性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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奏音の決断

 

「お姉様。はい、あーんしてください」

「あ、あーん?」

 

 夕食の時間までハグされたと思ったら、食事中にこれである。

 今夜は「二日間だけトンカツ定食のカツ1.5倍」というキャンペーンにつられてそれにした。

 一方の奏音はカレーライス。

 昼間に男子と話したらガッツリ系が食べたくなったのだが、カレーというのもアリだったな……と思っていたら「一口いかがですか?」とのお誘い。

 

 こういうのはもう何度も経験しているが。

 やっぱり恥ずかしいなと思いつつ一口。うん、やっぱり美味しい。

 

「いかがですか?」

「カレーには抗いがたい魔力があると思う」

「では、少しシェアいたしましょうか」

 

 大盛りトンカツ定食にカレーソースが付くだと!?

 幸い、代価として支払うカツには余裕がある。

 万桜は喜んで交渉に応じ、カツカレーをほくほく顔で味わった。

 

「万桜ちゃんたち、ほんと仲いいよねー」

「ふん。べたべたしすぎなのよ、こいつらは」

「じゃあミアたちもシェアする?」

「今日はあたしたち同じメニューでしょうが」

「でもシェアするともっと美味しいかもよー?」

 

 言われた美夜はしぶしぶ食べさせあいっこをしては「変わらないじゃない」とツンデレを披露していた。

 

「っていうか、いつもよりベタベタしてない、あんたたち?」

「お姉様が妹離れしようとなさるからです」

「なによそれ」

 

 説明しなさい、とばかりにジト目を向けられたのでかいつまんで説明した。

 

「……んん? なんでそれで喧嘩じゃなくてこうなるわけ?」

「元はと言えば美夜がなんか言ったって聞いたんだけど」

「べ、別に喧嘩させたかったわけじゃないわよ。でも、言いたいこと言わないとあたしと姉さんみたいになるかもでしょ?」

 

 最近、長年のすれ違いを解消したばかりの美夜。

 邪魔になるくらいならなれ合いなんていらない派でもあるので、その主張はわかる。

 が、

 

「うちはいろいろと特殊というか」

「お姉様とわたくしは離れ離れになっていたわけでも、心奏行きを反対されていたわけでもありませんからね」

「ん、わたしはむしろ奏音にどんどん頑張ってほしかった」

 

 『歌姫』になれなかったのもきっぱりはっきり才能がなかったからだ。

 すると、美夜はため息をついて、

 

「ならいいけどね。でも奏音、本当にため込むんじゃないわよ? 万桜ももうちょっと気を遣ってあげなさい」

「……うん、いつまでも奏音に頼り切りはやめにする」

 

 やっぱりそこが今後の課題か。

 深く頷いて答えると、少女二人はなぜかむっとして、

 

「じゃなくて。……あー、あんたあんまり自覚がないのね?」

「そうです。希望進路が別になろうと、わたくしとお姉様が離れ離れになるなんてありえません」

「いや、奏音(あんた)も大事なのそこなわけ!?」

 

 碧眼が困惑するように揺らめく。

 

「……ひょっとして、根が深いのは万桜じゃなくて奏音のほうなんじゃない?」

「無理にどうにかしなくてもいいと思うけどなー」

「ひょっとしてわたしたち、変?」

「変よ、変」

「ミアは万桜ちゃんたちいいと思うよ?」

 

 それは結局どうしたらいいんだろうか。

 聞いても、正解なんてわかるものではないか。

 美夜たちだって悩みながら手探りで進んでいる最中なのだから。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「なあ、奏音? 結局なにをどうしたんだ?」

 

 シャワーを浴びる奏音に、湯船の中から問いかける。

 妹の返答はしばし間を置いてから返ってきた。

 

「それがわかったら苦労していません」

「それもそうか」

 

 課題は「望みをはっきりさせる」ことじゃない。

 重要なのは優先順位。

 

「……悩んでいたのは、時間と労力の問題です。お姉様についていくにはまだまだ努力が足りません。ですが、わたくしの成長を優先させてはお姉様の足を引っ張ってしまいます」

「ちょっと自分を低く見積もりすぎじゃないか?」

「お姉様こそご自分の才能を低く見過ぎです」

「そりゃ、人よりエナジーが高いのは認めるけどさ」

 

 素の実力がぜんぜん足りていないのだからまだまだ活かしきれない。

 

「わたくしはエナジーだけがお姉様の才能とは思いませんが……。少なくともエナジー量の多い『歌姫』は他に対して圧倒的に優位です。エナジーを時間に換えられるのですから」

 

 体力の消耗を抑えることで通常より多くの運動ができる。

 思考を加速することで「考える時間」を多く捻出できる。

 睡眠効果を上げて休息の時間を少なく済ませられる。

 

「そうして、経験不足は埋められます。ですが、わたくしのエナジー量では同じことはできません」

「……なるほどな」

 

 万桜は、簡単に埋まるほど実力の差は小さくないと思う。

 けれど奏音の言うことも間違っていない。

 

「そう言ったって、どこかで割り切るしかないだろ。俺だって座学は後回しにしたし、体力づくりも自主練でカバーするつもりなんだぞ」

「ですから、割り切りたくないから困っているのです」

 

 そんな我儘な。

 

「あのな、奏音? お前相当無茶言ってるぞ?」

「……だって、お姉様に置いて行かれるのは嫌なのです」

「……ああ、もう。まったく」

 

 万桜はため息をつくと「さっさとこっちに来い」と妹を招いた。

 お互い高校生にもなってスキンシップというのも照れくさいんだが。

 向かい合うようにして妹を抱きしめてやる。

 風呂の最中なので身体はぽかぽかと温かく、のぼせてしまいそうだ。

 

「俺がお前を置いてどっかに行くわけないだろ」

「昔のお姉様はわたくしを放って遊び惚けておいででしたが」

「あ、あれはしょうがいないだろ、俺は習い事もできなかったんだから」

 

 母は男の子に期待しない人だったし、万桜自身もふてくされていた。

 漆黒の瞳がまっすぐに万桜を見て。

 

「では、共に『歌姫』を目指す今は違うと?」

「ああ。少なくとも高校三年間は一緒なんだし、そしたらお互い、ずっと離れ離れなんてもう無理だろ」

 

 話したり会ったりしないと落ち着かなくなる。

 

「ですが、将来別々になる可能性を想定していたのでは」

「別に会えばいいだろうが。その時には俺たち飛べるし瞬間移動もできるんだぞ」

 

 忙しくても一緒に食事したり眠ったりくらいは簡単だ。

 

「では……わたくしはいらない子ではないのですね?」

 

 首に腕が回されるのを見ながら「そんなわけないだろ」と笑う。

 

「お前の負担にならないなら、いつまでだって世話焼いて欲しいよ」

 

 くすりと、奏音が笑った。

 

「負担にはなりますね」

「なるのかよ」

 

 なるだろうけどさ。

 そこはもうちょっと綺麗に決めるところだろ。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 奏音の気持ち的には落ち着いたものの、根本的な問題は解決していない。

 仕方ないので、困ったときは担任に相談。

 メッセージに「やりたいことが多すぎて時間が足りない」的に大まかに書いて送ると「そっちに行ってもいい?」と返信があった。

 もちろんOKだが、わざわざ来てもらうのも……と思ったら、

 

「こんばんは、二人とも」

 

 直接、部屋にテレポートして来てくれた。

 

「……先生、やることが大胆すぎです」

「いいじゃない。万桜ちゃんたちなら気心知れた仲だし」

 

 詳細な座標は万桜たちのデバイスから取得できる。

 普通、外部からのテレポートは弾かれるらしいが、教師は例外である。

 まあ、移動に時間がかからないなら申し訳なさは多少マシ。

 

「すみません、わざわざ来てもらっちゃって」

「いいよいいよ。生徒の相談に乗るのが担任の仕事だしね」

 

 それにしても、部屋着姿の真昼は新鮮だ。

 いや、むしろこれは寝間着か。

 キャミソール、あるいはネグリジェにショートパンツ。

 ラフさと大人っぽさの漂う格好に若干どきどきしてしまう。

 髪と目の色が似ているせいか、妙な親近感も覚えるし。

 

 こほん。

 わざとらしく咳払いした奏音が「さっそくですが……」と切り出して、

 

「……というわけなのですが……」

「なるほどね。やりたいことが多いのは『歌姫』共通の悩みだよね」

 

 経験があるのか、真昼はすぐに理解してくれた。

 

「なにか方法がありますか?」

「難しいね。……結局、みんなに与えられた時間は平等でしょ? 人より多くのことをやろうと思ったら時短するしかないよ」

 

 時短の方法はいくつかあるが、どれも簡単にできるものではない。

 

「同じ時間をかければ同じ成果が出るわけでもない。同じ努力をしても結果を出せない子だっている。……現実って残酷だよね」

「先生でも、そう思うことがあるのですか?」

「あるある。『歌姫』の先輩には私よりすごい人だっていっぱいいるし、私、家事とかはいまだに下手だしね」

 

 Bクラスの担任である向日葵(さん)にはいつもお世話になっていると教えてくれた。

 

「奏音ちゃんはなんでもそつなくこなすタイプだよね。呑み込みもいい方だけど……今のあなたがあるのは、むしろ集中力と根気のおかげ、かな?」

「……はい。わたくしは、自分が人よりできるとは思っていません。時間をかけて一つ一つ達成しなければ先には進めないのです」

 

 一つずつクリアしていけるのも才能だろうに。

 数学の問題で詰まって「前提を理解してなければ解けるものも解けません」と叱られたことを思い出す。

 新しい事柄を集中してしっかり習得できるなら、それは呑み込みがいいと言ってもいいはずだ。

 こくりと頷いた真昼は「だったら」と指を立てて、

 

「その時間を捻出するしかないかな」

「え。でも時間は平等だって」

「だから時短するんだよ、能力を使って」

 

 万桜たちは顔を見合わせた。

 

「あの。それこそわたくしがお姉様に劣っている部分なのですが」

「そうだね。でも、万桜ちゃんは時短だけに一点集中してるわけじゃないでしょ」

「あ……」

 

 妹の表情が「なるほど」というふうに変わっていく。

 

「能力の制御力は使えば使うほど上がっていく。例えば身体強化をずっと練習していても、思考加速の精度もつられて上がるの。……でも、得意不得意はある。それに集中して練習したほうが、それに関する効率は上がりやすいの」

「であれば、例えば思考加速だけに集中すれば」

「エナジーが足りなくても、万桜ちゃんより高い効率を手に入れられる」

 

 座学は時短の恩恵を受けやすい。

 体感時間を操作して思考加速することで一気に進め、その分を他に回せばだいぶ楽だ。

 実技にしても、振付等を超集中で一度で覚えられれば。

 そこで真昼は苦笑して、

 

「もちろん、リスクもあるけどね。他の訓練が遅れるってことだし、うまく習得できなかったら逆に目も当てられないし」

 

 思考加速はかなり高度な能力なので、慣れないうちは効率も出ない。

 

「やるかやらないかは奏音ちゃん次第だよ。……正直、人には勧められない方法かな」

 

 失敗率の高い方法なんて、教師からすれば止めて欲しいに決まってる。

 けれど。

 

「奏音」

 

 万桜の呼びかけに、妹は微笑と共に答えた。

 

「大丈夫です、お姉様。この程度の苦労、受け入れなくてどうするのですか」

「……言っておいてなんだけど、本気? たぶん、かなり大変だよ?」

「構いません。おそらく、その方はわたくしに向いています。それに」

 

 ちらりと、再び奏音の視線が万桜を向く。

 

「どちらも取りこぼさないこと。それが、わたくしにとって一番重要ですので」

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 奏音が決めると、真昼はそれ以上は止めてこなかった。

 

 時間割には結局、剣道は取り入れられず。

 奏音はその代わりに、自由枠にすべて「別の科目を最小単位で」詰め込んだ。

 要するに短時間で覚えればいいのだろう、と言いたげな、傲慢とも言える構成。

 なんというか、やることが極端である。

 けれど当人の表情は晴れやかで、

 

「殺陣の技術はお姉様と自由時間に練習します」

 

 これには美夜も「あたしでもそこまでしないわよ」と呆れていた。

 

「それがこなせるなら、万桜の世話しなきゃもっと頑張れるのに」

「いいえ、美夜さん。お姉様がいるから、わたくしは頑張れるのです」

 

 美夜にとって真昼が目標だったように。

 

 ──それから、真昼はひとつアドバイスをくれた。

 

 思考加速を習得するなら、という前提のアドバイスだ。

 

「効率を上げたいなら『音』や『色』を消してみて」

「音や、色?」

「そう。例えばテキストに向かっている時は色の情報はいらないでしょ? そうやって必要ない情報を減らしてその分、負担を減らすの」

 

 天才は時に、超集中して世界から色を消すという。

 これは『歌姫』に限った話じゃない。

 

「ありがとうございます、先生。試してみたいと思います」

「うん。……でも、無理はしないでね? 時間や倍率には気を付けて。頭痛とか、調子が悪いなと思ったらすぐに休むこと」

「はい。心得ております」

 

 努力しているのは万桜だけじゃない。

 彼女たちに追いつくには、それ以上に努力しなくては。

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