学園祭におけるクラスの出し物は餃子屋台に決まった。
中華ということで衣装はチーパオ(チャイナドレス)。
比較的縫いやすそうな服でほっとした万桜だったが、
「お姉様、裁縫は本当に素人なのですね」
夜、寮の部屋でさっそく奏音にため息をつかれてしまった。
奏音の持っていたソーイングセットを使い、いらない布を試しに縫ってみたのだが……。
危なっかしい手つき、縫い方の種類もろくにしらない知識に妹はジト目になった。
出来ないほうが悪いので強く反論はできないが、
「仕方ないだろ。こんなのろくに習ったことないんだから」
「家庭科の授業、自分には必要ないと思って適当に済ませていたのでしょう?」
万桜は無言で目をそらした。
正直、家庭科なんて裁縫箱のドラゴンに目を輝かせたり、調理実習の特別感に浸るものだと思っていた。
奏音は真面目なのでしっかり受けていたし、「女の子だから」と母からもあれこれ教えられていたが。
どうせ自分は女じゃないから、とむくれていた部分もあったかもしれない。
「というか、よくソーイングセットなんて持ってたな」
「この程度は嗜みのうちです。女子ならかなりの割合で所持しているかと」
「……俺は?」
「お姉様にはわたくしがおりますので必要ないかと」
加えて、持ってても活用できる腕ではなかったし。
「あると便利ですよ。ブラウスのボタンを付け直したり、スカートのほつれを直したり」
「なるほどな。じゃあ一応、俺も持っておくか。小さいのならそんなにかさばらないだろ」
「そうですね。この際、覚えておくに越したことはないでしょう」
衣装のデザインは各自、自由ということになった。
統一感は腕章とか髪飾りとか、なにかしらのアクセサリーで出すらしい。
中には「家から送ってもらう」と言っている生徒もいたが──家にチーパオがあるとはいったい?
いや、親が『
なんならSM研究会部長の蛍も持っているかも。
試しに蛍に連絡してみたら「持ってるよ」とすぐに返信。
『残念ながら一着しかないけど』
併せて送られてきた画像は例によって自撮りで。
太腿の白さが目立つ格好に思わず目をそらしてしまった。
「……なあ、チーパオってけっこうエロくないか?」
「否定はしませんが、愚民どもがいやらしい目で見るのが根本の原因では?」
「痛いところを突くな」
男にはその分「女の子にいいところ見せたい」といった欲求もあるのだ、多少は大目に見てほしい。
「どういたしますか? お姉様の分だけでも先輩からお借りします?」
「この際、練習がてら自分で縫うよ」
蛍と万桜だとサイズも若干合わないし、薄手の衣装だからそのへんが目立ちやすい。
奏音は「そうですか」とほっとしたような、それでいて若干浮かない顔をして。
「その、わたくしもきちんとお教えできるか自信はないのですが」
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
裁縫は不得意どころか率先して世話を焼いてくれるくらいなのだが。
「大丈夫だって。ほら、こういう時に相談できそうな奴もいるし」
「相談できそうな方、ですか?」
「ああ。服飾部に」
◇ ◇ ◇
「なるほど、クラスの出し物でチーパオを」
「うん。それで、アドバイスとかもらえないかなって思ったんだけど」
金曜の放課後、訪れた服飾部は既に繁忙期に入り始めていた。
「……そんな場合じゃないよね?」
学園祭でライブをする生徒も多いし、クラスや部活ごとの出し物もある。
早くも依頼がどんどん来ててんてこ舞いなのである。
申し訳ない気持ちを込めて見つめると──相手の少年は「そんな」と手を振った。
「アドバイスくらいならできますよ。発注は、さすがに厳しいかもですけど」
「本当?」
「はい。
線の細い感じの、大人しい少年である。
運動部は似合いそうにない雰囲気で「手芸が趣味です」と言われた時はすぐに「ああ、確かにそんな感じ」となった。
彼は、万桜と同じ一年生。
普通科に通いつつ、将来を見据えて服飾の勉強をしている真面目な生徒だ。
前回、奏音と一緒に出た入学記念ライブでも衣装を作ってもらった。
次の衣装も既に発注済みで、この分だと『お得意様』になりそうだ。
「前の衣装もすごく役に立ってる。本当にありがとう」
「そんな。僕の方こそ、いい仕事をさせてもらって感謝してます」
嫌味のない笑顔。
「本当に好きなんだ」
「……えっ?」
「服作り。好きなんでしょ?」
小さく首を傾げると、彼は「ああ」と笑ってから「はい」と深く頷いた。
「好きです。衣装製作を通じて、『歌姫』を助けられたらとずっと思ってます」
「すごい。そんなの、なかなかできることじゃない」
少なくとも万桜はそこまで考えられなかった。
『歌姫』にはなれないとわかって不貞腐れていたのが男時代の万桜だ。
それに比べて彼は、腐らず真っすぐにできることを探している。
純粋に、男として尊敬できる。
にもかかわらず彼は「大したことじゃありません」と謙遜して。
「それで、どんなところで悩んでいるんですか?」
「えっと、正直右も左もわからないんだけど……」
裁縫技術自体は奏音に教わることもできる。
万桜はそれを説明したうえで、
「前と後ろの布を縫い合わせればいいのか、どこでどう縫うのがいいのか、とかいい方法があったらって」
「ああ、そういうことですね」
すると、授業にも使っているというタブレットでネットに繋げてくれて、
「いくつか方法はあると思うんですけど、デザインにもよりますね。例えば──」
「うん」
そうか、一般人はスマホやタブレットを使ってるんだった。
デバイスを使うようになってまだ半年程度だが、すっかりその便利さに慣れてしまった。
寮だと周りもデバイスユーザーばかりなのでこういうのは新鮮である。
机に置かれたタブレットをのぞき込むようにすると、少年が「うわっ」と小さく悲鳴を上げる。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでも」
なんでもないっていう態度じゃないが?
ちらちらこっちを見ながら顔を赤くしているのを見て「ああ、女慣れしていないのか」と気づいた。
万桜だって美少女にこんなに近寄られたら気が気じゃなかったかもしれない。
しかし、彼もそういうの気にするのか。
「椎名くんは気にしすぎ。同級生なんだから敬語も別にいい」
「そ、それは無理ですよ」
せっかく男子と話せるのだからもっとフランクに行きたいのに。
「そ、それより、どんなデザインにするつもりなんですか?」
「あ、えっと、胸がきつくならないようにしたくて。あと、柄はやっぱり桜かなって」
「いいですね。それなら、形はこんな感じで……」
「なるほど」
実務的な話になると彼──椎名にも熱が入りだした。
そうそう、こういうのでいいんだよこういうので。
万桜はリアルタイムで会話を録画し、後で見返せるようにしつつ、しばし有意義な会話に興じた。
「あ。ところで、学園祭ライブの衣装ですけど……本当にあれで行くんですか?」
「うん。面白そうじゃない?」
「それはもちろん。でも、意外と大胆ですよね、小鳥遊さん」
「こう見えても小さい頃は男の子みたいだったから」
「ええ、全然想像できませんけど……」
やっぱり、男子と話すのは気楽でいい。
それとも、彼が万桜を尊重してくれるから話しやすいのだろうか。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
「お帰りなさいませ、お姉様」
寮に戻ると、奏音は履修登録画面と睨めっこしていた。
明日いっぱいが締め切り。
ギリギリまで悩むつもりなのか。
彼女にしては珍しい。
「いかがでしたか、相談のほうは」
「ああ。すごく助かったよ。さすがだよな、あいつ」
画面から目を離さず尋ねられた。
共有しておいたほうがいいだろう、と、そのままかいつまんで話すと──奏音は「そうですか」と平坦な声で答える。
さすがに「ん?」と思った。
「奏音、どうかしたか?」
横顔をのぞき込みつつ尋ねれば「別に、どうもしません」との返答。
あ、これはなんか拗ねてるな。
付き合いが長いのでこの手のことには慣れている。
おそらくは万桜がなにかやらかしたんだろう。
出来の悪い兄なので、妹を不機嫌にさせることは珍しくなかった。
まあ、ちょっとした喧嘩みたいなものだし、出来た妹はたいていすぐに許してくれたが。
「疲れてる? それとも、なにかあった? ……たしかまだ、ちょっと高いチョコがあったよな。食べるか」
「……もうすぐ夕食なのにチョコレートなんて食べません」
「まあまあ。別にそんな腹には溜まらないし、うるさいこと言うやつはここにいないだろ」
むくれていた奏音も、万桜の分のチョコを口に放り込まれると表情を緩めた。
「……申し訳ありません、お姉様。失礼な態度を」
「いいって。というか、どうせ俺が原因だろ」
てっきり「わかっているなら改めてください」とか言われるかと思いきや、
「どう、なのでしょう。原因と言えば原因ですが、悪いのはわたくしなのだと」
「?」
ひょっとしてわりと本格的な悩み事か?
後ろから画面をのぞき込む。
奏音は特に抵抗しなかった。
内容は特に変なところはない。彼女らしいバランスの取れたものだが。
「なにか、問題か?」
「……お姉様は、この間のあれで決定ですか?」
「ああ、たぶんな」
今回の時間割に関してはあまり悩む余地がなかった。
万桜は、奏音や美夜に比べて下地となる技術、経験がない。
下手したら年下であるミアよりもその手のレッスン時間が少ないだろう。
だから、今はとにかくそっちに専念する。
基礎体力はある程度ついた。
体力づくりのための運動なら自主的にランニング等をすればいい。
空いた時間にアイドル的なレッスンを詰め込んで、それから、
「剣道、ですか」
「取るの俺一人かもなあ」
一応、項目としてはそんな授業も用意されていた。
ただ、真昼に聞いたところ「履修者ゼロも珍しくない」とのこと。
自衛隊等に行く『歌姫』もそれなりにはいるが、自衛手段を求めるにしても空手や柔道のほうが便利だからだ。
あと、剣道は防具が蒸れて暑苦しい。これが意外と大きい。
『わたし一人とかだったらどうなるんですか?』
『一人でも希望者がいればやるよ? そうなったら私とマンツーマンかなあ』
剣道はほとんどない、万桜の長所だ。
中一の時に一年にも満たない期間かじっただけだが、他の生徒に比べて忌避感が薄いだけでもかなり違う。
ライブにも応用がきくのも確認済みだ。
「お姉様、ですが、わたくしは剣道は」
「わかってるって。あんなの、無理にやることはないって」
剣道は、履修するとしたら二コマ連続になる。
着替えの時間を考えると一コマ分だけじゃもったいないし面倒くさいからだ。
ひょっとするとこれも人気のない理由かもしれない。
……奏音の時間割にねじ込むのは無理だろう、と、万桜はホロウィンドウを眺めつつ思った。
「ひょっとしてそんなこと悩んでたのか? 気にするなよ」
頭をぽんぽんと叩くと、奏音の表情がみるみるむくれていく。
「そんなことを言って。ライブにも使うのではありませんか」
自分がわがままを言っている自覚があるからか、どこか甘えるような声音が混じっている。
本当にこの妹は。
万桜よりもずっと頑張っているくせに、まだまだ頑張らないと気が済まない。
そんな彼女に、万桜ができることは少ない。
せいぜい笑って言ってやるくらいだ。
「別にいいって。そんな本格的な殺陣はいらないんだし、振りつけ覚える時の稽古で十分だろ」
「では、お姉様だって必要ないではありませんか」
「いや、それはまあ、それはそれというか」
どうせならしっかりできているほうがいいし、万桜の場合は趣味みたいなものだ。
「俺の得意とお前の得意が違うのは当たり前だ。……俺も、お前に甘えなくても大丈夫にならないとな」
将来、奏音と同じ道に進むとは限らない。
いつまでも妹に世話を焼かれていては負担をかけてしまう。
そうならないためには……裁縫もそうだが、一つずつ、女子として『歌姫』として成長していかなくては。
ただでさえ二年以上遅れているのだ。
元男だからとか、下積みがないからとか言っていては駄目かもしれない。
「な?」
妹に笑いかける。
少しは兄らしいことができるようになったのではないか。
自画自賛していると、ものすごく釈然としない顔の奏音から猛烈に睨みつけられた。
「へ」
「……っ! わたくしは、もっとお姉様のお世話をしたいのです!」
「ええ……!?」
いや知らないよなんだよそれ。
万桜のせいでやりたいことができなくて悩んでたんじゃないのか。
ベッドに引き倒されて馬乗りになられた万桜は「やっぱり女の子のことはわからない」と思った。