性転少女は憧れのヒロインに手を伸ばす   作:緑茶わいん

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飛行訓練その2

「受け身は大丈夫そうな子が出てきたから説明しておくね」

 

 ふかふかのクッションルームにて今日も飛行訓練の続きが行われる。

 みんなの中心に立った真昼がふわふわと浮かびながら笑顔で説明。

 

「受け身ができたら、次は実際に飛んでもらいます。……で、ぶつかる前に止まる練習。百発百中になったら外で練習できるようになるよ」

「先生。飛行する感覚というのは、どのようなものなのでしょうか?」

 

 挙手した奏音に、担任教師は「そうだね」と答えて、

 

「自分の身体で風を切る感じ。奏音ちゃん、自転車に乗ったことはある?」

「……一応、経験はあります」

 

 万桜は「ああ」と苦い顔をした。

 

 奏音は自転車の使用を母に禁じられていた。

 乗れるように付きっ切りで訓練させられたが、いざ苦労して乗れるようになったら「乗っちゃだめ」と言いつけられたのだ。

 技術的に未収得なのは許さない癖に危ないからと利用はさせない。

 あらためて思い返しても理不尽だ。

 

 なので、妹を何度か後ろに乗せてやった。

 奏音は怖かったのか、ぎゅっと万桜に抱き着いてきたが……そのくせ「兄さんが乗るとすごく速い」とはしゃいでいた。

 で、何回目かでバレて万桜も自転車を取り上げられた。

 ならばと、物置きに放置されていた奏音の自転車を使おうとしたりもしたが、その頃には身体のサイズが合わなくなっていて結局乗れなかった。

 

「なら、自転車なしで自転車よりも自由に移動する感じで考えるといいかも」

「では、風の抵抗も全身で受けることになるわけですね」

 

 くすり、と、真昼が笑った。

 

「そう。速いほど辛くなるから、スピードには十分気を付けてね」

 

 教師から「受け身OK」とお墨付きをもらった生徒から「壁に突っ込んで寸止めする」訓練に移ることに。

 クッションルームの一部を使って、一人ずつ交代制。

 

「それじゃぜんぜん回数を稼げないじゃない」

「しょうがないでしょ。変な方向にぶっ飛んだら大変だし」

 

 真っすぐ壁に突っ込めるかどうか、教師がじっと監視していないといけないわけだ。

 美夜は若干不服そうにしつつも「しょうがないわね」と納得して、

 

「人が増える前にできるだけたくさん練習するわよ」

「じゃあ、自信のありそうな松陰(しょういん)さんからやってみましょうか」

「いきなりあたしなわけ!? ……まあ、いいけど」

 

 口は災いの元というか、積極的なのは得というか。

 万桜や奏音、他若干名の見守る中、奏音は難しい顔をしながら意識を集中。

 

「~~~♪」

 

 口ずさんだ曲は「翼をください」。

 少女の周囲がエフェクトの闇に覆われ──って見づらいなおい。

 万桜は思わず美夜に合わせて歌いだした。

 光が闇を中和し、美夜は「なによ」とでも言いたげにちらりと万桜を見て。

 ふわり。

 

「わ、すご!」

 

 歓声が上がった。

 少女の身体が床から十センチも浮き上がる。

 優等生の少女は「どうよ」と言う風に笑みを浮かべ、飛行の担当教師も「素晴らしいです、松陰さん」と称賛してくれる。

 

「でも、スピードを出さないと訓練になりませんね」

「し、仕方ないじゃない! 自主練は外でやってたんだから!」

「では、お手伝いしましょう。……ここならぶつかっても大丈夫ですからね」

「え」

 

 とん、と、教師が背中を押したかと思うと──美夜が壁に向かって吹っ飛んだ。

 

「~~~~っ!?!?」

 

 本気で悲鳴を上げる美夜、というのもかなり珍しい。

 少女はそのまま壁のクッションに激突して、床にぽふっと落ちた。

 

「大丈夫、美夜?」

「……覚悟しなさい、万桜。これめちゃくちゃ怖いわよ」

「うん、まあ、なんとなくわかる」

「では、次は小鳥遊さんがやってみますか?」

 

 こくん、と頷いた万桜はゆっくりと前に進み出た。

 

「まずは飛ぶところからですね。集中して、イメージしてください」

「~~~♪」

 

 制御の難しい能力なので歌をのせる。

 曲は、せっかくなので「翼をください」にした。

 美夜が「真似するんじゃないわよ」と呟いたがとりあえず無視。

 

 ──飛ぶイメージ。

 

 『歌姫(ディーヴァ)』が飛ぶ姿は目に焼き付いている。

 エナジーを持つ万桜なら、飛べる。

 自分の身体が浮き上がり、壁に向かって突っ込んでいくのを思い描いて。

 

「あ」

「受け身を!」

 

 身体が、頭から高速で壁にぶっ飛んだ。

 姿勢を整えるのは無理だと判断して、咄嗟に両手を前に出す。

 衝撃を和らげながら全身でばふっとクッションに激突、床のクッションに尻もちをついた。

 

「……うん、これは難しい」

 

 体感的に、今の一回でけっこうなエナジーを使ったのもわかる。

 正直今の段階ではまったく割に合っていない。

 これはそもそも慣れるまでは断続的に練習するようなものではなさそうだ。

 

 でも、意外と楽しいのでは?

 

 身体が風を切るスピード感は確かに、自転車で爆走した時のそれにどこか似ている。

 微妙にニヤニヤしながらみんなのところへ戻ると、美夜に頬をぐにーっとつねられた。

 

「な、なにするの」

「あんたが憎らしいくらい簡単に飛ぶからよ」

「今の、明らかに悪い例だと思う」

「そういうこと言ってるんじゃないわよ」

 

 速度も出しすぎだし受け身も取り切れてないし姿勢も制御できていないし、反省点がいっぱいなのに。

 

「では、小鳥遊奏音さん」

「はい」

 

 奏音が口にしたのは『Auld Lang Syne』。

 ……ぶっちゃけ万桜には曲名がわからず、傍にいた美夜が呟いてくれたおかげでわかったのだが。

 

「あんまり状況に合ってない気がするんだけど、なによこれ」

「飛ぶためのイメージっていうより、集中のための曲だと思う」

 

 奏音は今、思考加速の訓練に時間とエナジーを割いている。

 極度の集中状態に慣れること、「入り」と「終わり」をスムーズにすること、集中する長さ・倍率を自在にコントロールできるようになること等々、他の能力制御をいったん脇に置いて専念している。

 その試みの中には「集中しながら他の能力を使う」ことも含まれていて、

 

「っ!」

 

 ある時、一気に少女の身体が加速。

 かなりのスピードだが、角度が「下」に向かいすぎている。

 このままだと壁ではなく床に落ちる。

 奏音は咄嗟に身体を回転させると背中から落ちた。

 ぽふっ、と、クッションに受け止められた少女はしばしの間、そのままぼんやりと天井を見つめて、

 

「奏音さん、大丈夫?」

「──はい、大丈夫です。申し訳ありません」

 

 教師に声をかけられるとすぐに立ち上がった。

 戻ってきた彼女に「どうだった?」と声をかけると、返ってきたのは苦笑。

 

「だめですね。エナジーを消耗しすぎです」

「うん、それは仕方ない」

 

 思考加速自体が高等技術なのだから、二重の能力行使なんて疲れて当然だ。

 

「無理しないで、一回一回を大事にすればいい」

「そうします。お姉様はやはり、何度も練習されるおつもりですか?」

「わたしは奏音や美夜みたいに頭良くないから」

 

 何度もやって身体に覚えさせるほうが性に合っている。

 幸い、多少無駄遣いできるだけのエナジーはあるわけだし。

 と。

 万桜たちを見た美夜がため息をついた。

 

「本当なんなのよ、あんたたち」

「あら。ライバルがいるほうが張り合いが出るのではありませんか、美夜さん?」

「そりゃそうだけど、ちょっとは楽させなさいっての」

 

 万桜たちが連続して「とりあえず飛ぶことには成功」したので、残った生徒も次々と挑戦したものの、みんないきなりぶっつけ本番ではできなかった。

 一分経っても浮かび上がる気配がなく、交代を指示された彼女たちに「どうやってるの?」と尋ねられた万桜たちは、

 

「意外とトランポリンが役に立つわよ」

「空を飛ぶ夢とか見たことない?」

「バンジージャンプもなかなかよろしいかと」

 

 思い思いの答えを返してみたものの「あんまり参考にならない」と言われてしまった。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「飛ぶの本当に難しいよねー。ミアもやってみたけどスピード出しすぎって怒られちゃった」

 

 いつものメンバーで学食へ。

 合流したミアと雑談しながらテーブルにつき、思い思いにデバイスで注文する。

 隣に座った妹に「なににするの?」と尋ねると、奏音は「そうですね……」と思案して、

 

「今日は奮発してローストビーフ丼にします」

「……おお。あの、お米との相性微妙な気がする丼界の異端児」

 

 ※個人の感想です。

 

「そう? あたし的にはロコモコ丼とかのほうが『乗っけただけ』感があって異端な気がするけど」

「ミアはわさび丼っておかか丼でも良くない? って思う時あるよー」

 

 ※個人の感想です(二回目)。

 

「ローストビーフ丼はソースの使い方次第だと思いますよ、お姉様」

「奏音、もしかしてやっぱり疲れた?」

「それはまあ。ですのでカロリーを補給しておこうかと」

 

 ローストビーフ丼(大盛り)+季節の野菜サラダ(大盛り)+デザートにシュークリームは確かに満足できそうである。

 

「集中すると体力もそうですが、脳が糖分を要求するようで。どうにも甘い物が欲しくなります」

「あ、わかる。ついついチョコとか食べたくなる」

「ですよね」

 

 『歌姫』によく食べる生徒が多い理由が生活するほどわかってきた。

 他の新入生たちも入学当初に比べて大盛りやサイドメニューの追加注文に躊躇しなくなっている。

 やっていることは運動部の男子とあまり変わらないが、それでも可愛く見えるのは女の子ばっかりのおかげだろうか。

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「うん。……服飾部には敵わないけど、私も裁縫はそれなりにできるよ?」

 

 放課後、部室にて。

 SM(ソーシャルメディア)研究会の部長、蛍はそう言って微笑んだ。

 

「自分で作った方がこだわれるし、うまくやれば安上がりだから」

 

 合間を見て練習したり、服飾部のメンバーから教わったりしているらしい。

 

「ミシンも持ってるから、良かったら使って」

「本当ですか? ありがとうございます……!」

 

 SNSでの活動がメインになるこの部活、集まってもやることはだいたい雑談なのだが。

 なんだかんだ万桜はこうして部室に顔を出している。

 学園祭についての相談もあるし、来ないと蛍も寂しがる。

 そうしたら思わぬ助け舟である。

 

「服飾部の機材は借りづらいのでどうしようかと思ってたんです」

「クラスでは用意したりしないの?」

「お金を出し合って一台買うことにはなったのですが、一台では作業が追いつくかわかりませんので……」

「いっそのことわたしと奏音で一台買おうかって」

 

 すると蛍の目が輝いた。

 

「あると便利だよ、ミシン。万桜ちゃんも、これからまたコスプレするでしょ?」

 

 あ、これ地雷踏んだな、と思いつつ「は、はい」と頷く万桜。

 

「でも衣装は基本椎名くんに頼むと思うので」

「あったほうが便利だよ。手縫いだけだと大変だし」

 

 普段はおっとりしているのに、ここぞとばかりにぐいぐい来る。

 自撮りとコスプレのことになると人格が変わる女、三枝(さえぐさ)(ほたる)

 まあでも、確かにあると便利ではある。

 

「買っちゃおうか、奏音」

「はい。お姉様が構わないのでしたら、わたくしに反対意見はありません」

 

 雑誌の取材やらなにやらでそこそこお小遣いも入ったし、入用になったら献血──もといエナジーの提供に行くという手もある。

 

「……あれ? というかひょっとして、これも経費で落とせる?」

「……掛け合ってみる価値はあるかもしれませんね?」

「万桜ちゃんの特待生権限、本当に便利だね……?」

 

 念のためにと相談してみたところ、二日ぐらい経ってから回答が来た。

 買ってから申請すれば、学生向けの安くて使いやすいモデル相当の額を補填してくれるとのこと。

 先にお金だけくれないあたりはしっかりしているが、高いのを買っても実質差額だけの出費で済む。

 となると、ちょっといいのを買ってもいい気がしてくる。

 

「せっかく買うのであれば、機能豊富なものを選ぶのも十分にありですね」

「時間と技術があれば補えるけど、いろいろついてるとやっぱり楽だよ」

 

 裁縫がある程度できる奏音と、コスプレにこだわりのある蛍。

 二人の意見を参考にしつつミシンを一台注文した。

 島までの配送は『歌姫』がテレポートで行ってくれるので尋常じゃなく早い。

 通常はかなりの追加料金がかかるものの、心奏生徒の注文だとこれがタダになる。

 

「三枝先輩、購入したミシンはこちらに置かせていただいてもよろしいでしょうか? もちろん、自由に使っていただいて構いませんので」

「うん、もちろん大歓迎。むしろ私が得しすぎちゃってるかも……?」

 

 代わりに蛍は学園祭用のチーパオ製作をサポートしてくれることになった。

 

「撮影会はどうしよっか? 私の衣装使う?」

「前のライブ衣装とチーパオ、あと新しい衣装があるので大丈夫かなって」

 

 新衣装をここで披露すればライブの宣伝にもなるかもしれない。

 問題はライブに当選するかどうかである。

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