳥遊さんの入った──エスエム研? はなにするの?」
エスエムって言わないでほしい。
「えっと、コスプレ撮影会」
同人即売会でコスプレした時にその話も出た。
部長である蛍の趣味と強みを生かすなら妥当なチョイスだろう。
さすがにここで「自撮り写真の展示」とかやりだすといかがわしさが強すぎる。
が、クラスメートたちは顔を見合わせて、
「それ、ちょっとえっちじゃない?」
「えっちじゃない。『歌姫』ならこのくらい普通」
そんなこと言ったらアイドルなんてみんなえっちだ、いやえっちだと万桜は思っているが。
「コスプレかあ。でもいいかもね、可愛いし」
「メイド喫茶とかにする?」
定番である。
「あたしは別になんでもいいけど……メイド喫茶って毎年競合が出るくらい人気じゃなかった?」
さすが美夜、どうでも良さそうにしつつもその辺チェックしている。
単に下見も兼ねて毎年来てたとかかもしれないが。
「そうだけど、別に何クラスあってもいいんじゃない?」
「そうそう、お客さん喜ぶし」
つよい。
実際、それぞれなにかしらの強みを作って差別化すればそこまで困らないか。
「衣装か、食べ物を工夫する感じ?」
「焼きそばメイド喫茶とか?」
「でも衣装ってそんなに発注できるのかな?」
「私たちで作ればいいんじゃない? 服飾部は手一杯かもだし」
裁縫までするのか!?
愕然とする万桜。方針転換させるべきかと口を開きかけるも、奏音に袖を引かれ「諦めも肝心ですよ」という顔をされた。
と、ここで真昼が口を開いて、
「あ、みんな、屋内で調理するのはいろいろ条件が厳しいから気を付けてね。火事になったら大変だし」
『歌姫』の学校ならそのくらいで大惨事にはならないが、法律とか条例もある。
「そっかー。じゃあ、可愛い衣装で屋台する?」
「それもいいかも」
それなら「お帰りなさいませご主人様」とかは言わなくても済むか。
万桜としてもまだ気持ちに余裕ができる。
「じゃあ食べ物なににしよっか」
「どうせやるんなら面白そうなのがいいよねー」
ああでもないこうでもないと話し合った結果、
「チーパオで餃子屋台!」
メイドどこ行った。
差別化の意味で執事とか水着とかいろいろ検討したせいである。
いや、でも餃子の焼ける音とにおいは確かに魅力的だ。
客の側だったらついつい引き寄せられてしまうだろう。
うん、決してチーパオ──いわゆるチャイナドレスに引き寄せられたわけではなく。
美夜はこれに若干眉をひそめつつも、
「露出多めね。ま、九月末ならまだそこまで寒くもないか」
「ん。メイド服に比べると布も少ないから作りやすそう」
なお、ただ餃子を売ってもつまらないので「サビの部分で曲を当てられたら割引」というサービスをつけることになった。
歌姫らしいような全然関係ないような、微妙なところである。